みんなで回収作業
「ところであんたたちの里、『ラスティユの村』って言ってたか? そこの場所は分かりにくいのかい?」
「いや、ほとんどこの道なりに歩くだけなんだ。里へ入る分かれ道のところが、知らない人には少し分かりにくいけれど、馬車が通れる幅の道だから、初めてくる人でもまず見落とすことはないよ」
「そうなのか。俺はエドヴァル王国の出身なんだけど、あっちの方にはエルフ族だけの集落とかほとんどなくてな」
「あー、エドヴァルか。あそこはそうかもね...」
「みんなエルフ族のことをよく知らないもんだから、『エルフってのは用心深いから人間族と断絶して隠れ里に住んでるんだ』なんてことを、知った風に言う奴さえいたよ?」
「あはははっ! それは笑えるなっ!」
「だよなー」
「そんな少人数で隠れ住むような里で、どうやったら鉄やら小麦やら手に入れるっていうのかね!」
「まあ、そこはアレだ。エルフは魔法に長けている人も多いから、きっとなんでも魔法で作っちゃう的な、適当な想像かもな?」
「そんなことが本当にできたら、生活が楽でいいよねえ!」
「全くだなあ!」
「うん、もしも魔法で鏃が作れるなら、俺は狩人をやめて、街で鏃を売って暮らすよ」
一瞬、アスワンが魔鍛オリカルクムの鏃を街で売ってる姿を想像してしまったよ。
本人に知られたら怒られそうだけど・・・
「どう考えてもその方が生活しやすいよな。魔法で小麦を出せるなら、材料仕入れなしでパン屋をやれたりするのかな?」
「いいねぇーそれ!」
「パン屋の組合から夜討ちされそうだけどな」
「あーはっはっはっ!」
だが、故郷では実際にそういうことを口にする者もいたんだ。
俺にとってのエルフの存在もそうであったように、人というのは、自分が身近に知らない存在に対しては、つくづく無知なままだ。
それに、「人間族」と比べたときの個々人の能力というか基本性能の高さを畏怖する気持ちから、とんでもない神話を作り上げたりもする。
これは相手がエルフだったら魔法の凄さや予知能力みたいな方向に話がいくし、アンスロープ族だったら凄まじい膂力や五感の鋭さが誇張される感じだな。
快活なラキエルとなんだかんだと馬鹿話をしているのは楽しい。
もちろん、パルミュナもいい話し相手なんだけど、そこは『中身が人族じゃない』ってことで、本人も言ってるように根本的な常識がズレてたりするからな。
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そうやって、ラキエルにエルフの里や最近の狩りの様子なんかを聞いたりしながら三人で座って待っていると、やがて、向こうから数人のグループが馬と一緒にやってきた。
リンデルも混じっているから、ウォーベアを引き上げにきたエルフの里からの応援たちだな。
さっとラキエルが立ち上がって手を振ると、リンデルが手を振りかえしてきた。そんなどうでもいいことまで二人の息があってるあたり、なんとなく面白い。
そこでようやく気がついた。
うっかりしていたけど、パルミュナと二人でいる間に、二人がこれまでどう過ごしてきたか、とか、もうちょっと設定の口裏を合わせておいた方がよかったかな。
なんか、自分がハーフエルフだったという衝撃の事実にほとんど脳を占領されて、頭が回っていなかったみたいだ。
別にやましいことがあるわけでもなし、一人だったら『旅の破邪です』で全てが済むのに、ちょっと面倒臭い。
いや、だからと言ってパルミュナと一緒にいるのが嫌だとか思ってないからな? 本当だぞ?
さっきからパルミュナがこっちを少し睨んでる気がするのは、多分、本当に気のせいだ。
リンデルと一緒にきた応援グループの四人と互いに自己紹介し合ってから、ウォーベアを荷車に積む作業に取り掛かった。
馬車と言っても行商人が使うような荷台ではなく、刈った藁束を積み上げては混んだりする時に使うような、平台の荷車を曳いている。
一旦解体してから積むのかと思ったら、荷台に積んできていた四本の長い丸棒を組んで櫓を作り、そこに滑車をぶら下げてみんなで引っ張り上げるらしい。
二人の男が、首のないウォーベアの両脇に手早くロープを回し、背中で交差させてずれないように固定する。
そこから伸ばしたロープを櫓に吊るした滑車に通し、みんなで一斉に引っ張るようだ。馬も一旦は荷車から外されて一緒にロープを引っ張るらしい。というかこれは馬力が主役だな。
準備が整い、馬と人が力を合わせてロープを引くと、でかいウォーベアの体が徐々に持ち上がり始めた。
俺もロープの端に取り付いて、一緒に引っ張り上げる。
もちろん、空中に浮くまで吊り上げる必要はない。
上半身が起き上がったあたりで、荷車に取り付いて待ち構えていた二人が、その体の下に荷台を押し込んでいく。
これは結構、危険のある役目だな。
獲物がバランスを崩して大きく動いたりすると、急に荷車が動いて弾かれたり、妙なところに挟まれたりしかねない。
だが、彼らもさすがに手慣れているようだ。
そこから引っ張り役と押し込み役が掛け声をかけて息を合わせ、ウォーベアを引き上げては荷車を押し込み、引き上げては押し込みを繰り返していくと、やがてウォーベアの巨体は荷台の上に完全に乗っていた。
「いつも街にでかい獲物を売りにいくときはこうやるんだよ。解体してから持ち込むよりも、そのまま運んだ方が競りの買い手のウケがいいんだ」
なんだか分かる気がするな、それ。
デカい獲物っていうのは、ただそれだけでテンション上がるもんだ。
櫓をバラして撤収し、馬を荷車に繋ぎ直した後、その場でちょっとだけ休憩してから里へと向かった。
俺は新たに合流した四人とリンデルに、さっきラキエルに話していたような『破邪あるある』な四方山話を披露しながら里まで歩いて行った。
なぜかっていうと、パルミュナとの『家族構成とこれまでの暮らしぶり』のように、そもそも存在してない事柄はもちろん、『なぜ二人で王都に向かっているのか』と言った、どうにも説明しづらい内容に皆さんの興味が向くのは出来るだけ避けたいからな。
俺は、以前すごく遠い地方に討伐遠征に行って、『行ったはいいが、同じ国のはずなのに、言葉の訛りが強すぎて相手の喋ってることがほとんど理解できなかった』という破邪仲間の話を思い出していたよ。
なにしろそいつは討伐終了後の宴会の時に、話しかけられてもうまく聞き取れず、仕方がないので向こうに出来るだけ喋らせないために、自分の生い立ちから破邪になった経緯、日頃の討伐のエピソードまで延々と一人で喋り続けた、という気のいいやつだったんだ。
俺自身にとってはちょっとマンネリ気味な『破邪あるある』話も、間を持たせるというか、今回、二人の事情に突っ込まれることをブロックするのには役立っているな。
途中の沢で水を汲んで、荷台に溜まったウォーベアの血を洗い流したほかは、特に足を止めることもなく、そうこうしているうちに、本当に一刻ほどで里への入り口に着いた。
確かに本街道側から進んできた場合は、分かれ道が斜め後ろに向かって伸びている感じなので、道自体は分かりにくいと言えば分かりにくいが、これを見落とす人はいないだろう。
だって、真横に『ラスティユの村:この先』って矢印付きの看板が立ってるんだぞ。
俺の故郷で『人間の国のエルフは隠れ里に住んでる』とかドヤ顔で言ってた奴をここに連れてきて正座させたい。
「この奥に入って少し登ったところから俺たちの里が見通せるよ」
ラキエルが指差したラスティユの村へ入る脇道は、小さな沢を横切っていて、そこには馬車が通れるサイズの橋が架けられていた。
今朝、野営地を出てからの道はほとんど緩やかな下り坂だったので、もうそろそろ山裾に抜けるあたりだろう。
さっき、ウォーベアに追われていた双子が転がり出てきた場所に比べると、ここはもう両脇の木立もなだらかな斜面で明るい雰囲気だ。
重い荷物を積んでゆっくりと進む荷車と、その後ろをガヤガヤと歩く一団は、そこから脇道へと登っていった。
脇道に入ってすぐは、予想していたよりもちょっと強い上り坂になったが、それも長くは続かず、道はなだらかに木立の間を抜けて、目の前が明るくひらけてくる。
そのまま進んで木立の中を抜けると、目の前にはまさに『緑滴る』と言いたくなる美しい景色が広がっていた。
「わー、綺麗っー!」
「おおっ、いい場所だなっ!」
俺もパルミュナも、不意に目の前に広がった早春の里の景色に、思わずお世辞抜きで感嘆の声を上げる。
本街道沿いの山並みと旧街道と並んで続く山道の間に、こんなに広々とした場所が広がっているとは思いもしなかった。
「だろう? ここが俺たちの住んでるラスティユの村だよ」
俺とパルミュナの賛辞に、ラキエルが満更でもなさそうな表情で言う。
うんうん、もしも自分の故郷がこんな場所だったら、俺も客人を呼んで自慢したくなるだろうな。
俺が育ったあの村も決して悪い場所じゃなかったと思うけど、ここはなんというか、漂う空気からして違う感じだ。