王都の外へ出るには?
とりあえずはシーベル家の心配事も無くなったし、大公陛下からドラゴンの居場所に関する情報を待つ間、パルミュナと二人でアスワンが用意してくれているはずの屋敷に行ってみることにした。
話通りに、その屋敷に設置されている転移門が俺にも自由に使えるのだったら、今後は姫様の別邸でもリンスワルド領の離れでも行き来し放題のはずだからね!
で、アスワンに貰った地図を姫様に見て貰うと、屋敷のおおよその位置が分かった。
王都の北東、シャッセル兵団の為に買い取って貰った牧場のさらに先にあるんだそうだ。
俺もパルミュナも、ごくナチュラルにそこまで歩いて行くつもりでいたんだけど、姫様から『徒歩では途中で一泊することになります』と言われてしまった。
いったん兵団のいる牧場に泊まればいいかとも思ったけど、それはそれで回り道になるらしいから、スライの顔を見るにしてもやっぱり馬車で行った方が良いのだそうだ。
で、その馬車なんだが・・・レビリスが御者をやると息巻いている。
「ブレーズさんじゃイザって時に危険だろ?」
「それはまあそうなんだけど...いいのか?」
「だからいいってばさ。むしろやりたいんだよ。この屋敷にいても退屈だからなあ」
どういうことかというと、ダンガ兄妹は根っから山里で生きてきた狩人たちなので都会に興味が無い。
あえて言うならアサムが若干?
リンスワルド別邸の庭で寛いでれば十分に満足という感じで、しかもレビリスに言わせると、だだっ広い奥の庭でなにをするでも無く、ただ三人で池の畔や木陰に寝っ転がってゴロゴロしているだけなんだそうだ。
あー、『狩りをしない時の肉食獣』ってそんな感じだよなーと、少し失礼なことを思い浮かべてしまった。
さすが根っからの狩人だな!
違う意味で、パルミュナとはダラダラした余暇の過ごし方について気が合いそうだけど。
さすがのレビリスもゴロゴロしているのに飽きてしまい、要するに動きたくて仕方が無いらしい。
とは言え一人きりで王都見物もつまらないし、状況的に単独行動には色々とリスクもある。
そこでアスワンの屋敷に行くという俺たちのプランに飛びついた訳なんだけど・・・
「それ以前に、姫様達をここに残して俺とパルミュナが二人いっぺんに離れちゃうのは気が進まないんだよなあ」
この別邸にはパルミュナが結界を張っているとは言え、俺もパルミュナもいない状況で、もしもギュンター邸に送り込まれた『犀の魔物』みたいなとんでもないのが来たら物理的に防げるかって話だよな。
いまではシンシアさんの精霊魔法もかなり当てに出来そうだけど、もしもの時にシンシアさん自身、姫様、エマーニュさん、それにヴァーニル隊長、四人分の防護結界をシンシアさんに維持させるのは危険だと思う。
「とは言っても向こうの屋敷がどんな感じか分からない以上、パルミュナにも来て貰わないと不安だしな...」
「アタシも一緒に行くのー!」
「そうすると俺はともかくダンガたちもさ、防護結界ナシになっちゃうから無理はさせられないよな?」
「そうなんだよ。そこも悩ましいだろ?」
はからずも体内に精霊の力を取り込んでいる今のダンガ兄妹は、例え防護結界なしでも俺とパルミュナの次に物理戦闘力が高いだろうけど、あの三人には無茶をさせたくない。
と言うか、俺が止めないと姫様達を守る為に無茶をしそうで怖い。
どうしたものかと談話室で唸っていると、珍しく姫様が一人で入ってきた。
「おや、姫様がここに来るなんて珍しいですね」
「もちろん、皆さんがここにいるとトレナに聞いてやって参りました。クルト殿の件も一段落致しましたし、次の行動について検討されているのでは無いかと思いまして」
「仰る通りです。アスワンの屋敷を見に行きたいんですけど、数日とは言え俺とパルミュナが王都から離れている間に、何かあったら心配だなって思って悩んでるんですよ」
「その隙を突いて、ここが襲われるかもしれないと?」
「ええ。ギュンター卿の狩猟地を出て以来、一度もエルスカインから襲撃されていないのは、向こうが『そんなことをしても無駄だ』と考えているからに過ぎないと思います」
「確かにそうですね。グリフォンに続いて犀まで撃退されては、闇雲に襲いかかっても無駄だとエルスカインも覚ったことでございましょう」
「でも逆に言うと、エルスカインは勝算があると感じた時には、躊躇無く襲いかかってくるはずですよ?」
「わたくしどもの動きは常にエルスカインに見張られていると考えて動いた方が賢明でございましょう。ただ、屋敷への出入りを見張るだけで彼らが勝機を掴めるかと申しますと、少々難しいように思えます」
「向こうも行動の中身を知っていないと襲撃しづらいって事ですか?」
「はい。エルスカインは、ライノ殿がわたくしと一緒にいることは掴んでおりますが、何故一緒に行動しているのか、という理由までは掴んでいないはずです」
「それはそうですね。ドラゴンを探すって計画はまだ露見してないでしょうから。単に...行き掛かりで姫様の護衛を買って出た、くらいに思われてるのかもしれません」
「であれば、これまで通り一緒に行動すること自体は不思議でもなんでもないこと...エルスカインも注意を払わないでしょう」
「えっと、つまり?」
「皆で一緒にお出かけになりませんか? 王都の外へピクニックに」
++++++++++
言われてみればなるほどだった。
そもそもドラゴンキャラバンをやることになったのは、皆が離ればなれになって戦力が下がるのを防ぐ為。
いざ北部の大山脈へ向けて出発する時に限らずとも、王都を出る時はみんな一緒に、というのが一番問題ないんだよね・・・
「ただ、みんなでピクニックという体で揃って屋敷を離れるのはいいアイデアだと思うんですけど、姫様達の事情というか行動予定というか、そっちの方は大丈夫なんですか?」
俺がそう言うと、姫様はコロコロと笑って言った。
「エルスカインの襲撃を防ぐ以上に大切な行動がございましょうか?」
「ごもっともです!」
「そういう言うことですので、みなでリンスワルド家の新しい牧場へピクニックに参りましょう」
「あ、なるほど! 牧場ならシャッセル兵団の連中もいるし、ちょうどいい目眩ましですね!」
「左様でございます。エルスカインは、わたくしどもがシャッセル兵団を雇い入れたのは戦力に不安があるからだと考えたことでございましょう」
「そりゃそうでしょう?」
「ですので、すでにシャッセル兵団は陽動の役目を果たしております」
「あっ、そうか!」
「わたくしどもが牧場へのピクニックがてらにシャッセル兵団の基地を訪れて閲兵と言いますか演習を見学するのは、その見方を強める事になりましょう。この先エルスカインは、わたくしどもが度々王都から出かけたとしても行き先がリンスワルド牧場である限り、『いつもの行動』と見做すようになるかもしれません」
「そうか...エルスカインには俺たちが不安に駆られているんだって思い込ませて...で、俺たちが頻繁に屋敷を出入りすることに慣れさせるんですね?」
「その通りでございます。エルスカインがシャッセル兵団に注意を払わなくなれば、わたくしどもの本当のキャラバンの出発もカモフラージュしやすくなるでしょう」
「そうなると全員一緒に行動しやすくなりますね。むしろ、王都を出て動く時は出来るだけ一緒であるように見せ掛けた方がいいくらいだ」
「それについては、わたくしが手配している策がございます」
「そうなんですか?」
「実は王都の商会に対して、極秘で新しい馬車を発注してあります。リンスワルド領を出る前に製作依頼を出しておきましたので、そろそろ出来上がってくる頃でございましょう」
「ひょっとして、お召し馬車を入れ替えたりするつもりですか?」
「わたくしたちがいつも使っている白い馬車が動けば、それにはわたくしとシンシア、エマーニュの三人が乗っていると誰しも思い込むことでしょう。逆に言えば、シャッセル兵団が牧場を動かず、そしてあの白い馬車がこの屋敷にある限り、わたくしたちが王都にいると宣言しているようなものでございます」
「脱帽ですよ。姫様」
俺がそう言うと、姫様は再びコロコロと可愛らしく笑った。
さすがは姫様だ。
ご本人は『武の家柄』と言ってるけれど、やはり同じ武でも戦士よりは知将の血筋だよね。
銀の梟の子孫なのは伊達じゃ無いな・・・