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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第四部:郊外の屋敷
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街と真珠


地図上で見るとクルト卿の屋敷は、リンスワルド邸から王宮を挟んで貴族街のちょうど反対側に位置している。

もちろん王宮を突っ切ることは出来ないので、クルト邸へは貴族街の内縁に沿ってぐるりと回っていくことになる。


ギュンター卿との待ち合わせは、狩猟地から王都までの隊列に同行させて貰ったことに対して、リンスワルド邸に礼を言いに立ち寄ったギュンター卿からクルト卿に会いに行くという話を聞き、『では是非一緒に』と姫様の思いつきで同行することにした、という話になっている。


もちろん、実際にそんな小芝居をする必要は無いので、これはあくまでもクルト卿に対する出会い頭の説明内容と言うだけだ。


それでクルト卿が家族共々無事ならば良し、ラミング家として兄弟三人手を取り合ってエルスカインと闘おうと説得するという流れだし、万が一すでにエルスカインの手が及んでいたとしたら、顔を合わせた瞬間に戦闘になるだろう。

その場合、こんな設定は最初の挨拶で吹き飛ぶことになる。


++++++++++


「姫様、そちらの席ではなくて後ろ側の席へ座って下さい」


馬車に入ると、なぜか先に乗り込んだ姫様とシンシアさんが前側の席、つまり進行方向に背中を向ける下座に座っていた。


「お気遣いありがとうございます。ですが、わたくしどもはこちらで」


「いや、万が一ですが、クルト卿の屋敷に着くまでに先手を打たれて襲撃された場合は、すぐにレビリスと連携する必要があります。俺たちが前側にいた方が話しやすいので」


今日はなんと、レビリスがこの馬車の御者に扮して手綱を握っていた。


レビリスの方から言い出してくれたことなんだけど、確かにこの布陣であれば馬車に乗った全員が防護結界を持っている。

しかも、クルト卿の屋敷について馬車を降りた後も、シーベル家の狩猟地の時のようにレビリスに防護結界の『芯』になって貰うことも出来るというわけだ。


護衛の騎士も、忍びという建前であえてヴァーニル隊長一人きりだし、万が一の時も周囲の人々を守ることを、さほど気にしなくて済むのは有り難い。

ちなみにダンガ兄妹は留守の間の別邸警戒担当だ。


クルト邸でなにがあるとしても、さすがに王都のど真ん中で狼姿になって走り回って貰う訳にはいかないだろうし、防御対象になってしまう騎士達は屋敷に残ってくれた方が、かえって皆が動きやすい。

護衛の騎士を守るって言うのも変な話だけど、相手が相手だからね・・・


「左様でございますか? ではお言葉通りにわたくしがそちらに座らせて頂きます」

「ええ、それでお願いします」


姫様が後ろの席に移ると俺がシンシアさんの横に座る形になるけど、馬車の後方を見張ることも出来るから、むしろ好都合だろう。

で、パルミュナは侍女だから姫様の横だ。


聞いた話によれば多くの場合に侍女は女主人のサポート役や話し相手であって使用人ではないので、馬車に乗る際にも向かいの下座に座る時もあれば、主人と並んで横に座る時も両方あるという事だった。

エマーニュさんが自分のことを使用人だと言っていたのは一種の謙遜なんだろうけど、普通なら筆頭魔道士が主と同じ馬車に乗り込んだ場合は、侍女が主と一緒に上座に座り、魔道士は下座に座るんだろうね。


もっとも姫様達の場合は馬車が広いこともあって、姫様、エマーニュさん、シンシアさんの三人で乗り込んだ時の座り方はその時次第で色々だって言う話だったけど。

そりゃあ、実際は家族三人の水入らずで乗ってるようなもんだもんね。

遠慮なく気ままに過ごしているんだろう。


「では皆様、発車致しますのでお掛け下さいませ。足下にご注意を」


レビリスが御者席から厳かに告げてきた。

成りきってるな・・・

別邸の管理を受け持っている家令の人に相談して、御者の服まで用意して貰ってる徹底ぶりだ。

二枚目のレビリスが格調高い伯爵家の御者の制服を着ていると、なにげに格好いいのが笑える。

どことなく無頼漢な感じのある破邪の装束より、よっぽど顔にあってるぞレビリス。


「どうだレビリス、問題無さそうか?」


「正直、昨日初めてブレーズさんにこの馬車を試させて貰ったんだけどさ、もの凄く馬がいいね。それと馬車自体の造りもメッチャ上等。俺なんか自分じゃ荷馬車しか動かしたこと無かったからスムーズさにビックリだったさ」


「へー、やっぱり違うもんか?」

「違う違う、もう雲泥の差。強いて言うなら、裸足で歩くのと革のブーツを履いてるくらい違う」

「そんなに?」

「それにさ、とにかく馬たちが頭いいんだ。実際、俺は馬を御してなんかいなくって、進む、停まると、左右どっちに行くかを教えるだけ。あとは全部、馬たち任せ。言葉で指示すれば分かって貰えるから、本当は手綱も握ってなくていいくらい」


「そりゃすごいな」

「たぶん馬たちはさ、前にいる馬車の後ろをついて行けばいいんだなって、もう理解してると思うよ?」

「さすが姫様のとこは馬も馬丁(ばてい)も超一流なんだな」

「まったくだよ」


俺たちの乗る馬車の前にはギュンター卿の馬車がいるので、実質、その後ろをついて行くだけ。

道に迷う心配もないし、馬たちに『あの馬車について行ってくれ』と言っておけば寝ていてもと言うか、御者なしでも辿り着けそうな様子だな。


先触れはギュンター卿がシーベル家の別邸を出る時に走らせているから、先方にはリンスワルド家の姫様が同道していることは伝わっていないはず。

たぶん、無いとは思うけど、もし、これで途中に襲撃を受けるようなら、リンスワルド邸は誰かに見張られていたと言うことだろうね。


++++++++++


王都の『貴族街』は、二本の川が合わさった三角州に当たる部分に立つ王宮を囲むようにして、ぐるりとその周囲に広がっている。

ただし、面積が広いのは王宮よりも川下側、方角で言うと西側の方で、三角洲の東側には、ごく薄く伸びているに過ぎない。


さらにその貴族街の外の川下側を、裕福な商家や市民の住居、それに高級な店が軒を並べる『新市街』が取り囲み、さらにその外側に一般庶民の住宅や店舗、宿屋や市場など実質的な商業の中心となる地区が広がっているという按配だ。


王宮より川上側、つまり東側のエリアには新市街や商業地区はなく、貴族街の中も公国軍の関係者や、大公家の親衛騎士団の人々が住むエリアが薄く伸びているだけだ。

その外側に市街地はほとんど無く、公国軍の基地や練兵場が大きな面積を占めている。


だから空から見た王都の街並みは扇形というか、王宮を頂点と見做せば人々が住む街区が『涙の(しずく)』のような形に広がっているらしい。

姫様から見せて貰った地図では、本当にそんな感じだ。


東を真上にして地図を見ると、北東の高台に湖があり、そこから流れ出した一本の川が滝を落ちて王都に向け流れ込む。

もう一本の川は南東の平野部から流れてきていて王都の中で合流し、そこからは一本の大河となって西の海岸へ向けて流れていく。

川の合流地点に建つ王宮から、(しずく)が成長するというか波紋が広がるというか、そういう層を重ねるように王都が成長してきたことが地図から読み取れる。


「涙の真珠だな...」


つい、頭の中で考えていたことが、独り言として口からこぼれた。


「涙の真珠、ですか?」

横に座るシンシアさんが俺の方を見る。

「すいません。つい独り言を言っちゃっただけです。ちょっと頭の中で王都の配置を思い出してたら、それが涙の雫みたいな形だって思えたんで」


俺は指で空中に雫の形を描いて見せた。


「あ、そういう意味ですか...」

「で、真珠が何年も掛けて薄皮一枚ずつの層を重ねて成長していくのと、街が少しずつ広がっていくのが似てるなーって思ったんですよ」

「それは...街も真珠のように育つという事ですか?」


「まあ、手っ取り早く言っちゃうとそうですね。真珠は最初に芯っていうか核になる存在が偶然貝の中に入って、その周りに少しずつ真珠の層が塗り重なっていくんだそうですけど、街も似たような感じじゃありませんか?」


「確かに何年も掛けて、少しずつ広がって大きくなって行きますね」


「でしょう? それに真珠って球形に育つものばかりじゃないって言うか、むしろ綺麗な球体に育つ方が珍しいんですけど...歪な形のものでも希に綺麗な形や不思議な面白い形になってるものがあって、そういうモノの中でも特に人気が高いのが、『人魚の涙』って呼ばれてる涙滴型の真珠なんですよ」


「そんな形の真珠があるんですか?」


「ええ。普通は完全な球体の方が美しいから珍重されますけど、涙的型の方も形が整っていれば珍しさで人気があるそうです。それにペンダントにしてもイアリングにしても涙的型って、金具にぶら下げた時に収まりの良い形ですからね」


「あ、なるほど。確かにそうですね!」


シンシアさんは単純に納得していたが、向かいに座っている姫様は不意に物憂げな表情を見せると、しばし考え込んでから口を開いた。


「今しがたの、『街が真珠のよう』だというライノ殿のお言葉、領地を預かる貴族の一員として胸に染みる思いでございました」


「なんですか、また大袈裟な!」


「いいえ、確かに街は人々の思いが形になったもの。それが輝くのは真珠のように年月を掛けて積み重ねてきたものがあるからこそでございます」


「それは、まあ、そうだと思いますけど...」


「昨日、ライノ殿は王都のことを『ちゃんとガヤガヤしてる』と表現なさいました。活気ある街ならではの、その『ガヤガヤ』こそが折り重なって美しい真珠層へと変わっていくものでございましょう」


「なるほど...」


俺が感心した。

一欠片もそんなつもりで言った台詞じゃなかったからな。


「芝居の大道具のように、原野に街並みをいきなり作って置いたとしても、人々が心地よく生きる場所には成りえません。街はまさに、人の心と活動が時間を掛けて生み出す真珠...ライノ殿の慧眼(けいがん)、決して忘れぬよう深く心に刻む所存でございます」


いつものことだけど、俺の何気ない一言が姫様の中で数千倍に拡大解釈されている気がする・・・


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