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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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遍歴の騎士


演武大会の優勝者、シルヴァンさんはみんなに囲まれて嬉しそう。


いくら『演武』なんて大義名分を掲げたところで試合は試合。

そりゃあ勝てば嬉しいもんだし、結果的に優勝争いがリンスワルド家対シーベル家のカードになったから、シルヴァンさんとしても面目を施せたって処だろう。


「それにしても、シルヴァンさんって本物の手練れですね。あんな技巧派の剣士は見たことありませんよ」

「それを聞けばシルヴァンも喜びましょう」

「若い頃からああだったんですかね? サミュエル君も似たような技を使ってましたから、リンスワルド騎士団に伝わる戦い方の一種なのかもしれませんけど」


「いえ、シルヴァンは当家で見習い騎士をしておりません。数年前に訪ねてきた遍歴の騎士でしたので」


「遍歴騎士ですか?! それは...なんて言うか、意外ですね...」


騎士はどこかの貴族や君主に叙任されてなければ騎士ではない。

魔法使いがどこかの家に雇われて、はじめて『魔道士』を名乗れるように、例え立派な武具や鎧に馬を揃えていたとしても、叙任されていなければ、それはただの装備だ。

騎士として貴族に認められた実績がなければ騎士じゃない。


そういう訳だから、普通は主のいない騎士ってのはいないんだけど、例外はある。

それが俗に『遍歴騎士』と呼ばれる人たち。


遍歴とか付くとまるで破邪や大工職人みたいだけど、遍歴騎士の場合は少し意味が違い、次々と新しい仕事を探して旅をするんじゃなくて、新しい(あるじ)を探して旅をしている。

ただ『仕官先探し』というのでは外聞が悪いので、いつのまにやら『騎士としての修業を積む旅をしている』という言い換えで遍歴騎士と呼ぶようになったと聞いた。

だから、すべての遍歴騎士は『元騎士』であり、一度は叙任された経歴を持たないと遍歴騎士とは呼ばれない。


そういう立場に陥った理由は様々だけど、大抵は主の家が経済的に困窮没落し、騎士団を維持出来なくなって暇を貰ってしまったとか、極端な場合にはなにかやらかしてお家断絶になったとか。

ごく希に、『あまりにもヒドい主人なので愛想を尽かして出た』というケースもあるとは聞く。

大抵の国で騎士団員は領主の任命だけど、叙任されたから一生を縛られるというわけでもなくて、離職の自由はあるからね。


で・・・その遍歴騎士は『自分が仕えるのに相応しい』主を探して旅をする訳だけど、おとぎ話の時代のように荒野の冒険を続けながら旅から旅へなんてのは、ぶっちゃけ今時(イマドキ)ない。


行き先々で囚われの姫がスタンバってくれているなんてあり得ないのだ。


平たく言えば『伝手(つて)から伝手を手繰って次の雇い主を探す』というのが実情だという。

路銀が尽きれば建前を捨てて日銭稼ぎで働くこともあるし、結局、騎士に戻ることを諦めて傭兵になったり、まったく違う職業に就く人もいると聞くけど・・・


それにしても、シルヴァンさんが遍歴騎士だったとは。

以前は何処にいて、どうしてそこを出たのかちょっと興味があるな。


「シルヴァンは、エストフカ王国の出身で、仕えていた男爵家が、その...凋落(ちょうらく)したために騎士団が解散となったのだそうです。同僚は他の貴族達に再雇用されて故国のあちらこちらに散らばったそうですが、シルヴァンは見聞を広めるために外国へ足を向けたと申しておりました」


ほう、エストフカ王国か。

フォーフェン破邪衆寄り合い所のウェインスさんはシュバリスマーク出身だったけど、エストフカ王国はその隣の国だな。

北部連合みたいな感じだった記憶がある。


「リンスワルド家に伝手でもあったのですか?」

「いえ、ある日突然訪ねてきて、飛び入りで騎士団の修練に参加させて欲しいと言ったそうです」

「それって腕試しって言うか修練場破り的な感じの?...」


「門番から連絡を受けて、その時の指導を受け持っていた騎士が真意を尋ねたところ、『最近剣を振ってなくて腕が(なま)っているので、ただ一緒に修練させて欲しいだけだ』と。エストフカで騎士に叙任された証は携えていたので、来客として見学と参加を許可したと聞きました」


「ところが、そのゲストが滅茶苦茶強かったと」


「はい。その日いた騎士達は、手合わせで誰も勝てなかったそうですわ。ただ、それにも拘わらず驕ったところがなく、修練が終わると礼を言ってそのまま立ち去ろうとしたので、食事をもてなすから泊まっていけと引き留めたそうです」


うん、確かにそういう雰囲気の人だな。


「騎士達と食事をしている最中に旅の話になり、そこで初めて遍歴騎士であることが分かったとのことでした」

「まあ、外国の貴族事情なんて知らないですよね」

「ええ。それに当家の者達は、これほど腕の立つ騎士が一人で外国を旅しているのは、よほどの事情があるか秘密任務かもしれないから、こちらから聞いては悪かろうと余計な気を回したそうで」


「なんだか分かりますよ、その発想」

「後からシルヴァン自身も、『久しぶりに騎士同士で打ち合ってみたくなっただけで、まさか雇われるとは全く予想していなかった』と、申しておりましたわ」

「あの腕前なら、すぐにどこでも雇って貰えたでしょうに」


「一応、前の領主からの推薦状は携えておりましたが、本人は路銀の続く限り見聞を広めて回ろうと考えていたようですね。南岸王国のミレーナやポルセトか、もしも路銀が足りるなら南方大陸まで足を伸ばしてみたいと思っていたそうですから」

「それを引き留めたんですか? 一体どうやって?」

「騎士団から『凄腕の客人が来ている』という報告を受けましたので、わたくしも興味を持って翌日、騎士団の営舎を訪ねました」


そっか。

姫様に声を掛けられたら、普通は拒否できないよね?

色々な意味で。


「わたくしが手合わせをお願いしたいと告げたら、それはもう驚いておりましたが...」

「当然でしょう」

「はい。二刀流で更に驚かれました」

「目に浮かびますね。俺も同じ流れで驚きましたから」

姫様はクスリと笑った。

「その後も先ほどと似ている流れでございました。あの背渡りの技で勝負が決まりましたから」


背渡りの技って、体を回転させながらこちらを見ずに肩越しの刺突を放ってきた一連の技のことか。

「いやシルヴァンさんは、あれをどう避けたんですか?」

「避けきれませんでした。ですので、わたくしが勝ちましてよ?」

そう言って茶目っ気たっぷりな笑顔を見せる。


姫様って、意外と負けず嫌いかも・・・


「その後、わたくしが遍歴の最中ならば当家に来てはどうかと尋ねたら、シルヴァンは二つ返事で承諾しました。その後は、あの背渡りの術や他の小具足取の術を是非とも指南してくれと何度も請われましたけれど」

小具足取(こぐそくどり)?」

「小具足というのは、南方大陸で籠手(ガントレット)や脛当て《グリーブ》のような補助的な防具を示す言葉で、すなわち大仰な鎧兜(よろいかぶと)や刀を身につけずに身を守る(すべ)という意味から生じた名称だそうです」


思い出した!

確かにそう言う名前の南方流派だったよ。

言葉の意味がピンと来なかったからちゃんと覚えてなかったけど・・・


「申し訳ありません、言い忘れておりましたがリンスワルド家に伝わる武術はその小具足取術が源流だそうです」

「なるほど」

「ですので本来は二刀流とは関係なく、元々の小具足取術とリンスワルド家の武術がどれほど違っているのかは不明です。ご先祖に指南した南方大陸の剣士が独自に編みだしたものなのか、それとも、ご先祖が自分で二刀流に改変したものなのかも分かりません」


「そうでしたか...しかし興味深いです。やっぱり是非とも教えて頂きたいですね!」


「かしこまりました。善は急げですね」

そう言って姫様は斜め後ろを振り返った。


「エマーニュ、いま差し支えなければ、わたくしの馬車から剣術指南書を持ってきて貰えますか?」

「承知致しました。すぐにお持ちします」

そう言ってエマーニュさんが席を立った。


「あ、エマーニュさん、俺も一緒に行きますよ。馬車の前までエスコートさせて下さい」

「あら? よろしいのですか。大変有り難く思います」


騎士達は勝者決定の大騒ぎに夢中だし、ヴァーニル隊長にこの場を離れさせる訳にも行かない。

さすがに申し訳ないので馬車の前まで一緒について行くことにした。


「じゃあ、行きましょう」

一応のマナーとして先に観覧席から下に降りて振り返り、ステップを降りようとするエマーニュさんに手を差し伸べる。

エマーニュさんはニッコリと笑って俺の差し出した手を掴んでくれたが、それで気を抜いたのか、ステップを降り始めて少しのところで足を滑らせた。


「きゃっ!」


足をもつれさせて倒れ込んでくるエマーニュさんを咄嗟に受け止めるが、向こうの方が高い位置にいたせいで俺が抱き止めたのは腰回りというか、ぶっちゃけお尻の辺りだ。

しかもエマーニュさんの豊かな胸が目前に!

エマーニュさんって姫様のことを『御姉様』って呼ぶけど、体型的にはエマーニュさんの方がお姉さまっぽいよね!

絶対に言わないけど!

マズいと思いつつも仕方がないので、その体勢のままエマーニュさんを一旦ステップから持ち上げる形で抱き上げ、そっと地面に降ろす。


やっぱり踵の高い靴って、足下の不安定な場所では危ないものだ。


「も、申し訳ありませんライノ殿!」

「いえ、こちらこそ。しっかりと手を握れていませんでしたね」

「そんなことはありませんわ! わたくしがつい、足を(もつ)れさせてしまっただけですから。受け止めて下さってありがとうございます」


(にこ)やかにそう言ったエマーニュさんだったが、言い終わると突然、ビクッと顔を引き攣らせた。


「で、では馬車へ参りましょうライノ殿!」

急に慌てた様子を見せるエマーニュさんの視線の先に目をやったら、観覧席の上から姫様とパルミュナが無表情にこちらを見ていた。


うっ、居心地悪いぞ・・・

エマーニュさんのお尻に触れてしまったのは、うっかりとは言え酷い無作法かもしれないけど、状況的に仕方なかったよね?

エマーニュさんの安全が最優先だし・・・


誰か仕方なかったって言って!


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