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嘘つきなあなたへ(下)

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 第一王子エドアルド・カール・パラミシアの婚約者の立場から降ろされた、公爵家令嬢シャルロッテ・フォン・グリム。

 随分と長い間その立場を持つことになった彼女は、1人の女と対峙していた。

 あまり使われていない資料室で本を探していたシャルロッテの元に、その女は来た。


 彼女は、聖女エリ。

 家名は何かしらあった筈だが、シャルロッテの記憶にはないので、ない。


 シャルロッテから数歩離れた場所に立つエリは、目を伏せたまま、何も言わない。

 

「何の用ですか?」


 本を棚に戻してから、一応声はかけておいた。


 エリの懐からナイフが出てくるのを見て、声をかけたことを後悔した。

 一応未来の王妃様の筈だが、大丈夫かな、この国。


「ふふ、地獄を見せ」


「毎度毎度手管が同じとなってくると、飽きますよ。ついに自分の教科書ではなく、私の教科書を破ってくるようになりましたけど。成長しましたね」


「っ!」


 王立学園にて、三年生になった。

 正直、シャルロッテの役目は終わっているので、後は待つだけである。

 詰まるところ、面白みが減った。授業も難しくなって、これを先に覚えて何処かに行った彼女は、本当にすごいと思う。

 

 目を動かして、顔を真っ赤にさせた女の傷一つない手を見た。本当に綺麗な白い手だが、ナイフを握りしめているせいで、少し硬くなっている。

 

「黙んなさいよ!なんで、アンタは飄々として!」


「だって、まだ刺されてないので、痛くも痒くもありませんし。本当に殺してやりたいなら、もっともっと本気にならないと。その程度のナイフ、肋骨で止まりますよ」


 まぁ、肋骨を避けて、心臓にたどり着けば良い話なのだが。

 エリは想像してしまったのか青い顔をした。

 だが、歪な笑みを浮かべる。


「違うわよ。これはこうやって、使うの!」


「いや、前も同じことしてたから分かるって」


 シャルロッテのツッコミは、儚く無視された。

 自身の腕を浅く切りつけたエリは、女の子らしい甲高い叫び声を上げる。

 いつも通りなら、彼女の取り巻き達が声を聞きつけてやってくる。聖女としての神秘を疑っていないので、被害者にしか見えないのだろう。痛ましいことに、目と脳が乖離しているのだ。


「同じことばっかり。それって、自分もされていたからか?」


 気になっていたことを言ってみれば、髪の黒さよりは薄い黒瞳が見開く。端正というよりかは、可憐な顔立ちが泣きそうに歪む。

 しかし、助ける気はなかった。

 そして、ここにいる必要も、もうない。


 換気のためにと開けていた窓に、足をかける。

 シャルロッテは少しだけ振り返って、エリに教科書通りの笑みを浮かべた。

 

「ごきげんよう、聖女さま」


「え、ちょ、は!?」


 シャルロッテは躊躇いなく、窓の外に身を投げた。


「ここ、四階よ!?」


 窓に駆け寄ったエリが、窓枠から顔を出して、下を見る。


 下には誰もいなかった。

 赤く弾けた様子もなく、本当に誰もいない。彼女は思わず腰を抜かして、座り込んだ。

 そこに取り巻き達が駆け込んでくる。いつもの面子が叫び声を上げながら、安否を問うてくる声に、ぼんやりと頷いた。


「しっかりしろ!エリ!!」


 意識が現実に戻ってきたのは、エドアルドの声のおかげだった。

 

「何があったんだ」


「あ、えぁ、シャルロッテが」


 慌てて、自分の都合の良い言葉を紡ごうとした。

 でも、慌てることはなかった。次々と予想していた通りの声が聞こえてくる。空虚で何も考えていない声達が。


「シャルロッテ様が、またエリ様を襲ったんだわ!!」


「逃げたんだ!探せ!」


「エリ様、シャルロッテ嬢は何処に!?」


 何も考えることが出来ないエリは、脳が分裂し暴れているような感覚の中で、窓の外を指差す。

 全員が釣られて、地面が遠い外を見た。


「外に」


 集まった彼らの空気がビシリと固まった。


「エ、エリ、ここは四階なのだが」


 エドアルドの硬い声に、エリは猫被りも忘れて「知ってるわよ」と返したくなった。



 ♢♢♢♢♢ ♢♢♢♢♢



 3年の始まったこの日から、エリの手からシャルロッテは軽やかに逃げるようになった。今までの受身が嘘のように、攻撃は無となり、エリのストレスは溜まる。


 ただ、エリにとって救いだったのが、聖女を虐めているという事実を彼女は否定しなかったことだ。


 ――しかし

「私、4階に居ませんでしたよ?5階に居ましたので」

 と、下に落ちた筈のシャルロッテが5階で見つかった時のように、エリの話すことの信憑性は徐々に失われていった。 








 物語が進む。

 シナリオは壊れながらも、前に進む。滑車に居るのは2人の女だと思っているのは、片方の女だけだ。









 ――魔王が倒された。


 3年の終わり、4年の初めに告げられた知らせに、シャルロッテは微笑んだ。

 尚、悪役に相応しい笑みであり、勝ち誇った顔である。まるで、自分のことのように彼女は喜んでいた。


 横で、公爵家当主ゲオルク・フォン・グリムが、「忙しくなる」と言いながらも同じように笑っている。

 当主も機嫌が良い。

 シャルロッテはすかさず、言った。

 

「当主。学校は」


「ちゃんと行きたまえ」


 訴え虚しく、シャルロッテは4年目の王立学園に出向くことになった。行く必要はないのだが、仕方がない。


 学園で、シャルロッテはあまり注目を集めなくなっていた。

 3年の時は婚約破棄されて傷物になった公爵家令嬢に誰もが、夢中になっていたが、4年目は違うようだ。

 その原因をシャルロッテは見に行くことにした。


「あたしは!聖女よ!!ちゃんと、魔法がある!!」


「分かっている!分かっているとも、エリ!あなたを呼び出したのは我々だ。そして、エリは異世界から来た聖女だ!」


「なら、どうして」


 人気の少ない場所とはいえ、随分と大声で話している。こっそりと見ているシャルロッテに気づかないのは、エドアルドとエリだ。

 歯を食いしばったエリがビラを強く叩きつける。


 ビラには確か、魔王が倒されたことと、聖剣の勇者のこと、協力した主要国、そして……。


「どうして、あたし以外の聖女が勇者の横にいるの!?もう、魔王が倒されているの!?」


「っ、偽物かもしれない」


「でも、治癒魔法が使えるって!治癒魔法はあたし以外には使えない筈なのに!!」


 その叫びに満足したシャルロッテは、相変わらず着慣れない綺麗な服の裾を揺らしながら、その場を立ち去った。









 問題はどこから狂っていたのか。

 どこから仕組んでいたのか。そもそも、彼女は何を仕組んでいるのか。内側の不備は壊れてからしか分からない。爆発してしまえば、誰も知らない。









 ――国王が倒れた。


 聖女を召喚していながら、魔王討伐に関わらなかった。その理由として、聖女の独占なのではと各国と国民から責められているのが、パラミシア王国の実情だ。

 その矢面に立った国王の心はボロボロだったのかもしれない。


 シャルロッテは軽装に身を包み、軽く体操をしていた。なんせこれから城に侵入する。その上で殺傷は禁止の為、徒手空拳で挑まなければならない。

 

「これは想定外。当主、2人は?」


「ああ、国王に会いに行くそうだ。2人を頼んだぞ。……そのままで行くのか?」


「面倒だからな。私は国王には会わないから大丈夫さ」


 公爵家当主ゲオルクに手を振る。

 その後ろにいる男女が覚悟を決めた顔をしていた。赤髪の男は兎も角、硬くなり過ぎているその少女の額を弾く。シャルロッテは、額を抑えた少女の手を取って笑った。


「大丈夫。私がいるのだから」


 今までも、シャルロッテを守る為に、この立場に立ってきた。これからも同じこと。

 全ては運命に人が勝つところを見たいからだ。

 

「行こう、シャルロッテ」



♢♢♢♢♢ ♢♢♢♢♢



 4年の卒業式の祝賀会。

 代表として演説をするのは、最も成績が良かったエリである。彼女は暗記した内容を滔々と音にしながら、笑みを浮かべていた。


 彼女は今日、ゲームのシナリオ通りにシャルロッテを処刑の道へ行かせようとしていた。第一王子の婚約者であり、聖女である彼女が吠えれば、ごり押しでも道は出来る。


 しかし、八つ当たりの感情で、パーティーに来たエリには、予想外なことが起きていた。


 かつてここで婚約破棄をされた、シャルロッテ・フォン・グリムの姿はない。加えて、王子の卒業式でありながらも、体調の治りきらなかった国王の姿もない。

 国王は置いておいて、シャルロッテが居なければ面白くない。

 この鬱憤を晴らせない。


「(どっちも役立たずなんだから。シナリオ通りの動きも出来ないの?良いわぁ、引きこもってる場所から引き摺り出すのも、きっと楽しい)」


 自分の敵と、援護を狙っていた息子に甘い王がいなかったが、それでも、エリは実行しようとしていた。


 しかし、その前に会場の空気が固まる。


「お父様?」


「国王陛下、ご体調が優れないのではなかったのか」


 息子のエドアルドと似た顔立ちの男が、奥から進み出てくる。その目はエドアルドを見てから、来場者が潜る扉の方を見た。

 出席はしないと言っていた筈の国王は微かに瞳を震わせ、口を開いた。


「突然、私が出てきて驚いているだろう。だが腹を決めたからには、皆に話さなければならないことがある。先王、私の兄についてだ」


 緩やかに話されたのは、現王の兄であった先王のこと。領地を訪問していた時に襲われ、亡くなってしまったこと。

 そして、その時に行方不明になった彼の息子のこと。


「私の甥に当たる子だ。力の限り探し、それでも見つからなかった」


 過去の話、その続きが分からず誰もが首を捻る。

 国王は扉の方に手を伸ばした。何者かを手招きする仕草に、祝賀会に参加した貴族達が視線を向ける。


「だが、見つかった。彼は、彼の力で生き抜いた」


 1人の青年が堂々と歩いてくる。短く揃えた赤い髪は、いやでも、その血筋を分からせる。また、祝賀会に相応しい装いをしているが、似合わない剣が腰につけていた。


 その横にいるのは、美しく着飾った1人の女。金髪が灯を反射し、青い瞳が白い肌に目立った。男の一歩後ろではなく、隣を歩いていた。


「この青年の名前は、ヴィルヘルム・パラミシアだ」


 戸惑う空気が溢れる中で、国王の声は続く。


「魔王を倒した勇者である」


 息を呑む音、思わずグラスを落とす音、一歩後ろに下がる音が響き、それらは集まりざわめきとなる。

 同時に視線は、腰にある剣にいく。勇者だと言うのなら、その剣は選ばれし者にしか使えない聖剣である。あの魔王を倒した聖剣だ。



「私は、ヴィルヘルムを第一王子とし!!」



 エドアルドが勢いよく、父である国王を見る。その視線を受け止めながらも、ヴィルヘルムを見続けた国王はさらに爆弾を落とす。



「ヴィルヘルムを、次期国王とする!!」



 人の声が津波のように押し寄せる中で、エリはヴィルヘルムの横にいる女を見ていた。

 知っている金髪が僅かに短い気がしたが、そんなものに気にかけている暇はない。

 視線に気づいた彼女はエリを見て、笑わなかった。


「っ、シャルロッテ!!!」


 力強い瞳が、ただエリを見据えていた。

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