王都へ到着
シャッセル兵団の連中と別れてから数日後、ついに到着した王都へ入るのはあっけないほどだった。
スライと以前話したように、市壁も城門もないから『ここから王都に入る』っていう感慨もなにも無く、歩いていたらいつの間にか街中にいたって言うフォーフェンと同じノリだ。
街区を過ぎる時には古い市壁の名残や門が目に入ったりもしたけれど、そういうところでも要所に立っている治安部隊の衛士の姿があるだけで、特に何がある訳でも無い。
ただし今回は仰々しい馬車の大行列だから、周囲から無数の目が向けられているのが分かるけど。
初めてリンスワルド邸を訪れた時、俺に向けられる家臣団からの目を『珍しい動物を見るみたいだな!』なんて思ったことがあったけど、今回はまさに大貴族っていうのは『珍しい生き物』の一種なんだとヒシヒシと実感するね。
俺自身は貴族じゃ無くても、立派な馬車に乗ってそこに一緒にいれば周囲から見た時には何の違いも無い。
うん、これはアレだ。
暇な村人が、なにか面白いことが始まるのを期待して旅芸人の一座を見るような目だな!
しかしパルミュナは周囲から注がれる視線も我関せずと言う感じで、ずっと窓から王都の景色を眺めている。
「街中に入って以来、ずっとこんな感じで見られてるよな...この中にエルスカインの放ったホムンクルスの目がどのくらい紛れ込んでるかと思うとぞっとするよ」
「...ただ、そんなには多くないのかも?」
「えっ、なんでそう思うんだ?」
「お兄ちゃんの言う『勘』かなー? ただの期待かもしれないけど、エルスカインが一度に操れるホムンクルスの数って、そんなに多くは無いんじゃないかなーって感じがするの」
「そうか?」
「アタシ、ポリノー村は途中からしかいなかったけどさー、村人にホムンクルスはいなかったんでしょ?」
「ああ、たぶん村にはいなかった。雇われてた五人のゴロツキの方は見てないから分からないけど、『誰かの身代わり』をさせる必要が無いから全員、金で雇っただけだろう」
「シーベル城の時は自分の魂で行動できてたカルヴィノだけ、ギュンター家でも偽オットーだけだったじゃん?」
「つまりニセモノのホムンクルスは一人だけだな」
「あれも両方一年以上も準備してたんだからさー、その気になればもっと沢山送り込めたんじゃ無いかなーって思うわけー」
「ああ、そういうことか!」
「後はー...正体不明の行商人と、ブラディウルフを召喚した転移門を開いた魔法使いに、ゲオルグ君を橋から落とす役だった魔法使い...そっちも近くに転移門はあったはずだけどねー...同じ魔法使いか別の魔法使いかは分かんないけど」
「行商人は、行動からして魂のある奴のような気がするな...なんかカルヴィノっぽいんだよ」
「なるほどー」
「魔法使いは分かんないけど、ホムンクルスにどこまでやらせることが出来るか次第か?」
「姫様を襲った魔法使いと、ゲオルグ君を襲う予定だった魔法使いは同じ奴かもしれないもんねー」
「それどころか、養魚場の橋で影武者夫妻を襲った魔法使いも同一人物か同一ホムンクルスもな?」
「それって可能性たかーい!」
「そう考えるとパルミュナの言う通りだ...意外に関わってるエルスカインの手下って少ないよな?」
「出てくる魔獣はやたら多いのにねー」
「魔獣使いって呼ばれてる所以だよな...だけどそれに較べて人族は妙に少ない。貴族家を乗っ取ろうとかデカい計画立てて、一年も二年も前から準備を仕込んでるのにな」
「アンバランスよねー」
「それ! まさにそれだよ。もっと大がかりに手下を送り込んでても良さそうだよなあ...」
エルスカインが妙に手の込んだ搦め手の攻め方ばかりしてくるのは、そのことと関係あるんだろうか?
それに、どうしても『腑に落ちない』ことも一つある。
あのモヤで襲いかかって誰でも手下に出来るんだったら、旅行中の貴族でも片っ端から襲えばいいじゃないか?
仮にモヤで乗っ取ると長生きさせられないとしても、死んだら死んだで、ニセモノのホムンクルスの材料にしてしまえばいい。
それで一ヶ月後に戻らせて、『何者かに襲われたけど、偶然生き延びてました。でもショックでちょっと記憶喪失です!』って定型パターンで行けるだろ?
なんで、エルスカインはそうしないんだ?
奴が姫様を何とか手に入れようと苦慮してるのはおいといて、カルヴィノの時でも偽オットーの時でも、そいつらを『親』にして、もっと沢山のホムンクルスや、モヤで操つれる手下を作ればいいのに、なんで、そうしないのか?
その方がなんでも早くことを進められそうに思う。
だけど、実際にはエルスカインは最小限の手下しか動かしてない。
なんでだ・・・?
師匠は『相手がやればいいと思うことをしてこないのは、それが出来ないからだと考えればいい』と言っていた。
もちろんこれは人じゃ無くって魔獣相手の話だけど、『ここで襲いかかられた危なかったなー!』とか、『さっきはなんで反撃しないで逃げたんだ?』とか、不可解に思う行動を取られることが希にある。
頭のいい魔獣は即興のフェイントくらいはかましてくるけど、人みたいに段取りを仕込んで『罠』を張るっていうのはまず無い。
というかそんな魔獣には出会ったことがない。
で、師匠はそういう時、敵は『やりたくても出来ないだけだ』という単純明快な思考を取る。
そして、『なぜ出来ないのか?』を考えれば、こっちが打つべき次の手が思いつけるって寸法だ。
じゃあ相手が魔獣じゃなくて、魔獣使いのエルスカインならどうだろう?
手の込んだ罠が好きなエルスカイン。
念には念を入れる用心深いエルスカイン。
そのエルスカインが、単純に『操れる手下の数をどんどん増やしていく』って方法をとらないことには、なにか理由があるんじゃ無いだろうか?
・・・うん、そんな気がしてきた!
きっとパルミュナの勘は正しい。
いつもながら師匠ありがとう。
ところで王都に着く直前に、姫様は大公陛下に謁見の申し込みをしたんだけど、今回は異例の速さで時間の指定が来たそうだ。
姫様曰く『きっとグリフォンのことを耳にされて、それを聞きたくてウズウズなさっているのですわ』と、楽しそうに笑っていたけど・・・
今日の謁見では、まずは姫様一人で大公陛下に会って様子を聞くという段取りになっている。
ドラゴンの居場所についての情報を得るって事もあるし、姫様としては俺の存在を大公に教えるつもりでいるから、その流れによっては会いたいという話になるかもしれないと。
まあ、そこら辺は全部、姫様の差配にお任せだな。
およそ対人関係とか社会的な段取りとか、どんなに俺が頭を絞っても姫様よりいい案を出せるはずが無いことは百も承知している。
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王都に入った隊列はそのまま停まること無くリンスワルド家の別邸に到着した。
貴族達の住居や別邸が居並ぶ『特別街区』には周囲をぐるりと囲んだ壁と門もあったけれど、そこで止められることもない。
先触れも走ってるし、誰が見ても貴族の隊列だから当たり前か。
ここには公爵や侯爵と言った、爵位の序列で見れば姫様より上の人達もぞろぞろいるはずだけど、そこまで細かく街が区切られている訳でも無いようだ。
かつての大公家が王都をここに定めて、家臣となった貴族達が続々とその周囲に集まり、大公陛下の城が見える辺りに住み始めた。
それで、最初は広々した田園だったこの付近はすっかり貴族達に買い取られ、いまでは豪奢な貴族の邸宅と、その間をなんとなく区切っている木立の混在した優雅なエリアに変貌している。
庶民達の街をその外側に作り始めたのはずっと後のことだそうだから、この貴族街が、実はキュリス・サングリアの本来の『中心部』に当たるらしい。
つまり、いま貴族街の周囲を取り巻いている城壁は、そもそも最初はキュリス・サングリアという街全体の市壁だったって訳だ。
いまでは、その内側は広々として優雅すぎて、とても『街』って雰囲気じゃ無いけど、敷地ごとを区切る壁や鉄柵が道に沿って延々と続き、その奥にある家々の大きさと住む人の地位の高さを物語っている。
切れ目のない一繋がりの壁が敷地の一辺に沿っていると考えると、普通の庶民の街なら『大通りに区切られた街区一つ分』ごとに貴族の屋敷が一戸ずつあるって感じかな。
そしてリンスワルド家の王都別邸はその一角、さらに奥まった林に囲まれた場所にあった。
ここに来るまでに見た周囲のお屋敷と較べても一際デカいけど、複雑な形をした本城とは違って四階建てのモダンなお屋敷だ。
姫様の話によると、最近こそは領地の本城に籠もっていることが多いけれど、以前はこちらで過ごす時間が結構長かったらしい。
姫様以前の時代も当主によっては、あるいは年によっては、年間の大部分を王都で過ごすこともあったというのだから、大きなお屋敷も宜なるかな。
大きなお屋敷も無駄に遊んでいた訳では無さそうだ。
それにしても、この隊列の馬車がすべて敷地内に収まっているのだから恐るべしだよ。
その玄関口には、別邸の管理をしている使用人の方々がずらりと勢揃いして姫様をお出迎え・・・
初めて姫様の居城を訪れた時は襲撃直後で電撃行動みたいな感じだったから、出迎えの人達もあたふたしてたけど、今回は準備万端で迎え出てる雰囲気。
一言で言って壮観だけど、日頃は使用していない屋敷の管理だけにこれだけの人数が雇われてるんだから恐れ入る。