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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第一部:辺境伯の地
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今夜は野宿です


山奥で野宿する場合は、欲張って薄暗くなるまで歩こうとしたりせず、まだ十分に明るいうちに一夜を越す場所を探して腰を落ち着けておくことが肝心だ。


暗くなってから慌てて野営地を決めていたら、薪になる乾いた枯れ枝が十分に拾えなかったり、やけに地面が湿っている場所だったり、ぱっと見よりも傾斜が強くて、いざ横になってみると落ち着けなかったり、ということもままある。


それに一人で夜を越す場所は、可能な限り道を通る人からは直接見えない場所を選ぶのが鉄則だ。

当然、道を外れて足元の悪い木立や原野の中へ入っていくことになるので、暗くなってから月明かりを頼りにそんな場所へ踏み込んでいくと、転んで捻挫をするのがオチである。


と言うわけで、まだ日も明るいうちに居心地の良さそうな乾いた木立を見つけた俺はパルミュナに声をかけて、その奥へと踏み込んでいった。


谷筋からは離れているので水場はないが、先ほど小さなせせらぎを渡るついでに清涼な水を汲んでおいたので、手持ちの水はたっぷりだ。

二人分の晩飯と朝食程度はまったく問題ない。

それに、お茶やスープにする分は水魔法でも構わないしな。


出来るだけ平らで、邪魔な岩や木の根が少ない場所を探して、そこで夜を過ごすことにした。

この窪地を囲んでいるように生えている木の根元に荷物を下ろし、二人が寄りかかるのにちょうど良い具合の居場所を作り、周囲の草を適当に刈って地面に敷き詰める。

そして、その前に適当な石を積み上げて簡易のカマドを組んだ。

これで、正面の焚き火で温まりながら、背中側も木立で少し守られて楽ができる。


こういう地味な作業って、意外と時間がかかるんだよね。野営地を早めにセッティングするのはホントに大切。

パルミュナは、俺のそういった作業を興味深そうに見ていたが、特に口を挟んでくることもなかった。手も出さなかったけどな。


彼女は手ぶらで『箱』から出てきているので、食器や道具類は何一つ持っていない。

まあ自分を『便利な小道具』と言ってるぐらいだし、いざとなったら昨夜の湯沸かしのように魔法でなんでもできるのだろうけど、とりあえずは破邪スタイルの野営でいこう。


居場所がおおよそ出来上がったら、それから二人で木立の奥に分け入って薪を探す。

基本的には手と足を使って踏み折れる程度の太さの、枯れ落ちた枝が目当てだ。

肌寒い中で一晩を快適に過ごすためには結構な量の薪を消費するのだが、かと言って汗を流して太い倒木を刻むほどのこともない。


途中、ちょっと太いが、乾いてかなりいい枝振りの枯れ木を見つけたので、俺が愛用の小さな手斧を取り出して持ち帰れるサイズに切断しようとしていたら、パルミュナがぽつっと言った。


「ねー、ライノだったらオリカルクムの短剣でやればスッパリいけるんじゃないかなー?」


ですよねー。

やってみたらスッパリいけました。


手斧を使おうとしたのは習慣だな。

破邪時代は普通の鋼の刃物を使っていたので、刀を木立に打ち付けるなんてとんでもない話だったし、鋸なんて高価な上に嵩張るので、片手で振るえるサイズの手斧が薪作りの標準装備だったんだ。


うん、今後はもう、手斧を持ち歩かなくてもいいかも。


そんなこんなで一晩を過ごすための準備を整え、そこらの石で適当に組んだカマドに火を熾した。

破邪なら誰でも使う火魔法の火は普通に出せるのに、精霊魔法の『熱』は上手く出せないのってなんでだろう?・・・


焚き火が安定したところで、水を張った小さな鍋をかける。

この鍋も師匠と二人で旅していた時代から使ってる道具で、二人分のスープくらいならギリギリいける大きさだ。


食料袋から干しミンチを出して適当な分量を砕き、鍋の中に放り込む。

これは細かく刻んだ生の赤身肉に、塩と乾燥させたハーブを混ぜて練り上げ、それを薄い板のように伸ばしてカッチカチに干したものだ。


師匠と一緒にいる時は、冬の間に自分たちで作ったりもしていたけど、旅空ではそういう訳にもいかず、時折、市場で討っているのを見かけたら買い込んでいる。


要はドライソーセージの変種というか、破邪が良く使う旅の糧食で、持ち歩きやすくてスープの具とかにするには便利なんだけど、ミンチを使うから冬にしか作れない。


いくら塩を混ぜ込んでいても、暖かい季節に作ろうとしたら、乾く前に肉が傷んでしまうし、それでも痛まないほど塩を入れたら、辛すぎてスープにもできなくなるからね。


俺は以前に一度、肉が腐るのを恐れるあまりに、そういう辛すぎる干しミンチを自分で作ってしまい、深く反省したことがあるのだ。

あとは、使う肉の種類が大切。

鳥系の肉はどうもダメだ。やっぱり地面にいる獣系の肉だよな。


お湯が沸くまでは装備の手入れとチェックをして過ごし、鍋が煮立ったらスープの塩辛さ具合を確認し、食料袋から別のドライソーセージ・・・こっちはごく普通の長い棒状に固めて熟成させてある腸詰・・・と、堅焼きパンを取り出して、二人分を切り取った。


『火魔法』改め『熱魔法』の練習に使っていた銅のカップにたっぷりスープを注いでスプーンを添え、スライスしたドライソーセージを乗せた堅焼きパンと一緒にパルミュナに渡す。


「ありがとー」


「塩っけだけのスープだけど、どうぞ。昨夜と今朝は贅沢な食事ができたから、ちょっとギャップが激しいけど我慢してくれな」

「そんなこと言わないよー。ライノに運んでもらってる食べ物を貰うだけでも十分な贅沢だよー」


おや、思いがけず殊勝(しゅしょう)な答えが返ってきた。


「まあ、旅の破邪の食事なんて、いつもこんなもんさ。さっきの話じゃないが、水と食い物を持ち歩くのが一番大変だからな」


「じゃー。今度から箱の中にはご馳走をたっぷりと?...」

「いやいやいや、金貨にしてくれよ? 金があればご馳走も買えるんだし、街に入ったときには店でいいものを食べられるんだからさあ」


「だよねー」

とパルミュナもケラケラと笑う。


二人で簡素な食事をとりながら、特に深い意味もなく平均的な破邪の食事事情や生活について話してくつろぐ。


「ライノが破邪になる時の修行って大変だったー?」


「そりゃなあ。頭でも体でも覚えなきゃいけないことが多いし、なんでも身につける為には死ぬほど繰り返さなきゃダメだろ?」


俺は師匠から一人前の破邪になるために必要な知識や技術・・・魔獣と魔物について、魔法に剣術や体術といった色々な闘い方、旅と野宿、さらには人々の暮らしに関することや金勘定、遠征に行く国の言葉の読み書きまで、etc. etc. etc。

ありとあらゆることを叩き込まれながら、共に旅をして諸国を廻った。


「身につく。かー...鍛錬で身につくこともあれば、馴染んで身につくこともあるから色々だよねー」

「まあ才能って言うか、元から器がないとダメってことも多いけどな」


「破邪も勇者も似たようなもん?」


「勇者は極端すぎるだろ。でも破邪も魔力を扱うから出来ない奴はどんなに頑張っても無理だし、そんな無理しても死ぬだけだしな」

「破邪も大変だねー」


「まあ、成り手が少ないのも仕方ないとは思うね」


師匠は俺を育てることで、一人では引き受けづらい大物狙いが楽になるだろうと踏んでいたと、俺に言っていたが、実際に俺が弟子についてからの方が身入りが良くなったと言っていた記憶もあるから、決して無駄飯食いのお荷物ではなかったと思う。思いたい。


まあ、師匠も独身のまま結構な歳だったからこそ、俺を拾って息子扱いしてくれたんだろうといまではわかる。


「まあ、『旅の破邪』をやってるような奴にとっては、街暮らしっていうのは性に合わないんだよな。金を使うのが嫌だってことじゃなくて、なんか窮屈なんだ」


「うーん、ライノを見てるとちょっと分かるかなー。縛られずに自由にやりたいんだよねー?」


「そうだな...もちろん、街に拠点を持って、そこから動ける範囲の討伐だけ引き受けて暮らしてる破邪も沢山いるよ。俺の師匠も街にちゃんとした住処を持ってたし、その年によるけど、旅をするのが一年の半分ぐらいだったりすることもあったし...遍歴に出ない年の冬場なんかは、ほとんど街住まいで近場の仕事をやってたりもしたな」


「へー、いろいろだねー」


師匠は半定住型と言うか、とある大きめの街に棲家を持っていて、近郊の討伐案件は、そこを拠点に引き受けていた。

一緒に過ごした俺の感覚だと、街のある地域での活動が半分、旅が半分、そんな感じ。


棲家にいるときは師匠から徹底的に鍛えられたので、肉体的には、むしろ旅空の方が楽だったぐらいだが。


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