傭兵団のリーダー
屋敷の前庭に戻ると、そこに傭兵達が一塊になってたむろしていた。
全員馬車を降りて、芝生の上に思い思いの姿勢で寛いでいる。
名誉子爵の屋敷の玄関前だというのに、大抵の奴はだらーっと横になって寝ているけど・・・
まあ、肉食獣ってだいたいこんなもんだよな。
縄張りの見回りや狩りをしない時は、ほとんど寝てると言っても過言ではない。
近づいていくと、最初に出会った男が俺に気が付いて立ち上がった。
「よう! バルテルは屋敷の方に行ったぜ」
「そうか。あんたらギュンター卿待ちか?」
「ああ、バルテルが戻った後に一度出てきたんだけどな、『クライス殿が戻られてから皆に話す』とだけ言ってまた屋敷に引っ込んじまったよ。クライス殿ってアンタのことだろ?」
「そうだよ」
「貴族風のなりしてるし、そうだと思ったよ...ところでバルテルは一人で戻ってきたが従僕の男はいなかったのか?」
「いたよ。探してたのはそいつだったから片付けた」
「そうか...なら大丈夫か」
彼は、ほんの少し眉毛を動かしたが、それ以上の反応は見せずに流した。
傭兵たちの仲間では無いにしても、本当に内通者がいたってことが驚きだったんだろう。
「じゃあ、ギュンター卿と話してくるから、もうちょい待っててくれ」
「おう、わかった」
屋敷の玄関前に立って見張りをしていたサミュエル君が、近づいてくる俺を見つけて縋るような視線を向けてくる。
目が語っていることはすぐ分かるな・・・『あの人たち野放しで大丈夫でしょうか?』だ。
「お疲れ様」
「ご苦労様です!」
サミュエル君が敬礼を返してくる。
「彼らはギュンター卿が雇った傭兵だけど、たぶん、このまま解雇になる。俺はちょっと中で姫様達と経緯を話してくるよ」
「はっ、了解いたしました」
あれからサミュエル君は騎士の鎧を着ている時も、俺があげた短剣を差してくれてるんだ。
いつもの長剣との二本差しってことだけど、ヴァーニル隊長が許可してくれたらしい。
やっぱり愛用して貰えるのは嬉しいね。
扉を開けて貰ってロビーに入ると、奥の方には中身のない執事の礼装が無造作に落ちている。
言うまでもなく、ホムンクルスだったオットーが着ていたものだ。
粉になって崩れ落ちた中身の方はすでに蒸発してしまったようだが、残っている服は気味が悪くて誰も触れない、というところかな?
さっきはドタバタして言い忘れてたけど、彼の遺留品は一応調べた方が良さそうだから却って有り難い。
家僕に連れられて二階に上がり、客間の前に来るともう一人の護衛騎士が扉の前を守っていて敬礼してきたので、軽く目礼を返しておく。
「お館様、クライス様がお戻りになりました」
「うむ、開けてくれ」
家僕が声を掛けると、すぐにギュンター卿の返事が聞こえて扉が開けられた。
「もう聞いてると思いますけど、やっぱりカルヴィノがいましたよ」
部屋に入る早々に言うと、姫様が頷いた。
どう片付けたかは聞いてこないのか・・・
「先ほど、狩猟番のバルテル氏から伺いました。傭兵達の中には影響を受けた者がいなかったようで、何よりです」
「ですね。もし乗っ取られたのがいたら、他の傭兵達がなんと言おうと一戦交えなきゃいけないところでしたから」
「ふーむ、彼らは事情を知りませんから、いきなり仲間を斬られたという事にでもなったんでしょうなあ...」
ヴァーニル隊長が心配そうに言うが、さっき会った感じでは即座に激昂するタイプはあまり混じっていないように思えた。
「最初にまとめ役か調整役っぽい飄々とした男に会えたんで、彼に『内通者がいるかも知れないから出立前に全員顔見せさせろ』って言ったんですよ。それでちゃんと全員に出立準備をさせてまとめてきましたし、元々が少人数の傭兵団の混合だから、大丈夫だったと思います」
「そのまとめ役というのは、恐らくスライという男でしょう」
「あー、名前は聞かなかったけど、きっとそうでしょうね」
『飄々とした』でピンとくるのだから、ギュンター卿にも印象深かったんだろう。
纏ってる雰囲気や身のこなしは歴戦の傭兵っぽいのに、態度は傭兵ぽくないというかクールというか、不思議な男だ。
「で、とりあえず出立準備をしてここにくるようにってことだけ伝えて、オットーの陰謀や今後のことはなにも話していません」
「分かりましたクライス殿。お気遣い恐縮です」
「いえいえ。で、彼らはここでそのまま解雇ですか?」
「そうですね。これ以上雇っていても役目がありませんから...彼らにしてみれば無駄足だったということになるでしょうから、少し報酬をはずんで...その...口止め料も兼ねて、と申しますか...」
そうだよね。
進めていた計画の前提が事実無根だったんだからシーベル卿を侮辱したことになるし、下手に話が広まると思わぬところでややこしい事態になりかねない。
「俺もそれがいいと思います。口止め料込みだって事はしっかり伝えた方がいいでしょう。あの傭兵達は捌けてる連中だから、変に誤魔化すよりも事実を伝えて口止めした方がいいですよ」
「やはりそうですか、承知しました」
「長々待たせてると不満も溜まりやすくなります。彼らはこの足で今日の宿をどうするかってところから仕切り直しになるんで、早めに伝えた方が良いでしょうね」
「なるほど...では報奨金は準備しておりますので早速」
「俺も一緒に行きましょうか?」
「おお、それは心強い」
++++++++++
姫様達には部屋に残って貰い、ギュンター卿と一緒に階下に降りて玄関前に出た。
ゴロゴロしていた傭兵達も、ギュンター卿が出てきたのを見て立ち上がると姿勢を正す。
ギュンター卿も、わざわざ自分の前に呼び集めるのも仰々しいと考えたのだろう、そのまま二人で前庭に出て傭兵達の前に立った。
「皆、手間を掛けてすまない。集まって貰ったのは他でもなく依頼していた任務について説明するためだ。まず、最初に言わなければならないことは、予定していた行動が不要になったと言うことだ。しかし報酬は約束通りに全額支払う」
予想通り、傭兵達がどよめいた。
しかし、ギュンター卿がすぐに言葉を続けたので、アレコレ言い出す前にまた静かになる。
「全くもって済まないことだと思うが、諸君も会っている家令のオットーが得ていた情報がニセだったのだ。いま断言できるが、シーベル卿の行いは極めて真っ当であり、ご子息のゲオルグ君も危険な状態を脱した。つまり...救出作戦の必要など元から存在しておらず、ニセ情報を吹き込まれた私が状況を誤解していたと言うことだな」
さすがに、まとめ役の男が手を上げた。
「発言よろしいでしょうか、シーベル卿」
「うむ、聞きたいことも多々あると思う」
「その...そうすると俺たちは、出撃せずにこれで解雇って事になるんでしょうか?」
「活躍の場を奪ってすまないが、そうなる。ただし、出撃はあったものと見做して約束通りに戦闘手当込みの日当を支払う」
「全く闘ってないのによろしいので?」
「元から支払うつもりだった金額だ。計画ではゲオルグ君を救出した後、ここでしばらく護衛を努めて貰うはずだったが、その分も含めて支払おう」
「それは大変有り難い話ですが、少々貰いすぎのような気も」
「うむ、はっきり言ってしまえば、これは私の汚点だ。従って、あまり世間に知られたくはない。その点について諸君らが考慮してくれることを期待した報酬だと思って欲しい」
まとめ役の男は合点がいったという表情で頷く。
「少しお待ちくださいギュンター卿」
そう言って居並ぶ面々の方に向き直る
「話は聞いてたとおりだ。ギュンター卿の温情に異論のある団はあるか?」
全員首を横に振る。
もちろん、文句のある奴なんかいるはずもないだろう。
「よし。文句がないなら、この仕事に関しては今後一切喋らないってのが報酬を貰う条件だと思ってくれ。俺たちは狩猟地の魔獣退治を請け負っただけだ。いいな?」
「おーう!」
傭兵達が一斉に返事をした。
「ではギュンター卿、お示し頂いた温情、有り難く頂戴いたします」
「うむ、手間を掛けてすまなかった。報酬はすぐに用意するのでこのまま待っていて欲しい。それから、オットーの用意した馬車と道具類は諸君らにまとめて寄贈する。どうやって分け合うかは諸君らで話し合って決めてくれたまえ」
さすがに傭兵達がどよめいた。
しっかりした馬車と馬までくれるとは、とんでもない大盤振る舞いだ。
早速、傭兵に渡す貨幣を用意するために屋敷に戻るギュンター卿を見送り、まとめ役の男に声を掛ける。
「スライっていうのはあんたかい?」
「ああ、ドゥノス傭兵団のリーダーをやってるスライ・グラニエだ」
そう言って右手を差し出してきたので握り返し、こっちも自己紹介する。
「ライノ・クライスだ」
握手して手を離した後、スライは訝しげな顔をした。
「失礼を承知で聞くが...アンタいったい何者だい? 貴族風の服を着てるけど、身のこなしでタダ者じゃねえのは分かる。それに、今握手して分かったよ。そんな手をしてる貴族はいねえ」
「俺のは農夫の手かな?」
俺がおどけて言うと、スライはニヤリと顔を歪ませた。
「貴族家にも腕の立つ奴はいる。だけど、そう言う奴は大抵が剣士で、ずっと同じ剣で修練してるから指の同じ場所にタコができてるもんさ。農夫や職人も同じだな。鍬やら鋤やら同じ道具をずっと握りしめてるから掌にタコができる。アンタの手は、そのどれでもない」
なるほど!
言われてみると凄く納得だ!
「じゃあ参考までに聞きたいんだけど、俺は何者に見える?」
「そうだな...いろんな戦い方を心得てる奴だ。軍の...口にしちゃいけねぇ秘密部隊に所属してるか、そういうとこ出身で貴族の護衛専門の傭兵か...違うかい?」
「内緒にしておいて貰えると助かるけど、実は破邪だ」
「ハッ! そう来たか...服装で騙されたよ!」
「すまない、ちょっと訳ありでね。目立たないようにリンスワルド伯爵家の一行と王都に向かってるんだ」
「伯爵家のご一行と一緒で目立たねえって...それ、無理がないか?」
スライが玄関前に泊まっている姫様の巨大なお召し馬車と護衛の騎士達を見やりながら言う。
確かにね・・・
「相手によるさ」
「そりゃごもっとも」
さっき出会ったばかりだというのに、このスライという男は妙に話しやすい。
態度がまるで傭兵っぽくないせいかな?