演武大会の優勝者
思いがけない余興というかサプライズだった姫様との模擬戦も終わって、俺とパルミュナは観覧席に上がった。
一回戦が済んだ時点で出場する騎士達の戦いぶりは全員見ることが出来たわけで、後はどんな組み合わせで誰が勝つか、という処だ。
そこはまあ、かぶり付きで見たいほどのものでも無いし、それよりも二刀流のことについて、姫様に早く聞きたかったからね。
「姫様、ちょっとご相談があるんですけど?」
「承りました」
ちょっと冗談めかした口調で姫様が答えた。
またそれか!
まず用件を聞こうよ!
「いや、ちょっと教えて欲しいことがあるってだけなんですけどね」
「はい。なんでございましょう?」
「さっきの姫様の二刀流...南方の剣術だって仰ってましたけど、差し支えなければ詳しく教えて貰えませんか?」
「もちろんですが、ご興味が?」
「ええ、俺にとっても今後の戦い方の強化になるんじゃ無いかと思って」
「光栄ですが、ライノ殿が本気を出されたら剣すら不要でしょうに」
そう言って微笑む。
こういうお茶目さんな返し方も姫様の憎めないところだが・・・
「いつもそんな訳には行きませんよ」
「仰る通りですね。先ほどのように『普通の人』のごとく振る舞う必要のあるときも多々ございましょう」
例のいたずら顔のニコニコである。
観覧席にいるのが関係者だけだってのをいいことに茶化してくる。
「普通の人のごとく振る舞う必要があるのは姫様も同じでは?」
俺がニヤッと笑ってちょっとだけやり返すと、姫様はコロコロと可愛い声で笑った。
なんだか今日の姫様って凄く機嫌がよさそうだ。
サミュエル君とトレナちゃんの正式婚約が、よっぽど嬉しかったのかな?
「あの剣術はかなり昔からリンスワルド家に伝わっておりまして、わたくしやエマーニュは母の手から学んでおります。元々は一族がアルファニアにいた時代に、ご先祖さまの一人が南方大陸に渡ったおりに習得したと聞きました」
「それってつまり、四百年以上も前ですよね? その頃ってまだ南方大陸との交易は少なかったのでは?」
「僅かですが連綿と交易は続いていたようです。ただ、当時はまだ造船や航海の技術が稚拙だったので、危険と言いますか...十隻に一隻は戻ってこれないと言う、なかなかの賭けだったそうですが」
損耗率一割か・・・商売ベースで運行するには厳しい。
「買い付けするとか出資するとかならまだしも、自分自身がその船に乗っていくって言うのも、なかなかの度胸だと思いますよ」
「そこは武人の家柄でございますので」
「愚問でした」
「昔のポルミサリア...今で言う北部ポルミサリアということになりますが...ミルシュラントやアルファニアに限らず、北部ポルミサリア西域で使われる剣は両刃の直剣が主体でした。わたくしの小太刀やライノ殿が使われているもののような、片刃で反りのある刀のスタイルは、そもそも南方大陸から渡ってきたものです」
「ああ、それもそうですね。俺も師匠から聞きましたし、実際に南方大陸に渡って色々と見聞してきました。少し前まで使っていた刀は師匠に譲って貰ったものだったんですけど、それも南方大陸の有名な刀鍛冶が打った業物でしたよ」
「左様でございましたか」
スローンレパードを倒した後でアスワンにガオケルムを渡されて、それまで使ってた師匠譲りの刀はどうしたかと言うと、次の街で売った。
師匠はそういうことを気にする人じゃないから問題ないのだ。
あれは本当にいい刀だったから、使わずに仕舞い込んでおくよりも他の破邪の役に立った方がいい。
「残念ながら、当家のご先祖が南方大陸で何処の誰にこの剣術の教えを受けたのかは定かではありません」
「指南書のようなものはありますか?」
「一応ございます。リンスワルド家の跡継ぎは必ずこの剣術を修めるように言い伝えられておりますが、そこは人によりけり得手不得手もございますので」
「もし門外不出とかでなければ、それを見せて頂くことは?」
姫様は、またコロコロと綺麗な笑い声を上げた。
今日は本当に機嫌いいな!
「仮に門外不出でもライノ殿にお見せしない訳がございませんわ!」
「恐縮です」
「ですが、指南書だけでは分かりにくい処もございましょう。指南書を一通り見て頂いた後に、わたくしに解説をさせて頂ければ恐悦です」
「姫様が教えてくれるんですか? それは有り難いけど手間をかけ...」
「是非やらせて下さいまし?」
「よろしくお願いします!」
こういう時は逆らわないというか、下手に遠慮しない方が良いのだった。
++++++++++
そんな中で演武大会は順調に進み、結果的にシーベル家の騎士とリンスワルド家の騎士がバランス良く残っていった。
一つだけ残念なのは、三回戦目でリンスワルド家同士の対決になり、サミュエル君とシルヴァンさんが当たってしまった事だ。
こればかりは勝ち抜いた組み合わせ次第だから仕方ないんだけど、ここでサミュエル君がシルヴァンさんに敗れて脱落。
うん、凄く善戦したと思うんだけど、やっぱりシルヴァンさんの熟練の技には敵わなかった。
でも、負けたサミュエル君もさっぱりした顔をしていたし、怪我一つしなかったのでトレナちゃんも笑顔で演武場から出てくるサミュエル君を迎えていた。
二人の様子が初々しくて和む。
周囲の厳つい騎士達も、そんな二人を見てなんだか和んでるのがとてもいい感じ。
そしてやってきた五回戦目というか決勝戦。
最後に残ったのは『やっぱりそうか』って誰もが納得する感じでシルヴァンさんとアドラー氏。
二人ともここまで危なげなく勝ち抜いてるし、実力的にも拮抗している雰囲気だ。
「シルヴァン殿とアドラー、両者演武場の中へ!」
ハルトマン氏の声に応じて二人が静かに演武場の枠内に入り、中央で向き合う。
周囲もこれまでになく静かだ。
みんな、さっきまでのワイワイガヤガヤは何処へやら・・・飲み食いさえ中断し、固唾をのんで見守っている。
「よろしくお願いします」
「お相手つかまつる」
「始めっ!」
先にアドラー氏が仕掛けた。
確かめた訳じゃなくてただの印象だけど、どうもシーベル家の騎士達には『先手必勝』的な思想があるような気がする。
それに較べてリンスワルド家の騎士達はシルヴァンさんもサミュエル君も皆、相手の攻撃を捌くのが上手いし反転攻勢も速い。
こういうのは、日頃の修練の積み重ねによる文化的なものなんだろうか?
「はっ!」
アドラー氏が剣を大きく振りかぶりながらシルヴァンさんに肉薄し、恐ろしいほどのスピードとパワーで真上から叩き込む。
俺も彼の相手をしたから分かるが、さすがにこれはただ剣を当てるだけで受けきれるような攻撃じゃない。
シルヴァンさんはアドラー氏の踏み込み加減を読んで、その場で剣を水平に振りながらくるりと回転した。
一回戦でサミュエル君が見せた技の応用だな。
いや違うか。
たぶん、こっちが本家でサミュエル君の方が応用だろう。
一見、シルヴァンさんは剣を水平に振ったように見えるけど、実際は斜めに角度が付いているし、体を回すときの足捌きで間合いを後ろにずらしてもいる。
回転を終えて再びアドラー氏に剣先が向く頃には、シルヴァンさんの剣は斜め下から掬い上げるようにアドラー氏の剣の根元を叩いた。
もちろん、それでアドラー氏の突進が止まる訳も無いが、太刀筋をずらすには十分だ。
アドラー氏の剣先はギリギリでシルヴァンさんの左肩を掠めて振り下ろされる。
そのままなら勢い余って地面を打ち据えてもおかしくなかったが、さすがアドラー氏は咄嗟に手前に剣を引き寄せつつ、自分もシルヴァンさんと同じように体ごと回転させた。
二人とも剣を振り抜いている状態だから次の振りかぶりまで刹那の間が生じ、そこで両者の次の動きが決まる。
シルヴァンさんは両足に力込めて剣を脇から背中へと大きく廻しながら上段に振りかぶった。
同じタイミングでアドラー氏は先ほどのシルヴァンさんのように下から上へと掬い上げるようにフルスイング。
高い位置から振り下ろされたシルヴァンさんの剣を、ギリギリのところで跳ね上げるように迎撃した。
アレ?
これってお互いに相手の初手の攻撃方法を踏襲してる?
それとも偶然?
剣を弾かれたシルヴァンさんも躱したアドラーさんも、剣の重さと回転力を上手く利用しつつ、両者一歩ずつ後ろに下がって間合いを取り直した。
再び向き合って構える二人・・・
あ、一瞬だけど、二人ともちょっとニヤッと笑った!
やっぱり、互いに相手の剣技を真似し合って見せたんだな。
さすが達人同士・・・
信じられない余裕と相互理解の深さだ・・・
一拍の間をおいて、再び両者が剣を振りあった。
ほぼ同じ角度で剣が打ち合わされて鍔迫り合いになる、と思ったところでアドラー氏が片手を剣から放しながら踏み込み、シルヴァンさんの脇腹にパンチを放った。
さすがパワーに勝るアドラー氏、片手で剣を保持したまま押し込むとは。
だがシルヴァンさんも、まるでその攻撃を予期していたかのように剣を引き、体を斜めに開いて、突き出されたアドラー氏の拳を躱す。
そして、そのまま頭上に剣を掲げるような体勢で腰を落として沈み込むと、アドラー氏の膝をめがけてローキックを放った。
なんというアクロバティックな攻撃!
膝へのローキックを受けてさすがのアドラー氏も姿勢が揺れた。
すかさずシルヴァンさんが掲げていた剣を胴に向けて真っ直ぐ押し込むと、切っ先を躱すためにアドラー氏は大きく後ろへ下がる。
それで体勢が更に不安定になったところに、間髪入れずシルヴァンさんが追撃のキックを放ったんだけど、その方法が凄い。
剣を持ったまま自分から地面に手をついて、そこを支点に体全体でアドラー氏に向けて大きく蹴り上げたのだ。
アドラー氏の体勢がもう少ししっかりしていれば、逆にシルヴァンさんの足を剣で切り払えたのかもしれないが、後の祭り。
下腹に強烈な蹴りを受けて後ろによろめいたアドラー氏に向けて、シルヴァンさんは再度、華麗な円舞のような水平切りを放った。
キックの後のシルヴァンさんの姿勢がほとんどしゃがみ込んでいるかのように低いので、剣筋は自然とアドラー氏の太腿辺りに向けて走る。
姿勢を崩しながらも、シルヴァンさんを上から真っ二つに切り裂こうと剣を上段に振りかぶりかけていたせいで、アドラー氏は防御が間に合わない。
左の太腿に強烈な斬撃を喰らってよろめくアドラー氏に、シルヴァンさんの『円舞』がさらに炸裂して今度は脇腹に決まった。
たまらずアドラー氏が膝をつき、シルヴァンさんはその首筋に剣先を突き入れる。
「そこまでっ!」
ハルトマン氏の声が飛んだ。
アドラー氏もさすがに観念していたらしく、膝をついたままで動きを止めた。
「勝者、シルヴァン殿!」
「うおおおおおっっっー!!!」
ハルトマン氏の審判と同時に沸き上がるような歓声が中庭全体を覆った。
リンスワルド家だけでなく、シーベル家の騎士達も今の勝負に大きな歓声を上げている。
アドラー氏は、木剣を杖のようにして立ち上がると、シルヴァンさんに向き直った。
シルヴァンさんが手を伸ばすと、アドラー氏がその手を握って固い握手を交わす。
アドラー氏はそこで破顔した。
「あっはっはっは! このアドラー、一日に二回も負けたのは生まれて初めてですぞっ!」
大声でそう叫んで、シルヴァンさんの背中をバンバン叩く。
「今日はいい経験が出来ましたぞ! いやはや世の中広い!」
やっぱり、リンスワルド家もシーベル家も、主の人柄が良いせいなのか、騎士達の性根も真っ直ぐで気持ちいいね。