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嘘つきなあなたへ(上)

誤字あれば、ご指摘ください。

 鮮烈に、加えて熱烈に、脳内で溢れ出した記憶に、少女は膝をついた。

 落ち着こうと強く息を吐き出したが、喉を詰まらせる感覚に目元が熱くなる。蹌踉(よろ)めきながら近寄った鏡に、指紋がつくことを気にせずに触れた。

 鏡には僅かな月光を反射する金髪と、涙が潤む空のように青い目を持つ少女がいる。


 紛れもなく、自分自身だ。

 そう、名前はーーー。


「シャ、シャルロッテ・フォン・グリム」


 今の己の名前を呟き、震えが止まらない指先で首筋を抑える。脈打つ血の流れと命の温かさを感じることによって、落ち着きを取り戻そうとした。

 次に少女、シャルロッテがしたのは、思い出した前世の記憶の参照だ。

 特に、全く同じ名前と容姿を持つキャラクターが出るゲームの内容を必死に思い返す。途中でやめてしまったことを、ひどく悔やむことになるとは思ってもいなかった。

 一周、二周と、青ざめて、三周、四周に渡って記憶の綱渡りをする。


 そして、シャルロッテは認めるしかなかった。


「こ」


 口に出したら、否定しようがない。

 だけど、声に出さないと、心が潰れてしまう。


「このままだと、し、死ぬんだけど!?」


 ガラスの砕ける音が、小さく公爵家に響いたのだった。



 ♢♢♢♢♢ ♢♢♢♢♢ 



 パラミシア王国の王族貴族には、王立学園の入学が決められている。初めは、王族貴族の為の学園だったので、一般階級の入学は認められていなかった。

 しかし、魔法の発展、他国の強化、魔族の侵略により、学園は昔よりかは解放されるようになった。

 簡単に言えば、魔法に優れた者ならば、誰でも入学出来るようになったのだ。


 公爵家令嬢にして、学園の御令嬢のトップ。

 そう言われるシャルロッテ・フォン・グリムは、冷めた目でとある女を見た。


 曰く、聖女と呼ばれる女だ。

 魔族が増える中で、恐怖に駆られた人間達が召喚魔法で呼び出したのが、彼女である。古代からの言い伝えに従い、素晴らしい治癒魔法を兼ね備えた聖女であり、召喚魔法は成功したと分かる。

 名前は、エリと言っていた気がする。


 相手を推し量るシャルロッテに対して、エリは涙に潤んだ目ながらも睨み返していた。

 その横でエリを守るように抱きしめているのは、この王国の第一王子エドアルドだ。王家特有の血潮のごとき赤い髪を持つ彼は、宝物を化け物から守るような顔をしていた。


 ちなみに、第一王子は、シャルロッテの婚約者である。


「シャルロッテ・フォン・グリム!!今日をもって、貴女との婚約を破棄する!!……理由が分からないとは言わせない」


「……」


「何か言ったらどうだ?」


 長く伸びた金髪を白い指先で少し弄りながら、シャルロッテは16歳には思えない目つきを、エリからエドアルドに飛ばした。

 青い目が不遜に輝く。


「何か、とは?気になりますわ、エドアルド殿下」


「っ」


 息を呑んだエドアルドは拳を握りしめた。

 周りの貴族の子息令嬢達は、シャルロッテに集めていた視線をエドアルドに返す。


「今は学園の卒業式後の祝賀会です。しかし、我々の祝賀会ではありません。私達はまだ2年生なのですから。だと言うのに、そのような発言をいきなりなさるとは。後学の為に、殿下の教育係の名前をお教えくださいな」


 ーーーお前、何パーティーをぶち壊すようなこと、言っているんだ?

 

 言外にそう伝えるシャルロッテは、申し訳なさそうに先輩を見る。見られた側は気まずそうに、足元を見ることになった。こっち見んな!とは口が裂けても言えないことは、重々承知だ。

 第一王子に対しての非礼とも言われかねない言葉に、誰もが背筋を凍らせていた。実際にエドアルドは頰を赤く染めている。


「それでも、貴女には言わなくてはならない!これ以上、貴女の聖女であるエリに対する悪行を、無視する訳にはいかないからだ!まさか、僕が気づかないとでも思っていたのか!?」


「……私、そんなことしてませんと言っても?」


 厳しい眼差しがエドアルドから、エリに向く。

 慄いた彼女は震えながら、エドアルドにしがみついた。


「エ、エドアルドさま」


「ーーー。僕が見ている。そして、目撃証言も上がっている!観念したらどうだ、シャルロッテ!」


 シャルロッテはエドアルド達から視線を外し、慄く外野よりも内側に立っている男達を見た。

 分かっていた3人である。

 騎士団総隊長の息子、伯爵家の息子、魔法の天才の3人も同じように、シャルロッテを睨んでいる。


「はぁ、大したものですね」


 スタンプラリーを終えた子供を見る眼差しで、リエを見ながら微笑む。

 ゆっくりと口を開いた。


「エドアルド様。貴方は私に愛していると仰いました。覚えておられるでしょうか?あれは、嘘だったのですね」


「……」


「ふふ、嘘だったのですか。大丈夫です。怒ってませんよ。だって、ふふふ」


 首を微かに傾けて、シャルロッテはこそっと言った。


「私も全て嘘ですから」


 口元に手を当て、普段は見られない無邪気な笑みをこぼしたシャルロッテはドレスの裾を掴んだ。故あってドレスは嫌いだが、こうなってしまった以上仕方なく着ている。それでも慣れやしない。


「分かりました。私、シャルロッテはその婚約破棄を受け入れます」


 綺麗なお辞儀をした彼女は、驚いた顔をするエドアルド達にも微笑んだ。

 それから、周りに向かっても頭を下げた。


「お騒がせして申し訳ありませんでした。気分が優れないので退出させて頂きますが、先輩方ご卒業おめでとうございました。その活躍により、王国に栄光が灯り続けますように」


 ドレスを翻し、シャルロッテは会場を後にする。

 夜風の寒さに怯むことなく立ちながら、会場である大きな建物を見上げる。壁につけられた大きな時計の秒針がぐるぐる回っている。

 それを見れば、時は確かに動いているのだと感じられるが、いささか早すぎる。


「確か4年の卒業の時に、婚約破棄がされる筈なんだが、どうなってるんだか。まぁ、()()()()()はなくなったと判断しても良いか」


 計画に支障は出ないなと首筋を掻きながら、彼女は残忍な笑みを浮かべたのだった。



         ♢♢♢♢♢ ♢♢♢♢♢ 



 金髪が揺れて遠ざかり、視界から見えなくなったが、会場の空気は戻ることはない。辛うじて何名かが話し始めたが、声を張ることは出来ない。シャルロッテの残した威圧感が残っているからだ。

 その中で、エリは不安そうな表情を()()()()()()()。彼女を取り巻く王子を含めて4人は、シャルロッテが居なくなった今でも守るように立っている。


「上手くいって良かった」


 エドアルドが掠れた声で言った。


「殿下、ありがとうございます。あたしの為に、素晴らしい勇気を」


 労るのように寄り添ったエリを、エドアルドは何とも言えない顔で見つめる。その顔の意味が分からず、エリは首を傾げた。

 それに気付いていないのか、他の3人はエリの気を引こうと話しかけていた。

 

「お前の為なら当然のことだ。父とお前の言う通り、悪は罰しないといけない」


「貴族としての誇りを守る為ですよ。あんなの貴族の片隅にも置けません」


「エリさんが苦しんでいるのを見過ごすなんて、出来ないよ!」


 3人の言葉に対して、エリは。


「まぁ、ありがとうございます」


 一言で済ました。

 その一言だけで満足する男たちだからだ。


 エリが気にしているのは、こちらを見つめるエドアルドだ。

 赤毛が特徴的な美麗な王子様。彼の瞳の奥に慈愛があるのを、握れる手綱が伸びているのを確認する。


「エドさま、大丈夫ですか?気分が優れないのなら」


「あ、あぁ、大丈夫だ。行き過ぎた予想をしていたんだ」


 彼はシャルロッテが出て行ったのを見た筈なのに、周りを見渡す。さらには、声の音を下げて言った。


「シャルロッテ・フォン・グリムが本気を出せば、此処にいる全員が殺されるだろうからな。あれは、()()()()だ。もしや聖剣の担い手ではないかと、言われる程の才能を持っている。逆上して襲いかかってきたら、僕は君を守れなかったかもしれない」


 エリは、守れないの言葉に青ざめた。

 だが、この世界を()()()()()()として疑問が生まれる。情報があるからこそ優位に立てているエリにとって、情報と違うところがあるのは駄目だ。

 故に聞き逃せなかった。


「エドさま。シャルロッテさまが剣の天才ですか?()()()()()()?」


「僕の知っている限り、魔法は並程度だった筈だ」


 他の3人にも答えを求めるが、彼らは同じように縦に首を振る。

 

 ―――え?あれ?なんで?

 心の世界で晴天が曇天に変わるのに気付きながら、エリは頰の内側の肉を軽く噛んだ。

 彼女の情報では、シャルロッテは魔法の天才の筈だ。これに間違いはない。

 だって、エリはこの世界を何度もプレイしてきたのだ。このゲームしか、あの客は持ってきてくれなかったから。遊ぶのは常にこのゲームだった。今更、設定に間違いなんて。

 

 間違いだったら?


 笑みを貼り付けたまま、エリは思案する。眉間を寄せたり、黙ったりなんかしない。特に顔を下に向けるなどとは絶対にしない。


「(これからも虐めてやればいい)」


 したことのない悪行を押し付けられた女の顔を思い出す。揺るぎのない青い目が刻印となって記憶に現れたから、心の中で中指を立ててやった。


「(恵まれた女なんか嫌い。大っ嫌い)」


 4年生の卒業式パーティーで婚約破棄を流してやるつもりだったが、あまりにも上手く行き過ぎて、エリはストーリーを前倒しにした。

 お陰で、シャルロッテの処刑ルートは消えてしまった。

 だが……。


「(絶対に殺してやる。この世界で、運命なんて思い通りになるんだから)」


 エドアルドの婚約の申し込む声を聞きながら、エリは博愛の笑みを浮かべたのだった。


1話目、お読み頂きありがとうございます。

展開早めにする予定ですので、よろしくお願いします。


悪役令嬢 シャルロッテ・フォン・グリム

第一王子 エドアルド・カール・パラミシア

聖女   エリ


こんな感じですね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 聖女がエリなのかリエなのか気になります! 何かの伏線なのか! 謎が謎を呼びますね!
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