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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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探知魔法の地図


観覧席から降りたときには、ちょっと居心地の悪いゾワッとした空気を感じたものの、その後は何事もなく、馬車への出入りでエマーニュさんが足を(もつ)れさせる事もなく、指南書を持って観覧席に戻った。


まあ、馬車のステップで足を滑らせたとしたら、その時は馬車の入り口で番をしている騎士の出番だろうけどね・・・

そう言えば昨夜の不寝番と、今日の演武大会開催中の警備担当を交代してもらう権利は、幾らまで競り上げられたんだろうか?

ちょっと知りたい。


とにかく、観覧席に戻った時には姫様もパルミュナも俺の無作法についてはなにも言及しなかったので、あれは不慮の事故として許されたと思いたい。


エマーニュさんから指南書を受け取った姫様は、幾つかのページを次々と開いて俺に指し示した。


「まず読んで頂きたいのがここと、ここと、ここです。この指南書は書き方に少々癖がございますので、今ご覧頂いた章に先に目を通して頂き、その後、最初に立ち戻って通して読んで頂いた方が、結果的に早くご理解頂けると思いますわ」


そう言うと姫様は、テーブルの上に飾られている大きな薔薇の花から白い花びらを三つ取って、各ページの間に(しおり)として挟んでくれた。


「なるほど。じゃあ、その流れで読んでみますが...ひょっとして、この指南書をしばらく貸して頂けるのですか?」

「もちろんでございます。納得いくまでお手元に留めて下さいませ」

「ありがとうございます。助かりますよ」

「この先の道すがらに、詳しく説明させて頂ける時間も取れると思いますので、是非ともお付き合いくださいまし?」

「とんでもない。こちらこそ、よろしくお願いしますね」


これを読むだけで二刀流が身につくなんて甘い考えはないけど、これまで知らなかった戦い方を知るっていう意義は大きい。

それに、片手の力だけで振っても十分な切断力を発揮するガオケルムが前提なら、もっと効率的な戦い方を編み出せるかもしれないしな。


なんと言っても、そのガオケルムを使ってさえ一太刀でグリフォンの足を切断できなかった今の俺じゃあ、対エルスカイン戦に力不足なことは明白だからね・・・

・・・我ながら残念なことに。


魔力を高め、精霊魔法を磨いた上でなお、破邪としての自分に立ち返った物理的な戦闘能力も『魔獣使い』との戦いでは絶対に必要になるという、奇妙な確信が俺の中にあるんだ。


そのために役立ちそうなことはどんどんやっていかないと。


++++++++++


演武大会も無事に終了して、中庭はそのまま昨日に引き続いての『親睦会』という名の宴会場に変貌していた。


破邪は例え練習でも自分の師匠筋以外と模擬戦をやることは無いけれど、騎士や剣士達にとって相手を知るために一番速くて確実な方法は『剣を交える』ことだって言うのは本当らしい。

昨日だって和気藹々とした雰囲気だったけど、今日はそれ以上に中庭全体に仲間意識のようなものが満ちているのを感じる。


だとすれば、演武大会を言い出したシーベル子爵の読みは的確だったって事だな。

今夜は姫様やシーベル子爵もずっと中庭に出ずっぱりで、家臣たちと一緒に串焼きを頬張っているし、昨夜の『ビュッフェ』よりも、遙かにフレンドリーな無礼講だ。


俺とパルミュナは姫様達と一緒だけど、レビリスやダンガ兄妹達は騎士達と混じり合ってる。


いや・・・

あれは正確に言うとアンスロープの三人が両家の人々にとても人気で、特にレミンちゃんは騎士達にダントツの人気だ。

みんな、レミンちゃんの耳に触れてみたくてウズウズしてるんだろ?

さすがに騎士達なので自分からそれを言い出す奴はいなさそうだけど。


それにレビリスはもちろんダンガとアサムも、婚約式の『襲撃役』だった・・・つまり独身()つ、お相手募集中の女性陣に囲まれているから、遠目にもどんな空気感か分かるな。


まあ、なんにしても俺には近寄れない雰囲気だね・・・


夕暮れが迫り、色彩を失いつつある空からの光よりも、各所に据えられた魔石ランプの光の方が強く感じるようになってきた頃、途中から姿の見えなくなっていたシンシアさんがテーブルにやってきた。


その表情を一目見れば、探知魔法の地図が完成したのだろうと分かる。


「パルミュナ、静音頼む」

「りょーかーい」

「シンシアさん、例の調子はどうですか?」

「上手くいったと思います。ここに持ってくるのは不味いと思ったので、お借りしている部屋に置いてありますが」

「ありがとうシンシア、大儀でしたね」


姫様がシンシアさんをねぎらう。

シーベル子爵も満面の笑顔でうんうんと頷いた。


「あれからほぼ一昼夜が経とうとしておりますな。時間が経つほど露呈する可能性は増えるでしょうから、これからみなで館の中に入りましょうか?」

「わたくしもそれが良いと思いますわ、シーベル卿」

「承知いたしました。シンシア殿、どこか静かな部屋を用意しましょうか?」

「みんなで一緒に見て貰った方が良いでしょう」

「では会議室に」


シーベル子爵に案内されて、みんな揃ってゾロゾロと館内の会議室に移動する。

騎士達の中には何事かとこちらに目を向ける者もいたが、ヴァーニル隊長も一緒だし『お偉いさんの別行動』と捉えたようで、すぐに興味を失ったようだ。


途中、シンシアさんが客室に立ち寄って完成した探知地図を会議室に持ってきた。

さっそく会議テーブルの上に広げて皆で囲む。


「シーベル卿から頂いた地図の下に、魔法陣を書き込んだもう一枚の布を重ねて接着してあります。魔力を通せる繊維で出来た布で、ちょっとした道具を作るときに魔道士がよく使う素材なんですよ」


魔力を通せる繊維か。

アンスロープの装束に使われてる布と似たようなものなのかな?

シンシアさんは広げた地図の四隅に文鎮のような丸いリングを置いて、地図が丸まったり動いたりしないように固定する。


「では、始めます」

宣言して地図の上に広げた手をかざした。


シンシアさんの手から魔力が放出され、地図に吸い込まれていくようだ。

なんて言うか・・・地図は平らなままでピクリとも動いていないのに、その上にさざ波というか波紋というか、そういうざわめきが生じているのが見える。


しばらくすると、地図上の波紋の位置が徐々に収束し始め、幾つもの波紋が一つに重なり出す。

そして見る間に明確な中心のある同心円になった。


「カルヴィノの居場所はこの付近です」


シンシアさんがそう言って手を地図の上から離すと、同心円の動きが凍り付いて、まるで地図上に書き込まれた模様のようになる。

「この模様はしばらくすると消えていきますから、先に印を付けておきましょう」

そう言って、同心円の中心にペンで小さなバツ印を書いた。


地図は公国全体のものを使っているから、その小さなバツ印が示しているのは明確に街や村の位置という訳じゃあない。

だけど、それがここから近いと言うことは俺にも分かった。

俺としてはカルヴィノが、まっすぐ王都方面へ向かうか西のルースランド方向へ向かうかだと思ってたんだけどな。

だいたい馬車があるんだし、まる一昼夜逃げ続けていれば、もう少し遠くまで行けたはずだが。


つまり・・・?


「シーベル卿、この辺りにある街や村でカルヴィノが潜んでいそうな場所の心当たりはありますか?」


それまでシーベル卿はじっと地図を見つめていたが、俺に問いかけられて顔を上げ、悲痛な面持ちで答えた。


「その辺りには上の弟の屋敷がありますな」


++++++++++


その屋敷の持ち主であるシーベル子爵の弟、ギュンター・ラミング卿は少々複雑な立場にあるようだった。


ミルシュラント公国では爵位そのものの継承基準は緩やかで、エドヴァルのように建前上は男子しか爵位を相続できないっていう仕組みじゃあない。

過去にもエルフ系の国家では女性の君主や貴族家当主は別に珍しくなかったって事だから、ミルシュラントもどちらかというとそっち系の文化風習が根強いような感じも受けるね。

リンスワルド家だって女性当主オンリーな訳だし。


で、シーベル子爵家としては四人の子供のうち、長男のフランツ・ラミング卿が『シーベル子爵』の地位と領地全体を継承し、次男であるギュンター・ラミング卿は領地のない称号だけの子爵位となって、別邸とその周辺の狩猟地を貰ってご勇退。

ただし、シーベル領の税収から年金を貰えるので暮らしには困らないはず、という状態だそうだ。


その下の妹であるグラティア妃はとっくの昔に縁のある貴族の元に嫁いでいるので家督争いには無関係。


末っ子のクルト・ラミング卿は爵位継承権を完全に放棄した。

幾ばくかの家臣と共に王都に出て公国軍の指揮官として職を得たあと、それなりの規模の連隊長を任じられているそうだから、社会的にも経済的にも順風満帆なはず、と。


そもそも、長兄であるフランツ・ラミング卿自身は最近まで弟たちと不仲だとは微塵も考えていなかったという。


「それが最近になって、領内から色々と不穏な話の報告が上がってくるようになりましてな...」

「報告というのは?」


「領内でどんなことが起きているか、不正を行っている官吏や商人がいないか、税収に関わる農地、森や川の様子などは、当然、定期的に調査させて報告させております。公式な監査だけではなく身元を伏せた調査人によるものも多いのですが、まあそれは何処の領主も似たり寄ったりでございましょう」


「ところがその中に、これまでと違う話が混じってくるようになったって事ですね」


「いかにもそうです。曰く『領内の宿に傭兵団が泊まっていった』、そしてその傭兵団は『魔獣退治のために雇われたと話していた』と」


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