ガオケレナとオリカルクム
俺とパルミュナが泊めてもらうことになった客間は村長宅の離れで、本当に客を泊めるために建ててある部屋だった。
「はー、食べたなあ...」
「食べたねー」
「かなり食べすぎたかもしれん」
「いやもう満タンよー。全部、魔力に変換しても口から溢れそうー」
お前、それ単なるエールの飲み過ぎじゃないだろうな?
まさかとは思うが、ここで戻すなよ?
大精霊の品格ってものもあるからな。
とりあえず、みんなが肉もエールもこれ以上は入らないって塩梅になったところで、いつの間にか中座していた村長さんが戻ってきて、俺とパルミュナを離れに案内してくれた。
狙い澄ましたかのようなグッドタイミングだ。
ありがたい。
部屋の中は思ったよりも立派というか、広いし、センスの良い調度品なんかも揃っていて、正直、田舎の下級貴族か騎士職の居所くらいの風格がある。
まあ、ひょっとすると、この村長さんには、それぐらいの立場や役職がついてるのかもしれないけど。
「パルミュナ、さっきのはいくらなんでもふざけすぎだぞ? お前、本当にエールで酔っぱらったりしたわけじゃないだろ?」
「あははー、ごめーん。でも、あれぐらいやっといたほうがいいかなーって思ってさー」
「何がよ?」
「だってさー、どうもこっちを虎視眈々と狙ってる感じの人とかいたしさー。あれぐらいやっとけば諦めるでしょ?」
「なにっ! いや、いくらなんでも、その見た目年齢のパルミュナを狙う男って許せんぞ? まさかラキエルの縁者じゃないだろうな? あ、それともパルミュナに王都でエルフの男を探すのかとか言ってきたやつか?」
そこそこ広いベッドの上にゴロンとひっくり返っていたパルミュナは、体を半回転させてうつ伏せになると、顔だけ俺の方に向けてニヤッと笑った。
「違ーう、狙われてたのはライノの方!」
「へっ?」
「だからー、熊の解体してる時に、ライノが独身か聞いてきたお姉さんがいたって話をしたでしょ? あの人のこと」
「なんだよ驚かせるなよ。大人の女性が男に粉をかけるぐらい、どうってことない話だろうが...そりゃ相手が俺ってのがお前にとってはお笑いなんだろうけどさ」
「でもさー。夜中に部屋に入ってこられたりしたら、ライノにとっても面倒じゃなーい?」
「そんなわけあるか!」
「それ、来ても面倒じゃないってこと? それとも入ってくるわけないってことー?」
「後者だよ確認するなよ。言わせんなよ虚しい」
「へへー、そうなんだ」
「大体、こうやって兄妹で一つの部屋を借りてるのに、それで夜這いしてくる女性とかいたら相当な強者だろ。俺より勇者だよ勇者」
「だけどあの人、アルメロアさんって言うんだけど村長の姪御さんらしいよー。途中で村長が宴会を抜けて、アタシたちの部屋を準備しに行ってくれた時、その後について行ってたもん」
「お前、なんでそんなこと知ってるの?」
「その後戻ってきた時に別の人が、『部屋はどうなったの?』とか聞いてて『妹さんの方は女の子だから、私の家に泊めるほうがいいって叔父様に話したわ』とか言ってたしー」
「そんなのありなの?」
「なんかねー、この村で取れる薬草で作った香油とか化粧品って評判いいらしいよー。大きな桶にお湯を張って、その化粧品を使って体を磨いてあげるだかなんだかの理由ー。丁寧にお断りしといたー」
あー、全身にお湯を使うから裸になって云々とか言い出したら、もうパルミュナの『見た目年齢』じゃあ兄妹でもマズイよな。
それを理由にパルミュナだけそっちの家の客間に泊めて、俺はここで一人寝って作戦か。
そして寝静まった頃に、あの美人の娘さんがこっそりこの部屋に来ると・・・
・・・あれ?
それはそれで、なにも悪くないような気もするのは、俺の思い過ごしだろうか?
っても、なんて訳にもいかないか、実際。
さっきの宴会の最中は、ラキエルたちや村長からも、もしも王都で暮らしにくかったら、いつでもこの村に移住してきて欲しいなんて有り難いことを言ってもらえたけど、勇者を続ける限りはここに留まってる訳にもいかないからな。
いや、それも違うな。
仮に俺が勇者じゃなくて、いまでも単なる遍歴の破邪だったとしても、やっぱりこの村には、というか、いまはまだどこにも留まれない。
故郷に戻るとか師匠の老後の面倒を見なきゃいけないからとか、そういう理由でもなくて、きっと俺はまだまだ『旅の破邪』でいたいんだよ。
結婚なんてずっとずっと先の話だ。
「なあパルミュナ、気を遣ってくれてありがとうな」
「おっー、ライノが素直にお礼を言ってくれるとはー。むしろアタシのほうがびっくりだよー」
「でも、ふざけすぎるの禁止な。今日、同じ部屋で寝る言い訳ぐらい、他に十通りぐらいあったと思うからな?」
「ぶーっ」
また体を半回転させてベッドに仰向けになると頬っぺたを膨らませるパルミュナ。
「最初の村に泊まった時は、無口な人見知りキャラで通すのかと思ってたよ。ここまではっちゃけるとは正直予想外だったぞ?」
「うーん、この何日かでライノの人となりもよく分かったからねー」
「どうだかな?...まあいいや、そんなことより一応聞いとくけど王都に屋敷が云々って話。あれも、その場の勢いのでっち上げだよな?」
「違うよー」
「あっさり言いやがった! マジか?」
「そうだよ、アスワンが本当に用意してるんだよー」
「いつの間にそんな話になったんだよ?」
「泉でライノと別れた後の話だよー。ライノが王都を中心にしばらく活動することになるかもしれないって言って、アスワンが準備してるみたーい」
「よく人の住む屋敷なんか用意できたな?」
「そりゃ方法は色々あるのよー。現に金貨だって用意して...ないかー、まだ。でも用意はできるし、次は本当に金貨だからねー?」
いや、まさか屋敷の姿は幻惑魔法で、実際は森の中に自分達で小屋を建てて住むみたいな話じゃないよな?
「別にそれならそれでいいけど、あちこちの魔力を刈り取って回るために旅をし続けなきゃいけないって話はどうなったんだ?」
「もちろん、それもアスワンが考えてるみたい。ただ、王都の屋敷って、この先ずっとそこに住むって話なのか、ミルシュラント公国で活動してる間に過ごしやすいようにって意味かは知らなーい」
まあ、それもそうか。
「なるほどね。長丁場になるんだったら、宿屋も高くつく割に融通が効かないこともあるからな」
「そういうこともあるかなー。普通の宿屋って迂闊に荷物とか置いとけないしねー」
「そうだな...この刀とか部屋に置き去りにできないよなあ。もしも街中で帯刀できない場所に行くことになったら面倒な話だ」
「あー、でもその魔鍛オリカルクムの刀は無くしたりしないから大丈夫だけどね」
「なんで?」
「そのうち説明しようって思ってたけど、それって鞘と刀身のどっちにも魔法が仕込んであるから、ライノの手元を離れても、どこにあるかライノにはわかるよー。あと、誰か他の人が勝手にその刀に触れたらそれもわかる」
「おい凄いな、それ」
「わかるだけじゃないよー。ライノはいつでもその刀と繋がってる状態だから、勝手に刀に触ったり持ち出そうとした人がいたら、刀を通じて魔力で攻撃することもできるのー」
「ホントか?」
「うん本当。まー魔力は結構使っちゃうと思うけどねー。それこそ繋がってるって意味なら、緊急通信の印を結んでるのと似たような感じだから、その気になったら刀の向こうにいる相手に話しかけたりできるかも? 試したことないけど」
「それはなんとも...刀を盗もうとした奴が、いきなり手に持った刀から話しかけられたびっくりして腰を抜かすだろうな!」
「ちょっと、その光景見てみたいかもー」
「ああ、俺もだ...で、なんだったっけ、ガケナレオの木だっけ? この鞘と柄の材料」
「文字順が違うー! ガオケレナの若木だよー! 不死の樹ガオケレナで鞘と柄を設えてあるんだから! ちょっとそこらにはない高級品なんだからねー!!! 刀身もアスワン手ずから鍛えた魔鍛オリカルクムだし!」
「長いし呼びにくい!...じゃあ略して『ガオケルム』な」
「なにその中途半端な略し方。ガオケレナなのかオリカルクムなのか、どっちの素材もわかんなくなっちゃってるよー」
「俺が呼びやすければいいの。今日からこの刀の名前はガオケルムです! もう決めました」
「そりゃー、ライノにあげたものだから、ライノがそれでいいならいいけどさー」
「うん、ガオケルムって強そうでなかなかいい名前じゃん?」
「自画自賛ー」
「やかましいわ。だって俺以外が使うことなんてないんだから、俺が呼びやすければいいんだよ」
「まーねー」
「よし。命名、ガオケルム。これからもよろしくな相棒!」
「おー!」
「いま俺、ガオケルムに向かって言ったんだけど?」
「知ってるけど代わりに答えた。てゆーか茶化した」
半目でパルミュナを睨む俺。
ベッドの上でヘラーっと薄笑いを浮かべているパルミュナ。
「・・・あれ、ところでなんの話してたんだっけ?」
「屋敷と宿屋の話ー」
「それだ。屋敷の方は、実際に行ってみないとパルミュナにもわからない感じか?」
「うん。まだ準備中だと思うし。多分、私たちが王都につくまでには用意できてるんじゃないかなー?」
寄り道なしでも、王都まではまだまだかかるから、準備時間はたっぷりあるってことだろう。
向こうでどういう用意がされるのか分からないけどさ。
「そっか。さて...部屋が暖かくて満腹のうちにとっとと寝るか?」
「そーだねー」
「じゃあパルミュナ、早速だが、この冷めかけたお湯を温め直してくれるか?」
「えー面倒...ってうか、精霊をカマド扱いしてるー」
「いいじゃん、食べ過ぎて魔力が余ってるだろ?」
「魔力はあるけど体を起こすのがだるいから、持ち上げてー」
「ったく...食べ過ぎっていうよりエールの飲み過ぎだろう?」
仰向けのまま脱力したポーズを殊更に強調するパルミュナの両脇に手を差し込んで、上半身を起こしてやる。
本当にコレは実体化した大精霊なのか・・・もしも誰かにそう問われたら、俺も自信を持って答えることができないな。
「美味しかったよー、ここのエール」
「まあ確かにな」
「フォーフェンに着いたら、エールの飲み比べが楽しみだねー」
さっきの目の光はマジだったな。
やっぱり狙ってやがったか。