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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第四部:郊外の屋敷
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魔力井戸の謎


エルスカインが世界戦争の時代からずっと生き続けている『ひとりきりの人物』だという以前の妄想が頭をもたげたけど、それにしたって、何百年も一つの目的に向かって粛々と行動するのは大変な事だろう。


仮に何百年もホムンクルスの体に自分自身を移し替え続けていたとしても、心はその年月を過ごしてきたはずだ。

なんというか・・・

心だって歳を取るし、日々を過ごす事で少しずつ変わっていくものだろう?


ガルシリス城の時は、あの村長に乗り移っていた存在がエルスカイン自身の延長だとして・・・俺たちに魔法陣を壊されて激怒していたし、エルスカインに感情が全く無いとは言い切れない。

少なくとも、人としての『優しさ』が皆無だっていうのは間違いないんだろうけどね。


それとも、あまりにも長い年月を生き続けたせいで、人としての普通の感情が擦り切れてしまったんだろうか?


「なあアスワン、俺が何度もエルスカインからの襲撃を受けたり罠に直面したりして感じたことだけど、とにかくエルスカインは冷徹な計算で動く奴だと思うんだ」


「であれば判断基準は(おのれ)の損得であろう。それこそ恨み辛みで動いているとは考えにくいな」

「証拠は無いけどね」

「恨みを原動力にしていないとすれば奴の目的ははっきりとあるはず...いまの問題は二つだ。まず一つ目はエルスカインがどうやって奔流を捩じ曲げて動かしているのか? その方法だな」

「それが魔力井戸じゃ無いのか?」

「さて...ガルシリス城でライノが聞かされた魔力井戸とは、これのことなのか? それとも魔力の井戸は別にあって、それを使って奔流を捩じ曲げ、この陣を組み上げようとしているのか?」


「うーん、俺の印象だと前者かなあ...この姿こそがエルスカインが言った魔力の井戸と水路のことだって気がする」


「うむ、全体の規模から言ってもその可能性が高いであろうな。奔流を捩じ曲げる仕掛けは、単純に『杭』としてあちらこちらに打ち込んでいるのかもしれん」


「なるほど『杭』ね。奴はそう言う魔法か魔道具を産み出したのかな?」

「恐らくはな」


「じゃあ、リンスワルド領の『渦』もそういう杭で大昔に作られたものかな?」

「いや、儂はリンスワルド領の奔流は天然のもの、偶然の結果だと思う。むしろラファレリアを挟んでほぼ同じ距離にアンケーンがあることに気が付き、ちょうど良く利用しようとしたのでは無いか?」

「なるほどな」


「そして、この魔法陣らしきもので何をしようとしているのか? が二つ目の問題だ。その目的こそが動機そのものであろう。加えて言えばラファレリアも攻撃目標と決まった訳では無い。ただ中心にある作用点、つまり頂点の一つに過ぎんと言う可能性もある」


「そこは考え方次第か...」


「えーっ、それって結局肝心なことは、なーんにも分かってないじゃないのさー!」

「いや、そんなことは無いぞパルミュナ? 今日のアスワンの話は大成果だ。って言うか、お前が五週間も頑張って絵図を書き起こした甲斐はあったと思うぞ?」

「えへっー!...ホントにそう?」

「おう、そうとも。お陰で重要なことが分かった。さっきのアスワンの言葉でピンときたんだ。世界をひっくり返すと言っても、ただ壊してなんになる?」


「悪い人だったら、スッキリとかするんじゃないのー?」


「うーん...前に俺と『好き嫌い』のことを話したのを覚えてるか? あの時にパルミュナは言っただろ? 『嫌いには終わりがあるけど、好きには終わりがない』って」

「アタシがお兄ちゃんを好きな気持ちに限界は無いって話ね?」


「え? そうだったか? ま、まあ一般論としてだ...嫌いだって感情からの行動は、『自分の嫌いなモノの最後の一個が消えればそこでお終い』だってお前も言ってたじゃないか。そこで、嫌う対象が全部消えちゃうからって」

「うん、言ったー!」

「じゃあ全部壊して、それでスッキリしてお終いか? それじゃただの馬鹿だろう。エルスカインは卑劣だけど馬鹿じゃないよ」


「ぁー...それもそっかー...じゃあエルセリア族が被った『呪い返し』に関係することとか、かなー?」

「かもしれん」

「呪い返しよりも強い、新しい呪いを作るとかさー?」

「なにそれ怖いな!」

「まー、そんなの出来るか知らないけどねー」


「分かんないけど、エルスカインが世界を滅ぼすとしても、ただ破壊するんじゃなくって...なんて言うのかな...アイツに『都合のいい世界』に作り替えようとしてる、そんな気がするんだよ」


「儂もライノの見方に賛同するな。これは恨みとか憎しみとか、そう言うモノではなかろうと思う。恐らくは、もっと冷徹な計算と長期的な計画を元に取り組んでいることであろう」


そう、エルスカインはきっとそう言う奴だ。

だから、奴がやろうとしていることには絶対に理由がある。

奴の利益になることがある。

何百年掛けてもやる『価値』があると、奴にとってそう思える何かがあるんだ。


「だからさー、それがナニか分からないから悩んでんじゃないのー?」


「そうだけど、次になにをやるかが分かってくれば十分だろ?」

「アイツが何やるつもりか分からないのにさー、どうして次にナニするか分かるわけ?」

「例えば、いまエルスカインはとにかく姫様を狙ってるだろ? つまりそれはリンスワルド領で『姫様の権力』を使わないと難しいなにかをやろうとしてるからだ」

「権力?」

「さっきアスワンが言ったことだ。『人だけが振るえる力』だよ」

「つまり、姫様にしか出来ないって事ねー!」


「そうだよ。大きな工事でもいいし、領民になにかを公布してやらせるってのでもいい、とにかくエルスカインがやりたいのは勝手にコッソリとは出来ないことだ」

「そーゆーことかー...」

「だからモヤで乗っ取ろうとしたりホムンクルスを造ろうとしたり、とにかく姫様に思い通りの権力を、つまり強い力を振るわせるってことを狙ってるんだ」


「んー...例えばさー、離れの裏庭に結界を張ったでしょー?」

「お前が、昔は井戸があったとか言ってた場所か?」

「そー。あそこの井戸を埋めてなかったら、魔力に敏感な人が近づくと不自然に陽気になったり騒いだりしてるかも?」


「つまり岩塩採掘孔みたいな感じか?」


「それーっ! あそこって他よりも断然太い奔流が真下を通ってるけど、屋敷を壊して穴を掘ったり、なにか別のものを作ったりしたかったらさー、姫様の許可が無いとぜーったいにムリだよねー!」


「そりゃ確かにな...で、そう考えれば狙いは姫様個人じゃ無くて、『リンスワルド領主』の座だ。姫様が手に入らなければ、リンスワルド家を転覆させて新しい領主を据えさせるって方法もあるかもしれない」


たぶん、エルスカインはミルシュラント公国全体なんか狙ってない。

シーベル家を罠に掛けたのも、大公家の治癒士を狙おうとしたのも、やっぱりリンスワルド領を手に入れる為なんだ。


「ひょっとしてさー、大公家やシーベル家を狙ったのはその布石だったりとかー?」

「たぶんな。エルスカインがシーベル家に手を出したのは去年から、つまり、ポリノー村でスパインボアを育ててるのと並行して準備してた訳だからな」


「それが全部お兄ちゃんのせいでポシャったから、次はいよいよドラゴンでも使って力づくかなー」


「ドラゴンを使えるなら、少々無茶な手だって力押しできるだろうからね。あるいは何十年でもシンシアさんの爵位継承を待つって言う手もあるけど。アイツが百年単位で物事を進めてきてるんだとしたら、それぐらいどうって事無いだろ?」

「そっかー、そーだね」

「とにかく、アイツが手を出すのは『リンスワルド領主の座』を狙うのに役立つ相手だけだ。それに関係ない余所の貴族家なんか、今のところは狙う意味が無い」


「なーるほど...でもそれって...言いにくいんだけどさー」

「パルミュナが言いにくいって遠慮するなんて珍しいな」

「ぶー! アタシだって気遣いくらいはあるんですー!」

「知ってるよ。ホントのお前は根っから優しい奴だからな」


「...うん...え、えっとね...」

おっ、久しぶりにパルミュナが照れた!


「そうだとするとさー、こっちがドラゴンを抑えたとしても、この戦いは防ぎきれないよ? だって、相手は何百年掛けても計画を進めようとしてるんだし、幾らでも待てるんだもん。姫様やシンシアちゃんが手に入らなくてもさー、その子供は? 孫は? いつまで経っても、ずーっとエルスカインの攻撃に怯え続けなきゃいけないってことになるかも...」


「そうだな、パルミュナの言う通りだ。だから方法は一つしか無い」


「どーするの?」


「エルスカインからの攻撃を防ぎ続けるんじゃ無くって、こっちから行ってエルスカインを完全に倒す。勝つ方法はそれだけだ」


「うむ、ライノの言う通りであろうよ。例え勇者やエルフ族と言えど一人の寿命で戦い続けられる相手ではないと思える」

「だから、俺が生きている間にケリを付ける」

「アタシとお兄ちゃんが!」

「ああ、そうだ...だからアスワン、俺とパルミュナで必ずエルスカインを倒すよ」


「現実問題として奴を倒さぬ限り奔流の乱れとポルミサリアへの脅威は続き、それは日増しに悪化していくだろう...とても『溢れた魔力の草刈り』などと呑気なことを言ってもいられなくなってしまったがな」


「それは構わないさ、破邪としての自分がやるべきと思うことに、なにも変わりは無いからね」


「やはり根っからの勇者か...」


そう言ったアスワンは、気のせいかニヤリと笑ったような気がした。


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