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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第三部:王都への道
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エイテュール子爵


姫様は、恐らく訝しげな顔をしているだろう俺の方を見て言う。

「子爵よりご挨拶申し上げます」


だがエマーニュさんはその場から動かず、にっこりと微笑んで俺に向かってお辞儀をした。

「クライス様にお声がけ頂き誠に光栄でございます」

「は?」


「大公陛下の勅命によりキャプラ公領地の管理を承っておりますエイテュール・リンスワルド子爵家当主、フローラシア・エイテュールにございます」


マジか!・・・


「えっ、エマーニュさん?! え、ええぇっ!!!」


姫様、心底から驚いてる俺を見て、ちょっと楽しそうだ。

隠しもせずにニコニコ顔しているな。


「申し訳ありません、クライス殿。もちろん、この件もいずれはお知らせしておくつもりだったのですが、必要な時に伝えれば良いと仰いましたので後回しにしておりました。実はエマーニュがエイテュール・リンスワルド子爵家のフローラシアです」


「なんていうか...そうだったんですか...いやぁ、心の底から驚きましたよ...」


エマーニュさんも、負けず劣らず楽しそうな表情だぞ。

二人とも、良い感じの暴露タイミングを狙ってわざと隠してたな?


「クライス様、エマーニュというのは、御姉様(おねえさま)の侍女を務めている時の呼び名なのですけれど、私が幼い頃のあだ名と申しますか、愛称でもあるのですよ」


とても上品な女性だから、侍女と言っても恐らくは貴族の出身だろうとは思っていたけど、まさか子爵様ご本人だったとは・・・

リンスワルド一族関連では本当にビックリすることばかりだな。


「私も御姉様も、領民に対して実年齢を隠していることもありまして、ノルテモリア家とエイテュール家の間では、かなり昔から、こうやって互いの身元を隠した状態での行き来を行ってきたのです」


「お互いにですか? ということは姫様も?」


「はい。侍女という立場を取っていれば、常に一緒にいても不自然ではありませんから。日頃から、お互いに侍女の役を演じて楽しんでおりました」


「いやあ、何度も言いますけど驚きですね! まさかエマーニュさんがエイテュール子爵様ご本人だったなんて!」


「クライス様、わたくしをお呼びくださる時に爵位や様付けは不要でございます。いえ、さん付けもいりません。ぜひエマーニュと呼び捨てにしてくださいませ」

「いやいやいや...」

突然の申し出に俺が面食らっていると、姫様から横やりが入った。


「あらエマーニュ、それは抜け駆けではないかしら?」


「そんなことはありませんわ御姉様。この屋敷にいる時のわたくしはあくまでも御姉様の侍女ですもの。お客様であるクライス様に呼び捨てにして頂くのは、使用人の一人として当然のことです」


いやいやいやいや、子爵様を使用人扱いは無理でしょう?


「なるほど? それでは今度は是非クライス殿も一緒にリストレスへ参りましょう。あそこでならわたくしが貴女の侍女を務めて、クライス殿に『レティシア』と呼び捨てにして頂けますわ」


「まあ御姉様、リストレスの屋敷でも、わたくしはクライス様にただのエマーニュと呼んで頂くつもりですわ。だって最初にクライス様にお目に掛かったのは、あくまでもエマーニュとしてですから!」


「んんっ」


急に可愛らしい咳払いがして、みんなの視線がそこに集まる。

咳払いをしたシンシアさんが、少しばかり冷たい表情で姫様とエマーニュさんに視線を走らせた。


「お母様も。叔母様も。少々はしゃぎすぎではありませんか?」


なんだか『おかあさま』と『おばさま』のアクセントが妙に強い気がするのは思い過ごしだろうか。


「いまの課題は、どうエルスカインと対峙していくかです。わたしたちは、クライス殿ご兄妹と、そのご友人のお力にすがるしかないのですから、もう少し真面目にお話しするべきではないかと」


「...そ、そうですね。シンシアの言うとおりです。失礼しましたクライス殿」

「私も、つい調子に乗ってしまいました。申し訳ございませんクライス様」


おっと!

意外と、と言うのは失礼か・・・

シンシアさんが真っ当な叱責をしたので驚いたな。

初めて出会ったときに、いきなり破邪の挨拶をかましてきた少女とは思えないぞ?


「いやいやいやいやいや、どうか、お二人ともそんなかしこまらずに! 気軽に行きましょう、気軽に! こ、個人的には肩の力を抜いたやりとりは大歓迎ですのでっ!」


姫様の方は、最初に馬車に呼ばれた時になんとなく感じていたけれど、エマーニュさんも本当の中身は結構楽しいタイプの人だな。

さすが親戚同士、か。

ちょっとだけ、ラキエル&リンデルとレビリスの似てる様子を思い出す。


それに、折角しゃちほこばってない関係になれそうなチャンスだ。


「姫様、それにエマーニュさんにも、俺からお願いがあるんですけれど、聞いて頂けますか?」


「承りました」

姫様が即答してくる。

やはり、そう来たな・・・

横でエマーニュさんもしっかりと頷いている。


「姫様、エマーニュさん、お二人とも俺の友人になってください」

「え?...」

「あの、それはどういった意味でございましょうか?...」


「言葉通りの意味ですよ。もしも俺が勇者になってなければ、ただの遍歴破邪のハーフエルフです。伯爵様と子爵様がそんな俺と、身分を超えて友人関係になって貰えるものでしょうか?」


「もちろんでございます。出会う機会、言葉を交わす機会がなかったかもしれないと仰るならば、確かにその通りでございましょう。しかし、ひとたびクライス殿のお人柄を知りえたならば、親しい間柄でいたく思うのは当然でございます」


「私も同じでございます! クライス様の人物としての魅力からして親しくなりたいと思うのは当然でございますので」


「ま、あの...そんなに褒められると照れますけど...と、とにかくですね、友人になって貰えるのであれば、『様付け』で呼ぶとか臣下として振る舞うとか、むしろ邪魔なことだと思うんですよ?」


「それは...」

「左様でございましょうか?」


「俺はそう思います。それを受け入れてくれたからダンガたちとは友達のままでいられてるし、さっき手紙を送ったレビリスもそうです。パルミュナだって人に崇められるのなんて嫌だって言うし、俺ごときは尚更ですね」


「...むしろ、わたくしたちを臣下を越えて『友人』として認めてくださると?」


「はい。普通の友人関係ってのは自然にそうなるものですけど、今回は皆さんとの出会い方が特殊だったので、互いにちゃんと認め合いたいって感じなんです」


「左様でございますか...」

「ええ。俺はお二人とちゃんと友達になりたいんです」

「かしこまりました。いえ、分かりました。このレティシアは紛うことなきクライス殿の盟友です」

「このエマーニュもクライス殿の終生の友にございます」


「ありがとう、姫様、エマーニュさん、それに...」


途中からシンシアさんが何か言いたそうに口をパクパクさせているのが視界に入っていたからね。


「シンシアさんとヴァーニル隊長も是非、俺の友達になってくださ...」

「もちろんですわ!」

シンシアさんが被り気味に返事をしてくれる。

「無論のこと名誉に思いますとも!」

ヴァーニル隊長はいつも微笑んでいるのであまり変わらないね。

ちょっと和むよ。


「ではクライス殿...友人として、改めてわたくしからも一つお願いが」

「なんでしょう?」

「今後わたくしのことは一人の知己(ちき)として、レティシアと呼び捨てにして下さいませ」


「あー、気持ち的には本当にそうさせて貰いたいんですけど、この屋敷の中では、使用人の方々の目もありますし、俺が勇者だということをすべての家人が知ってるわけでもないですよね? 我が儘だけど、不自然すぎて目に付くのも避けたいかなーって思うんです」


「人前では、さん付けになってしまわざるを得ないと?」


「むしろ、これまで通りに姫様呼びじゃダメですか? そもそも平民が伯爵様を『姫様〜』なんて気軽に呼ぶわけがないでしょう? だから姫様と呼ぶのは、それが俺にとっての愛称ってことですよ」


「まあ! 御姉様ったら、随分と可愛らしい愛称をつけて頂けましたのね! 幼子(おさなご)の頃を思い出しますわ」


お、エマーニュさんのフォローで姫様の表情がぐっと和やかになったぞ。


「そ、そういうことでしたら...ええ。では、わたくしのあだ名として気安い感じで呼んで貰えればと...」


どうやら姫様呼びでセーフのようだ。


「あ、そうですわ! 逆に、今後わたくしはクライス殿ではなく、ライノ殿と呼ばせて頂きましょう! その方が、より親密な感じが致します」

「もちろん歓迎ですよ。じゃあ、皆さんも俺のことをライノと呼んでください」


「そ、それに、妹君も『パルミュナちゃん』とお呼びした方が、より親密な感じが致しますよね?」


「うん! アタシもその方がいーな」


「そうですわね御姉様、先々も呼び方に悩まなくなりますわ」

ほう。

姫様だけでなく、エマーニュさんも急に砕けたな。

でも先々ってどういう意味だろう?

なんにしてもパルミュナとしては歓迎だろうけど。


「いつか、ライノ殿と一緒にリストレスへ出向ける日が来ないでしょうか...そこでなら心置きなくレティシア、いえ、レティと呼んで貰えますのに」


「お母様?」


あれ?

シンシアさんの眼がかなり冷たいな。

ちょっとだけ、パルミュナのアイスドラゴンボイスを思い出してしまったよ。


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