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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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姫様と傭兵団


俺が破邪だと聞いたスライは、両手の平を上に向けて軽く肩をすくめるジェスチャーをして見せる。

『気にしない』とか『どうでもいい』とかかな?


「ま、人それぞれ事情はあるだろうから、これ以上は詮索しねえよ。アンタの事が気になったのも、純粋な職業上の興味って奴だ」

「別にいいよ。それより、グラニエさんは報酬を貰ったらすぐに出立かい?」


「スライでいいよ」

「じゃあ俺のことはライノと呼んでくれ」


「仕事が終わったのに雇い主のところに留まってるのは良くねえ。幸い、馬車や野営の装備一式を貰えたから、とりあえず全員揃って移動して、今日はどっかで野宿だな」


「食い物は持ってるのか?」

「バルテルがくれた干し肉と堅パンがたっぷりあるから、二〜三日は問題ねえだろうよ。それよりも、早くどっかで馬と馬車を売っぱらっちまわねえとなぁ」

「やっぱり、そのまま使うって訳にはいかないか」


「団ごとの人数がバラバラなんだよ。割り切れないから公平に分けるには一気に現金にするしかねえ。あんないい馬と馬車、本当なら自分たちで持っていきたいところだけど...まあ仕方ねえな」


「それもそうか。団ごとに戻り先もバラバラだろうけど、一式まとめて売り払えるまでは全員一緒に行動するしかないんだな」

「そういうことよ。面倒っちいけどしょうがねえ」


「だったらハーレイの街で処分しろよ。あそこなら大きな厩舎や商会があるから引き取り手もいるだろ?」


「いいのか? この人数でハーレイの街に入ったら、それこそ騒ぎにならねえかな?」

スライはそう言って少し心配そうに顔をしかめた。

契約はしっかり守ろうとする男のようだ。


「街で馬車を売る時に、魔獣退治が終わったから解散だってさりげなく言っといてくれ。全員で狩猟地を隅々まで巡回して見たけど、言われてたほどのことはなかった。ギュンター卿は心配し過ぎだってな」

「ああ、そうか!」

「魔獣が全然いなくて討伐手当が出無かったから代わりに、もう不要になった巡回用の馬車を現物支給で貰ったとでも言っておけばいいだろ?」


「なるほど、その手があるな...」


「あそこの街の顔役達は、ギュンター卿が雇った傭兵団の動向に興味津々だからな。黙って消えるより安心して貰えるよ」

「確かにそうか...よし、そうさせて貰おう」


そこに、再びギュンター卿が数人の家僕を引き連れて戻ってきた。

家僕はみな大きな木箱を抱えていて、見るからに重そうだ。

そりゃ重いよね、報酬三十人分の銀貨だもんな。


スライが代表してギュンター卿の前に出ると、卿の持っている控えの紙を確認した。

「傭兵団の人数、今日までの日当、魔獣を排除した時の危険手当、お心遣い頂いた屋敷の防衛の日当、すべて間違いありません」

「うむ。では、各自で持って行ってくれ。オットーから聞いていた通りに一人分ずつの銀貨を小袋に分けてあるから、確認して欲しい」

「承知しました」


スライはその場で後ろを振り向くと傭兵達を手招きした。


「一人ずつ並んでくれ。小袋を受け取ったらその場で中身を確認して列を離れる。任務はそこで終了、宣誓魔法の効果も切れるが、馬車と装備をギュンター卿より(たまわ)ったので、それの分配が終わるまでは全員一緒に行動するぞ」

「おう!」

傭兵達が返事をして木箱の前に並ぶ。

この傭兵達は、騒ぐでもなく(はしゃ)ぐでもなく、本当に淡々としているな。

普通なら、一人頭でこれだけの大金を受け取っていたら盗賊やスリの類いを警戒しないといけないところだけど、彼らは傭兵だもんなあ・・・


発狂してない限り傭兵団に襲いかかる盗賊なんていないだろう。


ギュンター卿と家僕たちが報酬を配り終わり、ほっと一息ついたところで、それまでガヤガヤと雑談していた傭兵全員が急に、ピタッと喋るのを止めてこっちを向いた。

なんだ?

いや、俺を見てるんじゃなくて俺の後ろを見てるな・・・と、振り返ると、あろうことか姫様達が揃って屋敷の玄関から前庭に出てくるところだった。


またしてもマジか・・・もう何度目?


サミュエル君が『もう、どうしていいかの分からない』という表情のまま姫様達の脇に付くけど、そもそもヴァーニル隊長も一緒なんだから君が責任を感じなくていいんだぞ?


全傭兵の目が姫様達に釘付けになってる。

無理もないよね。

そして予想通りに姫様は和やかな笑顔を振りまきながら、こっちにずんずん進んでくる。


「ギュンター殿、ライノ殿、皆様とのお話は終わりましたでしょうか?」


「おかげさまでつつがなく。しかし、いかがしましたかレティシア姫?」


『姫』という言葉を聞いてか、俺の横にいたスライがサッと跪き、芝生の端っこの方に行って雑談していた他の傭兵達も続けてその場に跪いた。

意外にも、傭兵っていうのは破邪なんかよりもよっぽど、貴族や大商人と言ったプライドの高い人々にも接し慣れてるのだ。


「いえ、傭兵団の皆様を拝見してみたいと思っただけです。リンスワルド領やキャプラ公領地では、傭兵という生業(なりわい)の方を見かけることがございませんでしたので、この機会に是非と思い...ご迷惑だったでしょうか?」


「とんでもありませんレティシア姫、が、左様でございますか...」

ギュンター卿が口ごもる。

そりゃ本人達の前で『この人達は危険ですから』とか言えないよね。


いや、実際のところ姫様に危険は欠片もないよ?

防護結界はフル稼働だし、仮にそれがなくてもこの三十人で姫様とシンシアさんを突破できるかは(はなは)だ怪しい。

それにヴァーニル隊長とサミュエル君が恐らく五人ずつはやれる。


そうだけど・・・


そうなんだけど・・・裏の事情を知らない周囲の人間の心労も、もうちょっと考えようよ姫様?

跪いたスライの顔も引き攣ってるよ?

傭兵の誰かがいきなり高位貴族に無礼なことを口にして大問題になるんじゃないかと戦々恐々って感じだな。


仕方が無い、俺が間に立つか・・・


「姫様、彼がここにいる傭兵達のまとめ役、スライ・グラニエ氏です」

そう言ってスライを手で示した。


咄嗟にスライが引き攣った目を俺に向ける。

『なんで紹介するんだよ!』って言いたそう。

だけど、なんのやり取りも無いって言うのも不自然だろ? と言うのは建前で、実際は姫様が誰かと喋ってみたくてウズウズしてるのが分かったからだけど。


「ドゥノス傭兵団のスライ・グラニエにございます。姫様におかれましてはご機嫌麗しく。このような場で謁見の機会を頂戴するとは思いも掛けず、不調法者の集まりなれば、どうか寛大な御心でお見逃し頂けますこと、平にお願い奉る次第にございます」


「グラニエ殿。わたくしはリンスワルド伯爵家のレティシア・ノルテモリアと申します。狩猟地の魔獣退治、大儀でした。これでわたくしも安心して美しい森を散策できるというものですね。感謝いたしますわ」


「はっ、滅相もございません!」


あー、あれだ・・・姫様は俺とギュンター卿の会話を聞いて、スライを見てみたくなったんだな、きっと。

確かに、こういう機会でも無ければ姫様が傭兵団を間近で見ることなんて無いだろうからね。

興味深い体験だってのは分かる。


「グラニエ殿は、日頃は傭兵としてどういったお仕事をされてらっしゃるのでしょう?」

「はっ、依頼される仕事のほとんどは貴族様や商人が遠出をする際の護衛でございます」

「貴族なら、騎士団が護衛に付くのではありませんか?」

「領地持ちでは無い貴族様も大勢いらっしゃいます。また、お出かけになるのが本宅の方で無い場合なども、我々のような雇い兵が警護に就く場合が多ございます」


実際の処、自前の騎士団を持ってるどころか、ほとんど領地らしい領地の無い『称号だけの貴族』も多いのだ。

それにスライが『本宅の方で無い』と遠回しに言ったのは、側室とか愛人みたいな縁者の事だけど、そういう人の護衛に騎士団を付けるのは憚られることもあるだろう。


「実際に、戦闘になってしまうことも多いのですか?」


「護衛仕事の場合は滅多にございません。ごく希に盗賊団の討伐に駆り出されることや、諸外国の紛争地で助っ人を求められることもございますが、そう言った場合には闘うことになります」


「なるほど...皆様のように強そうな護衛が付いていれば、そこに襲いかかる不思慮なならずものなど、いそうにありませんものね」

そう言って姫様はクスッと笑った。

「お褒め頂き恐縮でございます」

「出立間際に手間を取らせてしまいましたね。それでは、皆様の無事でのご活躍をお祈りしておりますわ」

「はっ、有り難きお言葉を頂戴し、感謝の念に堪えません!」


日頃の姫様を知っていると、なんとなく演劇っぽいやり取りに見えてしまうのは仕方ないよね?


姫様が俺に目で合図して立ち去ろうとした時、指先が震えた。

左手に目をやると指先が光っている。

パルミュナからの指通信だ。


慌てて左手を握りしめて耳に当てると、パルミュナの声が脳内に響いた。


< お兄ちゃん、そっちの方角で急に変な気配がし始めたのっ! >


「なに?! 別のホムンクルスか?」


いきなり変なポーズをした俺が、誰も相手がいないままに大声で叫んだので、周り中があっけにとられてこっちを見ている。

指通信は声に出す必要無かったんだよね・・・

だってまだ慣れてないんだよ。

姫様だけは指通信を見るのは初めてだろうに、当たり前な表情をしているけど。


「キャァーッ!」

その時、館の裏側から悲鳴が上がった。

続けて、パルミュナの焦った声が響く。


< 違う、もっとおっきい奴ー! ダンガさん達も気が付いたみたいだから魔獣かも! >

< くそっ、分かった! >


「姫様、なにかマズいものが出てくるかもしれないから気をつけて、シンシアさん、この場に防護結界を!」

「分かりました!」

さすがに精霊魔法を練り上げてる時間は無いので、普通の防衛用の結界だが、いまは十分だ。

四人には精霊の防護結界が有るし、ギュンター卿と周囲の人間さえ一時的に守れればいい。


「あんたらも全員結界の内側に入れ!」

跪いたまま困惑していた傭兵達も、指示さえ出れば行動は早い。

さっと立ち上がってシンシアさんが可視化している魔法陣の内側に移動した。


一体、何が出てくるんだ?


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