地下室の転移門
いつの時代も、勇者が一人しか出てこない理由は分かった。
きっとアスワンはずっと大昔からポルミサリアと、そこで生きるもの達を一人で守ろうとしてきたんだろう。
やっぱり俺は、義務とか沽券とか関係なしにその思いに応えたいし、パルミュナを守りたい。
はっきりと分かった・・・いや、それとも思い出したのかな?
パルミュナは本当に『俺の妹』だ。
少なくとも、このパルミュナの半分は・・・
それで十分。
今生の勇者は俺一人だけど、パルミュナが一緒にいてくれる。
ガオケルムがあるし精霊の魔法もある。
友人になってくれた仲間達もいる。
何が出てこようと、なんとかするさ。
「ちょっと、他の部屋も見てみるか?」
「そーだねー!」
パルミュナの喋りに間延びした感じが戻ってきてなんだかホッとしてる俺って、やっぱり変なんだろうか?
他の部屋も特に変哲は無く・・・というと妙だけど、この屋敷の規模や雰囲気に見合った感じの内装が施されている。
平たく言えば、豪華すぎないけど立派な佇まいって処だろうか?
一階も二階も、どの部屋にも誰かの生活感を感じさせるものは無い。
経験則的に言うと、恐らく三階は来客用の寝室とかだろう。
部屋ごとにサロンというか談話室風だったり遊戯室風だったり、あるいはベッドのある寝室だったり、そういった用途の違いは置かれている家具と内装で分かるけれど、気まぐれにチェストの引き出しを引いてみても、クローゼットの扉を開けてみても中身は空だ。
平たく言えば、『勇者の私物』と感じられるものが何一つ残っていない。
結局どの部屋を見て回っても、以前の勇者が残していったと思えるのは、最初に入った部屋にあった二本の小太刀だけだった。
「なんて言うか...家具も絨毯もカーテンも新品同様で、誰かに使われてたって感じがしないな。前の勇者がいなくなった後でそのまま保存されてたって訳じゃ無さそうだ」
「だよねー。きっとアスワンが全部片付けてから結界で封印したんじゃ無いかなー?」
「なんでそんなことを?」
「さあ? でも気配からするとこの屋敷を整えたのはずっと昔のことだもの。前の勇者がいなくなって結界を張って、それからアスワンも触ってないと思う」
「そうか...俺には分からないけどなにか理由があったんだろ」
「なんだろーね?」
「まあいいさ。きっとこの上の階も似たようなもんだろうな...とりあえず下に降りてみるか」
廊下の突き当たりにも別の階段があったので、そこから一階に降りてみると、屋敷のバックヤードにあたる空間だった。
要するに台所とかメイドや家僕の控え室のような部屋とか、あとは物置や作業部屋が集まっている場所だ。
確かに広い屋敷だけど、なんで二カ所も階段があるんだろう?
こっちを通れば、玄関ホールを通らなくても上の部屋に食事を運んだり掃除をしたり出来るとかかな?
キッチンからは井戸のある広い中庭に出られるようになっていて、その脇にはコの字型で棟繋がりの低い建物。
これまた経験則的に言うと屋敷に住み込みで働く人達が暮らす『使用人棟』っていうのが妥当なところだろう。
その続きは厩とか倉庫だな。
さっきからずっと感じているけど、勇者が一人で暮らしていた規模の建物じゃ無い。
って言うか、こんな大きな屋敷に一人っきりだったら寂しいだろ!
それに日々の掃除とか手入れとか絶対無理!
この広さの屋敷を管理するにはそれなりに人手が掛かるだろう事は分かるけど、勇者が沢山の使用人達に囲まれて暮らしていたって言うのも、なんとなく似合わないと言うかピンと来ないと言うか・・・
俺の勝手なイメージかな?
広いけれどなにもないキッチンを通り抜けるとダイニングルームに出た。
当然、ダイニングルームも大勢が一斉に食事を取れるサイズだ。
長テーブルの椅子の数を数えると十六脚。
一人どころか、パルミュナと二人ででも、ここで毎日の食事をするのは嫌だな・・・広すぎて。
「そこかなー?」
ダイニングから廊下に出ると、パルミュナが端の方にある扉を指差した。
物置かな?
「何がだ?」
「地下室の入り口」
「ああ...」
言われてみると、その周辺にちびっ子たちの気配が濃厚だ。
扉を開けてみると、確かに物置風の部屋だけど中には棚一つ無く、ただ地下へと降りていく広い階段が黒く口を開けている。
「降りてみるか」
「うん」
アスワンの用意した屋敷なんだから危険なことなんてあるはずも無いんだけど、無人の屋敷で暗い地下室に降りていくって言うのは何故か緊張するな。
古代遺跡の探検じゃあるまいに・・・
暗い階段を降りるために指先に光を灯そうとしたら、突然、階段全体がフワリと明るくなった。
「ありゃ、これどういうことだ?」
「この屋敷ってさー、奔流から魔力を汲み上げてるの。だから火とか明かりとか浄化とかぜーんぶ、たぶん屋敷自体が勝手にやってくれるんじゃないかなー?」
「なにそれ凄い!」
「アスワンだからねー」
一言それかよ・・・
広くて長い階段を降りていくと、突き当たりには重々しい扉がある。
無論どう見たって、普通の屋敷の地下室の造りじゃ無い。
降りてきた階段の幅広さと深さ、石造りの壁、それこそさっき思い浮かべた古代遺跡の雰囲気だ。
そっと扉を押し開くと、思いのほか天井の高い空間が現れた。
中はほのかに明るい。
魔石ランプの明かりとは違って、壁や天井全体が微かに光ってる感じ?
要するに、明確な光源が分からないって事だけど。
薄明るく、ホールと呼べるサイズの広い部屋に踏み込んでみると、その石床の中央部分に複雑な魔法陣が設置してあった。
「これだねー」
「ああ、いまの俺には転移門を開く魔法陣だって事が読み取れるよ。双方向でもガルシリス城やポリノー村のとは全然違うな...」
「だって精霊魔法だよ?」
「ごもっとも」
俺は精霊文字を『読めるように学んだ』というよりも『なぜか分かる』という状態だから、つい人族の文字との区別が曖昧になってしまうのだ。
「早速やってみるー?」
「言うまでも無いな」
パルミュナを部屋の隅に残して、一人で魔法陣の中央に歩み出てみた。
目を瞑ると、魔法陣に描かれている術式が頭の中に流れ込んでくる感じがする。
これは以前パルミュナに移植して貰った、『戻り口の転移門』をマーキングする魔法陣とセットになってる感じだな。
「なんかあったら、アタシがすぐに飛び込んで助けるからー!」
「ああ、でも多分大丈夫だ」
頭の中の魔法陣が動き、床の魔法陣とリンクした感覚があった。
すると、周囲に見たことのある風景が朧気に浮かぶ。
リンスワルド城の離れや裏庭はもちろんだけど、最初にパルミュナの出てきた『箱』の置いてあった田舎道やラスティユの村を始め、旧街道、岩塩採掘場に養魚場などなど、これまで二人で通ってきた山道や街道筋のあちこちもある。
ずいぶん細かく置いてきてたんだなパルミュナ!
まあ、助かるけどさ。
二人で泊まった『銀の梟亭』の部屋まであるぞ。
これでいつでも、あの美味いエールが飲み放題という訳だな!
いや待て、コクのある濃い味のエールは涼しい季節にしか作れないから次は秋が深まった頃だと言っていた。
いや違う・・・今はそれどころじゃ無くて、だ。
もちろん転移門の跳び先として浮かんでいる中には、王都のリンスワルド別邸もある。
俺とパルミュナが借りている客間の寝室だ。
そのイメージに向けて意識を集中すると、浮かんでいる沢山の選択肢の中から、寝室の情景が一段とはっきり浮かび上がってきた。
今朝、俺たちが部屋を出た後でベッドメイクが済まされていて、すべてが綺麗に整っている。
室内に人の気配は無い。
「おお、凄いなパルミュナ! これまで二人で通ってきた処はほとんど跳べるじゃないか!」
「へっへー、褒めてー!」
「おう、褒める褒める。パルミュナさえ一緒にいてくれるなら怖いもんナシだな」
「どーする? いったん姫様の屋敷に戻る?」
「そろそろレビリス達も別邸に戻る頃かなあ? でも試しに最初に跳ぶところは近い方がいいだろうから牧場の方がいいかな?」
「ここから跳ぶ時はどこでも変わらないよー?」
「そうか。だったら別邸に戻ろう」
スライ達はともかく、牧場の従業員達もまだあちこちに出入りしている時間帯だ。
うっかり見られて騒がれても面倒くさい。
二人とも元々ピクニックに行く時に着ていた服に着替え直して、代わりに脱いだ村人衣装を今後に備えて両方とも革袋に収納しておく。
先々、なにか使いどころがあるかもしれないからな。