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幕間あるいは、先制攻撃完了通知

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 荒い息遣いと共に、床を傷つける特徴的な音が響く。

 聖剣を持ち上げようとする()()の左腕は、骨が見える程の傷がある。だから、聖剣の柄に手を添えているだけだ。主となる右腕も、辿って上を見れば、肩と首の間に服を血で濡らす原因があった。

 正しく、満身創痍。


「っ、ふぅ、ーーー!!」


 しかし、聖剣は持ち上げられた。

 その目は、決して死んでなどいなかった。


()()


 勇者が呼びかけるのは、膝をついた魔王だ。

 人間と似た身体の作りだが、魔族らしく、頭にはツノがあり、身体は勇者の何倍もある。

 そして、同じように赤い血を流している。


 深傷なのは、お互い様。

 されど、()()()()()()()のは、魔王だ。


 魔王の巨体に溜め込まれていた血が止まらないまま、血溜まりを作っていた。両者の間は、魔王の血によって埋まるのではないかと、怖気が引くような光景が出来上がりつつあった。


「俺の勝ちだ。負けを認めろ。……っ、死ぬぞ」


「死ぬ?ハハッ、貴様ら人間を殺し尽くしていないのに?我が死ぬ訳がなかろう」


 勇者の目に宿るのが不屈だとしたら、魔王の目にあるのは憎悪だ。

 その憎悪に叫び返したのは、勇者ではなかった。

 勇者の横で、額の上にツノを生やした女が、喉を切り裂くような叫び声で魔王に呼びかれる。


「やめましょう!もう、やめましょう!()()!!みんな、もう戦いたくないのです!!みんなっ、もう、疲れているのです!!」


 金髪と青い目の少女に治癒魔法をかけられていた彼女だが、少女を振り払った。少女は、駄目だとその腕に追い縋った。

 魔王の娘、魔族の王女は立ち上がった。


「人間たちは手を差し伸べてくれている。迫害もあった。でも、迫害だけで我々魔族の歴史は出来ていない。父上、魔族は今世界を歩けているのです。人間と手を取り合えているのです。―――それを、あなたは潰そうとしている。負の歴史を取り戻そうとしている。ワタシはそれを看過できない」


 娘の呼びかけに、魔王は血涙を流す目を上げる。

 その唇は微かに動く。期待する娘に対して、再び魔王は目を閉じた。


「―――今がなんだ」


「ッ父上!!」


「過去は消えない。お前の母を殺したのは人間だ。お前の兄と姉を殺したのも人間だ。魔族の悲劇の源には人間がいつもいる。分かり合える訳がない」


 頑として意見を変えない魔王は、血溜まりを踏みしめた。水の跳ねる音が聞こえ、折れた大剣が床を砕き刺さる。

 一歩前に出た勇者だが、その手が僅かに震える。傷によるものか、まだ立ち上がれる強敵に対するものか、彼の心にしか分からない。


 彼の背に、少女の手が触れる。

 初めて会った時よりも硬くなった手だが、彼の心を包む手だ。治癒魔法と共に、少女の温もりが伝わる。


「ヴィル、私がいるわ」


 振り返れない今、その輝かしい金髪も澄み切った青い目も見れない。

 だが、紛れもなく心で彼女の姿を見た。

 覚悟を決め、勇者は魔王を見据える。


「我は無理だ。人間と分かり合うなど、人間を許すなど出来ない」


「お前を王に据える民たちが、叫んでいるのにか?」


「ああ、この憎しみは消えない。我以外にも、この感情を抱えている奴は大勢いるぞ。それでも、手を取り合う道を選べると思っているのか?」


「ああ。例え、何度手を傷つけられても、俺は手を伸ばす。手を差し出す。憎しみの連鎖は俺が絶つ」


 床を抉りながら持ち上げられた大剣が、強力な魔力を帯びる。

 応えるように、聖剣が熱を帯びた。

 

「その思想が邪魔だ。故に死ぬが良い!!勇者ァァ!!」


 風を、空を切って、振り下ろされる。

 迎え撃つ勇者も雄叫びと共に、聖剣を握りしめる。


 ただ一つの攻防。

 今までに繰り広げられた斬撃の中では、最も崇高な一撃を互いに交わす。

 一瞬、後ろに魔王は目を飛ばした。その方向にいるのは……。

 考えてしまった勇者の手は緩む。

 

「ヴィル!!!」


 天を切り裂く彗星のような彼女の声に、無我夢中で勇者は聖剣を振り下ろす。

 大剣の砕ける音は城に響き渡った。

 そして、魔王の身体は大きく裂ける。息を止めていた勇者の呼吸音が戻る中で、魔王は致命傷に手を這わせた。

 手についた血は、人間と同じ赤色の血。


 一歩、二歩下がって、魔王は背中から崩れ落ちる。


「はっ、はっ、ははっ、これで終いか」


「……魔王」


 勇者は倒れた魔王を見た。

 震える手が持ち上がり、魔王は勇者の顔を指差す。


「あそこまで吠えたんだ。やってみろ」


「ッ」


 もう命は僅か。

 魔王が掠れた声で、娘の名前を呼んだ。

 その声に蹌踉(よろけ)ながら、父を裏切った彼女は近寄った。距離のあるところで立ち止まると、魔王はもっと近くと声を出す。

 後の言葉は、少し離れた勇者には聞こえなかったが、ただ一言だけ聞こえた。


「お前の思う通りに」


 娘の謝罪を遮り、魔王は彼女の顔を眺めたまま、ゆっくりと目を閉じた。

 涙を堪える声が聞こえる中で、勇者は魔王の亡骸から目を逸らさない。

 その肩を金髪の少女は叩いた。


 ゆっくりと隠れていた魔族が出てきていた。

 敗れた魔王の姿に戸惑うことはあっても、絶叫する姿はない。覚悟は決まっていたのだろう。

 魔王の娘は、魔王の王冠を手に取った。涙を強く拭った彼女は、勇者と少女に頷く。

 新たな王は、守るべき民の前に立ち上がる。


「みんな!!戦いは終わりだ!!っ、未来の、ワタシたちの未来の話をしよう!!」


 

 青い目がその光景を見つめた。

 ゲームとは明らかに違う道筋であったことは、きっと彼女たちにしか分からない。

 しかし、終わりはどうであれ、結末は来た。


 ここに一つの物語は幕を閉じた。



♢♢♢♢ ♢♢♢♢



「ここからだ」


 魔王城を見上げ、勇者は呟いた。

 その身体を支えながら、金髪の少女は彼の頬を突いた。

 

「はいはい。分かっていますから。とりあえず、治療をしないと、私の治癒魔法は()()()()()()()。完璧じゃないのですよ」


 巷では、勇者の隣にいるから聖女だと言われている彼女だが、聖女ではない。

 いわゆる、()()()という者だ。


 元々治癒魔法など持っていなかったが、手に入れたのである。まぁ、入手ルートは勧められた方法ではない。死にかけたと彼女は苦笑いして、話していた。


 そんな旅を共にした偽聖女の呼びかけに、勇者は視線を戻す。


「魔族の擁護をしたい。だけど、ただの勇者じゃ出来ない」


 魔王を倒したからといって、勇者が世界に対して発言権を持つ訳ではない。

 楽観的に見れば、今まで関わってきた国が助けてくれるかもしれない。

 魔族領と接しているアンデレ国とキャロル国は、両国とも大きい。また、世界最大の神秘性を持つと言われるシャルル国も力は貸してくれるだろう。

 だが、天から見ているであろう魔王に応える為にも、勇者は世界に声を出さねばならない。


「俺は戻る。覚悟は決めた」


「良いのですか?」


「あぁ、すべきことがある。それに」


 偽聖女に勇者は体重かけながら、戯けて言った。


「お前は、一緒にいてくれるんだろう?」


 その言葉に、偽聖女は大きく目を見開く。微かに開いた口が震えるのを感じた彼女は、耐えるように口を閉じさせたが、みるみる涙を溢れさせていく。

 強く強く、首を縦に振った。


「当然よ、ばか」


「ばかって酷いな」


 2人は足を踏み出した。

 置いてけぼりにしていたもう一つの物語の決着をつける為に、彼らは再び戦うのだ。


「行くぞ、シャルロッテ!」


「ええ。みんなに見せつけよう!ヴィルヘルム!」




 さて、何がどうなっているのか、本物の聖女様には見抜けるのだろうか。

 ーー聖女様、否


「ヒロイン、と言った方がいいのかな?」


 頬を歪めたシャルロッテ(偽聖女)は、作り上げた偽りの上で笑った。

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