<閑話:レティシアの謁見-1>
わたくしが大公陛下との謁見を申し込むと、異例の早さで謁見の許しが降りました。
今日のために準備した諸々の言葉を胸に、静かに謁見の間に向かいます。
何度入っても謁見の間では緊張します・・・なんというか、とても豪華なのですが内装に寛ぎが無いというか安らぎが無いというか・・・
いえ、君主の居城に意見すべきではありませんね。
忘れましょう。
お定まりの挨拶口上の後、リンスワルド領の現状と今後の見込みを交えつつ、キャプラ公領地と連携した新規事業の見通しをご報告し、さらにアンスロープ族を中心とした新しい村を領内に開墾する計画を上奏します。
今回は『てんこ盛り』ですね。
特にアンスロープ族の村に関しては、単に流民を勝手に居着かせて村を作るというのでは無く、ミルバルナ王国から村一つまるごとを住民ごと引っ張ってこようという話ですから、拗れてしまうと良くありません。
ミルシュラント公国のように、国民に移動や居住の自由を保障している国は世界的に見ても少数派なのです。
ダンガ殿の話では、領主が魔獣の激増になんら手を打とうともせず、助けてくれないからこそ村を捨てねばならなくなりそうだと言うことではありますが、そこはそれ。
むしろ、そういう無責任な領主ほど、『難癖を付ければお金になりそうだ』と思ったことに食らいついてきたりするものなのです。
ですから、わたくしのやろうとしていることを事前に陛下へお伝えしておくことは必須。
あわよくば、陛下からミルバルナ王室へ一報入れて頂けたりしますと、望外の喜び・・・
一通りのご報告と上奏を終えると、陛下がぽつりと仰いました。
「なあ、リンスワルド伯よ...他にも言うべきことがあるのではないのか?」
もちろん、話題はグリフォンに襲われた件でしょう。
「もしも、お許しをいただけるならば、お人払いを...」
「うむ、よかろう」
陛下がそう言うが早いが、周囲の重臣の方々がさっと背中を向けて謁見の間から出ていかれます。
しかも陛下はお人払いの際には、護衛の騎士も魔道士も全て下がらせます。
徹底しています。
異を唱える方も疑問を呈する方も、一人もいらっしゃいません。
みなさま、そんなことは試みるだけ無駄だとよく承知していらっしゃいますし、そもそも腹心の方々はわたくしと陛下の関係もよくご存じですので・・・
いま、この広い謁見の間には陛下とわたくしの二人だけ。
陛下が私を手招きしました。
玉座の近くまで来いということです。
声が漏れぬように魔道士が結界を張っているはずですので、気分的なものなのかもしれませんが。
わたくしは陛下をお待たせしないよう、そそくさと近寄ります。
「で、ぶっちゃけ何があった、レティ?」
『レティ』と言うのが、二人きりの時に陛下がわたくしを呼ぶ表現です。
それはもう、陛下がよちよち歩きの頃にレティ姉さまと呼ばれ始めてからは、ずっとこの名前で呼ばれていますので、わたくしにとってもこれ以外の名称は考えられません。
ちなみに陛下は、公式ではない場といいますか、ごく親しい者たちだけの間では、市井の言葉をお使いになられるのが大好きです。
噂によると、王都に放っている密偵たちには、いま庶民の間で流行りの言葉使いも毎月報告させているとかいないとか。
以前に、『どうして市井の言葉を使うことがお好きなのですか?』と伺ったら、『言葉使い一つで、自分が自由な立場にいる者のような気分になれるであろう?』とお答えいただきました。
実は私も、それ以来少しだけ陛下の真似をしているのですが、家臣たちは眉を顰めるので、本当に親しい間柄とでなければ使えません。
「大公陛下、これは是非とも内密にしていただきたいのですが...実は『勇者さま』とお会いしました」
「なんと! それはまことか?」
「はい。わたくしが先だっての視察の戻り道で魔獣の群れとグリフォンに襲われたことはお耳に入っていらっしゃるかと思いますが、その際に、私と家臣たちを助けてくれたのが勇者様だったのです」
「うーむ...実は如何に勇猛なリンスワルド騎士団と言えど、一体どうやってグリフォンを撃退したのか是非聞きたいと思っていたのだが...そんな裏話があったとはな」
「旅の破邪を名乗っておられましたが、それは世を忍ぶ仮の姿。実際は、大精霊の力を受けた勇者様でございました」
「しかしレティ、そういう大事なことは早めに報告してくれ。いくら各地からの報告もあるとはいえ、それはまた当事者の話とは違うからな。それに昨今の魔獣や魔物の動き、少々気になるところもある」
「申し訳ございません」
「いやいい、次からは頼む。ところでなぜそれが内密な話なのだ?」
「ご自分が勇者であることをできるだけ人々に知られないようにと」
「分からんな。なぜ勇者様は、ご自分が勇者であることを隠されるのか?...」
「勇者様のお言葉によりますと、人々からの賞賛を集めてはならないのだと」
「さっぱり意味が分からん...どういうことだろう?」
「勇者様の真意は、わたくしのような矮小な者には測りかねますが、大精霊様もそう仰っているらしく...」
「そうか...いずれ分かることかもしれんが。ところで、私も勇者様にお会いすることはできるかな?」
「お望みであれば」
「望まない訳が無かろう?」
「失礼致しました」
「レティ、頼むから周りに人がいない時はもう少し砕けた物言いで。と言うか普通に呼んでくれ」
以前、わたくしは陛下の事を『ジュリア』と呼んでおりましたので、そう呼べと言いたいのでしょうか?
「あら? いつぞや大公の威厳が...と仰ってたのは何処のどなたかしら?」
「すまん、アレはホラ、言葉のアヤという奴だ。と言うかいつの話だ。いい加減に許してくれよ」
「いいですわ。では見返りに後で父親としてシンシアの頬にキスを」
「無論よろこんで、だ。出来ればレティにも...」
「それはなりません。陛下もいい加減にお妃様を娶るべきです。さすがに家臣の方々も揃ってやきもきしてらっしゃいますよ?」
「...まあその、なんだ...今の発言は、その、シンシアを中心とした家族としての親愛だな」
「そうそう、言い忘れておりましたが、その『ご家族のお方』もリンスワルド家の屋敷ではお姿を見かけなくなってもう久しいので、離れの方は勇者様とご友人方にお譲り致しました」
「...あ、うん...納得するしかあるまいな。若干寂しいのは本音だが、レティの言う通り、もうあの離れを使わせて貰う機会もそうそう無いだろう。むしろ勇者様に役立てて頂けるなら本望だ」
「本望とは?...」
「言葉のアヤだ。あまり虐めてくれるなよ」
陛下がちょっと困った顔を見せます。
こういうところは、いまだに可愛く思える陛下ですね。
「陛下には、シンシアに対して幼い頃から沢山の愛情を注いで頂きました。わたくしにとっては、それだけで十分、十二分でございます」
「シンシアとももっと会いたいのだが、昨今はなかなかそちらに行く事が適わない。もちろん今回は連れてきておるのであろう?」
「はい。今日も一緒に登城しておりますが建前上はわたくしの謁見ですので、付き添いの魔道士として控えの間に待機しております」
「分かった。この後、様子を見てそちらの居室の方に偶然立ち寄るから、諸々よろしく頼む」
「ええ、お待ちしておりますわ」
「で、話を戻すが、人々に出来るだけ知られないようにと言うのなら、リンスワルド家の中では、勇者様はどういうお立場になっているのだ?」
「通りすがりの遍歴破邪が偶然、襲撃現場に居合わせて、一行の命をお救い下さったと言うことになっています。秘密として宣誓し、みな勇者様では無く大恩あるお方として接しております」
「ふむ...それでいまは勇者様はどちらに?」
「現在はリンスワルド家の別邸でご友人達と寛いでいらっしゃいます。ただ、この王都の近くに大精霊様の用意された拠点となる場所があるというお話で、近々そちらに向かわれるそうです」
「そうか、近くにいらっしゃるのなら丁度いい。是非ともお招きしたい。もしくは、なにか理由を付けて私の方からそちらに出向いても良いのだが...その拠点という場所はレティも知っているのか?」
「地図は見せて頂きましたが、結界が張られていて普通に道を辿っていっても踏み込めない場所にあるとのことです」
「勇者様がただの遍歴破邪を演じてらっしゃるというのならばだ。私の敬愛するリンスワルド伯爵の命を救った功績という名目で、王宮に招いて叙勲するとか、そういうのはどうだろう?」
「話の流れとしては筋が通ると思いますが、敬愛というお言葉は少々大袈裟かと」
「レティが私と正式に結婚してくれていたら、間違いなく敬愛ではなく、寵愛という表現になってたんだがなあ?」
「大公家にリンスワルドの血を入れるべきでは無い、ということはよくよくご存じでしょう?」
「まあな。実際それを言われるとグゥの音も出ないんだが」
「...ともかく。勇者様は大勢に対してご身分が露呈する危険性に繋がることを、極力避けようとなさっています。身分を隠してここに来る建前としては受け入れて下さるかもしれませんが、実際には叙勲や叙爵は不要と仰るのでは無いかと」
「ふーむ、そうか...お立場を隠していらっしゃる以上、なんであれ目立つことは避けたいと考えられておられる可能性は高いか。それに、折角来て頂いたのに歓迎の宴も開けないとなれば、ますますお呼びしづらい」
「ですが、アナタには是非とも勇者様のお力になって貰わなければなりません」
わたくしがそう言うと、陛下はスッと目を細められました。
身近な者でないと分かりにくいのですが、実はこの表情・・・陛下が内心喜んでいたり面白がっている時の目つきなのです。
「その言いようだと、勇者様が取り組んでいらっしゃることはかなり大変そうだな?」
「もちろんですわ。勇者様以外には成し得ないことだからこそ、勇者様が立ち向かわれるのですからね?」