<閑話:ウィリアム公と銀の梟 -3>
「差し支えなければ教えてくれ、それは何故だ?」
「私が子を産めない訳ではございません。いえ、まだ産んだことはありませんが、産めると思います。しかしながら...生まれる子供は必ず女児になります」
「なんと?」
「リンスワルドの女は『女しか産めない』のです。理由を尋ねられても分かりません。ただ、ずっとそうでしたし、恐らくこれからもそうでしょう」
「そんな不思議なことがあるのか」
「エルフ族中心の国と違って人間族中心の国の王家や貴族では、男児が世継ぎとなる慣習のところも多ございます。そういった家では、リンスワルド家の血は疎まれましょう。生まれた子は必ず女で、その子が大人になって婿を取っても、やはり女しか生まれないとなれば、致し方の無いことかと...」
「そうなのか...うーむ...仮にシルヴィアがスターリング家の嫁に来たとして世継ぎが...いや、世継ぎが産めない訳では無い。世継ぎが娘であると言うだけだ。うん、ミルシュラントでは爵位継承を男児のみに限ることを禁止しよう。それなら問題なかろう」
「その仮はともかくとして、問題なくはございません。貴族家同士の結婚には政治が絡むことも致し方ないものでございます。しかし、リンスワルドの女がいる家には、ただ血の残らない婿を送りこむだけ。逆に嫁を取ることも出来ません...家同士として長い繋がりを残せないならば、先方にどんな利点がございましょう?」
「では不躾なことを聞くが良いか?」
「これまで、リンスワルド家はどうやって家系を繋いできたのかと?」
「うむ、まさにそれだ」
「毎世代で外から婿を取る。それだけでございます。アルファニアではリンスワルド家は貴族の端くれでございましたので、そこに家督を得られない次男や三男、庶子を婿に送るのは決して悪い話ではございませんでした」
「なるほどそうか」
「ミルシュラントでは勝手が違いますので、どうなるやら正直分かりません。私もどうしても子供が欲しいとなれば、いずれ考えねばなりませんが...」
++++++++++
執務に一段落付いた午後の時間。
シルヴィアを誘い、二人でテラスに出てお茶を楽しんだ。
シルヴィアの希望で輸入することになった香り高いお茶と、中庭に広がる鮮やかな緑の光景を楽しみながら、最近は、こういうゆったりとした時間をもつことが少なくなっていたことを痛感する。
「大公陛下?」
「なんだ?」
それまで黙っていたシルヴィアが不意に問いかけてきた。
「わたくしは爵位は必要無いと申し上げたはずでございますが?」
先手を取られたか・・・
「まあ聞けシルヴィア、領地を持たせる為には爵位が無いと宜しくないのだ。これまでのシルヴィアの活躍ぶり...特にあのゲルトリンクの恥知らず共を討った際の貢献は他に比肩するものがいないほどだ。これで、働きに見合った報奨を出さないとなれば、スターリング大公家の沽券に関わる。他の騎士や貴族たちの手前も、正当な評価をしないのは宜しくない」
「それにしても伯爵位というのは少々大袈裟かと」
「いや、身贔屓なしでそうは思わんぞ? と言うか、本当ならゲルトリンクとシュマイヤーの二カ国分の領地を渡すのだから辺境伯を名乗らせたいところなのだ」
「そもそも報奨自体が過分でございます」
それは聞こえぬふりを通す。
「ただ、隣のガルシリスの手前...恭順の対価として旧ガルシリス王家に辺境伯を名乗らせておる以上、そこに並ばせるのも問題があってな。無論、元は連合国家群の領主たちである侯爵や公爵という訳にもいかぬので、涙をのんで伯爵止まりだ」
実際、ルースランドの執拗な攻撃を防ぎきると同時に、ルースランド側に付いたツベルナ、ゲルトリンク、シュマイヤーの南方三国を平定してミルシュラント公国の版図を現在の位置で安定させたことに関しては、ガルシリス家の功績は大きい。
あの家はあの家で、正当に評価されてしかるべきだ。
「涙をのむ、という比喩が分かりかねますが、わたくしが領地を求めたことは一度もないかと存じます。わたくしはただ、ウィリアム様、失礼しました、大公陛下のお側に仕えさせて頂ければ良いだけでございますので」
「シルヴィア、これからする話はひょっとしたら、いや、かなりの確率でお前には嫌な気分になられてしまうかもしれない。それでも、私は隠さず話したい。シルヴィアに嫌われるとしても、この考えを伝えない訳には行かない」
「大袈裟でございますね。わたくしが大公陛下を嫌うことなどないとお分かりでしょうに」
「どうかな?...あのゲルトリンクの死地を脱した後、エルフと人間の子供の話をしたのを覚えているか?」
「無論でございます」
「その時、リンスワルド一族の女性は女性しか産めないとも聞いた」
「はい、左様でございます」
「だが、リンスワルド家がアルファニアに戻るならともかくも、このミルシュラントの地で国民として生きていくのならば、男女関係なく世継ぎは必要であろう?」
「はい」
「そうであれば、いつかはシルヴィアも婿を取らねばならぬ。何処かの家に嫁に行くというのではなく、リンスワルド家に婿を迎えるしかなかろう」
「...この呪われた血を広めない為に子孫を諦めるか、リンスワルド家の中の話としてひっそりと続いていくか、二つに一つでございましょう」
「呪われた血などと言うな。どんな理由でそうなったかは知らぬが、シルヴィアほど気高く聡明な者を産み出した一族が、呪いなど受けているはずが無い」
「有り難きお言葉にございますが、結論は同じでございます」
「ならばシルヴィア、私の娘を産んでくれないか?」
「は?」
「正直に言う。本当ならば私はシルヴィアと結婚したい。大公家の妃としてシルヴィアには私の元に居続けて欲しい」
「お戯れを...」
「無論、戯れでも冗談も無く本気だ。しかし、私も大公を名乗り、このミルシュラント公国という国を育てていく責任を負った以上、世継ぎについても責任が生じる。さすがに子々孫々まで世継ぎが女しか生まれぬと言うのは厳しかろう」
「論じるまでもございません」
「だが、リンスワルド家の存続に婿は必要だ。いや、もっとはっきり言ってしまおう。建前としての『婿』や『夫婦』という形式に拘らぬのならば、娘を産む為の『子種』は必要であろう? それは私では駄目か?」
シルヴィアは表情を動かさない。
もっと驚愕するとか、厳しく拒絶されるとか、いやむしろ噴き出して一笑に付されるとか、そういう覚悟はしていたのだが・・・
「シルヴィアにとっての私は、よちよち歩きの頃から世話をしてきた相手だ。とてもそんな対象に思えずとも当然だろうとは思う。さながら、甥っ子にでも求婚されたという処か?」
「もったいなさ過ぎまする。かように恐れ多い事など考えたこともございません」
「では改めて考えてみてくれ。リンスワルド家がこのミルシュラントの地にエルフ族だけの里でも作って生きていくというのならそれも良かろう...かと言って大公家に限らず、どこかの貴族の側室になったのではリンスワルドの名が途絶える。だが、ミルシュラントにおいても貴族家として家を立てれば、婿や父親の話はどうとでも出来るはずだ」
「外から見れば、父親の不明な娘が生まれ続ける家かもしれませぬが」
「そんなことはどうにでも出来る。先々は出自であるアルファニアの縁故から婿を取ると言うことも出来ようし、いまやミルシュラントにおいてもエルフ族の貴族家が他に無い訳でもない」
「ウィリアム様...一つだけよろしいでしょうか?」
ほう、ウィリアム呼びに戻ったか?
「このことをお伝えしてもウィリアム様がお怒りにならず、わたくしの首を刎ねないというのならば、今のお話し、少し考えてみたくございます」
「なんだ言って見ろ! 私がシルヴィアに怒るなど有り得ん」
「実はわたくし、ウィリアム様の護衛に任じられた当初から、もしもウィリアム様を力一杯抱きしめることが出来たらどんなに幸せかと考えておりました。最初は可愛い甥っ子のように、凜々しく剣を振るうようになられたお年の頃からは大切な弟のように、そして...大軍を率いて先陣を切られるようになった頃からは...」
シルヴィアはそこで顔を赤らめると俯いた。
「...言わずもがなでございますが眩しい恋人のように...不遜も過ぎる考えだと分かっておりましたので、この思いは墓標の下まで抱えていくつもりでおりました」
驚いた。
衝撃を受けた。
そして私がどれほど嬉しく、シルヴィアと出会えた人生に感謝をしたか、その喜びの大きさは誰にも分かって貰えぬであろう。
私は思わずテーブル越しに手を伸ばし、ティーカップに添えられていたシルヴィアの細く柔らかな手を包み込む。
「ありがとうシルヴィア...」
「それは、わたくしが口にすべき言葉でございます」
「ならば互いに、だ」
「はい」
「...しかし先ほどは、そんな話は『考えたこともない』と言っていなかったか?」
するとシルヴィアは悪戯っぽくニッコリと微笑んで言った。
「あれは嘘でございます」
私が、この世界で一番好きな笑顔がそこにあった。