<閑話:世界の始まり>
: なあ、前にアスワンも『世界を誰がつくったのか知らないし、神の類いの存在なんて感じたこともない』って言ってたよな?
じゃあ、パルミュナや他の精霊たちは世界の始まりをどんな風に想像してるんだ?
: ん? ただ知らないってだけだよー?
アスワンも言ってたでしょー。知り得ないことの答えを考えても仕方がないって。
: まあ、そうなんだけどさ。一応は想像してみたりするじゃん?
: そっかなー?
: 俺が知ってる、世界が生まれた時の話って言うのはこうだ。
まず最初は、この世界には大地もなにも無くて、昼間の太陽と夜の月が輝いている天を巡って、ただ風だけが吹いてた。
: へー、その『風』って、魔力の奔流のことなのかなー?
: あー、そうかもしれんな...この話を聞いた時は、まだ魔力の奔流って存在を知らなかったから、思い浮かばなかったけど。
でな。その吹きすさぶ風が昼間の太陽に温められて、夜の月に冷やされてっていうのを何度も何度も繰り返しているうちに、だんだん、風と風がぶつかり合う所から水滴が飛び散るようになって、その水滴が長い長い年月を経て全部一つに固まって大きな水玉になった。
そうすると、風たちがその水玉の周りをぐるぐると回り始めて、風の中に含まれていた、目に見えないほど小さな埃や塩粒みたいなものを水に触れて洗い落とすようになった。
またまた、長い長い年月が経って、水玉の中に洗い落とされた砂埃が集まって大きな塊になり、水玉の中心で大地になった。
溜まった砂埃の塊はでこぼこしていて、その水玉から飛び出した所が陸地で、へこんでいまも水が覆っている所が海だ。
砂埃に混じっていた塩粒が溶けて海は辛くなり、逆に大地になった砂埃からは塩が抜けていまと同じ土になった。
そして、大地と海には生き物が育つようになって、色々な動物や植物が広がっていった。
だから、一週間が、天の日、風の日、水の日、土の日、星の日、っていう風に並んでいるのは、この世界が出来た順番なんだ。
: へー。でも、なんで最後は木の日や草の日とか、生き物の日とかじゃなくて星の日なの?
: ああ、星って言うのは、生き物の種なんだってさ。
夜に星空を見てると、時々、光が流れることがあるだろ?
流れ星とか言うけどさ。
あれって、たまに星が空から落ちてくるところで、海や大地に落ちた星が、新しい種類の生き物を生み出すんだそうだ。
だから『星』って言うのは、すべての生き物の始まりっていう意味なんだよ。
: ふーん、面白いねー。
: まあ、精霊の目で見ると馬鹿げた空想かもしれないけどさ、もし本当に、この世界がそういう風に出来上がったんだとしたら、風とか土埃とか星とかは、どっから来たんだろうなって思うよな?
いや、そもそも天とか太陽とか月ってなんなんだろうなってのが先か。
: さーねー。いま、そこにあるんだったら、それでいーんじゃない?
: でもおかしいよな? 誰も見たことないはずの世界の始まりを、なんで知ってるんだよ?って。
: だって、それもただの想像なんでしょー?
アタシやアスワンが気がついた時には、もう世界はこんな風だったし、いまは眠っている古い精霊たちだって、きっと世界が出来てから後に生まれたんだと思うなー。
だからやっぱりさー、きっとそれは誰も知らないんだよー。
: そっか、大精霊と言えど、誰も知らないのが、この世界の始まりの姿なのか。
: 誰も知らないんだから、正しい答えも間違った答えもないんじゃないのー?
: それもそうだな。
: むしろ間違っていると思うのは、見たこともないはずのモノを『こうだ』って断言する人たちかなー。
: ああ、でも多いよな、そういう連中。
: そーねー。
すごく昔からっていうか、いつの時代でも沢山いるよねー。
なんでか不思議ー。
: よく分からないけど、きっとそれで、自分の利益になることでもあるのさ。
: なるほどねー。
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・・・ ちょっと変な夢を見たよ。
毛布の下でパルミュナにくっ付かれていたせいかな?
あの故郷の村で暮らしていた小さなガキの頃に、母さんが教えてくれた『世界の始まり』のおとぎ話だ。
夢から覚めて思い出したけど、こまっしゃくれたガキだった俺は、その話を何度目かに聞いた後で、母さんにこう聞いたんだ。
『世界が始まった時って、そこにもう人がいたの?』
『いいえ、だってまだ生き物どころか、海も大地も生まれる前ですもの。誰も、何も、いない世界よ?』
『じゃあ、誰がそれを見てて、母さんたちに教えてくれたの?』
母さんはちょっと困ったような顔をして笑った後で、俺にこう言ったんだ。
『このお話は誰かが見てたことじゃないの。人は無いものを想像するのよ。見たことも無いものでも、決して見ることが出来ないものでも、それがどんな風だったか、これからどんな風になるのか想像するのよ』
『それって、どうして?』
『とても大切なことだからよ。そこにあるもの、見えているものだけに囚われず、まだ知らないことに思いを馳せることが人の力になるからなの』
『ふーん、そうなんだ...』
当時の俺にはピンと来なかったけど、でも、こんなに鮮明に覚えているのは、母さんの言ってることがとても大切なことだって感じてたからなのかな?
いまの俺は、なんとなく母さんが言わんとしていたことが分かってきたような気がするよ。