刺客たちの正体
三人は飛ぶように山道を駆け抜け続ける。
そこらの軍用魔馬より早いんじゃないか、これ?
「ライノ、大丈夫か?」
「あああぁ、だだだいぃじょじょじょぅぶぶだだっ」
早すぎて喋ると舌を噛みそう。
「しっかり掴んでてくれ! ちょっとスピードを上げよう」
え? これでまだ全速じゃなかったの!?
「ダ、ダンガこそっ、いいぃ痛くないかっ?」
「はっ、そんなヤワな身体はしてないさっ!」
だよねー。
森の縁に辿り着いた時にアサムが声を上げた。
「なにか音が聞こえるよ!」
「そうね...金物の音...鎧を着た人間が剣を振るってような音だわ...でも剣と剣がぶつかり合うような音じゃ無いかも?」
レミンちゃんが鋭く分析してくれる。
この速度で走りながら普通に発声できるって凄いね君たち。
それはともかく、隊列が襲われていて、護衛が剣を抜いてる。でも、襲ってきた方は剣を使ってない、ということか?
魔法使い・・・じゃないな。
黒幕がエルスカインだとすれば送り込まれた刺客も魔獣だろう。
「ライノ、崖を降りるぞっ、しっかり掴まっててくれ!」
ダンガは、そう言うが早いか道から飛び出した。
街道に向けてつづら折りに下っていく道を真っ直ぐにショートカットして、崖に近い角度の山際を駆け下りていく。
背中に掴まっている俺にしてみると、ほとんど頭から崖下に突っ込んでいくような感覚だ。
ダンガを信用しているからいいとは言え、真っ逆さまに崖から落ちる感覚。
正直びびる。
と言うかダンガたち、よく平然とこの斜度を駆け下りられるな!
「いたぞ!」
街道に長い隊列が停まっていて、中央付近の大きな白い馬車が狙われているようだが・・・それをとり囲んでいるのは数十匹のブラディウルフの群れだった。
『くそったれがぁ!』
でも俺の怒りはブラディウルフに対してでは無い。
エルスカインという正体不明の存在に対する怒りだ。
自分の邪魔になるモノを片っ端から殺してしまおうとする冷酷さ。
旧街道で見た、大勢の人々の不幸など一顧だにしない理不尽さ。
スパインボアにしろブラディウルフにしろ、魔獣を道具にして、物事を影から操ろうとする陰湿さ。
そういった諸々に対する怒りだった。
ただ、いまここにいるブラディウルフたちは、どうあれ討伐しなければいけない相手だ。
隊列は一応、防護結界で守られているようだが、相手が悪いな。
人間の兵士や魔法使いを相手にするのと違って、魔獣や、肉体を持つ魔物はこちらの魔法攻撃に対する防御力が高い上に、物理の攻撃力も強い。
精霊魔法での防護結界のように、どんな相手にも万能というわけにはいかないのだ。
俺たちはつづら折りの斜面をそのまま真っ直ぐにショートカットで駆け降りて、襲撃されている隊列の先頭近くに踊り出た。
先頭の馬車を牽いていた馬は、馬具に繋がれたままで気を失って座り込んでいる。
いや、これは気を失わされているのか・・・
見ると、他の馬車を牽く馬たちも全部同じようにその場に蹲っていた。
すぐに、二匹のブラディウルフがこちらに気づいて駆け寄ってくる。
「降りるぞダンガ!」
身体に込める魔力を高め、ダンガの背から飛び降りると同時にガオケルムを抜いて、ほぼ同時に飛びかかってきた二匹を切り裂く。
そのまま車列に走り寄って、先頭の護衛の騎士たちを取り囲んでいた数匹のブラディウルフに斬りかかった。
向こうも俺に気がついて向きを変えるが、戦闘時はこちらのスピードの方が数段上だ。
魔力を纏わせたガオケルムを右から左へ、返す刀で左から右、二回の斬撃で三匹のブラディウルフが斃れた。
「ライノ、そいつは俺がやる!」
地面に倒れた騎士の鎧に食らいついて大きな爪と牙で甲冑ごと噛み砕こうと奮闘していた、もう一匹のブラディウルフに後ろからダンガが飛びつき、首根っこを咥えて宙に放り上げる。
凄いパワーだ。
宙を舞ったブラディウルフの体は、力なく落下してそのまま地面に横たわった。ダンガに放り上げられた時点で、すでに首の骨を噛み砕かれていたらしい。
「アサム、そっちを抑えろ!」
「わかった兄貴!」
残りの騎士の側面はダンガたち三人がカバーした。
精霊の防護結界もあるし、あのパワーとスピードなら、ブラディウルフの相手を任せても心配なさそうだな。
巨大な狼姿の三人に新手の敵かと一瞬ビクついた騎士たちも、俺の防護結界に守られたダンガたちが騎士の周囲からブラディウルフを弾き飛ばしていくのを見て、味方だと理解したらしい。
狼姿でも、なんとなく服っぽいもの身につけてるしね。
隊列の後方を見やると、後尾の馬車には数匹のブラディウルフが取り付いて、馬車のボディそのものを噛み砕いて破壊しようと奮闘している。
「ダンガ、アサム、後尾の馬車を助けてやってくれ! レミンちゃんは俺の背中を頼む」
「任せてくれ!」「分かった!」
「はい!」
ダンガとアサムは垂直に近い崖をいったん駆け上がり、そのまま隊列の脇を壁走りのように後方へと走り抜けた。
曲芸か?
何度も思うが、アンスロープの身体能力は半端じゃないな。
他の護衛達は真ん中あたりにいる白い馬車の周りに固まっているようだ。
散らばっている敵の対応は防護結界を纏った三人に任せ、俺はあえてスピードを落としてブラディウルフたちの注意を自分に集めた。
走るのでは無く、歩く速度でブラディウルフの集まっている山側に沿って隊列の脇を抜けつつ、ブラディウルフたちを斬っていく。
谷側にいた魔獣や後ろの方にいた魔獣達もこちらを新たな敵と認め、護衛騎士たちへの攻撃を中断して襲い掛かってくるので都合がいい。
中には、それなりに頭を使ったのか、車列の反対側から馬車の天井に飛び上がり、上から襲ってこようとする個体もいたが、むしろそんな奴はこちらに飛び掛かって空中にいる間に一振りで捌けるので手間が掛からない。
どうしても返り血を浴びることになるのが難点だが。
隊列の後ろの方を見やると、後尾に駆けつけたダンガとアサムがブラディウルフを片っ端から打ち倒していた。
サイズ差以上に、持っているパワーが違うって感じだな。
俺がブラディウルフ達を斬り捌きながら豪華な白い馬車のところに到達すると、一群の騎士達がそこを守っていた。
護衛たちが倒したブラディウルフに紛れて、騎士も三人ばかし倒れているようだが、まだ死んではなさそうだ。
その馬車を囲んで威嚇していたブラディウルフたちも、容赦無く仲間を屠りながらずかずかと歩み寄ってくる俺に気がつき、次々と中央から離れてこちらに襲い掛かってくる。
結果、俺が白い馬車のところに到達する以前に、すべてのブラディウルフを倒すことができた。
最後尾にまとわりついていた連中はダンガとアサムが片付けてくれたようだ。
ブラディウルフの包囲から解放された騎士達は、慌てて倒れている同僚に駆け寄って介抱している。
すぐに後ろの馬車から年配の女性が連れてこられているところを見ると、治癒士なのだろう。
立て続けに女性治癒士を見るとは本当に珍しいが、この立派な馬車に乗っていたのはリンスワルド伯爵家の姫様で間違いないらしい。
姫様に帯同するなら治癒士にも女性を選ぶのは道理だ。
そりゃそうだよね、こんな豪華な馬車の隊列だもの、誰が見たって標的を間違うはずないか。
すんでの所で死闘から生き延びた騎士たちは、思いがけぬ助っ人のダンガやアサムやレミンちゃんの方を、物珍しそうに見ている。
俺自身もそうだったけど、アンスロープの変身後の姿を見たことのある人は滅多にいないんだろうな。
それにしても・・・
今日一日で、俺は一体どれだけの魔獣を屠ったのか。
数え直すのは嫌だな。
ガオケルムについた血を浄化して鞘に収めたところで、騎士たちの中から一人が歩み出て声をかけてきた。
「どなたかは知らぬが助かった。礼をいう」
「助力になれたなら幸いです」
いまの時点で、暗殺計画の推測を話すべきかどうかは難しいところだが・・・まあ、ポリノー村のこともあるし、黙ってるのは悪手だろうな。
スパインボアたちは証拠ではあるが、『怪しさ』という点では俺たちだって、この場にいないエルスカインとどっこいどっこいである。
下手なことを言うと逆に怪しまれかねないし、俺はいいとしてもダンガたちをそんなトラブルに巻き込んだら目も当てられない。
「ダンガ、他に周囲に怪しい奴らはいそうか?」
こっちに戻ってきたダンガたちに聞くと、鼻をあげて空気の匂いを嗅ぐが、すぐに首を振った。
「いや、ブラディウルフは...他にも魔獣の気配は無いな...たぶん、近くには人も潜んでいないと思う」
「ライノさん、まだ息のあるブラディウルフも何匹かいますけど、どうしましょう?」
「うーん、とどめは刺さなくていいよ。それは護衛の方々の判断にお任せしよう」
俺は話しかけてきた大柄な騎士の方に顔を向けつつ言った。
その騎士は、すぐに理解したようで、俺にしっかり頷いてみせる。
激しい疲労を感じさせる騎士の厳つい表情を見ながら、『もしこの数のブラディウルフが叛乱伯の手で夜の王都に放たれていたら、どうなっていただろうか?』と思わずにいられなかった。




