リンスワルド家の屋敷
「そういや、静音の結界は張ってあるよな?」
「革袋から出ると同時にばっちりー」
「偉い。いや、昨夜は本当に助かったというか...情けない話だけど、俺一人だったらどうにもならなかった可能性が高いからなあ」
「ちょっとグリフォン倒すのに時間がかかったかもしれないけど、きっと大丈夫だったよー」
「いや、むしろ俺がいなくてもお前一人で全部討伐できただろ? まあ大精霊的にそこまで現世に関与するわけに行かないとかあるのかもしれんけど」
「んー、出来なかったとは言わないけど、やっぱりお兄ちゃんの力は大きいよ? 空を飛びながら、土魔法と熱魔法と力の魔法を全部いっぺんに使うって大変だもん。って言うか厳しーから。いまの私は細い経路で出てきてるから、そんなに力ないしさー」
「そういうものなのか?」
「うん、説明しづらいけどそーゆーもん」
「ふーん。まあとにかく、パルミュナに頼り切っちゃいけないってことだと思うようにするよ」
「もっと頼ってー、そしてアタシに依存してー!」
「おい、勇者の役目はどうなった?」
「冗談はともかくー、二人なら魔法陣とか使わなくても、二つの魔法を『完全に同時』に起動できるでしょー?」
「ああ、言われてみれば、そうなるか」
「そーゆーことー。お兄ちゃんが石つぶてを撃ち出す正確さがなかったら、昨夜だってもっともっと大変だったと思うしー」
「ありがとな。まあでもあんまりおだてないでくれ。そこまで自分に自信がないし、昨夜の場合は、結局グリフォンを倒せても姫様を連れ去られてたら負けだったわけだからな」
「ホムンクルスねー。あいつって、ホントに何がしたいんだろー?」
「エルスカインって、ガルシリス城でハートリー村の村長さんに憑依させた魔物みたいなのに喋らせてた時は、世界のあちこちに魔力の井戸?みたいなものを作ってきたようなこと言ってたよなあ」
「アスワンも気にしてて奔流の乱れ方を調べてるんだけど、それで結局なにをどうしたいのか、ちょーっと分かんないのよねー」
革袋を受け取った時にもそういうことを言ってたけど、大精霊でも見抜けない企みか。
不安というか、不穏というか・・・
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その後パルミュナと、どうと言うことも無い会話を交わしながら進んでいく内に、隊列の進む街道は山間を抜けて小さな平野というか盆地に降りていった。
鬱蒼とした森を抜け、大きなカーブを曲がって見晴らしが良くなったところで、広い盆地にそこそこの幅を持つ川が流れていて、その遠くに大きな白い館らしきものがあるのが見えてくる。
どうやら、それが目的地だろうと見当をつけて、あとはのんびりと周囲の景色を眺めて過ごすが、『やまあい』という言葉から連想するような暗い雰囲気は微塵もなく、レビリスの言っていたように明るく広々として清涼な雰囲気だ。
パルミュナも楽しそうに景色を眺めているし、ちびっ子たちが沢山居着いていることは俺にも分かる。
やがて到着したリンスワルド伯爵の居城は、広大な敷地に立つ瀟洒な白亜のお屋敷だった。
さすが大国ミルシュラントの伯爵家だ。
小さな国なら王宮と言っても通じそうな規模のお屋敷には、全体にガラスの窓が設えられていて、それだけでも幾ら掛かるのか想像できないって感じ。
それにあくまでも優雅で、普通の『城』という言葉からイメージされる殺伐とした雰囲気は皆無だ。
猛々しいガルシリス城と真逆な造りというか、存在感だな。
遠目で城砦の様にも感じたのは、敷地全体がぐるりと石垣で補強された台地になっていて、周囲の平地より一段高くなっているからだろう。
それに、館全体の形状というか構造がなかなか複雑な上に、石造りの塔がそびえているせいもあるか。
そう言えばレビリスは、初代リンスワルド伯爵が、元々ここにあった王家の城を建て替えて居城にしたようなことを言っていたから、あの石垣の基礎部分や質感の違う塔の部分は、元々の城の名残なのかもしれない。
なんにしても、サイズ的にはお城と言って間違いはないが。
石垣のさらに内側にある館の外壁の門をくぐったところで隊列は二手に分かれた様だった。
姫様の乗る豪華馬車と、その御付きの者たちが乗る馬車や騎士達は正面玄関のある円周上の馬車寄へ進み、その他の使用人や資材を乗せた馬車は脇の道から館の裏側へと入っていくらしい。
案の定、俺の乗った馬車は裏口には向かってくれず、正面玄関のど真ん前に停車した。
ともかく、さすがのエルスカインも三匹のグリフォンに続けて出せるほどの戦力はなかったようで、ここまで無事に到着できたことに安堵する。
馬車に乗った時にはいなかったはずのパルミュナには、いったん革袋に戻って貰おうかと考えたが、どのみち館の使用人たちにも顔を覚えて貰う必要が出てくるだろうし、後から登場させるタイミングも面倒だ。
昼の休憩時にでも乗り込んだような顔でしれっと登場して貰おう。
そういう時のパルミュナは面の皮の厚さに定評があるからな・・・俺的に。
馬車が玄関前に到着すると護衛の騎士がさっと俺の乗る馬車の両脇を固め、ステップをセットして扉を開けてくれた。
そういうの、逆に緊張するんだけど?
もちろん善意に対して顔を顰めるつもりはないので、にこやかに礼を言いつつ馬車から降り立ったところで、俺は思いがけず凍りついた。
あろうことか玄関前には、ずっと先に馬車から降りていたはずの姫様が、両脇に侍女と従者と護衛騎士たちをフルに控えさせた状態で、真っ直ぐこちらを向いたお出迎えポジションで待っていたのだ。
両手をおなかの前で握り合わせた肖像画のようなポーズでスッと立っている。
綺麗でかっこいいなあ・・・
つい見蕩れそうになっていると、姫様と目が合ってにっこりと微笑まれた。
でも、まじですか?
姫の後ろに居並ぶ屋敷の方々からの『誰こいつ?』っていう視線が刺さるように痛い。
思わず心拍数がバクバク上がりそうになるが、パルミュナの手を引いて失礼のないレベルで急ぎつつ、姫様の前に移動する。
もちろんパルミュナの姿を見てビックリしている表情の面々もいるが、あからさまに動揺しないところはさすがだね。
宣誓魔法の効果もありそうだけど。
姫様に近づいていくと、こちらが跪くタイミングというか距離感を悩む間もなく、姫様が俺に対して深く腰を折ってお辞儀をしてきた。
しかも、その角度がほとんど直角。
姫様の横に控える家臣団も、姫様に習って一斉に直角お辞儀。
おおぅ、すごいプレッシャーだわ。
あり得ないでしょう? 一介の破邪に対して!
事情を知らない屋敷の方々は、一瞬あっけにとられて硬直していたモノの、そこはさすがに伯爵家の家人たち、空気を読んで素早くお辞儀する。
たっぷり十歩は歩けそうな時間の間、直角お辞儀姿勢をキープしていた姫様は、ゆっくりと姿勢を戻して微笑んだ。
「ようこそリンスワルド家にお越し下さいましたクライス殿、パルミュナ殿。不肖、わたくし、レティシア・ノルテモリア・リンスワルドに、御滞在中のお世話を承らせて頂きたく存じます」
そう来たか・・・
「お招きいただき恐悦至極に存じます。礼節を知らぬ生来の無頼者ゆえ、姫様初めお屋敷の方々には不快な思いをもたらす折があるやもしれませんが、何卒ご寛恕いただければ幸いです」
「そのような気遣いは無用ですよクライス殿? 何より今日、私どもが無事にこの屋敷に戻れたのは、クライス殿ご一行のお助けがあってのこと。さもなくば、一人たりともあの場所から生きて戻れなかったやもしれません」
前置きなしの姫様の爆弾発言に、出迎えに並んでいた家来や使用人達が面食らって泡を吹きそうになってる。
「いえ、そこまでは...」
俺はつい慌てて否定しようとするが・・・
「ですよね、コーネリアス?」
「はっ、姫様の仰る通り通りにございます」
姫様、畳み掛けるなあ・・・
「ですので、クライス殿と妹君、アンスロープのお三方は、わたくしや当家の家臣達、皆の命の恩人。クライス殿方に、この屋敷で心やすく気ままに振る舞っていただけることこそ、わたくしどもの喜びですわ」
「もったいないお言葉です」
これはなんというか、姫様も色々と考えがある上で、あえてやってる感じの意図的なデモンストレーションだな。
ちゃんと『ご一行』と言ってダンガたちにも言及しているし、俺たちが屋敷の中で姫様と気軽に接することを使用人の人たちに不審に思わせないため、とか言うところなんだろう。
たぶん。
それに、視察隊に同行してない人たちは、俺が勇者だってことをこの先も知らないままだろうからね。




