転移門の使い方
まあしかし、別邸の中から出てきた俺とパルミュナの姿を見ても誰も騒ぎ出さないのは、さすが日頃から常識外れのリンスワルド家だな。
サミュエル君やシルヴァンさん、それにトレナちゃんとメイドさん達辺りは、俺があのまま近道でもショートカットして戻ったのかと訝しんでいるみたいだけど・・・
「じゃあ姫様、あとでみんなに報告を」
「承知致しました。では晩餐の際にでも伺わせて頂きたく思います」
姫様はゆったりと微笑んで、そしてエマーニュさんもいつもと変わらず大輪の花のような微笑みを振りまきながら、揃って優雅に屋敷に入ってく。
だけど、いつもと様子が違うのはシンシアさん。
もうね、目がキラキラしてる。
今すぐにでも、話を聞きたく聞きたくて仕方が無いって心情が手に取るように分かるよ?
そりゃあ魔法の話だもんね・・・失われた古代の転移魔法で、しかもエルスカインのとは違って精霊魔法版だ。
「で、ライノ。お前がここにいるって事はさ、あっちが上手くいったって事だよな?」
屋敷に入っていくみんなと馬を裏庭に回していくヴァーニル隊長達を横目で見ながら、レビリスがニヤニヤしながら問いかけてきた。
「ああ、上手くいったよ。全然問題ない」
「そりゃあ良かった。うん」
「屋敷はちゃんとあったんだね!」
そこから心配してたのかアサム。
「本当に新品同様でビックリしたよ」
「へー、なんて言うか、その、もうそっちと自由に行き来出る感じなのかい?」
「そうだダンガ。これで俺たちの行動は劇的に自由になるぞ」
「だったらさ、改めて遠征計画の選択肢を色々考えられるよな?」
「ああ、大公陛下からの情報を待ちつつ、そっちの準備を進めていきたい。みんなにも協力を頼む」
「もちろんさ!」
こういうワクワクと言うか、凄い話を聞いたって時もアンスロープの尻尾と耳ってよく動くんだよな・・・
ごめん、でも3人ともめっちゃ可愛い!
++++++++++
早速、晩餐の席で俺は姫様達に屋敷の件を報告した。
「姫様、お分かりの通り無事にアスワンの用意してくれた屋敷に行って転移門を開くことが出来ました。俺とパルミュナに関しては、そこを基点にして過去に訪問したことがある場所...その時に転移魔法陣を設置した場所ですけど...かなり自由に行き来が出来ますよ」
「それは本当に素晴らしいですわ! そうしますと、ライノ殿はリンスワルドの本城にいつでもお戻りになれると言うことに?」
「ええ。これまで通ってきた場所にはパルミュナが転移魔法陣を設置してくれているので、二人で通ってきた場所の近隣には大体は行けます」
「移動に制約はございますか?」
「制約は二つ、必ずアスワンの屋敷を基点にしなければ往復できないと言うこと、これはまあ大した問題じゃありませんね。もう一つ、何人一緒に跳べるかは俺の魔力次第です。多分、一人か二人ならリンスワルド領に戻るくらいは問題ないでしょう」
「ライノ殿、それは言葉に出来ないほど素晴らしい偉業です」
「えっと、俺じゃなくてパルミュナやアスワンの力なので、俺は単に馬車を動かす御者みたいなもんですよ?」
「ご謙遜を...」
「いや、本当にそうなんです。自分であの転移門の魔法陣を組み上げるなんて絶対に無理だなって思いますからね。シンシアさんなら、いずれ出来るかもしれませんけど」
「そんな...きっと無理です」
シンシアさんが顔を真っ赤にした。
「いや、防護魔法陣はゼロから組み上げられたじゃないですか? 保証は出来ないけど、転移魔法陣だってシンシアさんならチャレンジしてみる価値はあるんじゃ無いですか? なあ?」
なんとなくパルミュナの顔を見て同意を求めてみる。
「時間は掛かるかもしれないけどさー、シンシアちゃんなら出来るかもしれないよ? やってみる価値はあると思うなー」
「そ、そうでしょうか...?」
「うん、ダメでも精霊魔法の勉強にはなるよー?」
「はい。今度是非、仕組みを教えて下さい」
「いいよー!」
まあダメで元々だ。
その『ダメ元』で取り組んだ精霊の防護結界だって、今ではもう一人で組み上げられるようになってきたんだから可能性はあるだろう。
「なあライノ、これまでパルミュナちゃんと一緒に通ってきた大概のところに行けるって事はさ...」
「ああ、フォーフェンにだって行けるぞ。ただ、あんまり人前にポコポコ出る訳にもいかないから、目に付かないようにこっそりだったり、そこにいる言い訳を準備してだったりっていうのは必要だけどな」
「そりゃ街中にポンと出る訳にはいかないよな。大騒ぎになるさ」
「それもあるけど、俺たちが転移門を使って移動できるようになったってのは大きなアドバンテージだろ? だからエルスカインにはできるだけ隠し通しておきたいんだよ」
「そりゃそうだな! これはさ、イザって時の秘密兵器みたいなものだもんなあ」
「ああ。だから当面はこっそりとしか使わないつもりなんだ」
「了解だライノ」
「リンスワルド家の人達やシャッセル兵団には魂への宣誓魔法を受けてもらってるから大丈夫だけど、その他の人達には出来るだけ知られない方がいいと思ってる。って言うか、俺たちがエルスカインと闘ってることを知らない人には、かな?」
「そこだよな...」
「たしかにエルスカインには、転移魔法陣が自分たちの専売特許だって思わせておいた方がいいですよね!」
「うん、姉さんの言う通りだよ」
「だけど、上手い使い方は色々と考えていきたいんだ。みんなにも色々と知恵を貸して欲しい」
「もちろん、エルスカインに覚られずに王都を出るには最高に役立つさ」
「そうですね。例えば一人ずつであっても誰にも見られずにこの別邸を出られるのでしたら、北方に出発する時の目眩ましはかなり時間稼ぎが出来ると思いますわ」
「ええ、姫様が新しい馬車を発注してるって言ってたでしょう? それをここじゃなくって別の場所に届けて貰って、そこまで俺が一人ずつ連れて行くとか」
「なるほど、それでしたらこの別邸からの出入りは一切無いように見せ掛けられますね。素晴らしいですわ!」
「ええ、その辺りの段取りというか計画は、これから細かく打ち合わせましょう」
「かしこまりました...ところで、そのアスワン様の用意なされた屋敷というのは、わたくしどもでも訪れることが可能なのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。外から普通に来ると結界に迷って辿り着けないと思いますけど、俺と一緒に跳べば済む話ですからね」
「あの...もし宜しければ、いつか是非訪問してみたくございます」
「もちろんいいですよ。明日の朝からでも行ってみますか?」
「よろしいのですか!」
「いいよなパルミュナ?」
「うん、平気ー!」
「戻ったら魔力が補給されるんだから、何往復しても、あの魔法陣の上で休み休みなら大丈夫かな?」
「多分ねー、ただ、魔力は補給されてもお兄ちゃんの疲労自体が消える訳じゃないから、そこだけ注意してねー!」
「おお、そう言えばそうか。気をつけよう...じゃあ姫様、明日の朝食の後にでも早速行ってみますか?」
「はい、是非とも!」
「みんなもそれでいいかな?」
・・・聞くまでもなかったよ。
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普段、俺とパルミュナは・・・そして恐らくみんなも・・・日頃の朝食は泊まっている部屋に運んできて貰って食べているんだけど、今日は朝食後に『お屋敷訪問』イベントがあるので、みんな一緒にダイニングルームで摂ることになった。
夕食の時は優雅にゆったりと食事を楽しんでいる姫様も、なんだか今日の朝食は忙しなく食べていたように感じたのは気のせいだろうか?
いや、実際に全員食べ終わるスピードがほとんど同じだったし、デザートとかほとんど数口で食べ終わっていたぞ。
いつもなら、なんやかんやと話しながらゆっくり食べてるのに・・・
それだけ、みんなアスワンの屋敷に行ってみることを楽しみにしてくれたんだろうな。
念の為、食後は全員で会議室に移動して、家人たちには会議が終わるまで誰も入ってこないように言いつけた。
秘密保持というよりも、余計な心配事をさせないためだな。
それにいくら宣誓魔法があると言っても、『喋れない秘密』っていうのはストレートに負担だからね。
えっと・・・俺が勇者だってこと秘密扱いにしててごめんなさい。