回復したレミンさん
翌朝、誰が一番早く起きたのか定かでは無い感じだったが、ほぼみんな同時に目覚めて朝食の準備を始めた。
これまでアンスロープ族の知己がいなかったから、彼らの能力や特性というのは聞いた話でしか知らなかったんだけど、昨夜の耳の良さや夜目の利くところ、それに深夜や今朝も、俺が身じろぎした気配で目を覚ましたらしいそぶりからしても、相当鋭敏な感覚の持ち主のようだ。
とりあえず、昨日とまったく同じスープを精霊の水で作って三人に振る舞う。
レミンさんもすっかり顔色が良くなっていて健康そうだ。
昨日、出会った時には、本当にいまにも危なそうな様子だったし、苦しさで声も表情もこわばっていたのだろう。
銀サフランと精霊水で少し回復し始めた頃には暗くなっていて、焚き火の炎に照らされている顔しか見てなかったのだけど・・・
明るい朝日の中で改めてみると、とてもチャーミングな女の子だ。
それに、最初に見た時に抱いた印象よりも全然、若々しい。
パルミュナのような凜とした美少女顔とは違って、整っていながらも茶目っ気のある可愛さというか愛嬌のある人族の顔と、ピンと立った狼の耳の組み合わせがなんとも素晴らしい。
絶対に口には出せないが、レミンさんの耳を見て、子供時代の村で近所の家にいた、とても愛嬌たっぷりだったワンコを思い出してしまった。
そして三人揃って濃いグレーの髪と尻尾をしていて、これも絶対に口には出さないが尻尾はティンバーウルフの毛並みに似ている。
髪の色と尻尾の毛の色が同じなのは、当たり前と言われたら当たり前なんだけど、なんというか毛の質感?が随分違うのに色合いが同じなのがおもしろい。
アンスロープ族の履いてる紐留めのズボンって結構ダボダボした感じなんだけど、さらに腰回りが二重になってて、ちゃんと尻尾が出せるのね・・・近くで構造をまじまじと見たのは初めてだよ。
成人男性に向かって言うのも失礼だが、三人とも、なにかの気配に気がつくたびに、揃って耳がピコピコと動くのがとても可愛らしい。
アンスロープ族のマナーなんか知らなくても、これも絶対に言っちゃダメだろうと思うので口にはしないけどね。
なんだか口に出来ない感想ばかりだなあ、俺・・・
実を言うと、俺は犬や狼が大好きだ。
さらに言えば猫系も好きだ。
いや犬と猫どころかキツネやイタチやアナグマだって好きだ。
四本足で毛皮がふわふわしてる生き物はみんな好きだと言っても間違いではない。
もちろん四つ足じゃなくて羽毛で覆われてる鳥たちも大好きだし、なんなら毛皮じゃなくて鱗が生えてて、二股に分かれた舌をチロチロ出しながら歩く連中だって、こっちに懐いてくれるんなら好きだ。
俺は狩人の息子だったし肉は大好きだから、破邪になってからも野山で獣や鳥を自分で狩って食料にしている。
でも、身勝手と言われようがどうしようが、それとこれとは別だ。
例によって、どうでもいいことに止めどなく連想が膨らみ始めた俺に、レミンさんが綺麗に畳んだ毛布を渡してきた。
「素敵な毛布、ありがとうございました。薄くて軽いのにびっくりするほど暖かくて、おかげで昨夜は本当にぐっすり眠れました」
「それは良かった。役に立って何よりだよ」
「妹さんにもお礼を言いたいですが、とても感謝していたとお伝え頂ければ嬉しいです」
「ああ、今度妹と合流したら伝えておこう。まあ、本当は妹じゃ無くて従妹なんだけどね」
「あっ、やっぱりそうなんですね!」
「え? やっぱりって?」
「毛布から、わずかに女の子の匂いがしてたんですけど、ライノさんとは兄妹の繋がりを感じない匂いだったから、不思議だなーって内心で思ってたんです!」
マジか?
アンスロープ族って匂いで血縁関係まで嗅ぎ分けられるのかよ!
恐ろしいな・・・
とか思って固まっていたら、いきなりダンガの叱責が飛んだ。
「こらっレミンっ! アンスロープの癖を迂闊に他の種族の人に見せると気味悪がられるから気をつけろって、オババ様から言われてただろ?」
あー、そういうことか。
きっと村の外っていうか外国まで旅に出るって事で、長老的な人から色々と注意事項を言われてたんだろうな。
「あっ! す、すみません、ライノさん。その、私、...」
「いやぁいいんだよ。凄いなあって驚いただけだからね?」
「は、はい...ごめんなさい...」
不謹慎かも知れないが、ダンガに怒られてしゅんとなったレミンさんがとても可愛らしくて頭を撫でたくなるな・・・やらないけど。
「レミン、その本人から聞かれない限りは、人の匂いについて口にするのは絶対に禁止だぞ。いいな?」
「はい兄さん...」
耳がヘコって寝ちゃってる・・・
猛烈に撫でたい・・・
やらないけど。
確かに血縁関係とかは、ややこしい話を抱えている可能性も高い。
意図せずとも迂闊なことを暴露してしまうと、相手によっては大きなトラブルになりかねないから、ダンガの言うことは正しいだろう。
突然、家族みんなの前で『お子さんは、お父さんとは血が繋がってないんですね! 匂いで分かりました!』とか言われたら、即座に目を覆うばかりの修羅場が始まるな。
そのシーンをちょっと頭の中で想像して、クスッと笑いそうになってしまったけど。
ま、とにかくレミンさんが元気そうで一安心だよ。
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朝食は、昨日と全く同じ『堅パンとスープ』だ。
それにしても、精霊の水がまずくないっていうか、むしろ、とても美味しいというのは今後、大いに助かる大発見だった。
パルミュナに話した南方大陸は特殊だとしても、標高の高い山地だと水場がない道が続いていることも多いからな。
魔力は消費するにしても、飲むための水を持ち歩かなくて済むのは、アスワンの革袋があるにしても便利だ。
だって、アスワンの革袋で水を持ち歩くって事は、結局、それだけ分の水筒なり樽なりが必要って事だもんな・・・あ、そうか!
どうせ樽や水筒を入れるんだったら、革袋の方は水じゃなくてエールかワインでも持ち歩けばいいんだな!
酒を入れても劣化しないはずだし。
なんてナイスな判断だ。
などと例によってどうでもいいことを考えつつ、簡単な朝食の後は念のため、レミンさんに煎じた銀サフランをもう一杯飲んで貰う。
銀サフランは飲み過ぎると良くないというのは、いっぺんに大量に飲むのがダメなのであって、ちゃんと時間を空けていれば問題ない。
道具を片付け、荷物をまとめて火の始末を再確認していると、遊撃班の四人がやってきた。
「おはようクライス、昨日は色々とすまなかったな」
「いや、こちらこそ早とちりしてしまいましたから。互いに遺恨なしってことでよければ嬉しいですね」
「うん。お互いそういうことで終わらせよう」
そう言ったテリオさんの脇から、夕べは倒れっぱなしだったデンスという男がひょこっと顔を出した。
地面にぶつけた鼻の周りが真っ赤に腫れ上がっているし、酷い脳しんとうを起こしていたようだが、大丈夫だろうか?
「あー、クライスさんか...その、夕べは俺も慌てちゃって、よく考えもせずにいきなり斬りかかったりしてな...その、すまなかった。この通りだ」
そう言って頭を下げた。
「いや、いいですよ。俺も遊撃班を野盗だと勘違いして脅し文句なんか吐いちゃったんでお互い様ってことで」
「そうか。じゃあ、水に流して貰えるってことで、いいのかな?」
「ええ。そうしましょう」
「ああ、うん。じゃあそれで。俺はロベル・デンスだ」
そう言って手を差し出してきたので、こちらも握り返す。
「クライス、デュソート村まではどうする? そのお嬢ちゃんは自分で歩けそうかい?」
俺が振り向いてレミンさんを見ると、ニコニコと頷いた。
「もう、全然痛くないから大丈夫です。昨夜クライスさんに貰った薬で直ったみたいです!」
「うーん、油断は禁物だと思うんだがな...身体の中に残って潜んでる毒が、また増え始めたりしないとは言い切れないんだよ」
「そうだよ。ちゃんと治癒士に見て貰った方がいいよ姉ちゃん。ライノさんの言うとおり、デュソート村に行って治癒院を探そうよ」
アサムが心配そうに言う。
俺もその意見に賛成だ。
「なんであれ俺たちも一緒に行くよ。担架の必要が無いにしてもクライスの言うとおり油断はしない方がいい」
テリオ班長も気遣ってくれた。
「いいんですか? 助かります、っていうか心強いです」
「問題ない。それに、ついでだからロベルも治癒士に見て貰え」
「あ、はい」
「よし、じゃあ行こうか!」