萌葱色のドレス
ドレスの色が決まってホッとしているとドアがノックされて、仕立て職人の女性達を連れた姫様が入ってきた。
「いかがでしょうパルミュナちゃん、ドレスの候補は決まりましたか?」
「うん、これにするー!」
「なるほど、落ち着きのあるグリーンでパルミュナちゃんの雰囲気にぴったりですわ。さっそく寸法直しに掛かって貰いましょう」
姫様の言葉で仕立て職人がパルミュナを連れて奥の部屋に行った。
あちこち細かく寸法を採らないと綺麗に直せないらしい。
パルミュナを拉致した一団が続き部屋の奥に消えると、姫様が俺の方に向き直った。
「ところでライノ殿、明日の訪問ですが、もしもという事は有り得るかと思います」
「そうですね。最悪はクルト卿本人がホムンクルス化されていることも、可能性として考えておいた方が良いでしょう」
「仰る通りです。それについてギュンター卿から言伝を頼まれておりまして...」
「そうでしたか」
元に戻す手段を考えて欲しいとか、そういうことだろうか?
残念ながら、俺にもパルミュナにもそれは不可能だ。
「もし、弟君がホムンクルスにされていた場合は、悩まずに即座に処断して欲しいとのことです。エルスカインの操り人形となった状態で生き続けるなど、決して本人も望まないはずだと」
真逆だった!
「...そうですか」
「もちろん、クルト殿は公国軍の連隊長です。私的な処断が表沙汰となれば大きな問題となりましょう。しかし、その責はすべてギュンター卿が負うと仰いました。自分がクルト殿を斬ったと言い張るそうです」
「姫様、本当のクルト卿がすでに殺されていて、『ニセモノのホムンクルス』だった場合には俺も悩みません。ですが『本物のホムンクルス』だった場合、魂はクルト卿自身なんですよ?」
「それについては、改めてギュンター卿にもご説明致しました。しかしギュンター卿は、『どんな甘言に乗せられていたのであろうと、エルスカインの手でホムンクルスになる道を選んだ時点でラミング家の恥であり、敵に回ったと考えるべきである』と仰いました」
「ホンモノかニセモノかを区別する必要は無いって事ですか?」
「その通りです。シーベル卿とラミング家に仇なす存在となった時点で、迷わず処断すべきであると、それについては兄上のシーベル卿ともハーレイで会われた際に話し合って合意してるそうです」
「なるほど...」
「何か気になられることが?」
「ちゃんと説明していませんでしたが、俺は狩猟地の森でカルヴィノを殺していないんですよ」
「左様でございましたか」
「驚きませんね?」
「...実は、なんとはなしに、そのような気はしておりました」
「見抜かれてましたか...カルヴィノは、恐らくエルスカインに妹を殺され、そうとは知らずに『手下になれば死んだ妹を生き返らせてやる』と、そそのかされたようでした。おまけにホムンクルスになれば永遠の命が得られるとも騙されてましたよ」
「エルスカインの悪逆非道さには怒りや不愉快を通り越して、わたくしたちが絶対に倒さなければならないと義務感を感じます」
「ええ。そんな状況に落とし込まれたカルヴィノに対する憐憫が無かったとは言わないんですけどね...ただ、俺としても確認したいことがあって奴を殺さずに再度放逐したんです」
「それはホムンクルスの扱い、でございますか?」
「さすがですね、その通りです。奴がエルスカインから離反しても生き延びられるのか? エルスカインはそれに気が付くのか? 気が付いたら出奔を裏切りと見做して処刑しようとするのか? 離れていてもそれが出来るのか?...そういった事です」
「カルヴィノの今後で、それがある程度見えてくるかもしれないと言うことでございますね」
「あいつには、できるだけ早くミルシュラントを離れて二度と近づくな、南方大陸にでも渡ってひっそり暮らしてみろと言ってあります。いずれ、シンシアさんにカルヴィノの居場所を探知して貰って、反応があればまだ生きている、無ければやはり殺されている、ということです」
「なるほど、理解しました。それはエルスカインとの戦い方を考える上で、可能性の探究として必要な事だと思います」
「そう言って頂けると気が休まりますよ。まあ体良くカルヴィノを実験台にしたんですけど、本人にもそのことを教えてますし、妹には『生きるチャンスをあげたんだから気にすることは無い』と言って貰えました」
「わたくしも同じように考えますわ」
「で、クルト卿の話に戻りますけど、仮に、クルト卿がカルヴィノと同じように自ら望んで魂を持ったままホムンクルスになっていた場合、それなりの事情や考えがあってのことでしょう...まあ、それも騙されて、ということに変わりは無いかもしれませんが」
「ギュンター卿の判断では、どのような事情があろうと、自分やシーベル卿、ゲオルグ殿を害する意図が無い限り、公国軍の指揮官を務める人物が、ある一個人の配下に下るなどあり得ないというお考えでした。それは同時にミルシュラント公国と大公陛下に対する背任行為でもあると」
「ああ、言われてみれば確かにそうですね。ルースランドに内通してるとも言える訳だし...分かりました。俺も躊躇しないことにしますよ」
「それでよろしいかと存じます」
「それにもしもの時、浄化されたホムンクルスの体は偽オットーと同じようにあっという間に風化してしまうので、問題というか事件にはならないでしょうね」
「事件の証拠と申しますか、出来事の後に残るのは服だけですものね」
「死ぬのでは無く消えるだけですから」
「ええ、元よりホムンクルスはすでに死んでいる存在でございましょう」
言われてみれば、その通りだな。
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その夜、レビリスやダンガたちも含め、皆で囲んだ晩餐の席で姫様が大公に謁見した内容を報告してくれた。
「大公陛下は勇者様の存在を疑うこと無く、ドラゴンの居場所について詳しい情報を手配して下さると仰いました。ただ、これまでどちらかというと『触らないようにしていた案件』であることから、いくつかの情報を突き合わせて正確な位置を割り出すために、少々日数が欲しいとのことです」
「さすが姫様ですね! そうもやすやすと大公陛下から協力を引き出せるとは驚きましたよ」
「ありがとうございます。ライノ殿が勇者としての身分を出来るだけ明かしたくないという事情もご理解下さり、目立たぬ事を望まれるなら、その範囲でエルスカインとの戦いを可能な限りバックアップすると」
「助かりますね! だけど、すでに大公陛下はエルスカインのことを知ってたって事ですか?」
「はい。すでにエルスカインが公国内での活動を再開したことを掴んでいたそうです。なによりも、大公家専属治癒士の馬車に正体不明の魔法薬が仕掛けられていたことがあったと」
「それって!」
「恐らく養魚場の橋で使われたものの類いでございましょう」
「被害は出なかったんですか?」
「事前に気が付いて防がれたようです。また、それ以来は王宮から怪しいものを排除できるように宣誓魔法の掛け方を変えたそうでございます」
「そうでしたか。それは話が早い...いや、それよりも大公家にホムンクルスが入り込んでいる可能性が低いとすれば、それだけでも安心です」
「その通りでございますね。ともかく、陛下も一度はライノ殿にお目に掛かりたいそうです。何か理由を付けて登城して頂くか、あるいは城外で大公陛下と出会う機会を設けるか...すぐにという訳ではありませんが」
「全然構いませんよ。いや、なんて言うか...姫様の政治力ってさすが領主様って感じですね!」
俺がそう言って姫様をベタ褒めして周りのみんなも頷いていると、シンシアさんがボソッと呟いた。
「謁見の場にレミンさんがいらしていたら、その理由がすぐに分かったかも知れませんね」
「え?」
急に名前を出されたレミンちゃんも面食らって不思議な顔をする。
姫様は、ニコリというよりもニヤリという感じで笑うと、シンシアさんに向かって言った。
「先手を取られてしまいましたね。本当はもっと盛り上げてから暴露したかったのですが...」
「私も偶にはドラマチックなことを言う役割をやりたいです」
いやシンシアさん、何度も思い出すけど初対面で破邪の挨拶をかましてきたのは十分にドラマチックだったよ?
今にして思えば、この母親にしてこの娘ありって感じだけどね。
って言うか、レミンちゃんがいれば理由が分かるって、それは?・・・
「自慢では無く、私が大公陛下にお願いしても同じように聞いて頂けたと思いますよ。強面の大公陛下も娘には甘いですから」