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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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お家騒動と血縁関係


「そうです。じゃあご存じの一族でしたか?」


「もちろん存じております。いま直接の交流はありませんが、リンスワルド家にとってのレスティーユ家は、言わば『本家』とも言うべき存在なのです」


「えっ?」

今度は俺が驚いたよ、まさかそう来るとは!


「シャルティア姫が亡くなられたという話は伝え聞いておりましたが、裏ではそんな出来事があったのですね...なんにせよ、わたくしどもとライノ殿は、遡れば血縁があるということになりますわ」


「いや俺も驚きましたが...でも、血縁と言ってもリンスワルド家がアルファニアを出たのは四百年前の話でしょう?」


「ですが、エルフの感覚で申しますと、四百年というのは数代か、せいぜい十代程度前のことに過ぎません。それにアルファニアの王家や貴族とは、その後も婚姻などでの関わりがございますので、それほど遠い親戚という感じではないのです」


「婚姻ってことは、アルファニアからお婿さんやお嫁さんがいらっしゃることがあるんですか?」


『政略結婚』っていう、印象の悪い言葉が思い浮かぶな。


「ええ、リンスワルド家は婿を外から迎えるしかありませんから」

「婿さま限定なんですか?」

「まだお話ししておりませんでしたが、実はリンスワルド家は女系の一族なのですわ」

「えっと、つまり必ず女性が当主を継ぐと?」

「いいえ、そうではなく...そもそも女性しか生まれません」

「はあぁっ?!」

「つまり...リンスワルド家の女からは娘しか生まれない、と言う意味で女系の一族なのです」


コレは驚いた。

そんなことがあるのか・・・って、目の前にその方々がいるんだから疑問の余地はないな。


「理由は分かりません。恐らくは何かの呪いであろうと言われておりますが、その由来がハッキリしないのです」


シンシアさんの父親の話が出ないのも納得だ。

恐らくリンスワルド家では、本来の意味での『夫』を迎えるのではなく、ただ世継ぎを産むためだけに外から婿を取ることもあるのだろう。

そりゃあ、口にしにくいよな・・・

貴族の結婚なんて本人同士より家同士の関係だから、大体がそんなものだとも聞くけれど。


って・・・あれ?

じゃあリンスワルド伯爵の『初代』ってのも、ひょっとして女性?

五百の敵兵を突破した逸話を持つ一騎当千の『銀の梟』が女性って凄すぎないか。


「あの、ひょっとすると、『銀の梟』の二つ名を持っていた初代様って...」


「はい、もちろん女性です。初代様は賢く美しく、更にとても魔力の強いお方で、輝く鎧を身にまとい、長い銀髪をなびかせて戦場を駆ける様は、まるで白銀の翼を背負っているようだったと伝えられておりました。中には本当に空を飛んでいたという噂さえあったそうです」


それで銀の梟か。

いろんな意味で納得だ。


「姫様がリンスワルド家は武の一族だって言ってたことを、あらためて納得ですよ」


「四百年前の大戦争が始まる前に、レスティーユ家の傍流だったリンスワルドの一族は、アルファニア貴族同士の覇権争いに嫌気がさし、国を出て今のミルシュラントの東側の地域に居を構えました」


貴族同士の争いか・・・


アルファニア王国はミルシュラントと国境を接している大きなエルフ国家で、当然、王族や貴族もエルフ族のみだと聞いている。

意外にエルフも、そんなドロドロしたというか権謀術策渦巻く権力争いなんかもやってしまうんだろうか?


ラスティユ村にしてもレビリスやリンスワルド家にしても、エルフ族って穏やかで快活な人たちばかりの印象だったけどね、俺以外は。

まあでも、エルフだって人族だもんな・・・


って言うか、それを言うならエルスカインだってエルフ系かあっ!


『闇エルフ』ってのが具体的にどういうい一族なのかは全然知らないけど、リンスワルド伯爵家の初代だって、戦で一騎当千の猛者だったわけだし、『エルフが温和』ってのは俺の勝手な印象だったな。


「えっと、当時は小さな国々が群雄割拠してたんですよね? じゃあ、リンスワルド家の一族は、その何処かに収まったって訳ですか?」


「ええ、アルファニアを出たご先祖は親族の伝手を頼って、まだ小国の一つでしかなかったミルシュラントの盟主アルバート・スターリング卿の元で騎士として職を得ました」

「当時はまだ大公を名乗ってなかったんですね」

「はい。初代様はアルファニアの貴族出身だったことや女性だったこともあり、スターリング家のお世継ぎだった、まだ幼いウィリアム様の護衛に任命され、そのまま親衛隊に」


「でも、いきなり世継ぎの護衛に選抜されるってやっぱり凄いですね」

「なんでも、腕試しで手合わせした騎士を三十人抜きしてアルバート卿のお目に留まったとか」


凄まじすぎる・・・


「なるほど、じゃあそのウィリアム・スターリング殿が成長し、のちに大戦争を勝ち抜いて『ミルシュラント大公』に即位されたと...すいません、あまり歴史には詳しくないもんで」


「いえ、外国の歴史など、どなたにとっても自分の暮らしの外の話でございますから」

「たしかに」


「そもそも初代様が故郷を出奔した理由が『貴族社会に愛想を尽かした』だったそうでございますから、なんともおかしな話でございますね。もちろん、女性しか生まれない『呪われた血』に親類から向けられる眼も影響したのだろうとは思いますが」


そう言って姫様はコロコロと可愛らしく笑った。


『呪われた血』か。

姫様は屈託なく口にしているけれど、四百年前にその言葉がどんな重さを持っていたのか、今の俺には知るよしもない。

ただ、リンスワルド家が日常的に影武者を表に出していたり、爵位の継承や当主の実年齢に関して神経質な感じになっているのは、その影響もあるんだろう。


「そりゃあ貴族暮らしが嫌になって国元を出たのに、行った先でまた貴族になってと...人生って分からないもんですね」

「分からないからこそ、日々の暮らしから驚きが消えることはありませんわ」

「同感ですよ。でも考えてみると、昔リンスワルド家を出奔してラスティユの村を建立した方って、まさに初代様の血筋そのものじゃありませんか?」


「そうでございますね。血は争えない、というところかと」


そっか・・・

本当に血は争えないとするならば、俺の中に流れてるシャルティア・レスティーユとランス・ウィンガムの血は、どんな人生を求めるんだろうか?


「話を戻しますと、リンスワルドにとって昔の本家であるレスティーユ家はアルファニアの侯爵です。辺境貴族とは言え王家とも血縁があり、現在でもかなりの勢力を誇っておりますわ」


「侯爵でしたか...それは知りませんでしたよ」


こういう情報をアスワンもパルミュナも口にしなかったのは、意図があって黙っていたのではなく、人の地位とか称号とか、心底から『どうでもいい』というか『興味の埒外』だからだろうな。

知らないどころか聞いても忘れてた可能性だってある。


「ライノさんって、やっぱり貴族...」

レミンちゃんが囁くような声で口にしてるけど、いまの話題はそこじゃないから!

それに俺、一欠片(ひとかけら)も貴族として育てられてないし!


「...その...シャルティア姫はレスティーユ家の庶子で...と申しますか、先代のレスティーユ侯爵の(きさき)は御体が弱く、子供に恵まれませんでしたので、当時のレスティーユ家に本来の意味での嫡子はいませんでした」

「じゃあそれで世継ぎを争ってお家騒動ってことに?」

「はい。五人の子供たちと申しますか、その庶子たちの周囲の者が家督を巡って争い、見苦しいことに」


本人よりも周りの大人たちが権力闘争に躍起になってたんだな。


パルミュナも、エルフ族は子供を産めるチャンスが増えるなら、一夫多妻とか一妻多夫とかも気にしないって言ってたけど、それで思いのほか子供の数が多かったりすると、今度は跡目争いの勃発か。

世の中、なかなかに難しいもんだ。


以前に他の国で、王様本人よりも大臣連中の派閥争いで国が荒れてるとか、二人の王子のどちらに着くかで国軍が二つに割れてるなんて話を聞いた覚えもあるし、意外とそんなもんなのかも。

しょせんは人だもの、手に入りそうな権力が目の前に転がってたら、そりゃ手を伸ばそうとするだろうしな。


ま、そのために、どこまで他人を排除したり貶めたりするかってのは、また別の問題だけどね・・・


「わたくしもシャルティア姫とは一度だけ会ったことがありますわ。まだ彼女がほんの...」

そこまで言って姫様は一瞬、口澱んだ。

「若かった頃でございますが」


んー、こと年齢に関して『ほんの』という前置きの後に続くのは普通、『小さな子供の頃』とか『幼い時分』とかじゃないかな? とは思ったが、それを口にするほど俺も無粋ではないのだよ。

仮にシンシアさんが俺より遙かに年上だったとしても驚くには当たらないのだし。


「本当に優しそうで愛らしいお方でした...それで、シャルティア姫はご存命なのですか?」


「正直分かりません。俺は生まれてすぐに養父母に預けられたそうで、産みの両親の記憶はないですし、消息も知る機会がなかったので」

「それは...大変失礼致しました」

「どうかお気になさらず。それに俺自身、いまでは特に知りたいことでもないので」


パルミュナがさりげなく俺の様子を窺っているのを感じる。

気遣ってくれてありがとう。

でも、あの日・・・東西大街道の崩れ落ちた石壁の陰で、『実の両親』の話は俺の中ですっきりと居所を得た。

それは、お前のやさしさのお陰だよパルミュナ。


「でもなあ、ライノが貴族の子供だって、なんだか納得したよ。っていうかむしろ腑に落ちたって感じかな?」

ダンガが腕を組んで、したり顔でうんうん頷いてる。


「だってライノさんの振る舞いって気品がありますもんね! 心もおおらかって言うか器が大きいって感じで」

「あー確かに出会った最初っから、破邪としては妙に上品で礼儀正しかったもんなー」

レミンちゃんもレビリスも、それは買い被りすぎだ。

って言うか、俺にわずかながらでも品良く見えるところがあるなら、それは血筋じゃなくて、俺を育ててくれた『両親』が上品だったからだと思うぞ?


もっとも、父さんも母さんもシャルティア姫の騎士と侍女だったわけで、そういう意味では貴族文化のど真ん中にいた人たちなのか・・・


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