<閑話:レティシアの謁見-2>
「それでレティ、勇者様の目的は具体的にどういうものなのだ?」
そう言って陛下は顎に手を当てて指を動かしました。
以前、お髭を生やされていた時には考え事をする時に、顎髭を指で摘まむような仕草を良くされていたのですが、今でもそのクセが抜けないようです。
シンシアが生まれた後、髭があると『シンシアが頬ずりされるのを厭がる』と言って、陛下はあっさりと髭を剃ってしまわれました。
とうの昔にシンシアも頬ずりされて喜ぶ年齢ではなくなっていますが、それ以降も陛下はお髭を伸ばそうとしていません。
「勇者様の目的は、大枠ではこの世界を覆う魔力の奔流の乱れを正すことです」
「うむ、正直に言ってピンと来ない」
「わたくしも大精霊様から聞いた話でしかないのですけれど、昨今、世界中で魔力の奔流が大いに乱れているのだそうですわ」
「ちょっと待ってくれレティ、いま大精霊様に聞いたと言ったか?」
「ええ、教えて頂きました」
「それはレティが直接、大精霊様から言葉を賜ったのか?」
「ごめんなさいね、説明しておりませんでした。いま勇者様は常に大精霊様と行動を共にしていらっしゃいます。と言っても、建前上は大精霊様も身分を隠して、勇者様の妹様として過ごしておられますけれど」
「勇者様の妹が大精霊なのか? いや、サッパリ分からんがそれはどういうことだ?」
「大精霊様の顕現されているお姿が、それはもう愛らしい少女のお姿ですの。その上、勇者様を本当の兄のように慕ってらっしゃっていて...見ていてとても微笑ましいのです」
「うん...分からんが、理解云々よりも勇者様と大精霊様がそう振る舞っている、と捉えておけば良いのだろうな?」
「それでよろしいのでは無いかと。大精霊様や勇者様の真意は、ただの人には測りかねるところもありますし」
「まあ、そういうものだろうな...」
「話を戻しますと、勇者様は大精霊様と一緒に世界を巡って奔流の乱れを正して回る旅の最中でした。その途中で偶然、わたくしどもに出会って助けて下さったのです」
「だが、なぜその後もレティ達と一緒にいるのだ? 勇者様のお手伝いを請け負ったとか、そういうことか?」
「わたくしと勇者様の敵が同じだったからですわ。魔獣使いのエルスカインという敵が」
「待て、魔獣使いと言ったか!」
「ご存じでしょう?」
「無論だ。二百年前のガルシリス辺境伯の謀反をルースランド王家と共に裏で操ったと言われている存在だぞ? 知らぬ訳があるまい」
「そのエルスカイン、闇エルフの系譜に連なる存在だと噂されるエルスカインが、わたくしと勇者様の敵なのです」
「レティ、何故ゆえ勇者様がエルスカインを敵と見做すのか...いや、魔獣使いは危険な存在ではあろうが、勇者の敵と言うにはちと大袈裟に思えてな? その経緯を説明して貰えんだろうか」
「はい、少々長くなりますが...」
わたくしは、勇者様がガルシリス城跡で出会った事、ルースランド王家がすでにエルスカインに乗っ取られている可能性が高いこと、さらに魔力の奔流のことと大精霊様のお考えなどをとりまとめて、陛下にお話ししました。
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「事は思っていたよりも遙かに重大であったか...いやしかし、今日レティがここに来てくれて本当に良かった。魔獣使いが公国内で活動を再開したかもしれないという噂は入っていたのだ」
「そうだったのですか?」
「実は以前に大公家専属の治癒士の乗る馬車に謎の魔法薬が仕掛けられていた事があった。関係者は自殺してしまって真相は闇の中だが、いくつかの状況からそれが魔獣使いの企みではないかという疑いがある」
「なるほど。その魔法薬は恐らく、わたくしの影武者夫婦を襲った際に使用されたものと同じでございましょう」
「ふむ、そうなると根が深い話だな。悠長に構えていられる状況では無かったようだ」
「それについてはわたくしも、先日の襲撃を受けて勇者様にお助け頂くまでは、少々呑気に構えていたと思いますわ。単に、エルスカインが魔力の濃いリンスワルド領を狙っているだけだと思い込んでおりましたし」
「それにしても、数十匹のブラディウルフにグリフォン三頭とは。勇者様が異変を感じて駆けつけてくれなければどうなっていたことか...」
「視察隊は一人残らず皆殺しされていたことでしょうね」
「やはりか」
「護衛隊長のコーネリアスも勇者様ご一行の手助けがなかったら、最初のブラディウルフの群だけでもエルスカインは目的を達成していたはずだと言っておりました」
「あやつがそう言うからには、恐らくそういう状況だったのだろうな...」
「ええ、勇者様の存在で失敗の可能性を感じたからこそ、エルスカインは慌てて手持ちの最強の駒としてグリフォン三頭を、出し惜しみせずに差し向けてきたのでしょう」
「ちなみに『ご一行』と言うことは、すでに勇者様は大精霊様以外にもお仲間を率いておいでなのか?」
「はい、先ほど新しい村づくりのご報告を差し上げたアンスロープの三人兄妹もブラディウルフを撃退して下さったのです。それと、ガルシリス城で勇者様と共にエルスカインを撃退した地元の破邪の方、合わせて四名のご友人と行動を共にしておられます」
「勇者様にご友人と見做して頂けるとは、なんとも羨ましい話だ」
「あら? わたくしにも友人だと言って頂きましたわ」
「なに?!...レティよ、それは抜け駆けでは無いのか?」
「そんなことはございません。出会いの成り行きというものでございます」
「そういうものかな?」
「わたくしどもは勇者様の臣下であると自らを任じておりますが、勇者様は大変に奥ゆかしく謙虚な方でございます故、シンシアとフローラシア、それにコーネリアスにも、みな臣下を超えた友人であると仰って下さいました」
「そうか...」
陛下がちょっと悔しそうなお顔を見せています。
でも、実際に会って頂ければ、勇者様がどんな方なのかはすぐに分かって頂けることでしょう。
心配せずとも陛下も謙虚さを忘れなければ、勇者様から臣下として、そしてご友人と認めて頂けると思いますわよ?
「それにしてもレティの亡骸でホムンクルスをか...断じて許さん、いや絶対に許せん、その発想だけでも万死に値するな!」
「有り難きお言葉ですがホムンクルスは現実の危機。対処を誤れば貴族家を翻弄し、国を傾かせることも出来る存在です」
「うむ...ホムンクルスはいにしえの失われた魔法に関する言葉という認識だったが、よもや蘇っておるとはな...」
「正直、わたくしもつい先日までは、それほど火急の問題とは捉えておりませんでした。しかしながら、忘れた頃に自分が再三の襲撃を受けたのみならず、ここに来るまでにシーベル子爵家に入り込んでいたホムンクルスを二体も見るに至っては、認識を改めざるを得ませんでした」
「シーベル家にもか...」
「幸い、すぐに勇者様と大精霊様が対処して下さいましたが、仮にわたくしどもがシーベル城を訪れなければ、あのままシーベル家がエルスカインに乗っ取られていたかもしれません」
「厳しいな...」
「はい。厳しい状況です」
「しかし、ただ防御しているだけではいつか破られる。そうなればルースランドは隠していた牙を剥き出しにするだろう」
「そうならない為に勇者様と大精霊様が動いていらっしゃいます。世界を再び戦火にまみれさせない為に」
「レティの言わんとすることは分かっているよ。勇者様は一つの国や集まりを助ける為に使わされた存在では無く、それはミルシュラント公国であろうと同じだ。我らは勇者様のお力になりたいと願うが、勇者様に力を貸してくれと願うのはお門違いというものだからな」
「陛下がそれをご理解下さっているならば、勇者様との話は随分と早く進みましょう」
「で...具体的にはまず何からだ?」
「ドラゴンの居場所をお教え下さい」
「なに?!」
「北部大山脈の国境付近にドラゴンが住み着いているという話を耳にしました。わたくしどもはそのドラゴンに会う必要がございます」
「いやレティ、何を言っておるのだ?」
「勇者様はドラゴンと交渉されるおつもりですので」
「意味が、いや意図が、分からんのだが?」
わたくしは、勇者様にグリフォンを瞬殺されたエルスカインが次の策として、ドラゴンを攻撃手段として使おうとするのでは無いかという推測を話しました。
更に、ギュンター邸では犀の魔物が使われ、これも勇者様に撃退されたことから、『攻撃に魔獣を使う』という前提から言えばエルスカインがドラゴンを配下に収めようと試みるのは時間の問題だと思われると言うことも申し添えました。
そして、それを止める為には、ドラゴン自身を説得するしか無いと。
「ふむ...しかしドラゴンを操るなど、果たして魔獣使い達と言えども可能なものだろうか?」
「分かりません。しかしグリフォンを操れたエルスカインがドラゴンは絶対に操れないと考えることは危険でしょう?」
「確かにな...それで説得か」
「ええ、わたくしどもはドラゴンを『操る』術など持ち合わせておりません。エルスカインの甘言に乗らないよう説得するしかないのです」
「それはそうとしても、もしエルスカインがドラゴンを強制的に操れるのだとしたら、いくらあらかじめ説得しておいても無駄だろう?」
「それを防ぐ為の精霊の魔法がございます。ドラゴンがその魔法を受け入れてくれれば、エルスカインの企みを阻止することが出来ます」
「如何に勇者様の行いとは言え、どうにも難易度が高いような気がするが...」
わたくしやシンシアにエマーニュ、みんなで勇者様と一緒にドラゴンを探しに行くつもりだと言うことは、まだしばらく黙っていた方が良さそうですね・・・
「とは言え、他にドラゴンを止める方法がございません。杞憂だという意見もあるかと思いますが、そうでは無いと判明してから動いても手遅れでございます」
「うむむむ...」
「ですから、ドラゴンの居場所を教えて頂けますか?」
「分かった。勇者様への協力は惜しまない。ただ、ドラゴンが国内にいるということ自体あまり表沙汰には出来ない案件だ。大々的に調査をする訳にもいかなかった故、その居場所を特定するには集まっている情報を精査する必要がある。しばしの日にちをくれんか?」
「もちろんです。詳細が分かりましたら別邸の方にご連絡を下さいませ。その際に、勇者様とお会いする方法も相談できるでしょう」
「うむ、承知した」
すでに謁見の持ち時間は大幅に過ぎています。
それで無くとも、今日は無理矢理にねじ込んで頂いた謁見ですので、外では順番待ちの方が少々やきもきしていらっしゃることでしょう。
陛下はこの後、どうやってわたくしとシンシアのいる居室にふらりと立ち寄る時間を捻出されるつもりなでしょうのか・・・
周囲にご迷惑をかけすぎないかと、少しばかり不安です。




