うちにおいでよ
ブロンドヘアに立て巻きロール。ありきたりだが、サファイアを連想させるような綺麗な蒼い瞳。典型的な悪役令嬢の見た目だけど、すごい美人。それが彼女に抱く私の印象だ。
悪いことは悪いと断言するはっきりした性格で、淑女然とした彼女は王国の上流階級では憧れの的。さらには王子の婚約者ともあり、名の知られた存在だ。
しかし、反対にその性格から、多くの女性に恐れられ、いらぬ誤解を生むことも多かったようで。学園でもその性格が起因し、1人で行動することも多かったのだということを道中で軽く彼女の学園生活について本人から教えてもらった。
「そうなのね。私、学園に行く必要がないからあんまり学園でのミーシャ嬢のことしらなかったな」
「学園で学ぶ教養を全て習得されている天才児ですもの。あまり会話をしたこともないですし、知らないのも当然ですわ」
というか、学園で学ぶ数学とか国語のレベルが小学生高学年並の問題だったから、勉強をする必要がなかっただけ……といっても理解してもらえないか。
「……私、これからどうすればいいのでしょう。王妃になるために必死に努力したことも、お父様との約束も、いままで積み上げてきたものがすべて一夜でなくなってしまいましたわ。エリアス様には未練はありません。……しかし、自分の不甲斐なさが招いたのかと思うと、お父様にも、王様にも申し訳ないです」
家督の存続と自分の存在意義をイコールにしちゃう系の子か。私は自分が優先で生きているし、そういう価値観はよくわからないけど……。でも、この子には王妃になることが全てとして生きて来たんだ。生半可な言葉ではこの子は納得しないだろう。今は……。
「……そっか。私は人生それだけだとは思わないけど、あなたと私の価値観は違うから、今は十分に落ち込んで悩めばいいと思うよ」
「……はい、メアリー様、遅くなりましたが、助けて下さりありがとうございました。私の気持ちはエリアス様には届きませんでしたが、メアリー様の優しさで救われましたわ」
「うん。……じゃあ、うちについたことだし、今日はゆっくり休んで、また明日どうするか考えよう?」
丁度馬車の動きが止まり、窓の向こうから愛しの我が家が見える。本城と比べると慎ましやかな佇まいだが、王族の威厳を損なわない豪華な作りの建物には代わりはない。
……その下に広がる耕された畑たちを除けば、だけど。
「ご厚意、感謝します……わ?」
ぴしゃり、とミーシャ嬢が固まってしまった。私は気にならないけど、薔薇が咲き誇る優美な庭園や石畳で整えられたり、芝生で敷き詰められたごく一般的な庭じゃないし。驚くのは予想の範囲内だけど……。
「あの、これは……?」
「庭のこと?……それ私が育ててる愛しの野菜ちゃんたちだよ。ミーシャ嬢がいつも食堂で食べている野菜、いつもここで取れてる野菜が使われているの」
うちの野菜たちは前世の記憶からいちから育て上げた、この世界では無農薬野菜。形は少し改良の余地はあるけど、この世界の野菜と比べると濃厚で栄養価が高いので、王国中の食料品を扱う商会や機関、一部貴族からも注目を集めているのだ!(どやっ!
「……メアリー様が野菜を育てているというのは耳にしたことがありますし、うちの学園に野菜を納品されていることは知っていましたが……まさか離宮を改造してそこで野菜を作っているなんて思いもしませんでした」
「ここに来る人なんて早々いないしね~。私も隠しているつもりもないし」
「なんというか、庶民的といいますか、発想が奇天烈すぎて脱力してしまいますわ」
「っていうけど、私たちが生きていくうえで食料ってほんと大切だし、それが美味しければ美味しいほど幸せなことなんだよ。野菜を育てることを庶民的だって馬鹿にする人も多いけど、本当に大切なのは、貴族としての体裁を保つことじゃなくて、文化や技術を発展させていくことだって私は思う」
「メアリー様は考え方が変わってらっしゃるのですね。数度顔を合わせただけですが、ここまで面白い方だとは思っていませんでした。……いいえ、違いますね。いままで自分のことに必死になりすぎて周りを見てこないようにしていただけなのかもしれません」
「……って立派なことをいってみるけど、これは完全に私の趣味なんだけどね。趣味の延長で結果としてついてきちゃっただけで」
「え?今すごく感動したのに……」
やっぱりシリアスな雰囲気苦手だ!と思って本音を漏らしてみる。ショックを受けたようにミーシャ嬢も素を出してしまう。うん、そっちの方が私も接しやすい。
「人生なんてそんなものなのだから、あんまり難しいこと考えなくてもいいと思うよ。別にエリアスお兄様と結婚しなかっただけでアレクレス公爵家が滅ぶわけでも、ミーシャ嬢が死ぬわけでもないんだし。気楽にいこう?」
「……それでも、私は」
ミーシャ嬢はなにかを言いかけた時。その言葉の先を紡がれることはなかった。
「きゃあ!」
というのも、馬車が大型動物にタックルされたかのように大きく揺れたからだ。がたん、ごとん、と電車に揺られるが如く。
「なに!?」
馬が暴れている様子はない。馬車の車体のみが大きく揺れている様子だ。窓を見ると夜の闇に溶けそうな黒色の毛並みの獣の姿があった。窓から覗いている様子に気づいた2匹の獣は金色ど銀色の双眸を一点に集中させる。馬車の車体並に大きな体躯と、器用に爪と口を使って扉を開けた。
S級モンスター大狼。知能が高く、攻撃性が高いモンスターで、ランクの高い冒険者でも1匹で複数人の相手にできる。
そんなS級モンスター2匹を目の前にして、ミーシャはただ怯えるしかないのだろう。……が、この2匹に限っては心配ない。何故なら。
「メロス、アレス、おすわり!」
「「わん!」」
指示を出すと、メロスとアレスは素早く命令を認識し、馬車の前に座る。まるで子犬が飼い主に褒めて欲しい、と言わんばかりの期待に満ちた目だった。
そう、このメロスとアレスは私のペットなのだ。
たしかに、危ないモンスターなのだろうけど、知能が高いうえに、私の言うことはきちんと聞くし、命令以外で人に危害を加えることはないので、怯える必要はない。
と説明すると、安心したのか、落ち着きを取り戻したミーシャ嬢と一緒に馬車を降りると、メロスとアレスは尻尾を振りながらじゃれてくる。
「あの……」
銀色の瞳を向けてくるアレスに、ミーシャ嬢は戸惑いを見せる。
「触っても大丈夫だよ。噛まないから」
というと、そろりと手を差し出すミーシャ。アレスはミーシャの手の匂いを嗅ぐと、手のひらに顎を乗せた。
「ふわふわ……」
アレスたちに慣れて来たミーシャ嬢は緊張が溶けて来たのか犬を可愛がるように毛並みに沿ってアレスを撫でた。
「わん!」
メロスも私に撫でろと言わんばかりに吠えた。
「はいはい、メロスもよしよし~!今日も1日何事もなかった?」
「わふ!」
「今日も畑の管理お疲れ様、そろそろいい時間だし、ご飯にしようか?」
「「はふっ!」」
アレスがミーシャ嬢から離れ、腰元に巻き付くように2匹が両脇を包み混む。足元が泥だらけだから離宮に入る前に汚れを落とさないとな。
「ミーシャ嬢も中に入りましょ?今日は遅いから泊まって、これからすべきことを考えようよ」
「はい……お世話になります」
ミーシャ嬢は深々と頭を下げると、私の後を追いかける。隣を歩けばいいのに、と思ったが、メロスとアレスが両脇を占領しているから無理なのか。
というわけで、私たちがごはんを食べるために食堂へ向かった。