模擬戦に強制参加
演武大会なんて騎士たちの腕自慢というか、要は勝ち抜きの武闘大会だろうと思ってノンビリ見学してるつもりでいたら、とんでもないことになっていた。
シーベル子爵はっちゃけ過ぎ!
そして『ちょっとお手伝い』って・・・ちゃんと話したら絶対に断られると思って策を弄したな?
婚約式に続いて目立ちすぎじゃないか?
まあでも、シーベル子爵もリンスワルド家の秘密を知ってエルスカインと戦う決意を固めてくれたし、そのくらいはやってみせる義理もあるか。
今後の協力もあるからな・・・
さっきのパルミュナとの会話ではないが、ざっと見たところシーベル家騎士団の人たちと一対一の勝負なら勇者の力に頼らなくても、師匠に鍛えられた腕前だけで勝てるだろう言う予感はある。
師匠に対人戦闘を鍛えられたのはあくまでも盗賊対策のためであって、剣士や騎士と剣を交わしたことなど一度もないけれど、個人戦ならなんとかなるだろう。
「クライス殿、こちらからお好きな木剣をお取りください」
審判役のハルトマン氏が手で示したラックには、沢山の木剣が立てかけられていた。
数はあるけど刀の類いは種類が少ないな。
主に騎士団の装備である両手剣と片手剣が多くを占めている。
それと薙刀みたいな長柄の武器が少し。
俺はその中から、ガオケルムに出来るだけ近い長さの木刀を一本選んで手に取った。
真剣と木剣の重さの違いがとかバランスがとか言う前に、間合いが変わると手加減が面倒臭いのだ。
「鎧もありますが、いかがしますか?」
「まあ、そんなに激しくやるわけでなければこのままで」
「承知しました」
「では、お目汚しになってしまうかもしれませんが、どなたかと軽く手合わせなどを」
と言った瞬間にはもう、シーベル家の騎士が一人、ずんと歩み出てきた。
「では、わたくしがお相手いたしましょう!」
やる気満々だな。
多分、最初から手合わせの相手はこの男だと決まっていたんだろう。
俺の感覚では、少なくともこの会場にいるシーベル家の騎士たちの中では一番強そうだっていう雰囲気が漂っている。
もちろん演武大会にも出場して一回戦を瞬殺で勝ち抜いてる人だ。
「では、クライス殿とアドラーは演武場の中へ!」
まあ闘気は漲っているけど悪意は感じない。
むしろ楽しそう。
単純に強そうな評判?・・・の相手とやりあえる機会が嬉しいんだろう。
こちらが鎧を着けなかったからか、向こうも兜は被ってない。
お互い、首から上は狙わないって了解事項だと考えればいいだろう。
そう言えば、フーフェンに初めて入った日に、パルミュナから『武闘大会に出てエール代を稼いだら?』なんて提案されたこともあったな・・・
『卵の殻を左手に握って、それを潰さないように戦う』か。
あの時は、パルミュナも馬鹿なことを言うもんだと思ったが、いまにして分かる。
そういう力加減も出来ることが俺には必要なんだ。
勇者の力をしっかり抑え込んだ状態でズルをせず、あくまでも『人』として闘うことの鍛錬と思えば、これも良い機会なのかもしれない。
「よろしくお願いします」
スッと構えて互いの気配を見合う。
こう言う場合、こちらから初手を切った方がいいんだろうか?
騎士のマナーとか試合のフォーマットとかよく分からん。
と、逡巡した直後には向こうから威勢よく切り掛かってきてくれた。
やっぱり騎士達は迷いがないね。
「はっ!」
下げた剣を振り上げざまに一気に踏み込んでくる。
早いな。
木剣だと言うことを差し引いても早い。
それに、俺は鎧の類を身につけていないわけだが、ちゃんとそれに合わせた切り込み方をしてくる。
ほんの少しだけ、向こうの木剣の方が長いのだが、その分の間合いをうまく使って、ギリギリのところで横から小手に切り込んできた。
これが真剣で鋼の籠手をつけていなければ、手をザックリやられて剣が握れなくなるだろうね。
間違いなく治癒士の出番だ。
もちろん俺は単純に避けるけど、避けるだけなのも芸がないので、こちらからも切り込んでみる。
だけど向こうの足捌きも早い。
そして上手い。
「なんの!」
こちらの剣先をうまくいなして、そのカウンターで懐に入って胴を狙ってくる。
俺がそれを躱すと、今度は切先を躱した俺の体が動く先を読んで、そこに正確に突きを入れてきた。
これは恐らく、由緒正しい騎士の剣術だけではなく、野盗なんかとの乱戦を何度も経験したことのある人の戦い方だ。
本当に、シーベル騎士団の中では一番の手練れかもしれないね。
だけど・・・比べるのは申し訳ないけど、魔獣よりは遅いんだ。
というか、危険な魔獣より早く動ける人なんてまずいないし、破邪は日頃からその魔獣を相手にして戦っているんだよ?
俺は、真正面から胸を狙ってきた相手の突きを上半身だけ捻って避けると、そのまま踏み込んで横から脇腹に剣を振り払う。
こんな不安定な体勢で一文字に斬ってくるとは思ってなかったかな?
筋力よりも柔軟なバネとバランス感覚が必要な動きだけど、スローンレパードやアサシンタイガーのように体の柔らかな魔獣と闘うときには、こういった身のこなしが必要とされる。
そして足を捌きつつ、その剣先が胴に当たる直前に手元に剣を引いてくるりと回すと、さっきの突きで伸びていた相手の右腕を下から掬い上げるようにして、木剣の握りのすぐ先を狙って強く跳ね上げた。
バランスの一番悪くなっていた状態を打たれた剣が弾かれて浮き上がる。
剣を弾き飛ばした後、俺はそのまま剣先の向きを振り変えて、相手の首筋に当てる寸前で止めた。
いまの一連の動きで、俺はこの男を3回攻撃したことになる。
これが真剣で、手を止めていなければ、最初に腹を掻っ捌いていただろうし、次に剣を奪い、最後に首を刎ねていた。
向こうもかなりの腕前の持ち主だから、自分に勝ち目が全くなかったことは理解できただろう。
「そこまで! 勝者クライス殿!」
すでにお互いに動きを止めてはいたが、ハルトマン氏が声を出した。
俺は剣を脇に収め、少し下がって礼をする。
「お相手ありがとうございました」
向こうも、頭を下げて礼を返してきたが、次の瞬間には破顔して俺に迫ってきた。
「凄いですなクライス殿! いやもう驚きですよ。まるっきり手も足も出ませんでした! ぜひ私と握手を!」
俺の手を握って、ぶんぶん上下に振っている。
こっちのキャラが素なのか。
「いやぁー、こんなにすっぱり負けたのは久しぶりですよ!」
「あぁ、ありがとうございます?」
急に褒められると調子が狂うな。
俺が勇者になる前であったとしても、馬なし盾なし鎧なしの真剣での勝負って言う『ないないづくし』の条件でなら、今と同じくこの男に勝てただろうと思うけど・・・
それはちょっと騎士には不公平か?
破邪と騎士じゃあ、そもそもの戦い方も役割も違うのだから、どっちが強いかなんて比べるのも野暮な話だもんね。
「だから言ったであろうハルトマン殿よ! ライノ殿は並の御仁ではないと!」
なぜか観覧席から演武場脇まで降りていたヴァーニル隊長が嬉しそうに言う。
「確かにヴァーニル殿の仰る通りでしたな...では姫様、どうぞ!」
「えっ?」
その言葉に応じて、いつの間にか動きやすそうな乗馬スタイルに着替えていた姫様が、何食わぬ顔で演武場の中に入ってきた。
え?
ええ?
ええええぇっ?
マジなんですかっ!
ヴァーニル隊長は相変わらずニコニコと・・・
いや、彼に姫様を抑える役は期待してないけど。
パルミュナは滅茶苦茶面白そうと言うか、あからさまにワクワクした顔でこっちを見ている。
エマーニュさんもシンシアさんも興味深そうな顔で見ているだけで、特に驚いた様子も異議を唱える気配もないし、周りにいるリンスワルド家の騎士たちも誰一人止めないというか、当たり前な顔をしてる。
まあそうか・・・
姫様本人が『武人の家柄』と言うぐらいだし、俺が知らなかっただけで騎士たちとの修練なんか日常的なものなんだろう。
そもそも『銀の梟』と呼ばれた初代リンスワルド伯爵は、甲冑を着込んで戦場を駆け回っていた女性なんだもんな。
「まさか姫様と模擬戦ですか?」
「突然で申し訳ございませんが、お受け頂ければ幸いです」
「そりゃ断りませんよ...」
姫様が手にしているのは短めの木刀で、柄まで含めた全長で言えば姫様の腕の長さくらいか。
そんなの、あのラックの中にあったっけ?
その小太刀を姫様は両手に持っている。
全く同じものを二本それぞれの手に・・・つまり二刀流か!
これは珍しい。
でもそれ、どう考えても騎士の使う武具じゃあないよね?
例え姫様が自ら鎧を着込んで初陣に立つ王のタイプだったとしても、こんなリーチの短い武器なんか馬の上から振るう意味ないしな。
うーん、確か南方大陸に伝わる武術か護身術に、こう言うのがあったような記憶がある。
なんてったっけな?
確か、あえて槍やグレイブの類の長柄の武器は一切使わず、両手剣のようにリーチの長い武具や盾もほとんど使わない。
主にダガーやスティレット、短刀みたいなコンパクトな武器を使って素早く立ち回る流派だ。
名前が出てこないけど・・・
「ライノ殿、こちらの木剣二本を使っても差し支えございませんでしょうか?」
「もちろん構いませんが、珍しいスタイルですね?」
「はい。故あってリンスワルド家に伝わる南方の剣術です。合戦ではなく、馬から降りた時に身を守るためのものだと言われております」
やっぱりそうか。
この木刀も姫様ご持参の練習用だな。
「それでは、姫様とクライス殿のお手合わせでございます」
ハルトマン氏の声で姫様が俺の前に進み出てきたので、互いに一礼する。
姫様も鎧は身につけてないが、俺が絶対に寸止めできるという信頼もあるんだろう。
防御に関しての魔力は高いはずだけど、いまはその身体から溢れる魔力は視えない。
互いに『普通の人族』として勝負してみたいという気持ちなのかな?
俺が木刀を両手で構えると、姫様は両手に持った小太刀を体の前で交差させるように構え、さらに左手の小太刀を掌の中でくるりと一回転させて逆手に持った。
こっちは防御用なのかな?
なんにしても驚きの連続だよ。
姫様が相当に武術を嗜んでいるだろう事は会った時から感じていたけど、この構えといい、いまの流れるような動作といい、達人級だよね?
「参ります!」
その声と同時に、俺の視界の中で姫様の姿がブレた。