兄弟の絆
従者の方々が幕営の準備を進める中、馬車から降りてきたシンシアさんの処にパルミュナが駆けよって二人で何かを相談を始めたが・・・きっと精霊の結界の『実技演習』をまたやる気なんだろうな。
パルミュナが側を離れて一人になったので、なんとなく手持ち無沙汰でボーッと設営の様子を眺めていたら、後尾からスライがやってきた。
「ボス、相談だ」
「うん」
「ギュンター卿から貰った馬と馬車だけど、このまま王都まで護衛として付いていく訳だから、もちろん売らずにそのまま乗っていきたい。道中の飼い葉なんかは隊列から支給して貰えるって思って構わないよな?」
「当然だよ。ただ、あれは本当はスライ達の私物だけど、今後はシャッセル兵団の備品になる訳だから、俺が買い取らないとダメだろう?」
「いや、私物って...まあ貰ったと言やあ貰ったけど、あの場で解散前提だったからなあ...シャッセル兵団を解散する時に改めて貰えるって話なら有り難いが」
「いや、買い取った方がいいな。今後の動き次第では馬車で移動するより、各自が馬に乗って貰った方がいいかもしれないし」
「各自がって、三十頭の馬を買う気か?」
アスワンに貰った金貨はまだ十分にある。
と言うかダンガたちに渡した報酬以外に、デュソート村での買い物は当然銀貨しか使ってないし、リンスワルド邸で過ごすようになってから使ったお金は、昨日カルヴィノに投げ渡した金貨二枚だけだからな。
馬と馬具を三十揃いでも、問題なく入手できるだろう。
「馬に乗れない奴はいないだろ?」
「そりゃいねえけど...問題は弓兵だな。剣より弓が得意って奴が何人かいるんだが、弩を馬上で使うのには慣れてねえ」
強い弩は足で踏んで引っ張ったりしないと装填できないもんな・・・
「正直、魔獣相手に弓が役に立つかなあ? それに、シャッセル兵団に魔獣と闘って貰うつもりは無いんだ。結果、闘わざるをえない状況はあるかもしれないけど、魔獣に向かっていってくれなんて言うつもりはサラサラ無いよ?」
魔獣はただの獣よりも各段に素早くて頭もいいから、遠くから飛んでくるのが見えてる矢なんて冗談抜きで避けてしまったりする。
弓矢をメインに使う普通の狩人じゃあ、危険な魔獣に歯が立たないのはこれも大きな理由だ。
結局、最後は刃物で接近戦だから、そう言う訓練を積んでる破邪で無いと危険すぎるんだ。
「そうか...確かに昨日のデカブツみたいなのと闘えって言われても無理っちゃあ無理だけどな」
「王都に着くまではギュンター卿の護衛がメインだから、このままでいいと思うけど、そっから先はまだどう動くか読めないし...騎士と連携して経路の安全確認とか偵察とか...そんな感じかな? エルスカインの目が何処にあるのか分からないし、動き回って貰えた方が陽動とか撹乱にもなるかもしれない」
「そんな任務の方がいいのか?」
「戦争をする気は無いし、たぶん本当の戦場みたいな動きにはならないよ。散兵として潜むとか野山を徒歩で超えるなんて事より、偵察や連絡で機敏に動いて貰えた方がいいと思うんだ」
「よし、了解だボス」
「王都に着いたら馬車を売ってその代金をそのまま渡すって形で。その代わりに馬と馬具を揃えて各自に支給するよ」
「ああ、王都なら馬三十頭でもすぐに手配できそうだな」
「それならいいか。俺は王都のことは全然知らないから、もし馬の入手先とか馬具屋とか、なにか情報があったら教えてくれ」
「そこら辺は大丈夫だと思う」
「頼んだ。じゃあ、そう言う心づもりで」
スライとそんな話をしていると、急に周辺にいる騎士達がざわめきだした。
だけど危機感は感じないな。
なんだろうと、みんなが目を向けている方を見やると、道の彼方から馬に乗ってやってくる一団がいる。
土埃の立ち具合からしてかなりの数と勢い。
そして、先頭にいる騎士が掲げている旗はシーベル子爵家のものだ。
おっと、いったいどうした!?
明らかにここに向かってくる感じなんだけど・・・
広場に近づいたシーベル家の騎士達を見て、俺は仰天した。
旗持ちの騎士の横にいるのは、なんとシーベル卿本人だったからだ。
馬車にも乗らず、自ら馬を駆って来たのか・・・
「シーベル子伯フランツ・ラミング、知らせを受けてただいま罷り越しました。レティシア姫様にお目通り願いたい!」
すでに護衛の騎士から報せを受けた姫様も馬車から出てこようとしているところだったが、その姿を認めたシーベル卿は馬を下りると姫様に近づき、少し手前で跪く。
さすがの姫様もちょっと驚いてるな!
「急にどうなされたのですか、シーベル卿?」
「は、実は今朝方、我が弟であるギュンターからの手紙を受け取りました。それによると、私と同じくギュンターもまた、かの敵の手下に惑わされ、単身ゲオルグを救おうと腐心していたことが今回の顛末であったとか...傭兵を呼んだのもその為だと」
もう手紙が届いてたんだ。
ハーレイの騎士団の人、夜通し走ったんだな。
「その謀りごとを姫様とクライス殿が見抜き、敵を成敗して弟をお救い下さったと。病に伏していたゲオルグのみならず、わが弟ギュンターまで救って頂いたとは、このフランツ感謝の念に堪えません。取るものも取りあえず、姫様とクライス殿、妹君にお礼を申し上げたく、失礼を承知で急ぎ罷り越しました」
「そうでしたか...どうかお立ち下さいませシーベル卿。わざわざご丁寧にありがとうございます」
「とんでもございません姫様、そしてクライス殿、妹君。感謝のほどをお伝えしようにも、同じ言葉を重ねるしか出来ないことが忸怩たる思いではございますが、間に合う内に一言お伝え致したく」
それですぐに騎乗して駆けつけてきたと。
なんという熱血漢!
しかし、朝からずっと馬を飛ばしてきただろうに疲れの片鱗も見せていないことは、日頃のシーベル卿が城にふんぞり返っているだけの貴族では無いと言うことが良く分かる。
つい騎士団や城の装飾の煌びやかさに目がいってしまうけど、シーベル家の行動力もなかなかのものだな。
「兄上!」
不意に後ろからギュンター卿の声が響いた。
自分の馬車から出たギュンター卿がこちらに駆け寄ってくる。
「おお、ギュンター、無事で何よりである! 此度の災い、気付くことが出来ずにすまなかった...この不甲斐ない兄を許してくれ!」
「何を言うのです兄上! 私こそ兄上の人柄を知りながらとんでもない誤解を...恥じ入るのは私の方です。どうか、どうか、この短慮な男をお許し下さい!」
「ギュンター...」
「敵に惑わされていたとは言え、兄上に真摯に相談もせず...申し訳ありませんでした」
「お前こそ何を言うギュンター。私は...私はあろうことか、お前が家督を狙っているのでは無いかと疑ってさえいたのだ...お前がどういう男か知っているならば、そのようなこと有る訳がないと分かっていようにな...」
「兄上...」
「ゲオルグの病のことで冷静さを失っていたとは言え、恥ずべきは私の狭量で猜疑に満ちた心根である。お前に悪いところなど一つも無い!」
「そんなことは決して...申し訳ありません兄上!」
「本当にすまなかったなギュンター。不肖の兄を許してくれ」
そう言って二人がしっかりと抱き合った。
俺の位置からだと、シーベル卿の目にキラリと光るものが浮かんだのが見える。
きっとギュンター卿も同じだろう。
そうだよ・・・
この兄弟は、本質的にこういう信頼関係にあったんだ。
猜疑心を煽って幾多の無辜の人を不幸に巻き込みながらそれを揺さぶり、ゲオルグ君の謀殺と子爵家の乗っ取りを謀ったエルスカインを許せないという気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
一歩間違えばこの二人の代わりに、姫様とエマーニュさんが似たような状況に陥っていても不思議じゃ無かったはずだ。
それに振り返ってみても、不幸な目に遭っているのは直接狙われた彼らだけじゃ無い。
不穏な噂に振り回された旧街道の人々、一年分の収穫を失っていたポリノーの村人、姫様の影武者、そしてカルヴィノの妹や本物のオットー氏も、かもしれない・・・
きっと他にも、俺たちに見えていないところで犠牲になったり、不条理な不幸に陥れられたりしてる人が大勢いるんだろう。
互いを許し合う兄弟の姿を見ながら、俺はどんな努力をしてでもエルスカインを倒すという決意を一層強くした。