別邸への帰還
「じゃー、アタシも一緒に跳ぶねー」
パルミュナがそう言って俺の横に並んだ。
転移門の中心で別邸に意識を合わせると、さっき試した時と同じように室内の『いまこの瞬間』の情景がくっきりと周囲に浮かび上がる。
「あ、いかん、忘れてた!」
俺が慌てて意識の集中を手放すと、あっという間に精彩だった寝室の姿は霧散して、周囲の浮かぶ沢山の風景モザイクの一つに収まった。
「なにがー?」
「荷馬車だよ、って言うか馬の方。毎日ここに来て世話してやれるならともかく、馬車から放してやらないと可哀想だ。賢ければ自分で牧場まで戻れるかもしれないし、ここなら野良でも生きていけるだろう」
「んー、それも一緒に連れてっちゃえば?」
「あの馬をここに連れてくるのか。まあ階段は広かったけど怖がらずに降りれるかなあ...」
「そーじゃなくて、革袋に入れちゃえばいいじゃん?」
「へ?」
「革袋に入ってるモノは転移の魔力を消費しないよー。それにここから跳ぶ時には自分の魔力は消費しないし、今のお兄ちゃんなら馬ごとに馬車を革袋に入れるくらい楽しょーだと思う」
「マジか?」
「まじー」
そう言えばアスワンも『革袋に入れても生き物が死んだりはしないから安心していい』と言っていた。
散々食材を入れてきたけど、丸のままの野菜とかも生きてるっちゃあ生きてるんだもんな。
うーん、しかし馬一頭そのまま、しかも荷馬車付きか・・・
家具とはちょっとレベルが違うけど、でも魔力的にはやれそうな気がする。
「でも馬がショックを受けたりはしないかな?」
「革袋に入った場所と出た場所が凄く違うと混乱するかもねー。でも馬にとっては一瞬の出来事だから、転移するのと変わんないよ?」
「瞬時に居場所が変わったのと同じ事か」
「そーゆーこと」
「なるほどな。よし、じゃあちょっと上に戻ってやってみるか」
「うん」
一階に上がって玄関の外に出ると、荷馬車と馬はそのまま同じ場所で待っていた。
手綱を結んでいた訳でもないのに賢い奴だ。
「ちょっとじっとしててくれな?」
馬に声を掛けると体に手の平を当てて、馬と荷馬車が繋がった一体のイメージで革袋に収納しようと考える・・・すると、なんの抵抗もなくスッと馬ごと馬車全部が革袋に吸い込まれた。
「おおっ!」
「やっぱり出来たねー!」
「本当に出来るとは...ちょっと魔力を使ったのは分かるけどキツく感じるほどじゃあないな。重いものを一回持ち上げたくらいだ」
「さすがー。これって、最初にアタシが箱から出てきた時より魔力を使ってるよ?」
「まじか!」
「マジー!」
あの時は本気で死ぬかと思ったのに、いまは『ちょっと力を出したかな?』ぐらいだよ・・・自分自身じゃ実感しづらいけど、俺の魔力って本当に上がってきてるんだな。
馬車と馬をまるっと革袋に収納したのに、どうってほどの影響は感じない。
これって、ひょっとすると・・・
「なあ、これで馬を平気で持ち歩けるんならさ...例えば『人』とかにも革袋に入って貰う事って出来るんじゃないのか?」
もしもそれが出来たら、転移門と革袋で世界最速最大の乗合馬車、もとい『運び人勇者』になれるんだけどな。
「んー、それは無理かなー、人は理から外れかけてる魔獣だし」
「どういう意味だ? 人だって魔獣の一種だろ?」
「普通の魔獣ならいいの。でも、人は時代が経つに連れてどんどん世の理から外れ始めてる。人が使う魔法だってそうでしょー?」
「そう言えばお前は人の魔法ってのは、理を無理矢理に捩じ曲げるような感じだって言ってたな...」
「そーなの。今の人族は魔力が弱まって自然の魔力を見れる人も少ないし、他の魔獣とも波長が合わない...いつからそうなったかは知らないけど、人が使う魔法は他の魔獣達が使う魔法とは全然違うものになってる。だから魔獣の中で、いまは人族だけが別の道を進み始めてる感じかなー?」
「そうなのか...」
「試すことは出来ると思うけどさー、革袋に入った人が無事かどうかは、その人の魔力や体質によって変わるかも? だから試さない方がいいと思うのよねー」
「マジか! 絶対そんなの試せんわ!」
「まー、アタシはアスワンに作って貰った精霊界と繋がってる空間にいるから関係ないけどねー」
もし、これで人を運べるのなら、ドラゴンキャラバンの危険性をちょっと減らせるんじゃないかと思ったけど、そう上手くは行かないか。
それに自力で出入りできるパルミュナは別として、もしも俺が途中で斃れたら、そのとき中に入ってる人も二度と出られずに一蓮托生だよな?
仮に革袋が破壊されなかったとしても、何が起きたのかも永遠に知らないまま凍った時の中に置き去りにされるのか・・・
うん、仮に出来ても怖すぎる。
やっぱり無いわ。
とにかく、無事に馬と荷馬車を革袋に仕舞えたので、再び地下室に降りて二人で魔法陣の中心に立つ。
「じゃあお兄ちゃんがやって?」
「分かった。別邸に跳ぶぞ」
「りょーかーい!」
さっきは途中で止めたけど、別邸の客間に『視線』を定めて心を集中し続けると、最初はザラザラしてぼやけていた室内の様子がどんどん鮮明さを増してきて、あらゆるものの細かな様子が見えてきた。
やがて、本当に部屋の中に立っているのと変わりないくらいに周囲の情景がリアルに感じられた時、なにか、自分のいる空間がズレたような不思議な感触に襲われ・・・
そして俺たちは、本当に別邸の客間に二人並んで立っていたのだった。
「ヒャッハーッ!」
「だいっ・せいっ・こーっ!」
二人揃って浮かれてしまう。
思わずパルミュナと手を取り合って部屋中をグルグル回りながら、即興の変なダンスを踊ってしまった。
いやあ、あの泉でミルシュラントの王都に向かえと言われてから延々と北上し続けたんだよなあ・・・ここまで長い道のりだったけど、苦労してきた甲斐があったよ。
これでもう移動の制約が無くなったも同然だ。
もちろん『まだ行ったことの無い場所』には跳べないけれど、何処にでも即座に戻れるというのは途轍もない事だよ。
『便利』なんて生やさしい言葉じゃ、とても表現しきれないな・・・
うん、こいつは世界が変わるに等しい!
「あの屋敷から跳ぶ時はホントに魔力を消費しないんだな。馬車を仕舞い込んだ時の方がよっぽど力を使ったよ」
「じゃー、もう一回屋敷に戻ってみて?」
「ああ、ここから屋敷に戻る時は自分の魔力を使うからか! それで魔力の消費具合が分かるな」
「そーそー。仮に使い切っても屋敷に戻ったらすぐに魔力が補充されるから死なないと思うよー?」
「死なないと思うよーってあやふやな表現ヤメろ。疑問形禁止」
「へっへー」
「まあビビっていても始まらないし、とにかく跳んでみるか」
「うん」
パルミュナが設置しておいてくれた戻り口の魔法陣の中心が、つまり、さっき俺たちがここに転移して現れた場所だ。
そこに戻って頭の中の転移魔法陣を呼び出すと、足下に同じ魔法陣が現れる。
行きと違って帰還する転移門には跳び先の選択肢がない。
周囲に地下室の情景がボンヤリと浮かんだので精神を集中すると、見えているディティールがどんどん鮮明になっていく。
やがて、さっきと全く同じように自分のいる空間がズレたような感覚に襲われて、次の瞬間には俺は地下室に立っていた。
「ふう...」
魔力が抜けた虚脱感はあったけど、大したことは無い。
それに、戻りきった瞬間に自分の体に魔力が流れ込んでくるのを感じる。
ああ・・・これも懐かしい。
箱から出した後のパルミュナに魔力を補填して貰った時と同じ感覚だ。
「大丈夫? どんな感じー?」
声がすると同時に真後ろにパルミュナの気配がして、背中から抱きしめられた。
「ああ、全然大丈夫だよ、ありがとう」
「良かったー!」
「戻った瞬間に魔力が補充されたけど、これくらいなら補充がなかったとしても多分平気だ。一人か二人くらいなら、今すぐでも連れて跳べると思う」
「そっかー、やっぱりお兄ちゃんって日増しに強くなってるねー!」
「そうだったら有り難い。自分で正確に測れないのがもどかしいけどな」
「じゃー、別邸に戻ろっか?」
「おう」
再び客間に戻ると、ちょうど窓から前庭に入ってくる馬車が見えた。
「お、いいタイミングで姫様達が戻ってきたみたいだな!」
「じゃー、行こーっ!」
「よっしゃぁ!」
二人とも考えていることは同じだ。
大急ぎで部屋から出て階段を駆け下り玄関に向かう。
途中ですれ違ったメイドの人が俺たちを見て、『あれっ?』って顔をしてたけど気にしない。
どうせ俺たちは家人達の間では挙動不審というか、いつも何処で何やってるか分からないことで有名だからね。
さりげなく玄関の内側に立って息を整えると、馬車から姫様が降り立つ頃を見計らい、二人並んで玄関から歩み出て姫様達を迎えた。
「お帰りなさい姫様。ピクニックはいかがでしたか?」
一瞬、呆気にとられていたけれど、さすがは姫様、すぐに平静を取り戻して和やかに微笑んで見せた。
「お出迎え恐縮でございますライノ殿。そちらの方も万事順調なようで何よりでございますわ」
「おかげさまで」
「ねー!」
ダンガたちやレビリスも驚いたものの、さきに転移門の存在は聞いていたからか、すぐに何食わぬ顔に戻る。
さも予定通りって表情を見せやがって・・・
くそぅ、もっと腰を抜かすほど驚いて欲しかったのに!