君にこの花を
バットエンドのお話しです。
ご注意ください。
「見て、綺麗だったからつい買ってきちゃった」
そう言って仕事から帰ってきた彼が手に持っていたのは白色のゼラニウムの花束だった。
彼とは元々幼なじみで小さい頃はよく私と彼、そして私の姉の3人で一緒に遊んでいた。
彼は姉と同い年で私の2つ上。
優しい彼に私は気づいたら心惹かれていた。でも、年上の彼に私は子ども過ぎたみたいで彼が好きになったのは私の姉だった。
だけど、彼のそんな思いも虚しく明るく人気者な姉は今では将来有望エリートマンの婚約者だ。
そして2か月前失恋中の彼に言い寄って一人暮らしの彼の家に転がり込み同棲にまで漕ぎ着けた。
姉を思っていた彼の悲しみに付け入り「姉の代わりでいい」なんて言葉を姉が傷ついてる時のような表情で、断れないように言った。
そして今、ようやく願いがかなった。
彼と一緒に過ごす日々。
ずっと憧れていた日常。
だけど…私の心はずっと冷たい。
「ゼラニウム。綺麗だよね。ちょうど通りかかった花屋さんに置いてたんだ。君に似合うと思って。」
白いゼラニウムの花言葉。彼は分かっているのだろうか。
聞きたい思いをグッと堪えて私は笑みを貼り付ける。
「とっても綺麗だね!直ぐに花瓶に活けるね」
そう言って彼の手から花束を受け取り彼に背を向ける。
声が震えないように気をつけながら私は彼に尋ねた。
「ねぇ、お姉ちゃんだったら何色がいいかな?」
「ん?彼女は…そうだなぁ…赤とかいいんじゃないかな?」
赤いゼラニウムの花言葉“きみがいてしあわせ”
花が好きで花言葉にも詳しい私に花を買ってくるなんて、本当に彼はその辺が抜けている。
「そうだね。いつも明るいおねーちゃんらしいね。」
花言葉には触れずに会話を流す。
自分にダメージが来るを分かっていたのに、聞くのを止められなかった。
やっぱり彼はずっと姉のことが好きなのだろう。
今までも、そしてこれからも。
おねーちゃんと3人で食事をすることになったのはそれから数日後の事だった。
おねーちゃんが久しぶりに3人で集まろうと提案してきたのだ。
おねーちゃんに会えると分かった彼の顔はとても嬉しそうで、そんな何気ないことにも小さく傷ついてしまう。
その日が来なければいいのにと思っていても時間は無常で、私の家で3人での食事会は幕を開けた。
机の上に買ってきたおつまみや、お酒を広げる。
お酒が入り、楽しそうに話している2人を私は笑顔の仮面を貼り付けて聞いていた。
嫉妬の炎が静かに心の奥底で燃えていることを感じながらも、それを悟られないように不自然じゃ無い程度に会話に混ざる。
「俺、ちょっと御手洗行くね」
そう言って彼が会話の輪から抜ける。
そのタイミングを見計らってか、姉がにやにやしながら
「愛されてるねぇ」
と絡んできた。
何を言っているのだろうか。私が彼に愛されている訳が無いのに。
「どういうこと?」
普段と変わらぬように、にこやかな笑みを浮かべる。
「あの花、あいつが買ってきたんでしょ?あなたは切花は花が可哀想だって昔から言ってたから買うわけないし。」
「そうだよ。この間、お花屋さんで見つけて綺麗だったからって」
「白ねぇ。昔からあいつが、あなたに似合うって言ってた色だよ。清楚で可愛らしいって」
そう言って姉はころころと笑う。
「なんの話ししてるの?」
帰ってきた彼が会話に混ざる。
「んー?あんな白い可愛い花なんか買って、あんたはほんとにうちの可愛いいもーとを愛してるなぁっては、な、し♪」
それを、あなたが言うのか。
私の愛する人に1番愛されてるあなたが。
怒りで崩れそうになる仮面を必死に保つ。
「当たり前でしょ」
彼が平然とそんなことを言う。
「え…」
つい、声が出てしまう。
「いや、君はそんなに意外そうな声出さないでよ!」
「あ、あはは」
彼の苦笑いに慌てて笑って誤魔化す。
「そりゃ確かに、君からしたらずっとお姉ちゃんを好きだったんだからって信じて貰えないかもしれないけど、俺、ちゃんと君のこと好きだし、なんなら今は君のが好きだよ?」
自分でも顔が熱くなっていくのがわかる。
「おぉー!ラブラブだねぇー!!」
「もぉ!そこは野次を飛ばすなっ!」
彼の顔も赤くなる。
それが本当に彼が私のことを好きだと言っているようで嬉しい半面胸が苦しくなる。
信じていいのか。信じて裏切られたりしないだろうか。
彼はほんとに私のことを好きなのだろうか。
姉に重ねてるだけじゃないのだろうか。
「じゃ、じゃあ、私からも2人に白のゼラニウムを送ろうかなっ!」
照れ隠し半分呪い半分のこの言葉。
私は勢いで花屋さんの通販を開き鉢植えのゼラニウムを頼む。
「何それww」
「これ以上ゼラニウム増やしてどうするのw」
2人のそんな笑い声を聞きながら注文を確定する。
「そろそろお酒とか少なくなってきたし、私買ってくるね」
そう言ってさっと上着を羽織りカバンを持つ。
「え、いいよ。俺買ってくるよ。」
「大丈夫、大丈夫。すぐそこだし、少し風に当たるついでだから。」
そう言って笑って止められる前に家を出る。
さっきの彼の言葉。本当に信じていいのだろうか。
ずっとずっと彼のお姉ちゃんへの片思いを見てきた。
あれがそんなに簡単に終わるものなのだろうか。
でも、あの言葉を信じなくては私はこれからずっと彼から愛されてると信じきれる日は来ないだろう。
そんなことを悶々と考えてた時だった。
キキィーーーー!!!
ドンッ!!!
私の体は宙を舞った。
ドサッ…
寒い…
意識がふわふわする。
あぁ…私は死ぬのだろうか…。
彼とお姉ちゃんのことが頭の中に次々と思い起こされる。
小さい時に3人で遊んだこと。
彼に勉強を教えて貰ったこと。
私達と彼の家族みんなでバーベキューをしたこと。
彼に告白した時のこと。さっきの赤くなった彼の顔。
まだ死になくない…。
ようやく彼に好きって言って貰えたんだ。
これからなんだ…。
やっと幸せを掴めたんだ。
あぁ。こんな事なら、さっき白のゼラニウムなんて頼むんじゃなかった…。
素直になれなかったばかりに。
こんな形で彼を私に縛り付けたくなんてない。
お願い。気づかないで…。
だって、白のゼラニウムの花言葉は………。
彼女が死んだ。
追加のお酒を買いに行くと言って、赤信号の道路にフラフラと出てトラックに跳ねられた。
どうやらトラックの運転手も飲酒運転をしていたらしく、急停止すれば止まれる速度だったにも関わらず気づくのに遅れて、その上飲酒運転がバレるのが怖くてひき逃げ。
あの時、彼女じゃなくて俺が行っていれば…。
そして、彼女の葬式が終わった後に届いた白のゼラニウム。
なんで彼女があんなに色にこだわっていたのか分からなくてあの後調べた。
白のゼラニウムの花言葉……あなたの愛を信じない。
そうだよな。
俺はそう思われてしょうがなかった。
もっとちゃんと思いを口に出していればよかった。行動に移していればよかった。
そして、白のゼラニウムなんて贈らなければ良かった…。
いくら後悔してもし足りない。
信じさせれなくてごめん。
だから俺は君のお墓にこの花を供えるよ。
遅くなってしまったけど、赤いゼラニウムを。
君がいて、幸せだった。
読んでいただきありがとうございましたm(*_ _)m
一応ifストーリーとして別視点のハッピーエンドを書けたらと考えています。