嘘つきな私より(上)
ここから、種明かし編に入ります。
世界有数の商業大国と言われるアンデレ国。
世界有数の軍事大国と言われるキャロル国。
両国は、パラミシア王国の同盟国である。その二つの国の使者がわざわざ王国に赴いて、声を上げた。
――ヴィルヘルム・パラミシアをパラミシア王国の次期国王に推挙する。
聖女を召喚する魔法を持っているとはいえ、パラミシア王国は小さい。二つの大国に逆らうことは、国の方針にとっても良くなく、その声に息が止まる。
次いで、神秘の残った唯一の島にあるシャルル王国も、ヴィルヘルム・パラミシアが王になるのではあれば同盟国になると申し入れを行なった。
同盟内容には王国にない魔法の提供と、解明されていない魔法の共同解析がある等の大盤振る舞いだった。
「ヴィルヘルムを王にすることに反対する者は居ないわけ?」
「いるさ。例え、王の血が流れていても、アレは下で育った者だ。認める貴族は少ない。ーーだが、賛同する者たちが居ない訳ではない」
第二王子に降格したエドアルドの部屋で、エリは強く歯を食いしばった。
「その賛同者たちをまとめ上げているのが、グリム公爵家ってこと!?いつから、仕組んでたのよ!!あの女!!」
第一王子であり次期国王だと決められたヴィルヘルム。
さらに、祝賀会の夜に決まったことがもう一つあった。これが、エリを怒りで吐き気を催す程に煽った。
ヴィルヘルムは、シャルロッテ・フォン・グリムを婚約者とした。
この世界に来るまで、着ることがなかったドレスの裾を掴む。きめ細やかな感触の絹をキツく握れば、裂けてしまうかもしれない。
それでも、掴む。
どうにでもなれと。
「ヴィルヘルムもよ!あたしの助けがないと、魔王討伐できないはずなのに!!なんで、魔王を倒して。なんで、あたし以外の聖女が」
あぁ、と崩れ落ちたエリを、痛ましそうにエドアルドは見る。彼女の震える肩に触れて慰めるが、エリはエドアルドの手を振り払った。
「もう馬鹿にされたくない。もう、弱くなりたくない。もう、踏まれてたまるもんか」
だったら、どうするのか。
エリは狂気に侵された目をしていた。瞳孔が開いたその目はエドアルドに向けられる。その覇気に、流石に彼も竦んでしまう。
「そうだ。殺したら、良いのよ。そうでしょ?あたしが汚いからって、アイツらもそうしたもの。なら、あたしだって見習ってそうするわ。ええ!そうすべきよ!!」
「エ、エリ。それは」
「ダメだって言うつもり?でもね、あたしは1人でもやるわよ」
歪な笑みを浮かべたエリの姿を、エドアルドは直視する。
数多の感情に振り回されながらも、彼の目は決して逸らされなかった。逸らすことは許されないとエドアルドは、彼女を召喚した時に決めていた。
エリから自分の記憶へ視線を向ける。
そして、最後に目に入れたのは、自身の剣だった。
♢♢♢♢ ♢♢♢♢ ♢♢♢♢
シャルロッテはドレスを着ながら、息を吐いた。
胴を締め付けてくる服は、魔王討伐の旅で着ていた服と比べれば、苦しい。デザインはとても綺麗なのだが、眉間に皺がよる。動きやすさとは大事である。
前世でも、おしゃれより機能的な服が好きだった。
持っている色に合わせやすい色の服を買ったり、奇抜な服にチャレンジ出来なかったりした。
着付けの最後に、大きく息を吐く。
「恋人を連れて帰ってきた割には、元気ないな」
「……リラ」
似たようなドレスを着た黒髪の女が、部屋に入ってきていた。
気配には、全く気付けなかった。昔は分かっていなかったが、旅で鍛えられ、漸くリラの強さが分かっていた。
リラは狼が持つ金色の目を持っている。この目が夜の暗闇にでも輝くのが、シャルロッテは好きだった。無愛想な表情をしているが、そばかすがチャーミングな子だし、存外可愛いところはある。
今だって、椅子に座って溶けている。
「ドレスに皺寄るよ?疲れてるけど、何してたの?」
「ヴィルヘルムを構ってやった。うるさいからな」
「ヴィルったら、あなたのこと話したら、すっごく興味持っちゃったの。ーー遊んできたの?」
「うん」
遊ぶ。つまり、剣を交えてきたということだ。
リラのドレスは汚れてない。
着る前に戦ったのだろうか。
いや、もしや、着て戦った?彼女の腕前なら、汚れることなく戦えるのか?
「ヴィルヘルムの奴、聖剣に頼りすぎだ。これでよく魔王に勝てたな」
「彼の剣術、凄くないの?褒められてたよ?」
「勝つように聖剣の魔力が誘導している。聖剣の独特な癖があるんだ。それが分かって仕舞えば楽になる。シャルル王国でも言われた筈だけど」
たしかにと、シャルロッテは頷いた。
あの聖剣は生きていると、シャルル王国の妖精たちは笑っていた。必ず、勝つでしょう。勝たなかったら、こっちにおいでと、鈴のごとき声が脳内に響く。
妖精と人間の境界線があやふやなシャルル王国は、大変だった。無邪気さが全ての根底にあり、鋼鉄の意思を持たねば乗り越えられなかった。
そのシャルル王国といえば……。
「ねぇ」
「……やめろ。あの王国の話を出すんじゃなかった」
「全部終わったら、ちゃんと話そうね、リラ」
「やめろやめろ」
勘づいたリラが嫌がって、椅子から立つ。そのまま逃げるように、部屋を立ち去ろうとする。
彼女の黒髪が、大きく揺れた。
鏡の前に立っていたシャルロッテは、自身の金髪を掴み上げる。
それから、思いついたように、リラの背に声をかけた。彼女は部屋から出るギリギリ、一歩手前だった。
「待って、リラ。髪型合わせよう。こっちに来て」
「はぁ?ドレスだけで良いと思うよ?」
「いいえ。合わせた方が凄みが出るわ」
手招きするシャルロッテに、リラは面倒そうに寄っていった。だが、悪そうに笑っているシャルロッテを見るのは楽しそうだった。
リラは右手を心臓の上に手を置く。
「アラライラオ、アラライラオ、私を隠して頂戴」
シャルル王国で耳にした妖精の声に似たリラの歌声は、魔法を呼び起こす。極彩色の輝きが部屋に広がる。眩きに顔を覆い隠さなければ、目が潰れそうになる。
魔法が済んだ時、シャルロッテは金の髪を手で掬うのだった。
♢♢♢♢ ♢♢♢♢ ♢♢♢♢
次期王であるヴィルヘルムは、城の使われていなかった部屋の一つを充てがわれている。そこは城の奥であり、メイドたちもあまり行かない場所だ。
いきなりやってきた王子というのもあるが、面倒ごとを避けようとする狙いもあった。
今、夜の暗闇に紛れ込み、部屋に忍び寄る人影が2人。
「行くわよ。聖女は、聖剣を引き寄せることが出来る。奪ってやれば、エドの剣術でも勝てるわ」
エドアルドとエリは、魔法の威力を上げるポーションを2本も飲む。
また、エドアルドの腰にあるのは毒を塗った剣である。
卑怯と言われようと、負けたら元も子もない。勝つ為に、エドアルドは毒を剣に塗った。
彼らは扉を開けると、部屋の真ん中にあるベッドに素早く駆け寄った。
剣を振り上げたエドアルドは、顰めっ面のままで中を見ずに、シーツごと突き刺す。ベッドの木枠まで強く突き刺した感覚があった。
だが、それは人が居る証明である肉の感触ではない。
「っ!?しまった、エリ!!」
「ぇ?うっ!」
横に飛んできた風の弾に、細い身体のエリはベッド周りから弾き飛ばされる。エドアルドは突き刺した剣を引き抜き、エリを守るように立った。
二人にゆっくりと歩み寄ってくるのは、金髪の少女だった。
「あらあらあら。エドアルドさま、聖女さま、ご機嫌よう。祝賀会以来ですが、こんな夜更けに会うなんて、奇遇ですね。こんな所でデートとは、良いセンスですね」
「ッ、奇遇だと曰うのか、シャルロッテ!待ち構えていたんだろう!馬鹿にした口調も大概にしろ!」
吠えた元婚約者に、シャルロッテはお手本のような笑みを作る。
「はい。とある暗殺者の勘を頼りました」
シャルロッテは手のひらで光の弾を作り出し、天井に浮かべる。月光に加えられた光は、易々と部屋の闇を取り払った。
「ヴィルヘルムの奴は居ないんだな」
「奴って、お兄さまと呼べば良いのに。認めてない人には冷たいのは相変わらずなのですね。エドアルドさま」
「女を盾にする奴なんぞ、兄と呼べるか」
噛み付くように述べたエドアルドに、シャルロッテの笑顔が固まる。不満を表した顔で彼女は小さく呟いた。
「ヴィルは頼るのが下手なのよ」
そこにエリが魔法を振りかざした。
生まれた火の弾がシャルロッテの顔に向かっていくが、暴風によって掻き消される。避ける動作は一切なく、歓迎するようにシャルロッテは笑った。
「お返し」と水が跳ね上がり、エリの顔を横殴りにしようとする。が、それは、エドアルドが剣で防いだ。
「あたしと威力は同じ?さすが、悪役令嬢ね!!でも、治癒魔法は使えない筈だし、戦い方が隙だらけな筈よ!エド!!あたしが隙を作るから、その間にその剣で殺して!!」
毒を塗った剣を構える。
前からエドアルドが斬りかかり、エリは後ろから魔法を放つ。
しかし、エリの考えは外れる。
シャルロッテは涼しい顔をして、エドアルドの剣を避ける。そこに恐怖はなく、彼女の体の動かし方に無駄はない。後ろから飛んでくる魔法にも、対応している。
エリの魔法に比べて、シャルロッテの魔法は多彩だ。対処し難いとも言える程のもので、隙なんてない。
「な、なんなの!?なんで!?」
「ふふっ!ぁ、しまった」
剣がシャルロッテの白い頰を掠る。
「よっしゃぁ!」とエリが腕を振り上げるも、次の瞬間、顔を固まらせた。
シャルロッテが頰の傷をあっという間に、治したのだ。
「ーーぁ、え?治癒魔法??な、なんで、あんたが!?」
「手に入れたの。ヴィルの為にも、魔王討伐に必要だったから」
「魔王討伐!?あ、んた、一体なんなのよ?なんなのよ!?」
エリの怒りと共に、風が強く巻き上がる。吹き上がる風をシャルロッテは収めようと手を上げる。
「っ!!」
その背後からエドアルドは、襲い掛かろうとした。
しかし、背後からの手によって強く肩を掴まれ、それは叶わない。
「な、何者だ!?」
声に、手は呆気なく離された。
エドアルドは勢いよく振り返り、掴んできたその相手に剣を向ける。
「ーーは?」
化け物を見たかのような青ざめた顔に、エドアルドはなった。彼は後ろにいるシャルロッテを見てから、自身の前にいる女を見る。
女は剣を腰に下げていた。
「どう、なってる」
「エド、助けっ、……ぇ?」
唖然として、エリも彼女を見た。
輝かしい綺麗な金髪と、透き通る青い目。それはシャルロッテの持つ完璧な容姿であるが、それと全く同じものを持っている。
そう、全く同じなのだ。
顔も、身体付きも、着ている服も、髪型も、何もかも同じ。
二人のシャルロッテが、彼らの前にいた。
違うのは、微笑み方だけだ。
魔法を扱ったシャルロッテは、溌剌とした笑みがある。
今、ゆっくりと剣を抜くシャルロッテは艶やかに、見下したような笑みを浮かべる。
エドアルドにとって馴染みがあるのは、後者の笑みだった。
「ねぇ、殿下。言ったでしょう」
新たに現れたシャルロッテ。
彼女の投げた鞘が硬い音を立てて、床に落ちる。
「全て嘘、なのだと」
Wシャルロッテ
とてつもなく、圧がありそうです