二本の小太刀
二階に上がって真っ直ぐに元勇者の部屋に向かう。
アレを見たら、いつも冷静沈着な姫様でもさすがに驚くんじゃないかな?
内心、ちょっとその姿を見るのが楽しみだったり・・・
部屋に踏み入りながら、二本の小太刀が掛かっているマントルピースの方を指差して姫様に言う。
「あれを見て欲しかったんですよ、姫様」
「はい?」
姫様の微妙な声のトーンを耳に感じ取りつつ、マントルピースの方に目を向けると、そこには昨日は置かれていたはずの小太刀が無かった。
「あれっ、なんで!?...」
なにも乗っていない壁掛けの杭が四本突き出ていて、そこには確かに二本の小太刀が載せられていたことを物語っている。
いや、間違いなく昨日はあったはずだ・・・
絶対に幻なんかじゃ無い。
「これであろう?」
不意にその場にはいないはずの人物の声が聞こえて振り向くと、いつの間にか部屋の隅にアスワンが立っていた。
その手には消えていた二本の小太刀がある。
「アスワン!」
「えっ!」
俺とパルミュナ以外の全員が絶句した。
「ライノ殿、もしやそのお方は...」
「ああ、大精霊のアスワン。俺に勇者の力を貸してくれたもう一人ですよ」
次の瞬間、止める間もなく姫様が跪いた。
エマーニュさんとシンシアさん、ヴァーニル隊長もほとんど遅れずに跪く。
レビリスとダンガたちは良く分からなくて呆然としているな。
「かねてより名高き大精霊アスワン様。この良き日にご尊顔を拝謁できたこと、まこと恐悦の至りにございます」
「いやリンスワルドの姫よ、そう言う態度は無用だぞ。気持ちは有り難いが、むしろ話が面倒になる」
「左様でございますか?」
「お主ら、ライノやパルミュナとは普通に話しておるであろう? 儂ともそれでいい。いや、それがいい」
「かしこまりました。大精霊様の御意に」
「それよりアスワン、もう出てきて大丈夫なのか?」
「ふん、パルミュナから仕掛けを聞いたか。まあこの館の地下室は全体があの箱のようなモノだからな。短時間なら問題ない」
「そうか。ならいいんだけど...」
「アンタさー、アタシが必死で描いた絵図の分析だか解析だかはどうなったのよー? アタシ、あれからなーんにも教えられてないんですけど!」
「まあ拗ねるなパルミュナ。そのことに今まで取り組んでおったのだ。お陰で色々なことが分かってきたわい」
「ならいいけどさー」
「分かってきたって、じゃあエルスカインの目的が?」
「うむ、まだ大凡の見当半ば、というとこではあるがな」
それは朗報だ。
エルスカインの謀りごとの全容が見えてくれば、こっちとしては俄然動きやすくなるというか、場合によっては先を取ることさえ可能かもしれない。
「凄いじゃないか!」
「まだ確信は無い。なにしろ恐ろしく古くから進められていたことのようじゃからな。その痕跡を辿るだけで一苦労だったぞ」
「それでも凄いさ。で、具体的には?」
「そう慌てるな。まずはこれを渡したかったのであろう?」
そう言って手にした小太刀を少し持ち上げて見せた。
「ああ。これもアスワンが鍛えた昔の勇者の武具だろう? だけど、姫様の嗜んでいる二刀流小具足取術のために誂えたかのようだ」
「まあ、そうだからな」
「なっ?」
「リンスワルドの姫よ、お主の家に伝わる二刀流小具足取術、それを伝授したのが、これを使っていた勇者だ」
「驚きました。思いがけぬ話でございます!」
「うむ。この時の勇者は南方大陸の生まれでな。武者修行の為に北方大陸、つまりこちらに渡って旅を続けておった。それを儂が探し出して勇者になって貰ったのだ」
「では、わたくしどものご先祖が南方大陸に渡って術を習得したのでは無く、こちらにいらした勇者様にご伝授頂いたのですね」
「いや、お主の先祖が技を学んだのは確かに南方大陸だ。彼女は南方に渡ってからの道中で危機に陥り、そこを当時の勇者...になる前の武人に助けられた。その武人こそが二刀流小具足取術の師範だったのだ。それ以来、彼女は武人と共に南方大陸で旅を続けながら二刀流小具足取術を学んだのだな」
「そうだったのですか...」
「北方へは二人一緒に渡ったが、彼女だけは一人で家に戻った。武人はそのまま旅を続けていたが、途中で勇者の魂を持つことに気付いた儂が勧誘して勇者になって貰ったという訳だ」
勧誘って・・・
まあ、俺の時もあれは確かに『勧誘』だったけど。
「よって、この小太刀はお主らの継承する二刀流小具足取り術の為にあると言っても良い。これも縁というモノの面白さだ。お主が使うと良かろう」
そう言ってアスワンは二本の小太刀を姫様に差し出した。
「本当に...そのような偉大な品を、わたくしめごときが受け取ってもよろしいのでございましょうか?」
「大袈裟な...これも単に儂が鍛えた得物の一つに過ぎん。新しい持ち主がここに来ると分かったので、少々手入れをしておいた」
「有り難き幸せ...」
「道具は日々使ってこそ。人は日々を生きてこそ。それを知らぬお主ではあるまい、リンスワルドの姫よ?」
「もったいなきお言葉にございます」
「そうかしこまるでない。勇者から小具足取術を学んだお主の先祖とは、アレッシア・リンスワルドだ。皆にも分かりやすく言えば初代リンスワルド伯爵シルヴィアの祖母だな」
「左様でございましたか。シルヴィア様の祖母殿が小具足取術を勇者様から伝授されていたのですね...」
「うむ。そのアレッシアはアルファニアの実家に戻ってシルヴィアの母となるクラウディアを産んだ。つまり、一人で家に戻ったのは出産の為と言う事だな...旅の途中で勇者の子を身籠もっておったからだ」
「ええぇっ!」
これはビックリだ。
姫様も驚きに目を見開いている。
いや、その場にいる全員がだけど・・・それって、シルヴィア伯の母親が実は勇者の娘で、つまりシルヴィア伯は勇者の孫娘になるって事だよね?!
「まさか、そのようなことが...」
「そのまさかだな。要は、お主らにもまた勇者の血が流れておるということなのだ、リンスワルドの娘らよ」
姫様は呆然として言葉を失っている。
ここまで茫然自失とした表情の姫様を見るのは初めてだ。
それにエマーニュさんとシンシアさんも。
「詰まるところ、この小太刀はお主らの先祖の持ち物とも言える訳だ。リンスワルドの一族で使うのが良かろうな...ほれ、これを受け取って、ついでに言葉遣いも和らげるがいいさ」
姫様はこれまで見たこともないほど恭しい動作で、アスワンの手から二本の小太刀を受け取った。
うんまさに『拝領』って感じ。
「それって、姫様にとっては聖剣メルディアを渡されたみたいな感覚なのかな?」
「ふん、メルディアか...あれも私の鍛えた剣だが、そもそも儂がアレを聖剣だなどと言ったことは一度もない。後世の人々が勇者の行いに箔を付けるために、メルディアと仰々しい名前を付けて勝手に聖剣だなどと言い始めただけだ」
「あー、泉の精霊がいつのまにか女神にされたようなもんか?」
「そういうことだ、人は権威を求めるからな。まあ、ある程度は致し方ないことでもある。序列も権威もまったくないとすれば、いまの人の社会は回らんだろうさ」
「そういうもんか? 平等って訳にはいかないか?」
「いかぬな。政とは、何を拾い上げ何を斬り捨てるかと言うこと。それで言い方が悪ければ、何を進め何を諦めるか? それを決めることに他ならぬ。元より完全な公平や平等は存在し得ぬものだ」
そう言えば同じ事を姫様も言ってたよな・・・
将として生きる者の心構えだっけ?
「じゃあ平等なんて...結局、理想は幻想ってことか...」
「それは違うぞ。理想がなければ世は闇に閉ざされる。実現し得ぬと知ってなお理想に近づこうとする思いこそが人の世を支える」
「難しいなあ...」
「そうか?」
「いつか人同士の争いさえなくなればいいと、そう思っていたかったんだけどね...」
「強制された公平や平等は、違う形の諍いを産み出すだけであろうさ」
「うーん、仮に、金持ちや権力者がいない世の中でも人は争うのかな?」
「むしろすべての集団が戦いの日々を過ごすことになろう。農作を行い建物を作るようになった人族は、力と権威を自分の外に出すことに成功した。だから争う前に結果を知ることが出来るようになったのだ」
「え? どういう意味だよ?」
「野生の動物や魔獣にあるのはどちらが強いか? と言う区別だけだ。だが、その強さを知ろうにも体の大きさぐらいしか見えるものがなかろう?」
「強さは実際に対峙しないと分からない、か」
「そうだ。だが、人は権威という形で強さを自分の外に出して扱うことに成功した。それは譲ったり継承したり、売り買いさえ出来る。権威や称号というのは、そういう人の知恵と技術が創り出した『誰にでも見える強さ』なのだな」
「な、なるほど...」
好むか好まないかは別として、アスワンの言わんとするところは分からんでも無いけど。
「人の王が誰よりも強いなどありえんだろうし、その必要も無い」
「だが、強い力を振るうことは出来るって訳か?」
「しかり。大きな建物や立派な馬車、王家や伯爵家の紋章を見れば、それを持つ人が振るうことのできる力を誰でも想像できるであろう?」
「そりゃそうか」
「人の社会は相手の力を想像して考えれば、実際に闘わなくても勝ち負けの分かることが多い。それで無用な戦いの減ったことが、理から離れ始めた人の世を支えておるのさ」
「なんとなく分かる気がするよ」
そうか・・・
だからこそ、誰にでも分かる『強い力』を振るう事が出来るリンスワルド家がエルスカインから狙われている訳だ。