演武大会が最高潮
騎士達の試合を見物していると、演武が始まったことで仲間達からようやく解放されたらしいサミュエル君とトレナちゃんがやってきた。
トレナちゃんはドレス姿のままだけど、サミュエル君は騎士の装備に着替えていて演武大会に出る気満々だ。
「クライス様、パルミュナ様、先ほどはありがとうございました。あのまま身内に囲まれていたので、すぐにお礼も申し上げられずに失礼致しました」
「そう言うのは一切気にしなくっていいよ。正直に言うと、俺もパルミュナも様付けなんかで呼ばれたくないし。でも、みんなそれぞれの立場とかあるからそうもいかないって事も分かってるけど」
「は、はい。さすがにわたくしめが気軽に呼びかけていると、騎士団の先輩諸氏の立場もなくなりますので...」
「うん。こういうのはある程度仕方ないと思ってるから、やりやすいようにやってくれればそれでいいと思う」
「お心遣いありがとうございます」
正直、最初の頃の俺は神経質になり過ぎていたような気もする。
相手になんと呼びかけられようと、問題はこちらの心持ちなんだ。
『様』と呼ばれ続けることで、自分自身が様付けで呼ばれるに『相応しい存在』だと勘違いするようになったら、勇者としてお終いだって話だな。
「それにしてもサミュエル君が演武に出るのはちょっと吃驚したよ。トレナちゃん心配じゃないの?」
「少し心配ですけど信じてますから大丈夫です!」
おおっ、なんと健気な・・・
「実は、自分の実力を図るために出場しようと思ったのです。他所の家のの方と手合わせできる機会はそれほど多くありませんので...今日は折角のチャンスだと」
「でもサミュエル君って若手のトップでしょ? それこそ姫様の護衛騎士にも選ばれたくらいだからね」
「いえ...これからの人生、トレナを守り通すためには自分の力を常に把握していなければなりません。リンスワルド家と姫様を守る為に命を賭すことには何の迷いもございませんが、それは騎士としての役目上のこと。一人の男としては、もしも勝てない相手が立ち塞がったら恥も外聞も捨て、トレナを背負って逃げてでも守り抜きます。自分の誇りや騎士の面子よりもトレナの方が大切ですから」
俺は咄嗟に言葉が出ない。
サミュエル君は本物の騎士だった・・・
俺が思ってたよりも遙かに立派な、誇り高い騎士だった・・・
あっぱれだよ!
トレナちゃんの前でカッコいいところを見せたいんだろうなんて、俺と同レベルで考えちゃってて、ホントご免!
なんで俺の周囲ってこう、男女問わず見た目の格好良さと中身の素晴らしさが両立している人々が多いのか・・・
教えてレビリス!
だけどね・・・今の言葉で、俺はサミュエル君にオリカルクムの短剣をプレゼントしたことは正しかったって確信できたよ。
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演武大会はドンドン盛り上がっていくが、意外に一試合ごとの所要時間が短い。
もっと体力を削り合うような泥仕合もあるかと思ってたんだけど、さすが出場希望者は腕自慢が揃っていたらしい。
それに、騎士たちの戦い方は真っ直ぐだ。
わざとじらして相手のミスを誘ったり、互いに打ち込めるスキが生じるのを待って延々と睨み合ったりっていう、見てる側からすると緊張するようなじれったいような、そういう運びがほとんど無い。
対戦相手に礼を捧げて、剣を構えて、一、二、三、そりゃっあ! と言う感じで即座に打ち込んでいくから、なんだか見ていて気持ちいい。
もちろん腕前が拮抗していれば激しい打ち合いが続くこともあるけれど、どちらかが防戦一方になっても逃げ回る前に『堀』に押し込まれてしまうし、ずるずる続くというのはあまりない。
それに、明らかに腕前の劣る側でも果敢に打ち込みに行く。
もちろん返り討ちに遭うので、すぐにそこで終わるが・・・試合運びが早いから、両家の治癒士達は大忙しだけどね。
街の剣術大会でデカい顔をしているベテラン剣士に見せてやりたいね。
考えてみると、普通は騎士団員って闘技大会的なイベントに出場することはないから、本当の騎士の戦い方を見る機会って、そうそうないんだよなあ・・・なんだか勿体ない。
そうこうしているうちにサミュエル君の出場する組の番になった。
相手はシーベル騎士団の若手っぽい。
「次の組、リンスワルド騎士団のスタイン殿とシーベル騎士団のウェルナー、両者演武場の中へ!」
出場者が出入りする通路の脇にトレナちゃんが立ってて見守ってるんだけど、邪魔にならないようにオリカルクムの短剣を預かったらしい。
その短剣を両手で握りしめるように胸の前で抱えているので、なんだか、サミュエル君にもしものことがあったらその場で自害するんじゃないかってくらいの気迫に見える。
「では、始めっ!」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそっ!」
ハルトマン氏の合図で双方が剣を捧げ、踏み込むまでの刹那の間合いを計る。
サミュエル君が体の前で立てていた剣をクルッと回し、切っ先を下げると同時に相手のウェルナー氏が剣を振りかぶりつつ踏み込んできた。
もちろんサミュエル君が剣先を下げたのは、逆に勢いを付けて大きく振りかぶるためだ。
この間合いなら、恐らくその余裕はあるだろう。
サミュエル君はぐるりと体の周囲で剣を振り回すように動かして背後に回した。
ウェルナー氏は最初の構えの位置から少し頭上に持ち上げただけで剣を突き出しつつ踏み込んできたから、動きとしては向こうの方が早いんだけど、切っ先にはそれほどスピードが乗ってない。
それでも当たりさえすればかなりのダメージを与えられるはずだが、サミュエル君は剣を回しつつ自分からも踏み込んで、斜めにフルスイングした状態でウェルナー氏の剣めがけて振り下ろした。
木剣と言えどもそこそこの重量と堅さはある。
ウェルナー氏は自分の突きだした剣先の勢いをサミュエル君の打撃で思いっきり押し下げられてバランスを崩す。
さすがに剣を取り落としはしなかったものの、あからさまに体が開いた。
ウェルナー氏は仮にサミュエル君に太刀筋を止められても、そこで鍔迫り合いになると思ってたんだろう。
あれ、もし真剣でやってたら手がジンジンに痺れてるよね・・・
重量的にも取り落としていておかしくないだろうし。
切っ先が下に向いて体の正面がガラ空きになりかけているウェルナー氏の脇に向けてサミュエル君が更に踏み込みながら、振り下げた剣を持ったまま自分自身がくるりと回転した。
踊ってるみたい!
そのまま体ごと振り回した剣が水平にウェルナー氏の脇に向けて斬り込んでいく。
もちろんウェルナー氏もそれを受け止めようと、剣を手元に引き上げつつサミュエル君の方に体を向けるんだけど、足さばきが間に合わない。
彼が剣でガードする体勢に持ち込む前に、サミュエル君のフルスイングがウェルナー氏の脇腹を打ち据えた。
「グホッ!」
ウェルナー氏が苦しそうに息を吐き、ゆっくりと地面に膝をついた。
胸と胴を覆う鎧を付けているから肉体的ダメージはそれほどないだろうけど、結構な衝撃だったみたいだ。
「そこまで! 勝者スタイン殿!」
「おおおっぅ!」
「わーっ!!!!」
演武場の向こう側に立っているトレナちゃんが跳ね上がって喜んでいる。
いま短剣を抱えてるからね?
ピョンピョンはしゃぎすぎると危ないよ?
これまたあっという間の決着だったな・・・
シルヴァンさんの時とどっこいどっこいの試合時間で、ここまでの処は勝負の早さで一位二位を争う感じ。
それにしてもシルヴァンさんといいサミュエル君といい、リンスワルドの騎士達は相手の打ち込みを捌くのが上手い。
防御から即座に反転攻撃に入る技とスピードは相当な鍛錬の賜だろう。
日頃の演習では、ヴァーニル隊長や先輩諸氏から打ち込まれまくっているに違いないね。
「サミュエルさんって、思ってたより強ーい!」
「思ってたよりって...失礼なヤツだなお前」
さっき思い知らされた俺自身の『思ってたより...』は棚に上げてパルミュナを叱る。
そういうことは口にしないの!
「だってヴァーニルおじさんみたいに筋骨隆々って感じでもないしさー、最初に闘ったシルヴァンさんみたいなさー、百戦錬磨って雰囲気でもないでしょー?」
百戦錬磨か。
そう言われてみると、シルヴァンさんは年齢的にも雰囲気的にも、遊撃班のケネスさんを彷彿とさせるものがあるな。
「そこは色々って言うか人それぞれだな。それにサミュエル君って細く見えるけど筋肉はガッチリだと思うよ。そうでなきゃ例え木剣でもあのスピードとパワーで振り回せないだろ」
「木剣って木でしょ?」
「もちろん」
「意外と重たいんだ?」
「真剣に較べれば重さは半分以下じゃないかな? それでも思い通りに振り回すのは難儀だぞ。素人が練習しないで扱える代物じゃない」
「へー...剣に鎧に、重たいものをいつも身につけてて、騎士さんも大変だよねー」
「それが役目だからな。破邪とは訳が違うさ」
「でも、お兄ちゃんも以前は結構大きな荷物を背負って歩いてたよねー」
「あれはほとんどが武具じゃ無くて生活用品だからな? 今は革袋のお陰で楽してるけど...それとここだけの話、普通の鋼の刀よりガオケルムの方が遙かに軽い。ほとんどズルといっていい軽さ」
「そう言えば、最初に泉の側でお兄ちゃんに渡したときに一式抱えてたけど、そんなに重く感じなかったなあ...そんなものかなーって思ってたけど、あれはオリカルクム製だったからなのね?」
「そうそう。さっきサミュエル君に譲った短剣も、軽いから日常的に持ち歩いても負担にならないだろうと思うよ」
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十六組の第一回戦が終了したところで、しばし休憩となった。
勝ち抜き方式だから、一回戦と言っても実質的にはこれで半分終了だ。
二回戦目は八組、三回戦目は四組、四回戦目は二組と減っていって、五回戦目で決勝だ。
それに、サクサクと勝敗が決まっていくので、想像していたよりも全然テンポが速いし、急がないと終わる前に暗くなっちゃうんじゃないかなんて、全くの杞憂だったよ。
レビリスやダンガ兄妹たちと一緒に、新たに仕入れた串焼きを頬張りつつエールを流し込んでいると、シーベル子爵が観覧席の上で立ち上がって宣言した。
「演武大会もたけなわであるが、ここでリンスワルド伯爵家の御客人であるライノ・クライス殿にご登場願い、その武芸をご披露頂こうと思う」
「ぶはっぁ!」
俺は突然自分の名前を口にされて、飲みかけのエールを吹き出した。
えっ?
それ、どういうこと?・・・
「両家の騎士諸君も、日頃の修練では滅多に見られない技を学べよう! 心して見学するように!」
「おおおぅっ!」
騎士達が一気に歓声を上げる。
マジか!
いやマジですか?
今朝、シーベル子爵が『演武大会でちょっとお手伝いを』とか言ってたのがこれなの?
『ちょっと』って言ってたよね!
昨日、サミュエル君とトレナちゃんがあっけにとられていた気持ちがちょっとだけ分かった気がする・・・