夜
「大丈夫ですか。」
「…。」
「大丈夫ですかー。」
「…。」
誰かが隣に座った。
「なにしてんの?」
さっきの彼女だった。
「…なにもしてない。」
「君さ…マジでヤバいよ?」
僕はやばいのか。
「そうか。」
「ずっとここに居たの?」
「こことは?」
「ここ。」
「ここにか?」
「ここ。」
「居たな、ずっと。」
「…ずっと座ってたの?」
「そうなるな。」
「かれこれあれから…9時間?」
「そうなるな。」
「…。」
9時間など大したことじゃない。
あっちじゃ何百年と座っていたのだから。
そもそも時間など気にしたことがない。
天使は死なないのだから。
「…家に帰らないの?」
「家?」
いきなりなんだ。
「……お腹空いてない?」
「お腹?」
なにを言っている。
「ずっと座ってたんでしょ?見た感じお金も無さそうだし、食べ物いる?」
どういう意味だ。
「いやさー、もしかしたらと思ってあらかじめ今日は多めに取ってきたんだよねー、廃棄。」
「廃棄?」
「そうそう、あたしコンビニで働いてるからー。ホントはダメなんだけどねー……ほらっ、これとかパンとかどう?」
「パン…」
「他にもー食べやすそうなのはー…」
そう言って彼女は、少し大きめの白いビニール袋を雑に漁っては中の商品を僕に見せてきた。
「あっ、これはダメねー、これはあたしが好きなスイーツだからー。」
「………心配をしてるのか?」
自分で言ってて不思議な気持ちになった。
「…まぁそうなるのかなー。」
「…なるほど。」
「その席、あたしの席だったんだよね。」
「ん?」
彼女はよく分からない。
「よくそこ座ってたの。」
「そうだったのか…すまなかった、いまどく。」
「そういうことじゃなくて。」
「なるほど。」
「…。」
「…。」
「ホントに君は変だよねぇ…」
確かに変か変じゃないかで言えば変だろう。
天使なのだから。
「ここ好きでさ、よくバイトの帰りとか座って休んでたの。」
「ほう。」
「他にも、朝とか昼とかでも。」
「ほう。」
これは自分語りと言うやつか。
「ほらここって静かでしょ?公園のクセに?」
「確かに…人は少ないな。」
「そうそう、だからさーなんか落ち着くんだよねー。」
「……確かにわかる気がする。」
言われてみれば確かにそうだった。
この場所は落ち着く。
周りには必要最低限の物しかなく、音も自然だ。
自然の定義が僕にはよく分からないが、きっと僕が思えばそれは自然なのだろう。
風の音、木が揺れる音、時折聞こえる人の声、言葉には言い表せないなんとなくの音…ここには「音」がある。
「…へー。」
「どうした。」
「意外とわかってくれんだと思って。」
「…。」
どう反応すればいいのか分からない。
「んで、話戻すけど。」
話が逸れてたのか。
「ここって普段ほとんど人居ないんだよね。」
「公園なのにか?」
「公園なのに。」
「ほう。」
人が来ない公園に価値はあるのか?
「まぁ狭いってのもあるし、ちょっとしたとこだから仕方ないとは思うんだけどー。」
「そうなのか。」
「だから基本ここはあたしが独占してたようなもんだったんだけどー。」
「独占とは大きく出たな。」
「今日来てみたら…君がいた。」
「今日が初だからな。」
「あたしも初めてー。」
彼女は知らないうちに、さっき僕に見せてきたパンを食べていた。
「死にそうな顔した男の子が座ってた。」
「そんなに死にそうな顔だったか?」
「今も死にそうだよー?」
あながち間違ってもないのかもしれない。
天使なのだから。
「ほんとになんて言うんだろ…」
「…。」
「君って…死にそうなんだよね。」
「……そうか。」
彼女は本当に僕のことを心配してくれていたのか。
それともただの気まぐれなのかを僕は分からない。
ただ少しだけ彼女には優しいという言葉が似合う気がした。
「うん…なんか目離したらすぐ死んじゃいそうな。」
「僕は…大丈夫だ。」
「…。」
彼女は持っている食べ終わったパンのゴミを僕に差し出す。
「これ、捨てといて。」
「分かった。」
「…じゃ、はやく家帰んなよ。」
そう言って彼女は行ってしまった。
ベンチには賞味期限の切れた商品を何個か残して。
きっと僕の為に置いていってくれたのだろう。
天使は食べなくても生きていける。
食べる必要はない。
しかし食べても問題はないのだ。
味覚もある、美味しいという感覚もある。
食を楽しむことはきっと出来るだろう。
けれど食べなくても死なない以上、食べることに興味がない。
置いてかれた食べ物の中にひとつだけ気になるものがあった。
僕は今日という今日、何百年ぶりかの食事をした。
彼女のお気に入りのスイーツを。