姫様と将の心構え
これから傭兵達にどう動いてもらうか考え込んでいると、急にパルミュナが素っ頓狂な声を上げた。
「あ! いっけなーい!」
「どうしたパルミュナ?」
「レビリス忘れてたーっ!」
「はあ?」
「レビリスは自分の防護魔法陣持ってるでしょ? だから、あっちの隊列の防御に、私の代わりに結界張る時の芯になって貰ったの!」
「なんだそりゃ、生け贄か?」
「ぶー! 隊列の真ん中辺りに立って結界の柱になって貰ってるだけー」
「やっぱり人柱にしか思えん」
「違ーう!」
「まあとにかく、呼んでくるなり解除するなりしてやれよ。あっちももう大丈夫だろう」
「ちょっと行ってくるねー!」
そう言いつつ、パルミュナがしれっとレミンちゃんに跨がろうとする。
「こらっ、非常事態じゃないんだから、何食わぬ顔でレミンちゃんに乗ろうとするな!」
「あ、ライノさん、いいんです。いいんです」
「いやでも...」
「本当に構わないんですよ? パルミュナちゃんを乗せるのは楽しいです」
「それだったら、まあ...じゃあ頼むね」
「はい!」
「パルミュナ、スカートの裾!」
「はーい」
「じゃあ、行ってきまーす!」
レミンちゃんは元気よく言うとパルミュナを乗せて駆け出していった。
さてと・・・
ひょんな流れから三十人の傭兵団を動かすことになったけど、一体、彼らにどう動いて貰うのがいいのやら、今のところ五里霧中だな。
彼らと契約を交わす前は、自分が『人を動かしたことがない』と言うことを、冷めた目で自虐的に考えていたりもしたが、いざ、こうして自分の指示を待っている人達が三十人も目の前にいると、そんなクールぶった装いはいとも簡単に吹っ飛ぶ。
誰か助けて。
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助けてくれたのは、やっぱり姫様だった。
ギュンター卿がシンシアさんに宣誓を受けて一連の秘密を聞いたと言うことで、またまた皆さん揃って屋敷から出てきたからだ。
ただし、ギュンター卿の姿は見えない。
話の内容で、かなりショックを受けたのかな?
「ライノ殿、傭兵の方々との交渉は終わりましたでしょうか?」
「ええ、全員一緒に行動してくれることになりました。俺が勇者だって事も教えたし、パルミュナの魂への宣誓も受けてもらってるので、もうホムンクルスの心配もありませんよ」
「それは喜ばしいですね」
「ただ、早速これからの動きをどうするべきか悩んでいるところです。そもそも...俺って、ここから王都までの道のりだって、ヴァーニル隊長から説明して貰った以上のことは知らないんですよね」
「では、傭兵団の方々には、王都までギュンター卿の護衛をお願いしてはいかがでしょう?」
「え、ギュンター卿の?」
「はい。先ほど卿とのお話し合いで、明日、ギュンター卿はわたくしどもと一緒に王都へ向けて出立し、弟君のクルト殿とお会いになると決められました」
「それは...つまり、今回の件に絡めての話ですよね?」
「左様でございます。ギュンター卿はご自分の、いえ、ラミング家一族の本当の敵の姿をお知りになりました。そして、ここは兄弟三人が力を合わせて闘うべきであると」
「クルト卿を説得すると?」
「そう仰ってます。ハーレイの街の騎士団を通じて、シーベル卿に今回の経緯を弁明する書簡を出すそうで、いま書斎で綴っておられますわ。わたくしも、そこに一筆添えさせて頂こうと考えておりますが」
「そうですね...姫様の口添えがあれば子爵もすんなり受け入れるでしょう。全部誤解だったんだし、不安や不和の種はエルスカインを利するだけです」
「はい。ですので、ギュンター卿もわたくしどもと一緒に王都まで向かうことになりますが...狩猟地の魔獣討伐が終わったので、ついでに王都まで卿を護衛するという形を取れば、傭兵の方々を帯同する建前にも良いのでは無いかと」
「なるほど。だったらその話に乗らせて貰いましょう」
「かしこまりました」
「そうすると彼らもこのまま夜明かしですけど、いったん森の野営地に戻って貰いますか?」
姫様がちらりと目で合図をすると、ヴァーニル隊長の方から話を振ってくれた。
「ライノ殿、むしろ騎士や従者達との顔合わせは早いほうが良いのではと思いますが、いかがでしょうかな?」
「それもそうですね、騎士団員には顔を覚えて貰う必要もありますし」
「では彼らには、まず自分の方から説明しておきましょう」
「助かります」
「姫様、ここにはスタインを残しておくことでよろしいですかな?」
「ええ、それで構いませんわ」
「では、自分は隊列の方に行って参ります...スタイン、戻るまで代わって姫様の護衛に付け!」
「はっ承知いたしました!」
サミュエル君が慌てて駆けより、入れ違いにヴァーニル隊長は自分の馬に跨がって草地の方へと向かった。
さすがにあの大隊列が通った後は、轍を見るだけで分かるだろう。
「ところで、初めて部下をお持ちになった心情はいかがですか?」
姫様がちょっと悪戯っぽく聞いてくる。
「これからどうすればいいかを考えるだけで一杯一杯ですね」
「ご心配なく、いずれ悩まなくなりますわ」
「そういうもんでしょうか?」
「将と言うものは、時には部下を死地に往かせることもあるのでしょう?」
「まあ確かに」
「わたくし自身には戦の経験がございませんが、その責を負うというのは、常に失う命よりも救う命の多さを優先すること、その選択の辛さと共に生きると言うことではないかと考えておりますわ」
「それに慣れないといけないって事ですか」
「いえ。恐らくそれは人の命で引き算をするという耐え難い行いを引き受ける覚悟にございますれば、決して慣れることなどないでしょう。ですが、辛い決断を受け入れ、前へと進むための支えが心に生じるであろうと...そして、それが将として生きる者の心構えではないかと思うのです」
姫様はそこまで言うと、ニッコリと微笑んで茶目っ気たっぷりに続けた。
「わたくしの場合は命の引き算では無く、金貨の足し算ばかりやって参りましたが...誰かの得が、別の誰かの損であることは自明でございましょう? それでも、出来るだけ多くの領民の生活を向上させるためには、ある日突然に生活の糧を失う人が出てこようとも、多数の益になることを行わない訳には参りません」
分かるなあ・・・
キャプラ橋が完成して廃れた旧街道、賑やかなフォーフェンの街と寂れたパストの街、川漁師達と養魚場の整備、魔獣を呼び寄せている岩塩採掘場・・・
どれも沢山の人の生活を良くしてるけど、その裏では、どこかで誰かが損をしたり不条理な目に遭ったりしている。
でも、領主は足し算をして前に進まないといけないんだ。
「そうですか...」
いま姫様が伝えてくれたことが全部分かったとはとても言えない。
でも、伝えようとしてくれた意味は分かる。
これまでの俺は、他人への責任を避けることばかり考えていたから・・・
俺は将とか領主とか人々のリーダーになれる男じゃ無いだろうけど、大精霊の力を分けて貰った時に、相応の責任を引き受ける覚悟もしたはずなんだ。
だから俺は『自分の器じゃ無い』なんて逃げてばかりいずに、雇った彼らをちゃんと自分の役に立てないといけないってことだな。
「なんだか納得いきましたよ姫様。どうも俺は苦手なことを避けて通ろうとするクセが抜けないみたいです」
「人というものは皆同じではございませんか?」
「苦手を避ける勇者ってのも、ちょっとマズい気が...」
俺がそう言うと、姫様は時折見せる可愛らしい笑顔でコロコロと笑ってくれる。
ホント姫様にはかなわないと・・・
配下を持つことが『人心を集める』と言うことにならないのかどうかだけは、今度アスワンに相談しておきたいけど。
「ところでライノ殿、先ほどの話の続きでございますが、ギュンター卿がわたくしどもと一緒に王都に赴くに当たって、一つお願いがございます」
「なんでしょう?」
「王都で、ギュンター卿はクルト殿に会うおつもりだそうですが、弟君やその家族、家人の方々にエルスカインの魔手が伸びていないとは限りません」
「そうですね。王都に手を出していてもおかしくないと思います」
「わたくしも同じ意見です。ですので、ギュンター卿が弟君を訪問する際には、ライノ殿やパルミュナちゃんにもご同伴頂けないかと」
「ああ、もちろん構いませんよ!」
「ありがとうございます。では、この件も書簡の内容に関わりますので、いまギュンター卿に伝えて参りましょう」
「分かりました。俺はヴァーニル隊長が戻ったら彼らと一緒に幕営地の方に移動します」
「かしこまりました。では後ほど」
屋敷に戻っていく姫様達の後ろ姿を見送っていると、スライがそっと近寄ってきた。
「なあボス」
「ボスってなんだよ? ライノでいいよ」
「これでも雇用主に気を遣ったんだよ。で、ちょっと聞いていいか?」
「ああ、なんだ?」
「いま、ボスと姫様の会話でエルスカインって名前が聞こえてきたんだけどよ、それって、ひょっとして『魔獣使いのエルスカイン』の事か?」
なんだと?
・・・知ってるのかスライ。