農業王女と悪役令嬢の出会い
こんばんは。このスカーレット王国の第二王女のメアリー・スカーレット17歳です。
早速ですが、私は結構面倒臭そうな場面に遭遇しました。
というのも、フィオレンティーナ学園にお手製の野菜たちを納品した、その帰り道。年に1回に開かれる学園主催の夜会が開かれているであろう講堂に通りかかったのはいいものの、我が兄、スカーレット王国第一王子であるエアリスお兄様と複数のお兄様の取り巻き。見慣れない女を傍らに。そしてお兄様の対面には婚約者であるミーシャ・アレクレス公爵令嬢が涙組んでいるではありませんか。
これって前世で夢みたいわゆる悪役令嬢系の糾弾イベントってやつ?なんでこんなことになったのか。好奇心と共に影ながら見守ることにした。
「もうおまえとの関係はこりごりだ!今回をもって俺はおまえと婚約破棄をするつもりだ!知っているぞ、おまえがことあるごとにマリエンヌを怒鳴ったり、スカートの裾を引っ張ったり、暴力を振るっていたことはな。コーゲン令息や、アルレイドも証人だからな」
「マリエンヌ嬢を怒鳴った?暴力を振るった?勘違いも甚だしいですわ。婚約者がいることを知りながら迂闊にエリアス様と二人で過ごされたり、女子生徒に対して無礼な物言いをしたことに対して何度が注意したことがありますが、そこまで酷い態度であったとこちらは思っておりません」
「この期に及んでまだ言い訳をするのか!いい加減見苦しいですよ、ミーシャ様!」
「俺もこの前、校舎裏でマリエンヌ嬢と二人っきりになっているのを見かけ、マリエンヌ嬢が泣いているのを見たことがある。マリエンヌ嬢の手首も赤く腫れていたのもよく覚えている」
……大人げない。か弱い女の子1人、複数の男子が寄ってたかって糾弾するなんて。しかもこんな公衆の面前で。貴族は噂好きだから変に話が広まるのが早い。
しかも、婚約破棄なんて物騒な単語が聞こえてきたし。いわゆる婚約破棄イベントってやつか。こういう鉄板な展開って以外と悪役令嬢側が悪くなかったりするけど、本当に悪くないパターンのやつだよ。
お兄様も、守ってあげたい系小動物女子に弱いし、変に愚直なところがあるからな。悪いことは悪いと考え、発言できるミーシャ嬢と折り合いも合わないのだろう。
ひそひそと生徒たちは傍観しているだけ。終いにはミーシャ嬢を悪く言う声まで聞こえてくる。これは年頃の女の子であればなおさら絶えられないし、貴族の体裁を気にするのであればなおさらだ。
唇もちぎれんばかりに噛んじゃって……これはいくら何でもミーシャ嬢が可哀相だよ。
……よし。お姉さんが一肌脱いであげよう。
「あっれ~~~~?お兄様じゃないですか?お野菜を納品しに学園に来たのはいいものの、食堂にまで声が聞こえてきましたよぉ~」
「――メアリーか。おまえには関係のないことだ。部外者は口を出すな」
案の定。お兄様は私を見るやまるで虫を見るような目でこちらを睨んだ。相変わらず私嫌いだな~。
「”婚約破棄”なんて言われたら部外者ではないかと。ミーシャ嬢との婚約は私たち――王族に連なる者すべてに関係がありますから」
「――ちっ、揚げ足を取るのだけは一人前だな」
お兄様と会話をしながら、背にしているミーシャ嬢を一瞥する。ミーシャ嬢は気丈に振舞いながらも肩が小刻みに振るえていた。
「いやぁ~お兄様ほどではありませんよ。コーゲン様もアルレイド様も、そしてお兄様もいかなる理由があろうとも寄ってたかって1人のか弱い女子を糾弾するなど貴族ですら恥じる行いなのでは?しかも事実確認も不十分な事を辱めるように大衆の面前で発表するなど正気の沙汰ではないですよ」
「おまえは知らないだろうがな!ここにいるマリエンヌはこの半年、ずっとミーシャに影ながら虐められていたのだ!ずっと1人で苦しい思いを抱えて1人で泣いていたのだぞ!?」
お兄様は自分の傍らにいるマリエンヌ嬢に視線を流しながら喚く。まるで自分の主張が正しいような。しかし、先程の話しを聞いている限り。そして、今のマリエンヌ嬢の態度を見ている限りだと……。
「ん~~~~?私からみてもミーシャ嬢が先程仰っていたことと、現状を照らし合わせても被があるようには見えませんけど。もし潔白であれば、マリエンヌ嬢の今取られている行動はおかしいことだらけですもの」
「どこがだ!」とさらに声を張り上げるお兄様の腕に巻き付いているマリエンヌ様を指をさす。人に指をさしちゃいけませんっていうけど、この場合、仕方ないよね。
「少なくとも、お兄様にはミーシャ嬢という婚約者がいらっしゃる状態なのに、大衆の視線を気にせず他人の良人に密着している状態は無礼千万ですわ。それともお兄様は金銭を対価とし、性的欲求を満たす娼婦を傍に侍らせているんですの?それなら納得ですけれど……」
「しょっ、娼婦……」
お兄様は絶句したように口を開けて固まった。マリエンヌ嬢もおどおどとしている様子ではあるが、目を丸くさせて体の震えを止め、周りの貴族たちの空気も固まり、ざわめきはぴたりと止まった。
「だって、そうでしょう?番となられるべき相手がいるのに、それをわかっていてお兄様にくっついているのですもの。そういう関係なのでしょう?」
「メアリー様!お言葉ですが、それはお兄様であらせられるエリアス様にも、マリエンヌ嬢にも無礼です!謝罪を要求します!」
正義感なのか、なんなのか知らないけど、騎士団長を務めている伯爵家の家柄のアルレイドは今にも腰の剣を抜かん限りの気迫で私を睨んだ。
そんなすごんでも怖くもなんともないけどね。
「あなたこそ!ミーシャ嬢と私に無礼だわ!では、問いましょう!先程私が発言した言葉の中で間違っていたことはありまして!?この国の貴族は婚約者という存在がいるにも関わらず異性と密着し、行動するのが礼儀なの?人のいない場所で第三者を交え、公平に話し合いをすべきことを、こんな不特定多数がいる場所の中で複数人で寄ってたかって令嬢を糾弾するのがこの国の貴族の礼儀なのかしら!」
「くっ……!」
そんなわけがない。この国は前世の日本より異性関係には厳しく、娼婦でもない限り、婚前の異性同士が二人で合ったり、手をつなぐことすらふしだらとされているのだ。
学園という性質上、ある程度は仕方ないにしろ、学園を卒業し、貴族としてやっていくのであれば、十分に世間から白い目で見られること。
さらに、ミーシャは社交界にすら出ない引きこもりの私でも耳に届くくらい、貞淑で気高い性格の持ち主だと有名なのだ。
何度か会ったことはあるけど、お茶会の時のマナー、少し間違えただけでも注意が飛ぶからちょっと怖かった……。
「……これ以上の言葉を交わすのは不要ですね。お兄様、この件は後日にしましょう。折角の夜会ですもの。こんな不毛な話題で皆さんの時間を消費させてしまうのがもったいないと思います。……というわけで、ミーシャ嬢」
「は、はい……」
ミーシャ嬢を蚊帳の外にして話し、急に話題を振る形となったことになったからか、ちょっと噛み気味に答える。
「……とりあえずここをでましょう?お兄様と一緒にいても気分が悪いし。迷惑でなければ私の離宮においでよ」
とミーシャ嬢の手を引っ張る。あ、これって貴族らしくない行動?ミーシャ嬢に怒られちゃう?と身構えたが、借りてきた猫のように大人しく頷くミーシャ嬢だった。