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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第四部:郊外の屋敷
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屋敷を探検


木立の中に入っていく枝道は幅も広くて明るいし、路面が綺麗で足下も悪くなかった。

さっきまで通ってきた森の中の道に較べて、荷馬車の車輪を伝わってくる振動が明らかに少ないのが分かる。


・・・ん?


いやいやいや、この道を馬車が通るのって、たぶん俺たちが四百年ぶりの訪問者とかだよね?

道自体にも、なにか保存の魔法的な処置がされているんだろうか?

荒れ果てて草ボウボウという訳でも、逆に生き物の気配を感じない殺風景さでも無く、ごく自然な森の中の小径って雰囲気なのが不思議だな。


しばらく森の中の道を進むと徐々に木立の間隔がまばらになり始め、前方に広々とした草地が見えてきた。


恐らく、そこが終着点だろうと見当を付けて、改めて御者台の上から周囲の様子に意識を巡らすと思いのほか精霊の気配が濃厚だ。

これなら確かに気が付かないはず無い。

さっきからパルミュナが鼻歌交じりで楽しそうなのは、周りを沢山のちびっ子たちに取り巻かれているからなんだろう。


「アレだねーっ!」


不意にパルミュナが叫んだけど、ほぼ同時に屋敷の姿が俺の目にも入っていた。

いや、むしろ位置関係のせいなのか、いざ草地に踏み込むまでこんな大きな屋敷が目に入ってなかったってのが面白い。

リンスワルド家の別邸ほどでは無いにしても、姫様から貰った『本城の離れ』よりも大きくて、こんな森の奥に立ってるのは明らかに不自然なお屋敷だ。


「アスワンは、以前に他の勇者が使ってた屋敷だって言ってたけど、なんで森の奥にこんな大きな屋敷を建てたんだろうな?」

「さーねー? アスワンのやることだからねー」

「相変わらず投げやりだな」

「だってアタシの知らない話だもん。でもさー、アスワンがそうしたってことは、なんかそーする意味があったってことでしょ?」


「ま、そりゃ確かにそうだな」


そもそも冷静に考えると、大精霊が屋敷を建てるっていうのが想像できない。

いくら物作りの好きなアスワンとは言え、まさか自分でノコギリと金槌をふるって大工仕事をした訳じゃあるまい。

服を生み出す魔法の大規模版みたいな感じで家を建てられる魔法でもあるのか、それとも普通に勇者を通じて人を雇って建てさせたのか・・・


ま、だからどうだって訳でも無いけどね。

ちゃんと使える家ならそれで十分だ。


屋敷の玄関前に荷馬車を停めて御者台から降りたが、足を掛けるステップの場所があまり良くないので、いったん自分が地面に降りてからパルミュナの腰を抱きかかえて御者台から降ろす。

パルミュナを抱っこするのは随分と久しぶりだな。


「玄関、鍵とか掛かってないよな?」

「いらないんじゃ無い? そもそも呼ばれてない奴って入れないしー」

「それもそうか」


玄関は両開きの大きな扉だったが、(かんぬき)のレバーを引くとあっさりと開いた。

中には二階まで吹き抜けになった広い玄関ホールが見えるけど、明かり取りの硝子(ガラス)窓が沢山あるせいかまるで暗くない。


「わー、中にもいっぱーい!」

これはちびっ子たちのことだな。

室内なのに妙に明るい雰囲気があるのは、そのお陰もあるのかも。


玄関ホールには踊り場のある階段があって二階の通路へと続いている。

ホールの左右にも扉があって、恐らくその先には廊下が続いているんだろうな。

誘われるように室内に踏み込んでみるが、敷いてあるカーペットには塵一つ落ちて無い。


なんとなく誘われるように二階に上がって一番奥の部屋に行ってみた。

ドアノブに手を掛けると、もちろん鍵なんか掛かっていなくてスッと開くし、金具が軋む音すらしない。

精霊の保存魔法って凄いな!

四百年以上も放置していたお屋敷を、塩漬け肉を樽から出すみたいに言うアスワンの口ぶりも(むべ)なるかなだ。


「ああ、ここは...」


恐らく、かつての勇者が使っていた部屋なんだろうと感じた。

どうりで呼ばれた気がする訳だ。


部屋は綺麗に整頓されていて、クローゼットやベッドなどの幾つかの家具の他に私物と呼べるようなものは何も見当たらない。

ただ、暖炉のマントルピースの上に二本の刀が掛けてある。

どちらも俺のガオケルムよりは全然短くて、全長で言えば六割ぐらいか? 


そう考えつつ刀を眺めていて思い出した。

同じ長さの短めの刀が二本って、姫様の使ってた小具足取術の木剣と同じじゃ無いか!


マントルピースに近寄って、小太刀の一つを手に取ってみると、その鞘には南方大陸で施される『漆』(うるし)のような質感のとても綺麗な塗装が施されていた。

鞘の中間には複雑な線の模様が刻まれているが・・・これも恐らくは南方大陸の一地方で使われている文字だ。


一本を壁から取って抜いてみた。


鈍い銀色の刀身を、薄らとモヤのような魔力のゆらめきが覆っているのが見える。

間違いなく普通のオリカルクムではなくて精霊の力で魔鍛されたオリカルクムだな。

この小太刀は本当に勇者の武具だったらしい。

しかし、以前の勇者は南方大陸の出身だったんだろうか?


「昔の勇者が使ってた武具だな。魔鍛オリカルクムだし、たぶんこれもアスワンが作ったんだと思う」

「へー」


パルミュナは興味深そうに、俺の手にしている小太刀を覗き込んだ。

「これって文字なの?」

「ああ鞘の方か? これは南方大陸の文字なんだよ。多分、これがこの刀に付けた銘なんだろうな」

「なんて書いてあるのー?」

「さあ?」

「でも、ホントに昔の勇者がこれで闘ってたんだねー。まー相手はエルスカインとかじゃなかったと思うけどさー」

「だな。何と闘ってたのかは知らないけど、無事に引退したんだろうな」

「そーなの?」


「だって、壁にこの小太刀が掛けてあるって事は、持ち主の勇者もこの屋敷まで戻ってきたって事じゃないのかな? もし、どっかでやられていたら、この小太刀もそこで失われてたんじゃ無いかと思うんだ」


「あ、そーか! なるほどねー」

「まあ、四百年も前の脅威がなんだったのか、アスワンぐらいしか知ってる奴は残ってないかもしれないけどな」

「んー、今度アスワンに会ったら聞いて見ればー?」

「まあそうだな。他の勇者が何とどんな風に闘っていたのか、ちょっと興味があるし」


「だよねー」


ふとそれで、勇者はどうして『一つの時代に一人だけ』なんだろうって疑問が思い浮かんだ。


「なあパルミュナ、すっごく単純って言うか今さら聞くなよって質問かもしれないけどな?」

「うん、なーに?」

「エルスカインと闘う為に勇者をもっと増やすって方法は採れないのかな?」

「え...」

パルミュナはハッとした表情を見せると、なぜか急にそわそわし始めた。


「やっぱりそうだよね...きっと、その方がみんなにもいいんだよね...」

「なんだそりゃ?」

「だから、その、お兄ちゃんの魂を練り直して精霊の力を渡したのはアスワンでしょ?」

「ああ、そうだな。あの時は賢者のアスワンがいきなり少年化して驚いた」

「でね、アタシは特にお兄ちゃんに力を渡してないの...だから、アタシもいったん精霊界に戻れば、アスワンと同じように一人くらいは誰かを勇者に出来ると思う」

「おおっ! そうか!」

「でも、でも、それはちょっと時間が掛かるのと、精霊の力を沢山使っちゃうから...」


「うん、アスワンが少年になるくらいだからな。パルミュナだったらしばらくは幼女になっちまうかもしれんな。お兄ちゃんはそれでもいいぞ?」


むしろ見てみたい。

本当なら、そう言う時期も一緒に過ごしていたはずだって思えるんだ。


「そうじゃなくて...多分、アタシはもう現世(うつしよ)にいられなくなると思う...」


「えっ?!」


「アスワンは、元々もの凄い力を秘めてる大精霊なの。それでも、勇者の魂を探して練り直して力を渡して...それだけでも姿を保てなくなるほど力を使っちゃう。だから、勇者はたまにしか現世に現れない...元々そんなにしょっちゅう顕現させられないの」


「いやでも、前に会った時のアスワンは普通の賢者姿に戻ってたぞ?」


「見た目は戻ってても、多分、その革袋を渡した時だってアスワン自身は『箱』の外には出てこなかったと思う。それは金貨と革袋を渡すだけで精一杯で現世に出るのが大変だったから」


「そうだったのか...」


あの時、パルミュナに蓋を開けさせたのも悪ふざけじゃなくって、その為だったのかな・・・?


「アタシの力じゃ勇者に力を渡した後は存在が掠れて、何年も、ひょっとしたら何十年も現世に出てこれないかもしれない。ううん、力の減り具合が大きいと、ちびっ子の姿に戻っちゃうかも...」


「マジかパルミュナ?」


「うん。でも、もしも、アタシがすべての力をなくしてちびっ子に戻ったとしても、アタシはアタシだから...どんなに細い(えにし)の糸でも必ずたぐり寄せて、いつか必ずお兄ちゃんの側に戻るから。それは絶対に覚えててね」


「待てってば! なんだよ、最初に会った時は『アタシの役目だったのにー』なんて言ってたから、もっと簡単なんだと思い込んでたぞ! そんな大変だなんて知らなかったよ」

「あの時のアタシは色々なことに退屈してたから、それでもいいやって思ってたの...だってお兄ちゃんと...家族になる前だったから...」


この話題になってからパルミュナの語尾が間延びしなくなったのは、そんな深刻な話だったからか・・・

まさか、そこまで大変な話だとは思ってなかったぞ!


「分かったパルミュナ、今の話は忘れてくれ」

「でも...」

「いやダメだ。勇者は俺一人いればいい。絶対に俺がエルスカインをなんとかする。だから忘れろ」

「お兄ちゃん...」

「パルミュナがいなくなるなんて絶対にダメだ。きっと俺もパルミュナのいない世界じゃ力を発揮できない。勇者としてポルミサリアの役に立てない」


パルミュナが無言で俺の胸にしがみついてきた。

その頭をそっと抱きしめる。


「なあパルミュナ、お前はリンスワルド家の屋敷で俺に言っただろ? 『ずっと側にいてくれ』って。俺はそうするって約束したよな?」

「うん...」

「俺に約束を破らせるなよパルミュナ。だから、エルスカインのことは俺に任せろ。ドラゴンのこともだ。いいな?」

「うん...」

「よし! 俺たちはずっと一緒にいるんだ。だからドラゴンにもエルスカインにも負けたりはしない」


「うんっ!」

パルミュナが俺を見上げて笑顔を見せた。


ああ、その笑顔でこそのパルミュナだよ。

お前の笑顔を守る為なら、お兄ちゃんはドラゴンにだって負けないさ。


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