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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第四部:郊外の屋敷
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皆でアスワンの屋敷へ


みんなをアスワンの屋敷に招待するにあたり、まずは会議室に屋敷への転移門を開く為の魔法陣を張る。


これまでの転移ポイントは全部パルミュナが設置してくれていたから、実は自分で転移門の魔法陣を張るのはこれが初めてだ。

内心ではちょっとだけドキドキしながら...それを顔に出さないように気を付けつつやってみたのだけど、何ということもなく魔法陣が床に現れて無事に起動した。


さてと...やっぱり、最初は姫様からだな。


「姫様、じゃあこの魔法陣の中に入って俺と並んで下さい」

「はい。あの、このまま転移されるのですか?」

「そうですよ?」

「ライノ殿にしっかりと抱きついたりしてていなくても大丈夫でしょうか? わたくしだけ他の場所に行ってしまったりとか?」

「元々、この魔法陣は屋敷への帰還専用なんです。だから大丈夫ですよ」

「そうですか...少々心細いので、腕だけでもおすがりしてよろしいでしょうか?」

「あ、もちろんどうぞ!」


そうだよね・・・考えてみれば今の時代は、転移した経験を持つ人間は何処にもいないのだもの。

俺は大精霊のやる突飛なことに慣れきってしまっているから、さっきも全く躊躇無く馬ごと馬車を革袋に収めたり、さっと転移門で跳んだりしていたけれど、むしろ上手くいくかどうか心配するのが普通だろう。

姫様の不安感は当然のことだな。


「じゃあ、行きます」

「はい、お願い致します!」


姫様が、いかにも『決心した』という声で返事をしてくる。

周囲に屋敷の地下室の情景が浮かぶのと同時に、姫様が俺の腕に絡めている腕の力がぐっと強まった。

大丈夫ですよ?


地下室の姿が精細度を上げ始めるに従って姫様が込める力も強くなり、転移の直前にはほとんど俺の腕を抱え込んでしがみつくような感じになっていた。

そして空間のズレる感覚・・・俺と姫様は無事に屋敷の地下室に立っていた。


「着きましたよ。気分が悪くなったりはしていないですか?」

「え、ええ、大丈夫です...ここが、アスワン様のご用意なされた屋敷の中なのですか?」

「そうです。ここは地下室ですけど、上にも沢山部屋があるんですよ」

「左様でございますか...ちょっと怖い感じが致します」


まあ、そうなんだろうな。

床に大きな魔法陣が描かれているだけで、それ以外はなにも無い石造りの広い地下室となれば、これまた普通の感覚なら不気味に感じて当然だろう。

そのせいで、いまだに姫様は俺の腕にしがみついたままだ。


「じゃあ、別邸に戻りますね」

「あ、あの、わたくしはここでお待ちすることになりますでしょうか?」

「ええ、少し俺から離れて頂かないと、また別邸に逆戻りしちゃうことになりますので」


ほとんど俺の左腕を抱きしめられている状態なので、さすがにこのまま跳ぶ訳にはいかない。

やんわりと腕を放すよう姫様に言おうかとした途端、背後からパルミュナの声が響いた。


「姫様だいじょーぶー?」


「おお、ちょっと怖かったみたいだけど、変調はないそうだ」

「ならよかったー」

なんか棒読みっぽくないかパルミュナ?


「パルミュナ、姫様が心細いだろうから、ちょっとここで一緒にいてくれ、俺はもどってエマーニュさんを連れてくる」

「分かったー!」

姫様がさっと俺の腕を放し、パルミュナと一緒に壁際に下がった。


「じゃあ、すぐに戻ります」


転移五回目ともなれば、もう慣れた感覚だ。

別邸の会議室に戻って、エマーニュさんに声を掛ける。


「じゃあ、エマーニュさん行きましょう。向こうで姫様とパルミュナが待ってます」

「はい、お願い致します」

エマーニュさんは、さっきの俺と姫様のやり取りを見ていたせいか、なにも言わずに俺の腕を抱き取った。

別にくっ付いてなくても平気なんだけど、わざわざ離れてくれとも言いづらい。


こういう時でも、エマーニュさんはあくまでも笑顔だね。

でも腕を抱きしめられたまま、その華やかな笑顔で真っ直ぐに俺の顔を見上げられていると、ちょっと『勘違いな空想』をしてしまいそうで精神的によろしくないな・・・俺の平常心の耐久性が。

それと、その、なんというかエマーニュさんの場合は腕に当たるというよりも包み込まれてしまうのだ。

なにがとは言わないけれど。


「じゃあいきますよ?」

「いつでも大丈夫でございます」


そして転移。

もはや見慣れてきた地下室の情景だけど、壁際にパルミュナと姫様が並び立ってこちらを見ているのがちょっと独特の空気感を醸し出してる。

俺は二人の中身を知ってるからなんとも思わないけれど、知らない人が見たら若い女性二人が殺風景な地下室で怯えているって風に見えるのかもしれないね。


そそくさと壁際に向かうエマーニュさんを見送って別邸にとんぼ返り。

魔力の補充も円滑だし、まだ全然疲れた感じはしてこないな。


別邸に戻ると、シンシアさんが待ち構えていた。

声を掛けるまでもなくさっさと俺の横に歩み寄って腕を掴む。

シンシアさんの場合、全く怖がっている様子はないのに、それでも一応は俺の腕に抱きつくんだな・・・いいけど。


そして屋敷に戻ると、なぜか姫様が楽しそうに声を上げた。

「ほら、そうでしたでしょう!」

「あら、意外でしたわ!」

エマーニュさんがそれに返す。

なんだろう?


「どうしたんですか?」

「いえ、何でもありませんわ。行ってらっしゃいませ」

「え? ええまあ、じゃあレビリス達も連れてきます」


別邸に戻ってまずはレビリスに一言。


「えっとレビリス...別に怖くないんだったら、転移する時に俺にくっ付いてる必要は無いからな?」


++++++++++


さらに五往復して全員を運び終えると、さすがに疲れを感じた。


無論、レビリスもアサムもレミンちゃんもダンガも・・・ヴァーニル隊長は言うまでもないけど・・・俺にくっ付いたりはしてこなかったよ。


ただ、魔力は十分なんだけど、なんて言うか魔力が抜け出たり注ぎ込まれたりを頻繁に繰り返したせいで、(ダル)さというか倦怠感がある。

魔力に筋肉もへったくれもないだろうけど、あえて喩えるならば魔力的な軽い筋肉痛って感じだ。


結局、全員揃うまで誰も地下室から出なかったので、最後にヴァーニル隊長を運び終わった時には、殺風景だった地下室はワイワイガヤガヤと面白いことになっていた。


「五月雨式だったんで今更ですけど...皆さんようこそ。前にお話ししたようにこの屋敷はアスワンが作って、ざっと四百年ほど前の勇者が使ってたそうです」

「さすが大精霊様の御業はスケールの大きな話ですわ!」


「とりあえず一階に上がりましょう。ここで立ち話もなんですからね」


みんなを階段の方に誘うと、姫様が周囲の壁や天井を見回しながら不思議そうに言った。

「なんだか不思議な明かりですのね。地下室も、この階段も、どこにもランプの姿が見えないのに、ちゃんと明るいんですもの」

さすが姫様は鋭い。

「ええ、この屋敷は色々と魔力で動くように出来てるみたいです」

全然説明になってない気もするけど、いまの俺に言えるのはそれが精一杯だよ。


揃って一階の物置というか階段室に上がり、そこから廊下に出てダイニングルームに案内した。


「まあ座って下さい。俺たちも、まだ屋敷の中を全部見て回った訳じゃないので、屋敷の仕組みや、何処に何があるかも分かってないんですよ」

「それは仕方ありませんわ。四百年も使っていなかったとなれば、建物が使える状態であるだけでも凄いことですもの」


「いやまあ、そこは保存の魔法らしいんですけど...それと昨日来た時に備品というか私物というか、生活用品的なモノが無いことは見てたんですけどね。色々持ってくるのをうっかり忘れてました」


初めて入った時は広すぎて寒々しく感じたダイニングルームも、いつものメンバーの十人でテーブルに着くと丁度いい感じだ。

それに硝子窓からは朝の陽光が射し込んで室内を明るく照らしている。

昨日は午後遅くだったから、余計に物寂しく感じたのかもしれない。


「作り付けのランプやコンロはそのまま動くらしいんですけど、お湯を沸かす鍋も無いので、お茶も出せないんですよ。まあ俺の革袋に入ってるもので良ければ、それで(まかな)えますけど。いやカップが足りないか」


「どうかお構いなくライノ殿。この屋敷を見せて頂いているだけで十分ですので」

「じゃあ、中を案内しましょうか。と言っても、まだ俺も良く分かってはいないんですけど...」

「是非お願い致します。ワクワク致しますわ!」


再び、皆をゾロゾロと引き連れて廊下に出る。

昨日はバックヤード側の階段から回ってみたけど、今日は一旦、玄関ホールに出てから案内することにした。

お客を誘導するんだったら常識的にそっちだよな?


玄関ホールも昨日より明るく感じる。

これも時間帯による陽射しの入り方の違いだな。

きっと建物の前面が南東に向いているんだろう。


まずはホールの横にある談話室らしい部屋に入ってみた。

ソファやテーブルの類いは置かれているし、書棚には沢山の本が並んでいるけれど、その小綺麗すぎると言うか中途半端な殺風景さが、この屋敷の『使われてない』感をことさらに強調しているようにも思える。


「他にも図書室とか遊戯室っぽい部屋とか...昨日は三階には上がらなかったんだけど、建物の造りからして、たぶん客用の寝室とかじゃないかなって思ってます」


「随分と広い様子ですのね。正直に申し上げて、こんなに広い屋敷だとは思っておりませんでした」

「そこは俺とパルミュナも同じですよ。後、二階には以前の勇者が使ってたっぽい私室もありますよ」

「まあ! 昔の勇者様のお部屋があるのですか?」

「ええ...あ、そうだ! 姫様、まずはその部屋からにしましょう。一緒に来て下さい」


姫様を、というか全員を引き連れてだけど、二階に上がって一番奥にある前任勇者の部屋に向かった。


理由は言うまでもなく、あの二本の小太刀だ。


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