魔道士の仕事
シンシアさんは自分が話題にされていることに関して他人事のような表情を貫いているが、それをチラリと見やった姫様が思いも掛けないことを言い出した。
「シンシア、あなたが構わなければ、その魔道士の方々の手合わせを受けてあげれば良いのではありませんか?」
予想外な姫様の無茶振りに、シンシアさんがぎょっとした表情を見せるが姫様は構わずその理由を言った。
「この先、リンスワルド家とシーベル家が共にエルスカインに立ち向かうとなれば、魔道士の間で連携も必要となりましょう。互いを知るのは良いことだと思いますが?」
「姫様、さすがにそのように僭越なことを求めるつもりは毛頭ございません! 当家の魔道士がシンシア殿の配下となれば済む話ですぞ」
そりゃあ当主自身がシンシアさんの宣誓魔法を受けたんだから、その臣下である魔道士たちが受けるのも当然と言える。
慌てているシーベル子爵をよそに、シンシアさんは少し考え込んでから答えた。
「周囲に危険の及ばないことであれば構いません。明日は出立で慌ただしいので、これからでもよろしければお付き合い致します。確かに今後のことを考えると、お互いを知っておくことは有用かと思いますので」
「さ、さようですか...承知致しました。では、当家の魔道士たちに声を掛けてみましょう。ボーマン、お前が呼んできてくれるか」
「かしこまりました」
ボーマンさんが魔道士たちを呼びに退出すると、パルミュナが呆れたような調子で気軽に言った。
「シンシアちゃんに勝てる訳ないのにねー!」
「いや、それを知らないからこそ、実力を知りたかったんだろ?」
「そっかー」
「悪気はないんだよ。ちょっと常識がズレてるからやらかすだけでな...パルミュナみたいに」
「もー!」
パルミュナは俺の腕をぺしっと叩いた。
俺としては『頬っぺた膨らまし』が見たかったんだけどね。
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しばらくすると、三名のシーベル家魔道士がボーマン氏に連れられて、おずおずと部屋に入ってきた。
中年男性一名、中年女性一名、少し若い男性一名の、取り立てて変わったところもないというか、ありきたりな組み合わせだな。
「彼らが当家の魔道士たちです。どうぞお見知りおきを」
「シーベル子爵家筆頭魔道士のライネリオ・モンタルバンでございます」
「補佐を務めます魔道士のマチルド・オランジュにございます」
「同じく魔道士のトリスタン・パイヤールでございます」
名前からして南方のポルセト王国の出身かな?
三人とも表情が硬いというか、あからさまに緊張している。
客である上位貴族家の魔道士に勝負を挑む段取りを密談していたことが領主の知るところとなって禁足処分中・・・そこで当のリンスワルド家のお姫様と筆頭魔道士の元に呼びつけられたとなったら、まあ、自分たちがどういう目に遭うか大体の想像はつくよね。
相当叱られて、主のシーベル子爵共々に面目丸潰れ。
ヘタをすればその場で解雇だ。
魔道士は貴族家の家臣たちの中で強い力を持つが故に、その立ち振る舞いに対して向けられる目も厳しい。
加えてミルシュラント公国だと、王宮魔道士の定期的な監査を受けなきゃいけないって話だし、そこで今回の件が表沙汰になれば間違いなく大失点になる。
他の貴族家に魔道士として再就職するのも難しくなるだろう。
だからこそ、この三人はシンシアさんを上手いこと魔法勝負に誘い込む作戦を練って密談してたんだろうけどね・・・脇が甘すぎるよ。
「初めまして皆さん、リンスワルド伯爵家の筆頭魔道士を務めておりますシンシア・ジットレインと申します。シーベル卿から伺ったのですが、皆様は私と魔法比べをしてみたいと思っていらしたとか」
「いえ、あ、はい。僭越ながらお力を拝見したく思っておりました...」
筆頭魔道士のライネリオ・モンタルバン氏が、言い訳を諦めて素直に認めた。
ビジュアル的には、父と娘でもおかしくない二人だが・・・
家の中で何かしでかして娘から叱責されてる父親って考えると、そう珍しい光景でもないような気がして来るな・・・
「どのような内容をお考えでしたか?」
「はい、例えばでございますが、濁り水の浄化とか、夜空に光を打ち上げるとか、あとは木偶に防護結界を掛けて騎士達に打ち込んで貰うとか...」
「それだけですか?」
「単純な考えでお恥ずかしいのですが、攻撃的な内容でなければ、ご紹介頂いた後の話の持っていき方で披露して頂けるのではないかと...」
なるほど。
見ればすぐ力量が分かるけど危なくないこと、か。
どうやら『俺様達の力を見せてやるぜ!』的な調子こいている考えではなく、本当に噂の若き・・・というよりも幼き天才美少女が務めるリンスワルド家筆頭魔道士の力を見てみたかった、という事らしい。
まあ自分から求めれば無礼であることに変わりはないけど、その程度なら数日の禁足処分で妥当って処だろう。
「分かりました。いまから濁り水を用意するのも大変ですし、騎士達の手を患わせるのも良くないでしょう。中庭に出て、四人でお祝いの光を打ち上げましょう」
ああ、これは上手い言い方だな!
魔道士たちが今日の婚約式を祝って空に光を打ち上げるという話であれば不自然さもないし、どちらの家人達もみんな喜ぶ。
むしろ、婚約式と演武大会の締めくくりに相応しい演出だ。
「よろしいのでございますか?」
三人が驚きの表情を見せる。
「ええ、一緒に中庭で若い婚約者と両家の騎士達を祝福しましょう」
「かしこまりましたっ!!!」
どんな懲罰が降ってくるかとビクビクしていた三人の魔道士は、思わぬ展開に顔をほころばせた。
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またもゾロゾロと全員揃って中庭の観覧席に戻ると、懇親会という名の宴会は絶好調という雰囲気だった。
両家の騎士達も、あまりこちらに注目する者はおらず、思い思いに飲んで食べて語らっている。
中庭に出る際に、エマーニュさんがそっとみんなの側を離れていたと思ったら、サミュエル君とトレナちゃんを観覧席まで連れてきた。
みんなが腰を落ち着けたところでシンシアさんと三人の魔道士が演武場の中に入ると、ようやく何事かと騎士達が目を向けてくる。
それを受けてシーベル子爵が立ち上がり、声を張り上げた。
「今日は誠に喜ばしい日であった。若い二人が婚約を誓い合い、両家の騎士達も演武大会でこれまでになく親睦を深めることが出来た。まさに今日はリンスワルド伯爵家とシーベル子爵家にとって記念すべき日。この先、両家は手を取り合ってミルシュラント公国の発展に力を尽くして行くであろう!」
「おおおっっっ!」
かなり酒の回っている騎士達が手に手にジョッキを掲げて歓声を上げる。
骨付き肉や串焼きを掲げている奴もいるけど、まあ、気は心だ。
「この日を祝って、これより両家の魔道士が夜空に光を放つ。とくとご覧あれ!」
「うぉおおーっ!」
その声を合図に、まずシーベル家の魔道士たちが夜空にむけて手を差し伸べ、短い呪文を口にすると真上に向けて光を放った。
三人の指先から眩しい光が一直線に駆け上がり、色とりどりの鮮やかな軌跡を残しながら次々と夜空に吸い込まれていく。
鮮やかな魔法の力強さに騎士達もどよめいた。
同じ主に仕えて一緒に仕事をしていても、騎士達が魔道士の仕事ぶりを見る機会は少ない。
偶に目にするのは宣誓魔法の施術に毒物や呪いの探知や除去、防護結界の設置など、恐ろしく重要であるにも関わらず見た目が地味というか効果が良く分からないというか・・・
『上手く働いているからこそ平常通りに思える』術が多く、一言で言うと、仕事の内容が部外者には見えないと言っていい。
他にも沢山の事を行っているし、だからこそ大抵は主の近くに侍っている訳なのだが、皮肉なことに日常が平穏であるほど、その大切さが伝わりにくい仕事ばかりだ。
幾筋もの光が夜空を彩ったところで、三人が手を下げ、それと入れ替わりにシンシアさんが両手を空に伸ばす。
次の瞬間、シンシアさんの指先から、鮮やかで稲妻のように眩しい光が虚空に向けて}迸った。
さっきの三人が放ったような光の線ではなく、まさに光の帯。
その輝く光の帯が、次々と色合いを変えながら舞踊るように夜空を駆け巡る。
凄い、圧巻だ!
中庭にいる全員が・・・貴族も騎士も使用人達も、みな揃って輝く夜空を見つめている。
やがて、不思議な動きで舞い踊っていた幾筋もの光の帯がカーテンのように広がり、捻り合わされるように一つにまとまって太い光の柱になったと思ったら、そこで粉々に砕け散った。
まるで夜空全体に星屑がばらまかれたように、輝く光の点が無数に飛び散り、静かに消えていく。
星屑の最後の一粒も消え、また暗い夜空が中庭に戻ってきたとき、言葉を発している者は誰一人いなかった。
感動を湛えた眼差しで、ただ虚空を見つめ、消えていった星屑の余韻を探しているかのようだ。
本当に『言葉が出ない』とはこのことだな。
シンシアさんは掲げていた両手を下ろし、観覧席の方に向き直ると、サミュエル君とトレナちゃんをしっかりと見つめながら祝福した。
「スタイン殿、トレナ殿、ご婚約おめでとうございます!」
シンシアさんの優しい眼差しと祝福を受ける二人の表情を、俺は決して忘れないだろうと思う。
そして輝く夜空の光景と、その直後に湧き起こった空気が震えるような歓声も。