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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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傭兵団を雇う


姫様が言外に言いたいことも、なんとなく感じる。

この傭兵達を雇うのは、俺自身にとっても『兵を使う』ことの練習にもなるって事だろうね・・・


破邪同士は連携するけど、弟子はいても部下はいない。

なにより師匠たちだって指揮官じゃなくて、その場を一緒に闘う仲間だ。


・・・だから俺は『人を使う』という経験が皆無に等しい。


確かにそれは、シーベル城の庭で姫様から指摘を受けて以来、頭の中でモヤモヤしていることなんだよな。

いかに勇者と言えども一人きりで出来ることには限界が有るし、そもそもドラゴン・キャラバンって話になったこと自体、それが理由だ。


パルミュナと一緒に歩き始めた頃、どうして街に泊まらないかを説明したことがあったのを思い出す。

これも、実はそれと同じなんだな。

自分の指示で人を動かすことを『面倒』に思うって点で・・・


少し頭が混乱して考え込んでいると、エマーニュさんが傭兵達の一人に語りかけた。

「あら! あなたは怪我をしていらっしゃいますのね?」


確かに二の腕から血を流している兵士が一人いる。

だけど結界の中に入れたアサシンタイガーは一匹もいなかったはずだ。

ってことは刀傷か?


「や、すんません! 情けねえすけど、こりゃ自分が悪いんで!」

「ですが、かなりの血が...」

「さっき、アンスロープの人らが飛び込んできた時に、よく考えずに後ろに下がろうとして隣の奴の持ってた剣に自分から当たっちまったんで。ホント自分が悪いんで!」


「なんの結果であろうと怪我に違いはありませんわ」


エマーニュさんがずんずんと躊躇いも無くその兵士の前に近寄ると、兵士の方はビックリして固まった。

「動かないで下さいね?」

そう言って血を流している兵士の腕を取り、傷口に自分の右手をかざして目を瞑った。

エマーニュさんの手の平がほんのりと光る。


それでしばらくすると兵士の血は止まったようだ。

「傷口は塞ぎましたが、もしも傷から病を得ていたら、それは私には直せません。具合が悪いと感じたら必ず治癒士に診て貰って下さいませ」

「はっ、ありがとうございます!」

兵士が跪いて(こうべ)を垂れた。


エマーニュさん中々やるなあ!

治療を受けた兵士が跪いたままで、離れていくエマーニュさんを大精霊でも見るような目で見送っているよ?

エマーニュさんは精霊じゃなくって普通のエルフだけどさ。


なんなら、この傭兵たちの中にも目の奥に金色のリングが輝いてる奴がいたりしたら面白いのに・・・


さて、どうでもいい物思いはともかく傭兵たちの扱いは難題だ。


「姫様、仮に彼らが引き受けてくれたとして...確かにこちらの手札は増えるけど、いずれはリンスワルド家の手下(てか)だと知られる可能性が高いでしょう。ここを離れてしまえばギュンター卿の迷惑にはならないと思いますけど、伯爵家に良からぬ噂が立つことは防げないかもしれませんよ?」


「ライノ殿のお役に立つためならば、わたくしはリンスワルド家の名に傷が付くことなど微塵たりとも気にいたしません。必要あらば、家の名などいつでも捨て去る覚悟にございます」

「もちろん私もです」

「当然の覚悟ですわ!」


待って・・・シンシアさん、エマーニュさん、そこで同調しない!

「ライノ殿、騎士団の心情など慮って(おもんばかって)頂く必要はございませんぞ!」

ヴァーニル隊長まで・・・


なにそのプレッシャー。

姫様たちの台詞にギュンター卿がビックリして唖然としている。


「お気持ちは分かりました。ちょっとスライ達と相談させてください」

「かしこまりました。どうぞごゆるりと...ギュンター卿、わたくしどもは一旦屋敷に戻って、さきほどのお話をさせて頂きましょう」


ギュンター卿と一緒に屋敷に戻る姫様達を見送り、俺は不可解な表情のスライの方に向き直って尋ねた。


「スライ、今ここにいる傭兵達を俺に雇わせて貰うって事は出来るか?」

「それは、その、えーっとアレだ。正直言って内容による、かな。団によって考え方は違うだろうし...」

奥歯にものが挟まったような言い方になるのも仕方ないか。


「条件はギュンター卿の雇用契約と同じでいい。いや、もっと危険だから、上乗せがいるって言うなら相談に乗るけど」

「危険なのか?」

「ああ。どう危険かは説明しづらいけど、かなり危険な敵を相手にしてるんだ。さっきみたいな出来事が、いつまた起きるとも限らない」

「そうか...」

スライは、倒れている『犀』というらしいデカブツを見やった。

いかに勇猛な兵士でも、アレと闘えとか言われたら拒否するだろう。

更に、その周囲には多数のアサシンタイガーの屍。

一匹分は前半分が消し飛んでるけど。


「この先は戦場ってことか」

「正直その通りだ。ただし不法や不義はない」


意外なようだけど、『ちゃんとした傭兵団』っていうのは、金を積まれたからと言って道理のない仕事は引き受けない。

もっと分かりやすく言うと、終わった後に犯罪者扱いされて逃げ隠れしなきゃいけなくなるような仕事は普通受けない。

今回の件も依頼人がちゃんとした貴族家で、襲撃ではなく襲撃の阻止・・・言い方を変えれば『能動的防衛措置』って奴だから引き受けてる。


もちろん本当の戦争なら負けた時は大急ぎで戦場から逃げ出すけど、それは犯罪者として追われるのとは意味が違う。

どんな決着が付こうと生き延びれたら大手を振って次の仕事を引き受けられる、そういう仕事しか引き受けない。

そうでなきゃ傭兵団が長々と存続できるはず無いからね。


いかに荒くれ者の集まりでも、傭兵団は盗賊みたいな非合法集団じゃないってことだ。


少なくとも人目に付くところでは・・・


「ああいうのが出てきた時は俺達が相手をするけど、それでも襲われる危険はある。他にもどんな危険が潜んでるか分からない」

「うん...で、具体的にはどんな仕事をすればいいんだ?」

「斥候って言うか、隊列に先回りして様子を調べて貰ったり、色々と手配して貰ったり、かな。団ごとにバラバラに動いて貰えば少人数だから目立たないだろうって思惑もある」

「なるほど。雇用期間は?」


隊列が王都に着くまでだと、そこですぐに噂が広まる可能性がある。

彼らには無駄働きして貰う結果になるかもしれないけど、俺たちを探そうとする連中の目眩ましも考慮して、少し長めに考えて貰った方がいいか・・・


「まず二ヶ月かな。延長するかどうかは互いに協議の上って感じだ」

「分かった。最後に一つ、いいかな?」

「ああ」


「ライノって本当に何者なんだ? ただの破邪があんなバケモノを相手に出来るか? とても普通じゃないアンスロープ達を手下にしてるし、それに誰が見たって、伯爵家の姫様も騎士達もギュンター卿も、揃ってアンタに半端じゃない敬意を払ってるのがまる分かりだ」


「アンスロープの三人は手下じゃなくって友人だよ。それに悪いけど、俺が何者かを教えるのは宣誓魔法で秘密保持を誓って貰った後になるんだ」

「それも込みの仕事って事か」

「そうだね。つまり本気で危険な仕事になるかもしれないし、いったん動き出したら途中では抜けづらい。不安なら今ここで拒否して貰った方がいい」


「伸るか反るか、だな」

スライは、ニヤリと顔をしかめると後ろを向いた。


「みんな聞いてたよな! 金はたっぷり貰えるし二ヶ月は退屈しねえ。だが命が惜しい奴はいますぐ馬車に乗れ。死んでもこの先の話を聞きてえって奴だけそのまま残ってくれ」


きっとスライには自明のことだったんだろうけど、動く兵士は一人もいなかった。


++++++++++


シンシアさんに三十人まとめて魂への宣誓魔法を掛けて貰うのはさすがに忍びないのでパルミュナにお願いしたけど、一気に三十人への宣誓魔法は圧巻だ。

地面に浮き出た魔法陣の光のリングが三十個重なって一斉に光る。


一応ちゃんと見ていたけど、宣誓を誤魔化そうとかすり抜けようとする奴は一人もおらず、無事に掛け終わった。

もちろん、秘密保持と背信行為の禁止だけで無くて、ホムンクルス化を防ぐ事も含めた魂への宣誓だ。

彼らが見えないところでエルスカインの手に堕ちてホムンクルス化されたりしたら堪ったもんじゃ無いからな。


「はーい、これでしゅーりょー!」


傭兵達と一緒に宣誓魔法を受けるあいだ跪いていたスライが、立ち上がりながらパルミュナに声を掛ける。


「魔法使いのエルフ嬢ちゃんは、さっきライノのことをお兄ちゃんって呼んでたけど、兄妹なのかい?」

「そーよー!」

「すげえ兄妹だなぁ...」


俺と一緒にアンスロープの背に乗ってデカブツに突っ込んで行ったんだから、まあ普通じゃ無いって思うよね?


「でも兄妹ってことはライノもエルフ族なのか? 耳先丸いけど」

「ああ、俺はハーフエルフだ」

「なるほどね。じゃあ、さっき結界を張ってくれた魔道士見習いの嬢ちゃんも、あんたの妹だったりするのかい? あんなちっこいのに、すっげえ魔力だったな?」


「あー、彼女はシンシア・ジットレインさんって言うエルフで、リンスワルド伯爵家の筆頭魔道士だ。迂闊なことを言うと燃やされて灰も残らないからな?」

「失礼した...いまのは内緒で頼む」

「分かってるさ」


「で、本題だ」

「うん?」

「ライノの正体だよ」

「そうだな、約束だし、全員残ってくれたしな」

「有ったり前だろ。こんな面白そうな話に食いつかねえ奴は堅気の傭兵じゃないぜ!」

「そんなもんか?」

「傭兵なんてのはそんなもんよ」


『カタギの傭兵』って言う言葉は説得力があるような無いような・・・


「じゃ、これは絶対に秘密な?」

「おう、承知した」

「俺は勇者なんだ」

「はあ?」

「破邪だったのは本当だ。ちょっと経緯があってな、大精霊から力を借りて勇者になった。いまは訳あって姫様を守りつつ、王都に向かってる最中だ」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「うん」

「ライノが勇者様だって言うのか?」

「様付けなんかいらないだろ。お互い呼び捨てなんだし」

「いやでもなあ、一応は敬意ってものがあるじゃねえか?」


本当に飄々と言うかサバサバした男だな。


「良く言うぜ、タメ口でいいだろ? 別に」

「まあ、ライノがそう言うならなぁ」

「と言うか、全然騒がないな」

「なにをだ?」

「本当か!とか、嘘だろ!とか、証拠を見せろ!とか」

「疑問の余地ねえよ...目の前でアレを瞬殺した男だぞ?」


犀の魔獣を指差しながら言うが、むしろここまで態度が変わらないのは嬉しい。


「しかし、まさか勇者様に雇われるとはな...はっはっはっ、傭兵として生きてきてこんな面白い事はねえよ! 今日まで生き延びた甲斐があったってもんだぜ」


「そいつはどうも」


明日から、いや、まずは今夜からか。

スライ達にどう行動してもらうか考えないとな・・・


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