Part-3:ホムンクルスの真実 〜 シーベル城を出立
演武大会の翌朝、姫様の隊列はシーベル家を出立し、再び王都への道に戻った。
ここからは真っ直ぐに王都へ向かうのではなく、まずはシーベル子爵の弟である『ギュンター・ラミング卿』の屋敷に近い、ハーレイの街へと向かう。
ギュンター卿の屋敷はハーレイの街中ではなく、そこからかなり離れた森のへりにあるらしいので、まずはハーレイの街近くで一泊する予定だ。
カルヴィノがハーレイの街のどこかにいるのか、あるいは本当にギュンター卿の屋敷が到着点なのかどうかは不明だが、その近辺に逗留していることは間違いないからな。
もし探索用の地図をシーベル子爵領の範囲に留めていたら、何処の街にいるかはっきり掴めたはずだが、俺が欲張ってカルヴィノの居場所の探索範囲をミルシュラント公国全域にして貰ったせいで、そのあたりが曖昧だ。
だって、まさかカルヴィノがこんな近くに潜むなんて思いもしなかったんだよなあ・・・
とっととシーベル領から逃げ出すと思ってたのに。
くそう。
だけど仕方ない、まさに後悔先に立たずってヤツだ。
それにしても、さすが騎士団の護衛隊、昨夜はあれほど飲んでたのに朝になったら微塵も酔っ払ってた気配を感じさせずにシャキッとしてるのは大したもんだ。
・・・それとも、シンシアさんかブラウン婦人の厚情かな?
二日酔いの解呪的な・・・
++++++++++
一昨日の夜は城の裏門から出て川沿いの道を走ったけど、今日は正門から出て城下町を抜けて田園地帯へと進んだので、まったく雰囲気の違う明るい道だ。
そして、今日は馬車の中が賑やか。
姫様から借りた武術指南書に読みふけっている俺の横で、ワイワイと黄色い声が上がっている。
今日、俺たちの借りている馬車にはシンシアさんが乗り込んでいるからね。
「だからさー、人族の魔法って現世の理を書き換えて、自分の実現したいことにしちゃうって感じでしょー?」
「そう言われてみると、そうなんでしょうか...」
「でも精霊の魔法はねー、世界に干渉しないんだよねー」
「では、どうやって魔法として成り立たせているのですか?」
パルミュナとシンシアさんのやり取りの内容が、俺にとってもなんだか少し懐かしい。
俺も最初にパルミュナから精霊魔法を教わり始めた頃は、言われた通りにやればある程度は出来たものの、何故それが出来ているか? って原理というか考え方みたいな事はサッパリ分からなかったからな・・・
正直いまでも分かっている自信はないけど・・・
出立前に姫様も交えて相談した結果、勇者でもないシンシアさんに出来るか出来ないかはともかく、早くパルミュナから精霊の結界について学んでおいた方がいいんじゃないかって話になったからだ。
これまでも時々は、空き時間を見繕ってパルミュナに精霊魔法に関する教えを請うていたようだけど、シンシアさん本人曰く『まだまだ理解が及んでいません』という事で、この機会にパルミュナ師匠の集中講座と相成った。
それに正直、これまでは俺自身も姫様一行とその隊列を守ることだけ意識していて、シーベル家のような出来事は想定していなかったんだよね。
つまり、エルスカインがリンスワルド領への侵略とは別口で、同時並行に進めている色々な計画にたまたま遭遇するってことに対してだ。
そういう訳で、王都に着くのを待たずにシンシアさんに頑張って貰うことになった。
「世界の理を無理矢理に書き換えなくてもさー、そこにあるものの流れをうまく変えるみたいな感じで出来ちゃう事って多いのよ? だって、無いものを生み出すよりも別の場所から持ってくるほうがカンタンでしょー?」
「あ、なんとなく、その理屈は分かります」
「だからねー、世界の流れを読み取って、それを操る方法さえ知れば、そんなに魔力を使わなくてもいろんな事が出来ちゃうものなのよー!」
「なるほど...」
パルミュナは言う。
精霊の魔法は世界の理に干渉しない。
理を書き換えたり、存在しないものをあるかのごとく扱ったりもしない。
ただ、世界の流れを上手く紐解いて組み直すことなのだと。
そして、その流れとは奔流のことだけじゃない。
熱の流れ、水の流れ、風の流れ、大地の流れ、有から無への流れ、輪廻の円環から現世への流れ、秩序から混沌への流れ、etc. etc.
精霊の目で見れば、岩や大地でさえも流れ続けているもので、一所に留まっているものなど、なに一つ無いのだと・・・
最初の頃に較べれば、俺もパルミュナの言わんとするところがなんとなく分かってきたような気はする。
ともかく、もしもシンシアさんが『攻撃を防ぐ』という普通の防護結界だけではなく、『邪心や害意を立ち入らせない』というパルミュナ流の結界を扱えるようになったら、これは心強い。
魔法の天才のシンシアさんなら、ひょっとして身につくんじゃないかとパルミュナも思っていたそうだしね。
幼い見た目に反して、パルミュナは人にものを教えるのが上手だ。
俺が精霊の視点を身につけるのが予想よりも早かったのは、パルミュナの教え方が良かったからだろうってアスワンも認めていたしな。
ものは試し。
試さないで諦めるよりも、試すチャンスがあるならやってみるべきだな。
++++++++++
その日の夕方、隊列はハーレイの街に到着した。
ハーレイは大戦争の前には市壁のある自由都市だったそうで、子爵領の中でも抜きん出て大きな街らしい。
ここは最初の予定でも街外れの広場に陣を張るはずだったので手配関係に問題は無いけど、この後、ギュンター・ラミング卿の屋敷に行くとしたら先々の予定がさらにズレることになる。
その度に、メッセンジャーの人たちは馬を飛ばして宿泊予定地の先遣隊と隊列の間を往復してるのだから、貴族に仕えるのは大変だね・・・
まあ今回は姫様の意向で街の宿を確保してないだけ、まだマシか。
広場に到着した馬車が陣形を組んで幕営の準備を始めると、慌ただしい空気がその場を支配する。
まあリンスワルド家は姫様から家僕の下働きまで全員がお上品なので、怒声が飛び交うってことは無いけどね。
と言うか、失敗した誰かをうっかり怒鳴りつけたりしたら、怒られた方ではなくて怒った方が、その上司から『品性を保て』と注意を受けるレベル・・・
ちなみに先日の幕営では、天幕が張られて一通りの準備が出来るまでは姫様達も馬車から降りては来なかったけど、今日はシンシアさんが俺たちと一緒にいるので馬車から出てきている。
これからシンシアさんは、今日一日を使ってパルミュナから手ほどきされた精霊魔法による『害意を弾く結界』の実技演習なんだそうだ。
俺なら、馬車の中で丸一日パルミュナに叩き込まれた授業だけで今頃は発熱して寝込んでるよ。
「そーそー、まず最初に起点を創って、その上に積み上げてねー?」
「こうでしょうか?...」
「もうちょっと広くかなー。慣れれば小さくして節約も出来るけど、最初はゆとりのある方が積み上げやすいから」
「はい」
俺は勇者になったときにアスワンから存在を練り直されてる。
つまり、最初から精霊魔法を使えるだけの下地がある状態に生まれ変わってると言ってもいい。
平たく言えばズルだな。
だから、あとはパルミュナからやり方を教わるだけで徐々に身につけていくことが出来た。
対してシンシアさんは、そもそも精霊魔法が使える体じゃないのに、それを理屈というか『理解』を基にして自分の中に組み上げようとしている。
精霊の言葉も、俺にしてみれば『何故か生まれつき知ってる言葉』だけど、シンシアさんにすれば『行ったことも無い外国の言葉』を一から覚えるようなものだ。
それがどれだけ大変なことか、おおよその想像は付く。
「じゃー組み上げていくよ? 一緒に載っけていってねー」
「はい、お願いします!」
パルミュナとシンシアさんが広場の中央に向き合って立つと、揃って両手を広げ、結界を張り始めた。
おや?
珍しくパルミュナが呪文の詠唱をしてると思ったけど、これはシンシアさんに追従させるためだな。
少しズレた二人の声が重なってよく聞き取れないけど、シンシアさんもちゃんと精霊の言葉を唱えてるっぽいのが分かる。
やがて、二人の足下にふわりと魔法陣の円環が浮かぶ上がってきた。
色合いの違う光が二重に重なって美しい。
感覚的に、青い方の光がパルミュナの組み上げている魔法陣で、薄い橙色の方がシンシアさんだろう。
橙色の方は、ちょっと朧気というか存在感が不安定な感じだし。
いつものパルミュナなら、手を広げた瞬間に構築し終わっている魔法陣だろうけど、いまはシンシアさんのために、ゆっくりと呪文を口にしながら一段階ずつ組み上げている。
シンシアさんは、ポリノー村で防護魔法陣を移されたときに『もの凄く複雑な術式で、とても読み取れそうにない』って言ってたけど、いまの彼女はそれに近いものをイチから自分の力で組み上げようとしているんだな・・・
そう思うと、目の前の二人の姿がとても感動的なものに見えてくるよ。