エルフの年齢
おおぅ・・・これはもの凄いインパクトだ。
どこをどうやっても、目の前にいる美女を『おばあちゃん』という目で見ることは不可能だな。
だけど、姫様の実年齢を追求するのは、自分の中で禁忌ということにしておこう。
単に見かけに関係なく長生きしているというだけなら、パルミュナなんかもっと凄いわけだし、いま時点で生きているすべての人族より年上だって可能性が高い。
ただ、パルミュナにしろアスワンにしろ、大精霊は人族とは年の取り方が違うというか、単に長く存在していると言うだけで、そもそも『年を取る』という概念を当てはめて良いのかさえ微妙だ。
二人とも、日頃は自分が話しやすいとか過ごしやすいとかの基準で姿を選んでる感じがあるしな・・・
魔力を大量に使ったアスワンは少年の姿になってたけど、事前の中年賢者姿を見ずに最初からそっちの少年姿で登場していたら、俺の印象もかなり違っていたんではないかって気もする。
ひょっとすると、あの少年姿もアスワン流のジョークだったのかも。
「でも、実を申しますと、クライス殿の実年齢はもっと上か、ひょっとしたら、わたくしとあまり変わらない年齢だったりするのでは無いかしら、なんて思ったりもしましたのよ?」
「えええぇっっっ!」
「お目に掛かってすぐに、クライス殿にエルフの血が流れているということは分かりましたし、風格と申しますか貫禄と申しますか、見た目の若さにそぐわない佇まいをお持ちでしたもの」
くそう・・・それって、ぶっちゃけて言えば、俺がかなりのオッサンに見えるって事だよね?
ラキエルやリンデルといい、みんなどうして俺を年相応に見てくれないのか・・・正真正銘ピッチピチの十八歳だと言うのに!
いや待て。
人族は魔力が多いほど年を取るのが遅いのに、オッサンに見えるって事は、俺は魔力保有量が低いのか?
アスワンは強い魂だといってくれたし、パルミュナも褒めてくれてたけど・・・
そういうこと言われると不安になるじゃないか!
助けてアスワン!
でもまあ、魔力の保有量とは無関係に、勇者ブーストもあるから仕方ないのかな?・・・
「確かに俺はハーフエルフですが...そ、それはなんとも自分では分かりかねますね...」
「ご存じとは思いますが、人族は身体に秘めている魔力の大きさで、見た目の年齢や年の取り方が個人によって大きく変わります。特にエルフ族の場合は寿命そのものもかなり変容するので、一概に何歳くらいから年寄りと呼ぶべきか? とも判断できないものです」
う・・・ひょっとして、さっき俺が心の中で『おばあちゃん』という単語を思い浮かべたことを見透かされたりしてないよね?
「ま、まあ、平たく言えば人も魔獣の一種ですから、肉体が魔力の影響を受けるのは致し方ないかと思いますよ?」
「よくご存じで...突き詰めればそういことですわね」
とりあえず年齢の話題はしたくない。
俺がな。
「私の一族は、エルフ国家とも呼ばれるアルファニア王国が出自ですが、耳先が尖っていないのはリンスワルド家の血筋なのです。もっとも、他のエルフの家系も色々と混じっておりますので、必ずしも耳が尖らないとは言えないのですが」
それを聞いた時、『耳が尖っていない血筋』という言葉に思わずドキリとしたてしまった。
だけど、姫様あらためリンスワルド伯爵様はその動揺を、単に俺が自分の耳先が丸い理由と違うと認識しただけに思ったようだ。
「エルフの血が入っていても耳先が尖るかどうかはなんとも言えません。ハーフエルフの兄弟で片方だけ耳先が尖ってる、というのも良くある話ですから」
「これまで俺は気にしたことがなかったのですが、純エルフかハーフエルフかをすぐに見分ける方法はあるのですか?」
「はっきりとは言えませんね。リンスワルド家のように、もともと耳先の尖っていない血筋のエルフもそれなりに多くいます。エルフの血を継いでいれば、瞳の奥の二重リングは必ず現れますが、耳の形や顔の雰囲気は千差万別ですから」
「言われてみると、友人にほとんど人間族と見分けの付かない顔立ちのハーフエルフもいますね。もちろん耳先も丸いので目を覗き込まなければ絶対に気がつかないと思います」
これはもちろんレビリスのことだけどね。
それにしても、だ。
「失礼ですが、五十年前にご両親、つまり先代の伯爵夫妻が亡くなられていたと言うことは、それ以降はずっと姫様がご当主だった訳ですよね? つまり伯爵様ご自身である姫様が、それを隠して『当主の娘』として振る舞っていたというか...」
「ええ、ほとんどの場合、公の場に出る時は先ほどの影武者を立てるか、私がリンスワルド伯爵家の『次期当主』という立場で、伯爵...つまり私の父の名代として出ておりました。私がリンスワルド伯爵自身であるという事を知っていたのは、長年、ごく一部の家臣たちだけでした」
「それで、誤魔化せる...というと言葉は悪いですが、対外的にもなんとかなるものなんですか?」
「そもそも領民と直接顔を合わせる機会は、それほど多くありませんので。この五十年の間に影武者は三組ほど入れ替わっておりますが、遠目になら、一種の幻影魔法で姿形はどうとでも見せられますし、いまは私の両親は橋の事故の件で療養中で、居場所は保安上の秘密と言うことになっております」
「なるほど、しかし式典やら視察やら、それで大丈夫なものですか?」
「もちろん、大公陛下は事実をご存じです。それに、こちらでの領地経営の実務交渉などは、ほとんど家臣団がやってくれますし、式典などにも侍従の誰かが名代として出ますので、本当の意味で私と顔を合わせているものは貴族の中にもほとんどいないのです」
「そうなると、今日の襲撃場所で私たちの前に姿を見せたのは、かなり異例のことだったのでは?」
「あの橋の事件があったからですわ。あれ以来、私は影武者を立てるのをやめているのです。あのご夫妻も、いまでは怪我も治って元気にしておりますが、遠くでのんびりと暮らして頂いています」
「そうでしたか...」
「本来、もう少し時間をおいてから両親の死を発表し、私が公式に跡継ぎとなる予定でした。例えば、南方大陸へ視察に向かった船が沈んだとか、そういう理由にでもしていたかも知れません」
「しかし、その...聞いてはいけないことでしたら無視して頂きたいのですが、そもそも、なぜ五十年もご両親の死を秘密に?」
「先ほどの答え合わせが、その理由です。わたくしは、ただエルフ族だから寿命が長いというだけで無く、持っている魔力が多いせいで見た目にも年を取ること自体が非常に遅いのです」
「別に、エルフ族の寿命が長いこと自体は秘密でも何でも無い、と言うか、誰でも知ってることでしょう? 隠す必要があるとはおもえませんが」
「人は、自分とかけ離れた存在を畏怖するものです。ましてやそれが領主という存在であれば、不安に思う者も出てきますでしょう。領民の方々には、あまりこの地が特殊だとは思って欲しくないのです」
「そうでしたか...しかし待ってください姫様、だとしたら逆に、俺のような風来坊、それも、今日顔を合わせたばかりの、どこの馬の骨とも知れない男に話していいことでは無いように思うんですが?」
姫様はにっこりと微笑んで答えた。
すでに俺と姫様の間の距離は、最初のポジションに戻っているにも関わらず、姫様の誘引力が凄い。
弟子入りしろ、パルミュナ!
「その点に関しては、コーネリアスからは、クライス殿が私を屋敷まで護衛してくださることになったと聞いております」
「ええ。ただし一応、事前にお伝えしておきますと、私が相手をするのは魔獣や魔物に限ってです。それと、申し訳ないのですが私にとっては、偶然巻き込んでしまったアンスロープの三人を守ることが最優先なので」
「正直な方は好きですわ...エルスカインは、すでにわたくしが伯爵家当主であることに気づいています。だからこそ、今日の襲撃があったと考えるべきでしょう」
「まあ...それはそうでしょうね」
「そうなりますと、すでに最も危険な襲撃者に知られていることを、護衛して下さる方に教えない意味などありませんわね?」
「確かにそうですね。ちなみに家臣の方々は、みな姫様が伯爵本人であると知っているのですか? それによっては私も迂闊なことが言えないので」
「いまでは知っておりますが、当家で働くものには皆、秘密を外で暴露しないように宣誓魔法を受けてもらっています。これは本人の同意の元にですし、もちろんクライス様にそんな事を求めるつもりはありません。ここでの話は、あくまでもお互いの理解のためですから」
家臣や使用人に対して、秘密保持や暗殺防止のための宣誓魔法を使用すること自体は、どこの貴族の家でも同じだから、どうこう言うようなものでは無い。
「それに...」
と姫様は、ふいに物憂げな表情になって続けた。
「本来、あの馬車には私が乗っているはずでした。元々、養魚場の視察に行くのは私だけの予定だったのです」




