侍女のフリの代役
エルスカインの話題はさておき、初めて訪れた王都キュリス・サングリアは美しく、街歩き自体は心地よい時間だった。
散歩を終えてリンスワルド家の別邸に戻ると、ちょうど姫様たちも王宮から戻ってきたところで、玄関でばったり顔を合わせることになった。
「ライノ殿、パルミュナちゃん、王都の街並みはいかがでしたか?」
「綺麗だったー!」
「いい街ですね。清涼で整ってるけど凄く活気もある。フォーフェンとはまた違う方向で賑やかだし、ちゃんとガヤガヤしてるし」
「ちゃんと『ガヤガヤ』でございますか?」
「綺麗なんだけど、整いすぎてて落ち着かないってこともなくて...人がのびのびとしてる感じって言うんですかね? それがとてもいいなって思いましたよ」
「なるほど...仰ることはなんとなく分かります。当家の初代様も王都の街作りには知恵を出したそうですので、それを聞かれたらきっとお喜びになったでしょう」
『銀の梟』って、ホント何者?!
戦場では一騎当千で鳴らした上に、戦後の都市計画まで関わってるとは。
「ところで、明日はクルト・ラミング卿のご自宅へ向かう予定ですが、大袈裟に言いますとわたくしは『忍び』という扱いになります」
ギュンター卿は王都に着いた日にすぐ弟君の家に向かうのでは無く、いったんシーベル子爵家の別邸に入ってから、クルト卿を訪ねることになっていた。
狩猟地で仲良くなっていた姫様と俺たちは、たまたま誘われて同道するという体だ。
「あくまでも友人宅への訪問ですからね」
「そこで、いつもの馬車は使わずに、ライノ殿と同じ馬車にシンシアと二人でお邪魔しようかと思っております。差し支えございませんでしょうか?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます」
「あ、でも二人でって事は、エマーニュさんが一緒で無くていいんですか?」
「彼女も王都を訪れた際にはフローラシアとしてやらなければならないことや、やっておいた方が良いことが多々ございまして...明日はエマーニュでは無く、エイテュール・リンスワルド子爵としてキャプラ公領地の管理に関する会議や事務処理の為に登城することになっております」
「なるほど、そりゃあそうですよね...」
「じゃーさあ、明日は姫様もエマーニュさんも、どっちにも侍女がいないってこと?」
「そうなります。わたくしの方は公式な訪問ではないので差し支えありませんし、フローラシアの方も大方が実務的なことで、茶会に呼ばれると言ったこともございませんでしょう。仮に誘われても多忙を理由に断ってしまうとは思いますが」
「だったらさー、明日はアタシが姫様の侍女やりたーい!」
「お前! なに言い出してんだ、絶対に遊びの気分だろ? 駄目!」
「えーっ」
「えーじゃない。そんなママゴトされても姫様にとっては迷惑なだけだ! だから駄目!」
「あの、ライノ殿?」
「ですよね姫様?」
「それは楽しそうかと」
「ほら! 姫様だって楽しそうだって...えっ楽しそう?」
「ええ、パルミュナちゃんにわたくしの侍女役をやって頂けるなんて貴重な体験ですわ。宜しければ是非お願いしたいと思います」
「マジですか姫様?!」
「はい、マジでございます」
「やったー!」
なんか姫様にパルミュナの悪い影響が及んでないか?・・・
語彙とか。
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いつもの姫様の遊び心が遺憾なく発揮され、急遽パルミュナが侍女のフリ・・・もっと正確に言うと、侍女のフリをしているエマーニュさんの代役をすることになってしまった。
それにしても、さすがなのは伯爵家の手配力。
すぐに出入りの仕立屋にメッセンジャーが走り、一刻も経たないうちに仕立職人達が屋敷に訪れた。
もちろん、今日の明日のでちゃんとしたドレスを仕立てるのは厳しいから、あくまでも応急措置というか、姫様の持っているドレスの中からパルミュナに合いそうなものを選んで、少し小さめに寸法直しをするだけなんだけど、『手早く綺麗に寸法直しが出来る』作り方のドレスというのはそう多くなく、選択肢は限られているらしい。
と、聞かされていたんだけど・・・
「お兄ちゃんはどれがいーと思う?」
「俺に聞くなよ。お前の好きなのでいいじゃないか」
「自分で自分に似合ってるか判断するのは難しーの!」
「そういうもんか?」
部屋に持ち込まれた十数着のドレスを前にパルミュナが悩んでいる。
『限られた選択肢』の中から絞りに絞ってこの数か。
「だってさー、衣服の『好き』と『似合う』は同じじゃ無いから難しいのよねー」
「なるほど...それは難しい」
考えてみれば俺の場合、今着ている服は姫様が仕立ててくれたものだし、破邪時代の服装はほぼ機能性だけで選んでる。
せいぜい、選ぶ余地がある小物だったら好きな色の方を取るってぐらいか・・・
「じゃあ、俺の好みでパルミュナが可愛く見える奴って事でいいのか?」
「うん、それでいいの。って言うか、それがいーの!」
「分かったよ...じゃあちょっと服を当てて見せてくれ」
思いも掛けずパルミュナの服選びに付き合わされることになったが文句は言うまい。
こういう状況ってフォーフェンで旅装を仕立てて以来だな・・・
ただし、今回呼ばれてきた仕立屋の女性達はみんな恐ろしく上品で、猛禽さは欠片もないけどね。
そして一通りと言うか、一応全部のドレスを当て終わって、俺の感想タイム・・・
「俺がパルミュナに似合うと思ったのは、水色のと若草色のと...後は白って言うか真珠みたいな色のも似合うと思ったけど、それは止めといた方がいいか」
「なんでー?」
「すぐに汚しそうだから」
「ひっどーい!」
おう、久しぶりに頬っぺた膨らまして仁王立ちだ。
ちゃんと腰に両手を当ててるのもポイント高いぞ。
「大丈夫だと言い切れるか?」
「だ、だい、じょーぶ...きっと」
「お前の場合は、それを気にしてたら食事が味わえないと思うぞ? ひっきりなしに浄化し続けてる気がする」
「うっ」
「姫様のお供をするんじゃ無くって、逆に姫様に世話を焼かれるお前の姿が目に浮かぶわ」
「じゃー、やめとくー」
「そうしろ...それと、ちょっと大人っぽくなっちゃうけど萌葱色のもいいと思うぞ?」
汚れも目立ちにくそうだし。
「じゃー真珠色も魅力的だけど、こっちの萌葱色のにしよーかなー...落ち着いた雰囲気がアタシに合ってるしー」
「どの口で言ってるんだ?」
「ぶー! でもお兄ちゃん、真珠って見たことあるの?」
「あるよ。南方大陸の方だと、良く装飾品に使われてるな」
「ふーん、すっごく高価なんでしょー?」
「高いけど、こっちほどじゃあ無い。それに大きさや色と形で値段が全然違ってくるから、真珠だったらなんでも高いってもんでもない」
「へー、でも綺麗な方が高いって当たり前かー」
「そうだな。大きくて完全な球形で滲みも無いとなるとちょっとした財産だ。でも歪な形だったり、表面に斑があったりするといきなり安くなる」
「だったら磨いて丸くすればいーじゃん」
「真珠は天然の形だから磨くにも限度がある。下手に磨くと変な模様になっちゃったりな」
「詳しい! なんでー? ひょっとしてお兄ちゃん誰か女の人にプレゼントしようとかしてたの???」
「なわけあるか。真珠が海にいる貝の中に出来ることは知ってるか?」
「聞いたことはあるけどねー」
「普通の真珠は二枚貝の中にごく希に出来る。食用になる貝だ。食べる為に何十個って貝を剥いて、その中に一個か二個、真珠が入ってることがあるってくらい少ない。しかも相応に綺麗な奴ってなれば、更にその中の十個に一個とかだ」
「それじゃー高くても仕方ないねー!」
「ああ。しかもごくごく希に、魔石みたいな真珠が見つかるんだ」
「どーゆー事?」
「詳しくは分かってないけど、魚や貝にも魔獣に相当するものがいるらしい。貝の魔獣に人が襲われたなんて聞いたことが無いから、小さいし危険は無いんだろうけどな」
「へーっ! 初耳ー!」
「で、そういう貝から取れた真珠はもの凄い魔力を秘めてるそうなんだ。何年も掛けてゆっくり真珠が出来上がっていく時に、一緒に魔力が練り込まれていくらしい」
「なんか凄そう」
「ああ、もの凄い時間を掛けて魔力が凝縮されてるから、魔法の素質が無い人でも貝を開いた瞬間に分かるくらい凄いそうだ。そういうのが偶に見つかると、とんでもない値段になる」
「ひょっとして、お兄ちゃんはソレ狙いでお師匠さまと南方大陸に?」
「まさか。年に一個見つかるかどうかって話だからな。毎日仕事で貝を捌いてたって、よっぽど運が良くなきゃ出会わないだろう」
「そっかー、でも見つけられたら凄いね」
「そうだな。俺と師匠が南方大陸で遍歴をしている時に、たまたま近くの漁村でそれが見つかって大騒ぎになった。その時に、地元の人から真珠の話を色々と聞いたんだよ」
「なんだ、それで詳しかったんだー」
どうしたパルミュナ、なんで急にツマラナさそうな表情になる!
だって遍歴中の破邪が色恋してる暇なんかある訳ないだろ。