お前は何を言ってるんだ?
その後すぐに、リンデルが別の山菜を持ってきて俺たちの前に置いた。
「こっちは、俺たちが『鳥の羽』って呼んでる山菜の芽を湯掻いたやつだ。食べてみてくれ」
皿の上でまだホカホカと湯気を立てている、茹でたての山菜を摘んでみる。なんだか尻尾が巻いているような変わった形の山菜だ。
うん?
なんか見覚えあるぞこの姿。
テラテラと光ってるのは油かな?
「おおっ!」
これもうまい。
こっちは茹でて酢と油と塩と、あと何か分からないけどハーブかスパイスで和えてある。
三日前に村長さんの家でご馳走になった春野菜と同じような感じの味付けだけど、このハーブの香りがすごく効いてるな。
俺がその感想を言うと、リンデルが得意そうに言う。
「シダの若芽なんだよこれ」
「えっ? シダって、あのシダ? 水辺や山の斜面とかにワシャワシャ生えてる?」
「そうだよ。育った葉っぱは硬くて食えないけど、新芽だけは食べられる。あと、シダの中でもこの種類だけはアクがなくて、ただ茹でただけで美味しくなるんだ」
「へー、何年も山歩きして自給自足してきたのに、シダが食べられるなんて知らなかったよ...」
それで呼び名が『鳥の羽』か。
破邪としての長年の経験で、山の恵みには詳しいって自負があっただけに、ちょっとショックだ。
こんなに美味しいのに、師匠だけじゃなくて、エドヴァルの人たちは誰も知らないんじゃないか? 今度戻った時に教えてあげよう。
「これに和えてあるのはクルミの粉か? いい香りだな」
「この辺りは沢がたくさんあるから、クルミの木も多いよ。それにエールから作った酢を和えるんだ。フォーフェンの街の周辺は麦の産地だから、この辺りでも麦がそこそこ安く手に入る」
「そうそう、あそこに行くなら、エールの飲み比べをしてみるのも一興だな」
とラキエル。
お次はキノコ料理がきた。
プルプルした食感で、パッと見では、まるで動物か鳥の皮みたいな感じなんだけど、実はキノコなんだそうだ。
それを細かく切った肉と一緒に焼いてあるんだが、これも当然のように美味い。
もう、パルミュナもさっきからホクホク顔だ。
それはいいんだけど、いまは見た目的にちっこい体をしてるんだから、あんまりエールを飲みすぎるなよ?
心配されるぞ。
さっきラキエルが『フォーフェンの街でエールの飲み比べ』って言った時に、キラッと目が光った気がするのは、本当に気のせいだよな?
そこから先は主に熊肉料理のオンパレードだった。
焼いた熊肉。
湯掻いた熊肉。
熊肉と野菜入りスープ。
薄切りして猪の脂で揚げた熊肉。
塊で茹でてから平らに切って焼いた熊肉。
バターと麦粉と何かの旨いソースをかけた熊肉。
小さく角切りにして串に刺した上でエールで煮込んだ熊肉。
etc. etc. etc.
もうね、満喫しましたよ、熊肉。
食べてる最中にも、どんどん新しい料理が出来上がってくるんだもん。熊肉だけじゃないけどさ。
そしてどれも美味しい。
いやしかし、仮にのんびりできる時間があったとしても、自分で熊肉を料理してたら、こんなご馳走なんか想像することさえできなかっただろうな・・・
「しかし肉も菜物も、どれも美味いなあ...遍歴の破邪をやってるから、これまでも色々な場所に行って『地元の有名料理』って奴を食べてきたけど、今日のは本当に美味いものばかりだよ。それに初めて食べた料理も多いし」
「はははははっ、そうか、そうか! それは良かった!」
ラキエルが豪快に笑う。
さっきからラキエルの脇には、ミレアロさんが寄り添っている、というか、ピッタリとくっついている。
うーん、いい感じだなあ、この二人。
ミレアロさん、今日は危うく大切なフィアンセというか夫を失う寸前だったって分かって、さっきは凄く動揺してたみたいだけど、いまは落ち着いてラキエルにくっついている。
むしろ、くっついていることで気持ちを落ち着かせているように見えなくもないな。
突っ込まないけど。
ラキエルだけじゃなくて、周りの人たちもそれが判ってて、冷やかしたりせずにそっとしている感じだ。
「あなたたちは、これから王都まで行くんだろう? もし帰りにこっちの方を通れるんだったら、ぜひまた寄ってくれよ」
あー、それはどうなんだろうなあ?
俺自身、王都に行った後で何がどうなるのか、いまはまださっぱりわかってない状態だからな・・・
と考えていたら、先にパルミュナが答えてしまった。
「うーん、これから、お兄ちゃんと王都に行って一緒に暮らすの。だから、いつまたこっちに来れるか分からないかなー」
おい! いま初めて聞いたぞ、その設定。
やっぱり、弓を回収に行ったラキエルを待っている間に、細かい設定を話しておくべきだったか。
「そうか、何かあっちに伝があるのかい?」
「うん、実際は王都の外側だけど、親戚が残してくれた屋敷があって、そこを引き取ることになってるのー」
「それは凄いな!」
「屋敷に住むなんて、まるで貴族みたいじゃないか!」
「えへー」
えへーじゃないよ、ちゃんと説明しろよ!
まずは俺に!!!
全くもう、その『細かなことを気にしない胆力』はどっから出てきてるんだよ・・・
・・・あれ?
考えてみれば、最初の村でアルフライドさんの家に泊めてもらった時も、その兄妹設定でよかったんじゃないか?
別に父娘設定の必要ってなかったよな?
やっぱり俺をからかって遊んでいたなパルミュナ!
「そうか、それは残念だが、何か近くに来る機会があれば、是非立ち寄って欲しい」
「ああ、まだ王都で実際にどんな暮らしになるか、俺もわかってないんだ。向こうで破邪としてどんな風に活動できるのかも知らないしな。まずは行ってみて、だよ」
とりあえず、俺も当たり障りのなさそうなことを言っておく。
これなら、突っ込まれても誤魔化せるというか、なんとでも考えることができるだろう。
その後、様子を見計らってなのか、双子のご両親とミレアロさんのご両親が、続けて挨拶に来てくれた。
お二組とも、大仰にお礼を言ってくれるので、却ってこちらが恐縮してしまう、というか、ラキエルとリンデルも照れてる。
俺もパルミュナも腹がいっぱいになって料理に手を伸ばすペースが落ちた頃には、周囲を村人たちに囲まれて、みんなでチビチビとエールをやっている状況になっていた。
「クライスさんはエドヴァル王国のご出身だと聞きましたが、あの国ではエルフは暮らしにくかったりはしませんでしたか?」
「いやあ...あそこはエルフ族の集落自体は少ないですが、普通に人間族と混じって暮らす分には、特に不都合はないと思います。俺なんか見た目もこうですし、気にしたこともありませんでしたよ」
気にするも何も、なにしろ自分がハーフエルフだってことさえ気が付いてなかったからね!
「おお、そうでしたか」
「それに、ガキの頃から師匠について破邪になる修行をしてたもんですから、パルミュナとずっと一緒にいるようになったのも、実はつい最近のことなんです」
ついでに先手を打って告白させてもらう。
こういう嘘を抱えていると、凄く気が重いんだよ俺は。
これまでの兄妹の暮らしぶりとか説明できん。
「そうなのー。お兄ちゃんとは、ずーっと離れて暮らしてたの」
対応はやっ!
「でも、お兄ちゃんが独立して一人前の破邪になったから、親戚から委ねられてた王都のそばの屋敷を引き取ることになって、それで一緒に暮らそうってなったのー」
どうしてそう、スラスラと嘘八百が流れ出てくるのか・・・
パルミュナ、俺は正直言ってこの村の人たちに嘘をつくのは心が痛いんだ。
「なるほど。キュリス・サングリアには、エルフ族もたくさん暮らしてるって聞くしね」
そのリンデルの言葉に、別の村人が口を挟んだ。
「エルフだけじゃなくて他部族も色々多いし、あそこは人間族偏重じゃないからどの種族でも暮らしやすいんだってさ。エルセリア族とアンスロープ族も仲良く暮らしてるって聞いたよ」
エルセリア族とアンスロープ族・・・俗に獣人族とも言われるが・・・この二つの種族は別に対立しているわけではないのだが、歴史的にややこしい経緯があって、互いに微妙な距離感を抱えていたりするのだ。
その二種族が肩を並べて仲良く暮らしているというのは、どんな種族でも受け入れあってるという証左になるのだろう。
「ドワーフ族とコリガン族とかもだな!」
そっちは平均身長が近いだけで、別に経緯とか関係ないだろ。
「ああ、でもそれは王都だけじゃなくて、ミルシュラント公国全体が割とそうだろ?」
「そうそう。昔の戦争の時に、ミルシュラント大公陛下のご先祖が、種族に関係なく、いまの公国全域の連合軍みたいな感じで勝利を勝ち取ったんだよ。だから王族や貴族は人間族中心だけど、全ての種族への差別を禁止してるって聞いた」
「逆に最近は、他の国から移住してきてる部族も多いって話だよ。単一種族だけで固まって排他的な土地よりも、よほど暮らしやすいってさ」
「ふーん、そんなもんかね」
「ここだって領主様って全然うるさくないし、フォーフェンの街も人が増えてるっていうぜ?」
村人たちが口々にミルシュラント公国あるある話に参加してくる。
その中の一人の若い男性が、ちょっと揶揄うようにパルミュナにも水を向けた。
「じゃあ、パルミュナちゃんも王都に行ったら同じ年頃のエルフの男性を探すのかな?」
「アタシはお兄ちゃんと結婚するからー」
吹いた。
比喩でなく本当に飲みかけていたエールを噴き出した。
外に飛び散るのは杯で防いだけど、それでも正面に人が座っていなかったのが幸いだ。
鼻にエールが入って苦しい。
パルミュナ・・・
お前はいつも、いつも、いつも、一体何を言ってるんだ。
「だって本当は従兄妹だもん。従兄妹同士は結婚できるのー」
ナニその取り繕うような追加設定?
「あら可愛いー!」
「あの年頃の女の子って、そんなこと言ったりするわよねぇー」
「わかる、わかるー」
とか、周囲の大人女性陣の囁きあう声が微かに聞こえてくる。
『あの年頃』って五百歳から千歳くらいってことか?
パルミュナの実年齢は知らんけど。
いきなり千と十三歳です!とか言い出すなよ?
とりあえず、パルミュナにはエールの飲み過ぎだと『兄として』叱って、その場を収めた俺だった。