ギュンター卿の真意
俺たちはギュンター卿の用意してくれた部屋に入った。
こちらは、姫様とシンシアさんとエマーニュさん、それにもちろんヴァーニル隊長、俺とパルミュナの合計六人。
会議テーブルの向こう側にはギュンター卿が一人だけ。
家僕に聞かせる話ではないと判断したのだろう、部屋の用意が済んだ段階で、卿が自分から人払いをしている。
最初に姫様が宣誓魔法の件を持ち出すかと思ったら意外や意外、そんなことはおくびにも出さずにシーベル子爵家での出来事を語り始めた。
そっか。
敵がエルスカインだってことをぼかして、シーベル家が狙われているって枠組みでの話だったら問題ないもんな・・・
さすが姫様。
ゲオルグ青年が敵の魔手にかかって病に伏せていたこと、その従僕のホムンクルスが正体を見破られて逃走し、それからゲオルグ青年が快方に向かったことを話すと、ギュンター卿は驚いて姫様に問うた。
「すると、もうゲオルグ君は心配ないのですか?」
「はい。あれは病気ではなく一種の呪いでした。こちらのライノ殿と妹君がホムンクルスの正体を見破り、呪いを解いたのです」
「なんと...そうだったのですか...なんともかたじけない! そして先ほどの私の乱暴な発言、どうかご容赦頂きたい」
驚いたことにギュンター卿はテーブルに両手をついてこちらに頭を下げた。
「実は、先ほどの家令のオットー...だったもの...からの進言を受けて、私は独自にゲオルグ君を守るべく行動しようとしていた矢先だったのです」
「それは、どういうことでございましょうか?」
「その、オットー...が言うには、ゲオルグ君は病に伏しているのではなく、少しずつ毒を盛られているのだと」
「まさか?」
「兄は騙されているのです! いや...その...先ほどまで私はそう思っていたのです...」
「まず、それを詳しくお聞かせ頂けますか?」
「もちろんです。オットーはそれを、実家の...つまりシーベル城に務める昔の部下たちの情報から掴んだと言っておりました。しかし兄は『宣誓魔法を受けている家人たちに、そのようなことができるはずない』と、その進言を一笑に付し、あくまでもゲオルグ君を病に罹っていると思い込んで、王都に連れて行くつもりだと」
「たしかにゲオルグ君は幼少の頃から病弱だったとは言えます。しかし、成長期に入って彼は逞しくなりました」
「シーベル卿とその話はされたのですか?」
「兄に手紙を出しましたが、一度も返事はありませんでした。オットーは、兄が魔道士たちにすっかり洗脳されて疑う心を無くし、すべてを鵜呑みにしていると...」
「確かめられましたか?」
「そこでゲオルグ君宛にも手紙を出したのですが、やはり一度も返事はありませんでした」
「恐らく、それらの手紙はシーベル卿やゲオルグ殿の元には一度も届いていないでしょう」
「そうなりますか?」
「ギュンター卿は、その手紙の手配を家令に委ねたのでは?」
「確かに...オットーにすべて任せておりました...そうか、そうですね...届くはずがない」
「それに魔道士が雇い主を裏切ることは難しいでしょう。自らに宣誓をかける上、魔道士も相互に宣誓を掛け合います」
養魚場のスズメバチの件でも、結局、辞任した魔道士たちは誰も裏切ってはいなかったんだよな・・・
今更言っても後の祭りだけど。
「そこなのですが、いまいる三人の魔道士は全員、亡くなられた兄の奥方の縁者なのですよ」
「では、ポルセト王国の?」
「左様です。奥方の実家から三人揃ってシーベル家に紹介されて、そのまま採用されたのです。兄は、奥方のことを深く愛しておりましたので、その実家を疑う気持ちなど欠片も持ち得なかったでしょう」
「お待ちくださいませ、そうすると、ギュンター卿はその企みの背後にポルセト王国の貴族がいるとお考えで?」
「その通りです...いえ、そう思い込んでいました。奥方と血縁のある魔道士を通じて兄に取り入り、言葉巧みに信用を勝ち得たと」
「ですが、それは卿ご自身のお考えではなく、あのオットーというホムンクルスから吹き込まれたことでは?」
「恥ずかしながらその通りです。オットー...本物のオットーは、私にとって家族にも等しい存在でした。ただの家臣ではなく親戚程度には思っていたので」
「分かりますわ。心中お察しいたします」
「恐縮です。そしてオットー...のホムンクルスに、ゲオルグ君は、王都に行く際に途中で殺されるだろうと聞かされました」
「王都への道中で襲われると?」
「ええ、毒はバレないように日々少しずつ盛っているらしいのですが、しかし王宮の優秀な治癒士や魔道士は、それを見抜いてしまうかもしれません」
「だから毒が露呈する前にゲオルグ殿を襲って、証拠をなくすことを企んだと」
「そういう筋書きでしょう。ゲオルグ君を殺した後は、兄に後妻を娶らせて、シーベル子爵家の乗っ取りを謀っていると考えていたのです」
「しかし、シーベル卿が奥方を愛していらっしゃったのであれば、いまさら後妻を娶る気にはなれなかったでしょうに...」
「だからこそ、ゲオルグ君を亡き者にする必要があったのです。兄の感情がどうあれ、子爵家当主の責任として跡取りを作らない訳にはいきません。それが先の奥方の縁者であれば、少しは心も和らぐとは思えます。仮に後妻ではなく養子を取るにしても良い候補と考えるでしょう」
あー、これは姫様としても身につまされる話なんだろうか?
確認してみる気は永遠に無いけど。
「大変不躾なことを伺ってしまうのですけれど...」
「かまいませんとも」
「シーベル卿にお世継ぎがいなければ、単純にギュンター卿とクルト卿が爵位継承者になるのでは?」
「そうです。ゲオルグ君がいなくなって、次の子供が出来無ければ継承順位はまず私、そしてクルトです」
だよね。
だからこそシーベル卿は、弟たちがゲオルグ君の命を狙っていると考えてた訳で・・・
「しかしながら私は『シーベル子爵』を継承する気は全くありません。恐らくクルトも同じでしょうな」
ほう?
それはそれで、意外な感じだ。
「差し支えなければ、その理由を教えて頂けるとわたくしも理解が進むかと思います」
「私は、父が他界した後に、兄の采配でかなりの遺産を分けて貰いました。父の遺言でこの屋敷と狩猟地は貰えることになっていましたが、遺産の方は本来であれば受け取るはずのないものです。兄はそう言う男なのですよ。誰に対しても優しい...」
「そうですね。わたくしもシーベル卿のお人柄は素晴らしいものだと思います」
「ええ、自由に育って我が儘放題だったクルトが王都に出ると言い出したときも、信用できる家臣たちを一緒に行かせ、彼が公国軍の良い立場に付けるよう陰から色々な手助けをしていました。これはクルト本人はいまでも知らないと思いますが」
「そうだったのですか...」
「クルトが自信を持てるように、本人の知らないところでこっそり手助けをするなんて実に兄らしいですよ...」
そう言ってギュンター卿は目を細めた。
本当は兄のことが好きなのだろう。
「話が逸れましたが、私は子供の頃からこの森が大好きで、ずっとここで暮らしたかったのです。不思議に思われるかもしれませんが、本城や王都で暮らすことには何の魅力も感じません」
「そのお気持ちは分かります。わたくしも大きな街よりも山と森が好きですので」
「では是非ここの森をご覧になっていって頂きたいものです。それに、兄から貰った資産と年金のお陰で経済的にも不自由はありませんから、私はこの土地を出る気になれません」
「良く分かりましたわギュンター卿、不躾な質問、お許しくださいませ」
俺はパルミュナと視線を交わしたが、それにパルミュナは目で答えた。
ここまでの話でギュンター卿は嘘をついてない、ということだ。
そもそも、ギュンター卿はパルミュナの正体を知らないのだから、嘘でこの場を乗り切る気なら、最初からいくらでもでまかせを喋っただろう。
「どうかお気になさらず...それに恐らくクルトも同じでしょう。公国軍で連隊長として高い評価を受けている自由な立場を捨てて子爵になりたいかと言われたら、即断で否というでしょうね。当初は兄の支援もあったと思いますが、連隊長にまでなれた今の評価はクルト自身の能力と努力の賜でしょうから」
なんだ、ギュンター卿ってホムンクルスに騙されていただけで本当は兄も弟も好きなんじゃないか・・・
「要は、私もクルトも自由な立場で不足のない暮らしを満喫できている訳ですから、爵位を継いでがんじがらめな貴族の世界に戻りたい理由など一つもないと...あ、いや、大変失礼なことを口にしてしまいました! 決して爵位を軽んじている訳ではございませんで...」
あー、目の前に伯爵家の姫様がいるんだから、これは不味い発言だよね。
姫様は一欠片も気にしないだろうけど。
「ギュンター卿、それこそ『どうかお気になさらず』ですわ。お気持ちはとてもよく理解できますので。卿もリンスワルド家の由来を知れば、それが事実だと分かって頂けるでしょう」
そういって姫様は満面の笑みを浮かべた。