シャッセル兵団の基地
シャッセル兵団と一緒に王都に入るのは特に問題無さそうだと分かったので良いとして、次の問題は王都滞在中の彼らの居場所だ。
今のところ、ドラゴンに関する情報を大公陛下から貰うまでにどの位掛かるのか、いやそれ以前に貰えるかどうかすら決定事項じゃ無い訳で、場合によっては情報収集のために長く王都に滞在する可能性があるかもしれない。
それに俺としては、まずはアスワンの用意してくれているという屋敷に行って、パルミュナと一緒に転移門が上手く使えるかどうかを確かめないと行けないし・・・
そこに彼らを連れて行けるのか?
いや、まずは諸々の状況を確認しないとダメだ。
さすがにその間、リンスワルド家の別邸に三十人も閉じ込めておく訳にもいかないだろうからなあ・・・
彼らの息抜きはともかく、馬の調達やらなんやらで行動して貰う必要も出てくるだろうし、正体不明の私兵達がリンスワルド家から出入りして王都をウロチョロしていたら、周囲の噂話的に宜しくないことは自明だ。
元々の団ごと・・・いまでは『班』って扱いになってるけど・・・に分散して貰うって事も考えたけど、それにはスライが難色を示した。
曰く、『短期間とは言え、互いに命を預け合うことになるかもしれない間柄だ。出来るだけ一緒にいて同じ飯を食っていた方がいい』とのことで、これは納得せざるをえない。
悩んだ俺は、あっさり降参して姫様に相談することにした。
翌日の夕食時、幕舎の中で姫様と一緒にテーブルを囲んで食事を楽しんだ後、件の懸案を持ち出してみる。
「姫様、ちょっと知恵を貸して欲しいことがあるんですけど?」
「はい。なんでございましょう?」
「実はシャッセル兵団のことなんですけど、王都に到着したら、彼らの居場所を考えてあげなきゃならないと思ってるんですけど、いい案が無くて。王都でどんな動き方になるかまだ見えないし、その間、彼らを宿屋に放り込んでおいていいものか...」
「人数的に、宿屋の場合は貸し切りにしないと支障があるかもしれませんね。わたくしとしては兵団の方々には別邸にいて貰って構わないと思っておりましたが?」
「うーん、ずっと姫様の別邸にいさせるというのも、あまり良くないと思うんですよね」
「それは周囲の噂ですとか、印象といった理由でございましょうか?」
「ええ。姫様は気にしなくていいと仰ってくれるかもしれませんが、俺は気になります。それにドラゴンキャラバンが王都を出発するまでは、他の貴族達の間に不穏な噂が流れない方がいいと思うんです」
「ライノ殿やわたくしどもが自由に動くことに差し障るかもしれないと?」
「それもありますけど、エルスカインが王都にどんな手を伸ばしているか分かりません。不要に貴族達の猜疑心を煽る行為は、奴を利する可能性があります」
「なるほど...確かにライノ殿の仰る通りかもしれませんわね。いまは表向きギュンター卿の護衛ですが、王都に着いてしまった後は、その言い訳も効かなくなりますし」
「あの人数を目立たせないって言うのは無理がありますけど、なんとか不自然じゃない様に出来ないかなあ、と」
「承知致しました。わたくしも考えてみたいと思いますので、少々お時間を頂戴できますでしょうか?」
「申し訳ありません、なにかいい案があったら、是非教えて下さい」
「かしこまりました」
++++++++++
で、結局どうしたのかというと、シャッセル兵団は王都に入らないことになった。
王都の手前で一旦隊列を分けて、彼らだけ王都を迂回する形で独自に北進して貰い、郊外にある牧場に行って貰うことにしたからだ。
姫様は俺が相談した後に方々に使者を走らせ、シャッセル兵団が長期間過ごしていても目立たない場所を探してくれたんだけど、その結果、いくつかの候補の中から姫様が選んでくれたのが、なんと牧場だった。
他に、大きな宿屋を借り上げるとか、そこそこのサイズの屋敷を押さえると言った手段も検討してくれたらしいけど、いずれも王都の中では目に付きやすい。
兵団は別に悪いことをしている訳でも無いのに、勝手に『悪いことを企んでる人達じゃ無いか?』と周囲に邪推されると逆効果だ。
そういう訳で、大勢の人間がいても目立たず、馬が沢山いても当たり前で、なおかつ、広い牧草地が馬術や弓の鍛錬にも使えると言うことで、この牧場に白羽の矢が立った。
仮に邪推されても問題ないように、大公陛下には親書で一筆入れておいたって言う話だし、いつぞやの『叛乱伯』みたいな目で見られる心配は無いだろう。
しかし牧場の話を聞かされた俺はビックリして思わず口にした。
「姫様、その牧場って凄い費用が掛かってると思うんですけど?」
「もちろん安くはありませんでした。王都にも近く、土地も肥えていて良い牧場ですので」
「ですよね...いや、俺が費用面の心配をするのも、どの口が言うんだって感じなのは自覚してるんですけど...」
リンスワルド家はキャプラ川に自費で橋を架け、しかも通行税を取らずに長期的に収益化したんだから、そんじょそこらの伯爵家とは資金力が桁違いなのは明白だけど、それでも俺のような庶民にしてみれば心配になってしまう大金だよ。
いや、こんなことが無かったら一生考えることもなかった金額だろう。
「そんな些細なことはライノ殿が心配なされることではございません。土地の所有者は近隣の貴族家でしたので、建前としてもリンスワルド家の新規事業として公式な買い取り契約をしておりますし、もちろん今いる牛や馬ごと買い取りました。元の使用人達もそのまま雇用しておりますので、本当に牧場経営事業としてすぐに取り組めます」
「そうなんですか?」
「はい。この件が片付いた後には、あの牧場からの収益もリンスワルド家の潤いになってくれるでしょう」
「凄いですね。脱帽ですよ」
「シャッセル兵団の方々のことは、『とある伝手から頼まれたので、しばらく私兵達の訓練用地として貸し出すことにした』と伝えてあります。嘘ではございませんでしょう?」
そう言っていつものように微笑む。
『勇者から頼まれました』とは言えないもんね!
彼らの食事や何かは、近隣の商人を通じて手配してくれたそうなので、俺は気にしなくてもいいとも言われた。
『些細なこと』というのは極端にしても、姫様が俺に心配をかけない為に、そういう説明をしてくれているのだとは思っている。
だけど、それを見越してもなお姫様の領地経営手腕だったら、その牧場をあっという間に収益源に変えてしまえるんじゃ無いだろうかと・・・
姫様って疑問の余地無く、そう思わせてくれる人だからね。
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そんな訳で、当面はシャッセル兵団とは別行動になる。
現状、特に彼らに任務をお願いしている訳でも無く、まずは人数分の馬と馬具を手に入れて貰うことと、三十人での連携を深めて貰う訓練をするって事で、こちらからの連絡があるまで待機して貰うことになった。
馬の購入費なんかは、俺が持ってる金貨から出しておくことにする。
そりゃあ姫様に言えば即答で出してくれるだろうけど、俺だって少しはお金を使わないとな。
それに足りなくなったらアスワンがなんとかしてくれそうな気もするし・・・してくれるよね?
数枚の金貨を革袋から取り出してスライに渡すと顔をしかめられた。
「金貨かよ...俺たちじゃいい両替屋をあてに出来ねえぞ?」
「そんなもんか?」
「傭兵なんてのは、金勘定してる連中からは足下を見られる存在だからな。王都に馴染みの両替商なんかいねえから手数料を吹っ掛けられるかもしれん」
「それならそれで仕方ないさ」
「俺が嫌なんだよ。手数料を上乗せして自分の懐に入れたって誤魔化せるじゃねえか? そういう間合いがあるのが嫌なんだ...ボスが銀貨に交換してから貰う訳にはいかねえか?」
「それだと王都に着いてからになっちまう。でも馬を三十頭だ。まとめりゃ金貨で払えることになるだろ?」
「向こうからは厭がられるかもしれねえけどな。結局、割高な値段を言われる可能性はあるぞ」
「その程度は仕方ないさ。スライの差配に任せるから頼む」
「わかったよ...」
王都に着いてからも馬や馬具を揃えるのだって、それなりに日にちは掛かるはずだから、後は、今後の動き方が決まるまでノンビリして貰っててもいいかな? とか思ってたら、これもスライからダメ出しをされた。
「いいかボス、兵隊ってのは動いてナンボだ。暇を持て余した兵隊ってのは碌な事にならねえんだよ...雇い主にとっても本人にとってもだ。剣を振ってない日が続きゃあそんだけ弱くなるし、余計なことばかり考えるようになる」
「そ、そんなもんか...」
「そうだ。だから暇があるなら訓練でもしてるべきだ。腕の鈍った傭兵は早く死ぬんだぜ? 腕っ節を鍛えるのは自分自身の為でもあるんだ」
「なるほど...」
「だから調達関係が一段落付いたら、あとは牧場とやらの敷地で訓練させて貰う。幾ら見知った顔を集めたっつっても寄せ集めに変わりはねえからな。ギュンター卿の庭で魔獣に襲われた時、勝手に怪我した奴がいただろ? ああいうことが起きちゃいけねえんだよ」
「そうか、そういうのも連携って事か」
「だからシャッセル兵団って同じ名前のもとで、同じ飯を食って、咄嗟に連携できるように戦闘訓練をする...給料貰ってる以上、暇な時間の訓練は義務だ。出来れば気合い入れる為にボスにもちょくちょく見に来て欲しいがな」
「で、出来るだけ善処するよ...」
「まあ無理にとは言わんが、早めに連絡をくれ。さっき受け取った金で、馬や装備はこっちで揃えとく」
「色々すまないけど、頼んだ」
そしてスライは傭兵達を引き連れ、王都を迂回する道へと荷馬車を進ませていった。
うーん、シャッセル兵団の運用に関しては、何から何までスライにおんぶに抱っこだな。
もし、リーダーとして彼がいなかったらどうなっていたやら・・・