今日を生きる騎士たち
「えっ? だったらなにが決め手だったんです?」
「食事ですな」
「食事?!」
「修練に参加した後、せっかくだから泊まっていけと夕餉に呼ばれましたが、そこで驚きました...男爵家では、およそ食べ物のことなど気にしたことが無かった。いや、むしろ『騎士たるもの食い物などに執着するべきでは無い。腹がくちて、剣を振る力が出せればそれで十分』というのが騎士団の考え方でした」
うーん、典型的な武闘派騎士団だな。
特に長い間、食糧事情が厳しかった北方や山国では、貴族家でさえも贅沢を蔑んで質素を持って良しとする家風の家も多いと聞く。
それ自体は悪いことでは無いと思うけど・・・
「ところがリンスワルド家の騎士達は、皆で美味い食べ物をあれやこれやと口にしながら、ワイワイガヤガヤ楽しんでいる。いやあ、衝撃を受けましたな...目の前で騎士達が『肉の焼き方の良し悪し』について熱く論じ合っているのですよ?」
「以前のシルヴァンさんの価値観だと、受け入れづらかったのでは?」
「ええ、ですが彼らは心底楽しそうでした。その横では、巡回から戻ってきた騎士の一人が、『農民が小川に丸木橋を架けようとして四苦八苦していたから手伝っていたら、自分も小川に落ちて泥だらけになった』と大笑いしながら語っている」
「なんだか、どちらもリンスワルドの騎士らしいって思いますね」
俺が素直な感想を言うとシルヴァンさんは、然りと頷いた。
「私はその時にリンスワルド家の騎士達が、『本当に今日を生きている』と、そう感じたのです...領地を巡回して民を助け、修練で汗を流し、屈託なく美味い食い物を楽しんで明日の死に備える。これぞ驕らぬ騎士の生き方であろうと...あの夕餉の場で、私は初めて自分が騎士であり続けたい理由、いや、騎士としてどう生きたいのかが自分の欲求として腑に落ちたのです」
「なるほど...」
「だからこそ私はリンスワルド家への招聘を、一も二も無くお受けしたのですよ」
「そうだったんですか。いい話を聞けましたよ、ありがとうございます」
「滅相もありません。結局、私はほんの数年前まで、『殻の中に籠もっていたカタツムリ』のような騎士だったのですからね」
そう言ってシルヴァンさんは柔らかに微笑んだ。
この謙虚さは俺も見習わなくっちゃいけないな・・・
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俺がシルヴァンさんとの話を終えて、窓から突き出していた首を車内に戻すとパルミュナがまたしても答えづらいことを聞いてきた。
「ねー、シルヴァンさんとヴァーニルおじさんだったら、どっちが強いかなー?」
「お前はまた、答えにくいことをサックリと...」
「えへー」
「えへーじゃねえよ。静音の結界があるから本人に聞こえないとかじゃなくってだな、世の中には思っても口に出さない方がいい事ってのも沢山あるんだぞ?」
「だって気になったんだもーん」
そんなことで口を尖らせなくていいから。
「そうだなあ...実際にはやってみないと分からないけど、俺の印象だと五回やって三回はシルヴァンさんが勝つんじゃ無いかって気がする」
「えー、ヴァーニルおじさんより強いってさー、ひょっとするとシルヴァンさんってリンスワルド騎士団の中で一番強かったりするのー?」
「たぶんな」
「そんな人が姫様の護衛騎士じゃなくて、アタシたちの側にいてもいーのかな?」
「それは仕方ないよ。シルヴァンさんは生え抜きじゃないからな」
「ハエ鳴き?」
「はえぬき。リンスワルド騎士団で見習いから叩き上げた人じゃないってことだよ。元々いた騎士団が解散になって、それで流れてきた人だからな」
「信用の問題とかー?」
「いや、そこまでは言わないけどな」
「じゃあなーに?」
「護衛の騎士ってのは何かあったら姫様をかばって死ぬのが仕事だ。前にヴァーニル隊長が精霊の防護結界は自分に必要ないって言ったの覚えてるだろ?」
「うん、ちょーっと驚いた」
「生え抜きの人たちって言うのは、あんな風に最初からリンスワルド家の『盾』になる覚悟を持って騎士になった人達なんだよ」
「あー...」
「姫様を守って死ぬなら、それは誇りだ...そりゃ強い方がいいに決まってるけど、リンスワルド家のためにっていう意識の方が大切なんだ」
「そっか、シルヴァンさんは、まだ来て数年だから?」
「うん。シルヴァンさんは立派な人だからどんな状況でも職務を果たすと思うけど、それでも強さだけじゃなくて、生え抜きの人達の『心持ち』も評価しないとな?」
「なるほどねー。なんか分かった気がするー」
そう言う意味で・・・失礼を承知で言えば、シルヴァンさんはリンスワルド家で従者見習いから叩き上げた騎士達と、シャッセル兵団の傭兵達の中間にいる。
リンスワルド家と言うか、姫様がシルヴァンさんを認めたのと同時に、シルヴァンさんも姫様を『自分の主に相応しい』と認め、とリンスワルド家を『自分が騎士として生きる場所に相応しい』と認めた。
だから彼はここにいる。
それは給金の額じゃ無くて、自分の矜持に対する相応しさだと言っていい気がするんだ。
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一昨日の夜を過ごした街外れの広場に到着したのは、少し陽が傾きかけた頃合いだった。
前回と違ってギュンター卿とシャッセル兵団の分だけ人数と馬車の数が増えているから、さすがの大広場もギリギリ端の方まで使い切る感じだな。
暗くなるまではまだたっぷり時間があるけれど、従者の方々はさっさと幕営の準備を進めて行く。
主が領地の視察なんかで長期間出歩く事が多いせいで、みんな手慣れているというか旅慣れているというか・・・
昨夜も、いきなり三十人分も増えた食事の用意とか大丈夫なのかなって案じたけれど、ギュンター家の手助けもあったとは言え、平然と全員分が整えられたのには舌を巻いたね。
何より、その数の食器が不足無く出てくるところが凄いよ。
昨夜の食事の後、ダンガたちは『念のために』と言うことで、また狼姿になって警戒してくれ、今朝もそのまま行きと同じように荷馬車に分乗してきている。
ここまで戻ってようやく一息ついたダンガたちは、とりあえず自分の馬車に戻って『お着替え』だ。
俺は昨日の朝、ダンガたちの狼姿を見たのがポリノー村以来で、その時にはちょっと『あれ?』って思った程度だったんだけど、デカブツ&アサシンタイガーとの戦いで確信した。
ダンガたちって三人とも戦闘力が上がってるだけじゃ無くて、狼形態のサイズも更に大きくなってるよ、絶対に。
魔力の保有量とか、そう言うので変わるのかな?
「なあパルミュナ、お前ひょっとしてアンスロープ族に詳しいとか無いよな?」
「うん、全然ー」
「だよな、じゃあいいや」
「えー、一応聞いてよー!」
「いや、お前ポリノー村の時はすぐに革袋に入っちゃったから、ダンガたちの狼姿って、あの時はちゃんと見てないだろ?」
「空からちょっと見たぐらいよねー」
「だよな...昨日、気が付いたんだけど、三人とも狼形態の時のサイズが、あの時より二回りくらい大きくなってると思うんだよ。人の姿の時はそんなこと無いのに不思議だなーって思ってな?」
特に顕著なのはレミンちゃんだ。
以前のレミンちゃんの狼姿はダンガはもちろん、弟のアサムと較べても一回りは小さかったはずなのに、いまではほとんど横並び。
大きくなった『比率』でいえばダントツだろう。
「あー、それは精霊の魔力の影響じゃ無いかなー?」
「やっぱりそうか! 保有魔力が増えると大きくなるとかそんな感じか」
「うーん、ただの魔力量だけじゃ無くって相互作用かなー?」
「なんだそれ?」
「ほら、レミンちゃんってさー、お兄ちゃんの精霊の水で体の中の破傷風の毒を浄化して貰ったんでしょー?」
「あー、あったな...そういうこと」
あれがダンガたちとの偶然の出会いだったんだよなあ・・・
しかも、あの時の出会いがなかったら、きっと姫様達とも知り合ってないんだ。
あの時はレミンちゃんを助けたと思ってたし、ダンガたちの旅を助けようと考えて仕事の依頼をしたつもりだったけど、結果として助けられたのは何から何まで俺の方じゃないか・・・
「他にも精霊の力を体内に入れてる可能性ってなんか有るー?」
「なんどか精霊の水でスープを作って一緒に飲んだ」
「そっかー、それに三人ともお兄ちゃんに防護結界を移植して貰ってるでしょー?」
「そうだな」
「その後も、ずーっとお兄ちゃんやアタシと一緒にいたから、その力が合わさった感じ? 精霊の水が体内を循環してて、そこに防護結界を起点にしたアタシ達の魔力が注ぎ込まれてさー、どんどん内側から強化されてるんだと思う」
「マジか!?」
「たぶんねー。ただ、アンスロープ...ひょっとしたらエルセリア族とかもそーかもしれないけど、魔術の影響を受けて本来の姿から捩じ曲げられちゃった人達だから、そーゆーことが起きるんだと思う」
「なるほど。じゃあ普通の人族には影響ないのか?」
「うん、精霊の力を承けて体が大きくなるとか聞いたことないしー」
「それもそうか、でなきゃ俺も体が巨大化してるよな」
「お兄ちゃんが巨人になってたら笑えるねー」
「やかましいわ、っていうか目立ちすぎるわ。勇者として成長せずに物理的に大きくなってどうする」
まさか、精霊の力にそんな効果があるなんて思いもしなかったよ。
但し、パルミュナの意見を信じるならば、アンスロープ族やエルセリア族のように魔術で本来の姿から変えられた人々で、かつ精霊の防護結界を移されて俺たちの側にいるってのが条件だ。
この先、ダンガたち以外にそんな相手が出てくることは無さそうだし、神経質になるほどのことでも無いかな。