精霊魔法って便利だね
「なあ、俺たちが精霊の水で浄化して流したやつ。あれは、本当に澱んだ魔力に悪い思念が取り憑いて生まれたような『思念の魔物』だったのかな?」
あの五人になんらかの魔力が取り憑いていたのは、俺もパルミュナも分かっている。
だが、おっさんたちが『モヤのような』という魔物自体の姿を見たのか? と言われると、それは二人とも見ていないし、最後も、浄化されて魔力が霧散したのをパルミュナが確認しただけだ。
「あの明るくて空気の流れもいい森でさ。あの森に魔力の澱んだ気配なんて、カケラも感じなかっただろ?」
「うん、言われてみると変かもー」
「奇妙な魔力の気配を感じたのは、あの山賊になったおっさん達と対峙した時だけだ。それ以外、道中の気配は本当に平和なものだったと思うぜ?」
「そーいえば、そうだったねー。確かにいい森だったなー。魔獣に襲われたって人が、毎年春に薬草の新芽を採りに分け入ってたって言うのも、別に不思議じゃない場所かなー」
「だろ?」
「だねー」
「そうするとさ、あのおっさん達や魔獣に取り憑いて、らしくない振る舞いで操ってたのは、『思念の魔物』なんかじゃなくて、何か別の、知恵や意志を持った存在じゃないかって思ったりするわけよ」
「あー、これは確かにバカな考えだと言いたくなるわー。でも、アタシもそれが正解な気がするかもー」
「問題は...果たしてそれがなんなのか正体はサッパリ分からない、というところだけどな!」
そもそも、おっさん五人を獣みたいにして山の中でウロウロさせてた理由が分からんし、密かに使役しているブラディウルフを目撃されたから口封じ、とか言うなら、こっちの村を潰す方が先だろう。
「まあ、俺の想像も可能性の一つに過ぎないけどな。これ以上考えても答えは出ないだろうし」
「そーね、気にはなるけど、いますぐどうこうって話じゃないしねー」
「だな...」
農村の夜は寝るのが早い。
朝の作業開始が早いからという理由もあるし、わざわざランプや蝋燭を使うなんてもったいない、ということも大きいだろう。
街の住人に比べると、基本的に農村の人々は倹約家だ。
ランプを光らせるための魔石だって使えば消耗するし、かと言って明かりとりに油や蝋燭を燃やすのも、それを自給自足できる場所でなかったら、けっこうな費用になる。
とりあえず、貰ったお湯で足でも洗って今日はもう寝るか・・・
浄化魔法で体を清潔に保てるってことと、気持ちがいいってのは別の話だ。
せっかくお湯をもらったのだから、物理的に洗いたい。
お湯の入った桶をパルミュナに渡そうと手をかけたら、つい話し込んでいる間にせっかくのお湯がすっかり冷めてぬるま湯になってしまっていた。
「おっと、話し込んである間にお湯が冷めちゃったな。ごめん、ごめん」
「じゃあ、あっため直すよー」
そう言ってパルミュナは桶に手を突っ込んだ。
すると、見る見るうちに桶から湯気が立ち上り始め、湯温が急激に上がったことが分かる。
「おおっ、凄いなパルミュナ!」
「ふふーん、これでバッチリでしょ」
「有り難いよ。この技って、ひょっとしたら冷めたスープなんかも温められるのか?」
「楽勝よー! だからアタシは便利で役立つだって言ったじゃないのさー」
「いや全くだ。一家に一つはパルミュナを欲しいな」
「アタシをカマド代わりにしないでよねー」
「だってソレ相当に便利だろ?」
「大精霊の秘術に対してなんて扱い! なーんて、実はこれってライノにもできるんだよねー」
「マジで?」
「マジー。だってこれ、さっき教えた精霊の火の魔法だもん」
「そうなのか、でも火が見えなかったぞ?」
「あー、火っていうのはね、熱なのよー。燃えるっていうのは熱が高くなって起きることなの」
「ん? それは精霊の力で?」
「ううん、物自体が持ってる性質なのねー。だから、火を出さなくても熱を出すことはできるの」
「ごめん、よく分からん」
「えーっと、言いやすいから『火の魔法』とか言うけど、精霊魔法の火は、普通の人が使う火の魔法と同じものじゃないの。本当は『火』じゃなくて『熱の力』の魔法なのよ」
「ごめん、やっぱり分からん」
「普通の火魔法だと術者が指先なんかに炎を灯すでしょ? あれは『炎』っていう状態そのものを生み出す術式なのね。だけど精霊の火魔法は、思い通りに『熱』を持ってくるって魔法なのよー」
「でも、さっき練習してた時は、俺は普通に炎を出してたぜ」
「うん、その方が目に見えるから練習にはいいと思ったの。だけど、もっと上手に魔力を練れるようになったら、炎っていうカタチを取らなくても、思い通りに熱を出せるよー」
「えーっと、そうなると、どんな使い方ができる?」
「魔力さえ十分にあれば、冷めたスープを温めるレベルから、ドラゴンの鱗を溶かすレベルまで自由自在だよー!」
「凄過ぎない!?」
「マジだよー。まー、そこまでなるには相当な魔力量が必要だけどねー」
「それにしても凄いな」
「そこそこ使えるようになれば、ちょっと離れたところにいる魔獣を一瞬で焼き尽くすとかできるから、便利だと思うなー」
それってもう『便利』って尺度の代物じゃないだろ。
兵器だよ、兵器。
「戦闘力は桁違いに上がりそうだけど、なんだか怖いな」
「火魔法で何かを燃やす時でも、術者は別に火傷したり一緒に燃えたりしないでしょ? 精霊の魔法も一緒で、その人の扱い方次第ってことー」
「まあ、俺にはどのくらい使えるようになるか分からんけど、コツコツ練習してみるよ」
「慌てなくても、自然に使えるようになるから大丈夫だよー」
「そっか? まあ分かった。そんでパルミュナ、お前が先に足を洗えよ」
「じゃあ、お言葉に甘えてー」
パルミュナは靴を脱ぐと、桶に足先を入れて洗い始めた。
考えてみると、大精霊でも人の型を取っているときは足や体を拭いたりするものなんだな。
単に気分の問題でやってるだけなのかも知れんが。
「そういや話は変わるけど、お前も普通に食事とかできるのな。さっきも、奥さんの出してくれた料理を凄く美味しそうに食べてたし」
「まーねー。ちゃんと人族の体を作って顕現した時は、その体の本来の状態で活動できるよー。精霊の力を使えば面倒なことや都合の悪いことは無視もできるけど」
「へー、美味しいとか美味しくないとか、そう言う感覚なんかも人族と同じ感じになるのか?」
「確認のしようはないけど、そんなにズレてはいないと思うなー。大体、人が美味しいって言ってるものはアタシも美味しいって感じるみたいだし、美味しいものを食べることは楽しいよー?」
「じゃあ食べたものって人みたいに消化するのか?」
「うーん、消化っていうか変換? この体に取り込んだ物質は完全に魔力に変換しちゃうから消化というより消滅させる感じかなー」
「何気にすごいなそれ」
パルミュナが足を拭った後のお湯を受け取って、俺も足だけ洗う。
こっちに桶を渡すときにもう一度温め直してくれたので、お湯が熱々で気持ちいい。
本当に有難いなコレ・・・
俺もちゃんと練習して、今度の冬までには絶対に出来るようになっておこう。
そう考えながら足の指を洗っていると、パルミュナがニヤニヤしながらこっちを見ている。
「どうした?」
「アタシの足を洗った後のお湯をライノが使ってるー」
「わざわざ口に出さなくてもいいだろ...」
「まあ、ホントは温め直す時に浄化もしといたんだけどねー」
・・・そうだよ、コイツはこういう奴だった!
「そりゃ、ありがとさん!」
足を洗い終わってから、一応、短剣の方を枕元に置く。
この家で危ないことが起きるとはこれっぽっちも思ってないけど、こう言うのは野宿が多い破邪の習慣みたいなものなので、やっておかないと落ち着かない。
かと言ってオリカルクムの刀を抱いて寝るほどじゃあないけどな。
「じゃあもう寝るかな。道具の手入れは明日でいいや」
「光を出そうかー?」
普通なら、寝る前には必ず装備の点検と手入れをするんだけど、なんだかそんなことのためにランプの魔石を消費するのはアルフライドさんに申し訳ない気がする。
刀は山賊の剣を寸断した後に一応目視でチェックしたし、他のモノは、いま光の魔法まで使ってやるようなことでもない。
「いやいいよ。今日は刀の他に使ってないし。じゃあランプ消すぞ」
パルミュナに一声かけて、飾り台に載せてある魔石ランプの光を消す。
「...あれっ? パルミュナって普通に眠るんだよな?」
急に疑問が湧いたので聞いてみる。
精霊って睡眠をとるのかな?
昨夜の宿では、なにも考えずに別の部屋に放り込んでいたので、パルミュナが夜中どう過ごしていたのか知らないままだ。
「眠るよー。いまの状態だと、顕現したこの体をいたわるって意味もあるけど、精霊達も結構眠ってるって言うかさー、『閉じ籠ってる』時間って割と長くあるもんだよー」
「ふーん、そう言うもんなのか」
「うん、そう言うもん」
「そっか。じゃあおやすみパルミュナ」
「おやすみパパー」
「やかましいわ!」
ベッドに横たわると目を閉じて心を静まらせる。
どんな場所でも寝付きがいいってことも、破邪にとっては大事な能力だ。ベッドがあるなんて、それだけで豪華絢爛だよ。